Freshwater Goby Museum

作者 たろう の

自己紹介

本人に代わり、ごあいさつ・・・。

  現在の概況 :   

神奈川県在住。 生まれは埼玉県所沢市(1974年)。 ハゼを捕りに度々沖縄に通う。 教育関係の会社に勤務し、自宅であるマンションの一室に水槽8つ。 2009年1月1日結婚。 飼育以外の趣味は、電車に乗ったり離島に行ったりする旅行、写真、近場の水辺めぐりなど。 かつては昆虫や鉄道も趣味としていたが、昆虫飼育のセンスはないらしく、1シーズンのみの飼育を繰り返したことしかない。 

 

     小学校 : 埼玉県浦和市立本太小。 浦和市が現在はさいたま市になり、母校の正門の表札も書き換えられていて故郷が失われたようなさみしさを覚える。 当時は父親の釣果が泳ぐ水槽をたまに観察するも、昆虫の採集と飼育に没頭する。 トノサマバッタと空中戦を繰り返すうちに短距離走が速くなる。 別の趣味として、鉄道に興味を持ち、旅行、写真、模型などにハマる。
     中学校 :  

都内の私立中学に入学。 浦和から通う時に経由する池袋のデパート屋上の鑑賞魚コーナーを見るうち、川魚飼育に目覚める。 家が千葉県に引越したが、池袋に寄るために遠回りして帰宅する日々。 親と行く以外にも魚の採集に出かけるようになる。

 

    高等学校 : 同じく都内の私立高校に上昇入学。 通学ルートは変わらないが、小遣いが微妙に上がったあたりから川口市在住の魚好きの友人とともに淡水熱帯魚の飼育を始めてみる。 やはり池袋に通う。 九州に何度か鉄道旅行に行き、旅先でも採集を試みる。 ここで川口の友人とともに奄美大島に船で渡ってみたのが南西諸島との運命的とも言える出会いとなる。 ドブ川にもたくさんいる石巻貝や、市街地のコンクリート水路にいたアヤヨシノボリの異常な美しさを見た時の衝撃を思い出すと、この時に何かが始まったんだな、と思う。
 大学・大学院 :  

神奈川県の私立大学の化学科に入学して一人暮らしがスタート、大学院までそのまま進学。 入居当初は水槽も2本くらいだったが、徐々に数が増え、部屋の電気容量をアップすることに。ブレーカーは落ちなくなったが電気代の基本料金が跳ね上がる。 趣味としての鉄道は衰退し、旅先で写真を取る程度になる。代わりに採集旅行は南方にエスカレート。 奄美に5回くらい、沖縄本島に10回くらい、石垣島や西表島に5回くらい訪れる。 何度目かの奄美でナンヨウボウズハゼのメスを初めて採集、興味の対象としてボウズハゼ類の占める割合が一気に大きくなり、ヨシノボリと異なる環境で飼育をした方がよさそうな雰囲気を感じる。 同時にネット上でいろんな方々とお知り合いになれて、おかげさまで単なる魚マニアから徐々に自分の考えを持つ飼育者に育てて頂いたと思う。 あるいは単に歳をとっただけか・・・。

 

       勤務 : 大学にひとまず就職、給料をもらうようになると当然旅行代や飼育費用も豊かになる。 自宅水槽の多くが2灯式蛍光灯に。 これは飼育環境の向上と言うよりは、フラッシュなしの撮影で肉眼で見たとおりの魚の色を写真に残すため。 一眼カメラもレベルアップ、デジカメ、さらには水中撮影用品も購入して水槽や川での観察・撮影も充実。 その後、進学塾に勤めるも短期間で再転職、職業「旅人」を経て、教育と自然への思いから教育関係の会社に勤め始める。 

平成18年後半、フェネックという雑誌と月刊アクアライフ誌に延べ3回記事が掲載され、サイトの紹介もしていただいた。 しかし、サイトのアクセス数に大きな変動はなし…。

 そして現在に至る・・・。

 

 

このページの代理人 :  

推定体重 40グラム弱。某映画の影響からアナキン・スカイウォーカーという名前を付けられる。アナキン → アニ―  が愛称。(謎)  作者にとって、ジョークの通じる目玉親父的な存在。(さらに謎) 2004年死去。 HPはこちら。

 

 

たろう 宛ての mail はこちらへ。

 

TOP・もくじ ページへ

 

Copyright (C) - Freshwater Goby Museum.   All rights reserved.