平成16年
― 毎年、8月6日、7日に開催されます。―

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北海道新聞(2004年8月7日)小樽・後志版より

手作り「やま」で5年ぶり復活

少子化の影響で1999年を最後に行われなくなった小樽市高島地区伝統の高島七夕パレードが7日夜、5年ぶりに復活する。 高島町会が「明治時代から続く伝統をなくすのは惜しい」と企画した。手作りのあんどん「やま」が12、3基登場し、町内を練り歩く。

青森県からの移住者たちが「ねぶたまつり」に似せて始めたと伝えられ、100年以上の歴史を誇る。今回はやま作りの技術を継承するため、 7月下旬から小学生に作り方を教えた。大きいもので高さ1.5m。木材で枠を作り、和紙を丁寧に張っていく。

復活のきっかけは昨年秋の高島町民文化祭。昔のパレードの映像や写真を展示したところ、再開を望む声が高まった。高島小も昨年、 創立120周年記念でやまを5期作って町内を歩いており、子供たちも参加しやすくなっていた。

7日午後6時に高島会館を出発し、高島小、小樽信金高島支店などを経て、同会館まで約1時間半練り歩く。
(津野慶氏)  

<新高島町史より> <やまのパレード>


高島七夕まつり
― 新高島町史347〜348ページより引用(文面は新高島町史発刊当時の昭和61年現在の内容である) ―

東北地方から移住した人々は、故郷の風習や行事をもこの高島に持ち込み、伝え残しているものがいくつかある。それらの中で現在でも 盛んに行われているのがこの七夕祭りである。

毎年8月の6日、7日は、青森地方の『ねぶた』さながらの大小の人形ねぶたが、町の中をねり歩くのである。高島では、このねぶたを 『やま』と呼んでいる。

夏休みにはいると、子供たちは地域ごとに集まって、今年の「やま」について相談し、遊びにも出ないで作り始める。昔は細木で組み立てた 角形の「やま」が多かったが、最近はテレビやマンガの主人公を、割り竹で組み上げた人形ねぶたが多くなった。

このやまは、昔は樽木で組んだやぐらの上に乗せて4人で担ぎ、やぐらの中の一人は歩きながら太鼓をたたく。あとの子供たちは、絵や文字の 画かれた半紙を両面に張り、ローソクの灯されたとうろうを持って「やま」の前に並んで歩き、太鼓に合わせて「ソレッ」と掛け声を出し、 ほかの「やま」とすれ違う時には、「ヤーレ、ヤレ。ヤーレ、ヤレ。」とはやしたてるのである。

しかし、近年はこのように担いで歩くことなく、やぐらをリヤカーにのせ、「やま」の照明もローソクからバッテリーで電球をつける方法 になり、発電機を使うものまで現れてきた。

また、子供たちは、家々を回ってローソクを貰って歩くことも忘れない。高島の町の人々は、夕方から家の前に出て、子供たちの「やま」 のでき具合をほめ称え、ローソクを用意し、いくらかのお金を渡すことが習慣となっている。

かつて、この高島の夕方の「やま」は、手宮から小樽の市街まで出掛けていたが、このローソクを貰って歩くことが街の人たちには 馴染まなかったため、学校や町会では、町外へ「やま」が出掛けることを禁止することになった。そのかわりに、町会の青少年部が 中心になって、町内パレードとアンドンコンクールを実施するようになり現在に至っている。
大黒昭様より
お借りした写真です。
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一時期、このアンドンコンクールの審査の基準を、子供たちで作った「やま」においたところ、作品の内容が技術的に低下してきたので、 昔からの作り方をよく知っているおとなも一緒に加わって、「やま」の作り方の技術を教え伝える方向にしたため、再び、すばらしい 「やま」が、数多く参加するようになってきた。

毎年、30基以上の「やま」が参加する中から、銀賞、金賞、そして最優秀賞を選び、小樽市の『潮まつり』パレードにも参加し、 高島の七夕まつりは、小樽市民からも注目されるようになってきている。  

<北海道新聞記事> <やまのパレード>



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― 高島小学校からバス通りへ向かう途中―

― バス通りを新高島トンネル手前で折り返す―

― バス通りをハクリン商会から右折―

― 高島中央通りに戻り高島会館へ向かう―

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