町会
4. 高島町会

高島町会の結成
戦後、市内には数多くの町内会が結成されたが、高島町会は比較的遅い昭和32年に、町内の盛り上がる声を背景にして誕生しました。
北高島、南高島、高島本町に存在する町民、約1200名(世帯)が参加して結成され、その第一歩を歩み始めました。
昭和32年 高島町会結成
目 的 ・会員相互の親睦と町内の繁栄を図り、以って共同の福祉を増進する。
組 織 ・32の地区に分割し、各単位に区を設ける。
・目的達成のために、次の6部門を設ける。
@総務部 A民生部 B防災部 C事業部 D文化部 E婦人部
予 算 ・総予算は約200万円
・主な支出は人件費、事業費が50万円
衛生費・助成費が15万円
街灯費が50万円
神社維持・祭典費が37万円
その他、青少年・婦人会係のリクレーション、敬老会などであった。
会 費 一口50円で、最高額は1,500円と段階制であった。

各年度の主要事業
◆年度INDEX
昭和30年代
昭和40年代
昭和50-60年代
平成

昭和33年
・会館設立準備委員会を結成(会館建設資金として年10万円積立)
牛川暗渠工事、早期実施の陳情を行なう。第1期工事として、33年度は150メートル実施。(昭和59年10月を以って全面完了)
中央バス本線への通し運行を陳情する。(昭和48年3月、高島3丁目〜桜町間の通し運行が実現)

昭和34年
高島漁港第1期工事完了に伴い、第2期工事の早期着工を底曳組合と共に陳情する。(昭和45年に完了)
街灯新設について全町の実態調査を実施して、効果的な照明の方法を研究する。
高島中央線道路の簡易舗装が100メートル実施。(その後、昭和38年に高島小学校までの1,200メートルが実施された)
・青少年対策として『高島地区少年補導会』が関係団体と協力して結成、全道関係者から注目された。

昭和35年
『高島地区少年補導会』が全道青少年モデル地区に指定される。
・交通指導の組織として『小樽北区自動車愛好会』が結成される。

昭和36年
野犬対策を全町一斉に実施。夜間の大型犬出没に保健所と協力して実施。

昭和37年
・高島町会婦人会が町会から独立して『高島婦人会』を結成する。
高島会館建設用地(高島2丁目169)170坪を150万円で購入する。

昭和38年
高島町民待望の『(旧)高島会館』が落成する。(木造モルタル2階建て366平方メートル、敷地170坪、総工費約670万円)
9月1日(旧)高島会館 落成記念式典
・規約の一部を改正し、管理部、保育部を新設する。
・32区長宅に「防犯連絡所」を開設し、犯罪、災害発生に対する連絡組織をつくる。

昭和39年
『高島老人クラブ(福寿会)』が結成される。(会員約150名)

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昭和41年
『高島保育園』が高島支所庁舎(通称:高島役場)隣に庁舎の一部を増改築して会館より移転する。 (増改築総工費約330万円、園児数も100名となる。)
高島保育園落成記念
・小学校児童が野犬に襲われ、尊い生命が奪われるという大きな事故が発生し、社会問題となる。
・市保健所、警察と協力して『野犬撲滅作戦』を展開する。

昭和43年
児童公園造成について、早期完成を市当局に要望する。

昭和44年
シンナー等を乱用する青少年が増加の傾向にあり、『対策委員会』を結成し、町ぐるみで防止運動に取り組む。

昭和45年
「高島保育園」の増改築を行う。(遊び場の拡張、教室の増設、園児120名)
・保育園の増改築に伴い、2階約20坪を『児童会館』として鍵っ子対策の一環として利用する。
・町内の主要道路に『水銀灯』19灯を新設する。

昭和46年
・町会に『青少年部』が置かれ、青少年の健全育成のために活動を始める。(高島地区少年補導会の発展的解消)
・神社裏に『高島児童公園』が完成し、町会が管理・運営を任される。 子どもの遊び場、保育園の運動会、ラジオ体操、盆踊り、七夕まつりなどの主要行事はここで行われるようになった。

昭和48年
『高島交通安全協会』が発足し、交通安全指導、交通事故対策に協力する。

昭和49年
『高島消防団』(9分団)の詰所を高島魚市場付近に新設して移転する。

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昭和52年
・児童公園地入口付近(高島3丁目30番の1)外7件の用地約1,600平方メートルを250万円で北海道土地鰍謔闕w入し、町民の共有財産とする。

昭和53年
有価物集団回収(廃品回収)を実施し、収益金は町会活動資金とした。(年4回実施、1回の収益金は約5万円)

昭和54年
・町会組織の一部を改正、事業部を街灯部として、明るい町づくり(街灯の維持)に力を入れる。

昭和55年
・高島会館(旧)前の土地(北電の所有地、高島2丁目169番の10の宅地)約243平方メートルを513万8千円で購入し、町民の共有財産とする。

昭和57年
・町会組織の一部を改正、事務局を廃止し、会計長、総務部を設置する。
・諸物価の高騰や会館の維持費の増大により、会館使用料を値上げする。(葬儀使用料=9千円→1万5千円)
・会館ホールに温風式暖房機(31万円)を新設する。

昭和58年
・「青少年問題研修懇談会」(2/26、青少年部主催)を開催する。
・「高島小学校開校100周年記念行事」に協力・参加する。
・「七夕山車パレード」を学校グラウンドまで実施。
「新 高島町史」編集委員会に町会側も参加する。

昭和63年
・町会規約の一部を改正し、町会費月額300円に改定する。
・高島支所の運用が改正され、庁舎が取り壊され、会館内に出張所を設けて業務を行う。

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平成元年
・高島支所の跡地が広場に整備され、保育園に解放される。
・高島児童公園に遊具が整備される。(安全ブランコ・雲梯を小樽潮ライオンズクラブと小樽信用金庫小樽支店が寄付)

平成5年
『新 高島会館』の新改築を目指して、各家庭月額200円を積み立てることが決定される。

平成6年
・防災部の指導のもと『高島少年消防クラブ』が結成され、防火思想の啓蒙活動に参加する。

平成7年
『新 高島会館』の建設を平成10年の着工・完成を目指して「新改築準備委員会」が設置される。
・各家庭の建設積立金を500円増額して、700円とすることを決定する。

平成10年
・3月に『高島保育園』を廃園する。少子化が進み、入園時の激減が理由である。
・会側の一部を改正し、保育部を廃止する。
・『新 高島会館』建設着工。地鎮祭10月6日。
『七夕パレード』を中止する。(青少年部による神社前での山車コンクールだけで、翌年からこの行事を廃止した。)

平成11年
『新 高島会館』が完成する。
3月27日 新 高島会館 落成記念式典(鉄筋一部2階建て・冷暖房完備、総工費1億2500万円) 3月27日には落成式と祝賀会を実施する。町会事務所内に小樽市サービスセンターの窓口も開設される。

平成13年
「高島越後盆踊り」が小樽市の『無形民族文化財』に指定される。

平成14年
小樽市高島保育所が廃止となり、その跡地を高島会館駐車場として、市から無償貸与される。
・大晦日の夜を雪洞にキャンドル飾る『雪明かりの町』が始める。
『第1回 高島町民文化祭』が始まる。

平成15年
『高島小学校開校120周年』に高島町会としても参加協力する。
『第2回 高島町民文化祭』特別展示『高島七夕まつり』の記録(ビデオと写真)公開を実施。

平成16年
・「高島駐在所」が「手宮交番」に統合される。
・会館事務所内に設置されていた小樽市役所の「高島連絡所」が廃止された。
・『高島老人クラブ(福寿会)』の創立40周年記念式・祝賀会を実施。
『七夕パレード』が復活する。(七夕まつり実行委員会が企画、実施)
『第3回 高島町民文化祭』特別展示『高島むかし写真展』実施。
「高島越後踊り保存会」が、平成16年度『北海道文化財保護功労賞』を受賞する。

平成19年
・11月23日(金)『高島町会創立50周年 記念式典・祝賀会』開催。

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町会役員   (敬称省略)
  町会創立当時
昭和33年度
第一回定期総会で決定
昭和61年度 平成17年度
顧  問 岡本 梅之助 岡本 梅之助 島本 虎三・小林 仁八郎
飯田 徳八・西舘 正信
菊地 富士三
小笠原 徳次郎
上田 英市・古崎 和実
渡辺 太郎・高橋 春三
相 談 役 渡辺 善太郎・島本 虎三
渡辺 徳次郎
渡辺 善太郎・島本 虎三
渡辺 徳次郎
松田 日出男 大小島 徹・小泉 裕道
新宮 弘道・中江 耕策
長谷川 洪徳
北条 恵一
会  長 小林 仁八郎 小林 仁八郎 飯田 健一郎 飯田 健一郎
副 会 長 高橋 政雄・村田 多米蔵 飯田 健一郎・斉藤 義一
佐藤 銀治
加藤 芳夫・小林 広志 小林 広志・田村 春雄
中沖 定夫
会 計 長     小田 喜永 柳澤 邦利
会計監査 児玉 松雄・小田 喜永
平野 新龍
小田 喜永・渡辺 誠一
長谷川 長治
長谷川 長治・菅原 実
柳澤 邦利
会田 幸男・菅原 実
総務部長 飯田 健一郎 平野 新龍 上田 英市 大黒 昭
総務副部長 松本 久治 小林 広志・上田 英市 会田 幸男・新宮 弘道
大黒 昭
斉藤 正博・三浦 文雄
民生部長 松本 辰蔵 長谷川 徳穏 本間 初巳 奥田 忠孝
民生副部長 白根 清一 白根 清春・松田 雄治 初瀬 洋助・坂田 与志男 生駒 勇・磯野 金八郎
坂野 勝美・沢田 幸治
高山 和夫・高山 弘司
田村 広行
八和田 義行
防災部長 渡辺 駒太郎 渡辺 駒太郎 白鳥 三喜男 斉藤 久雄
防災副部長 加藤 芳夫 加藤 芳夫・阿部 靖 中沖 忠夫・笹浪 忠雄
日登 貞美
阿部 修一・石井 己一
大小島 平和
小綱 松五郎
白鳥 三喜男
成田 正夫・小林 順子
菅原 広也・初瀬 猛
事業部長 八田 孝久 児玉 松雄    
事業副部長 小林 広志 西村 量二・川口 達朗    
街灯部長       笹浪 忠雄
街灯副部長       小笠原 徳幸
文化部長 長谷川 徳穏 西舘 正信 中江 耕策  
文化副部長 本間 勝巳 本間 要司彦・大黒 昭 奥田 忠孝・石井 己一  
青少年部長     上村 正行 鈴木 晴夫
青少年副部長     松田 藤吉郎・奥田 忠孝
大黒 昭・北条 恵一
西島 光夫・蒲沢 健二
小田 修三
西島 光夫・蒲沢 健二
小田 修三・佐藤 隆哉
南 徳恭・日根 政博
松川 準・寺田 一夫
管理部長     中村 文太郎 大坂 一雄
管理副部長     宮崎 仁・北条 恵一 加藤 孝憲・鈴木 光明
保育部長 高橋 春三      
保育副部長 西島 光夫・蒲沢 健二
小田 修三
     
保育園保母 加藤 尚子・牧野 雅美
鈴木 由香
     
事務職員 会田 順子 会田 順子   杉本 美紀
町会費集金係 山田 熊蔵      
会館管理人 林 トラノ      

高島町会 少年野球チーム 全道大会に出場
第9回小樽市子ども会交歓野球大会で優勝
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子ども達の健全な育成を目指し、高島町会青少年部が昭和44年5月に少年野球チームを編成、 監督松田藤吉郎、コーチ奥田忠孝がその指導に当たってきました。

昭和53年7月16日に行われた第9回「小樽市子ども会交歓野球大会」に参加、練習の成果が実り、見事優勝を飾り、 8月3日釧路市で開かれた全道大会に出場しました。

全道大会では各市代表の強豪と対戦し、善戦も空しく惜敗しましたが、この快挙は今も子ども達の誇りとして、 心の支えとなっています。

全道大会に出場したメンバー(敬称省略)
監督 松田 藤吉郎
コーチ 奥田 忠孝
投手 宮崎 博之
捕手 三上 伸也
内野手 貝崎 裕一、村上 諭、五十嵐 宰、田辺 靖博
外野手 須貝 武正、平野 正樹、川島 誠一郎
補欠 小川 一博、山田 裕嗣、山崎 努、平野 聖幸、村上 憲一郎


御冥福をお祈り申し上げます
高島町会の結成に参画し、また、その後の運営に重要な役割を果たすと共に、
幾多の業績を残し、町会発展のため尽くされた次の物故者に対して、
心より御冥福をお祈り申し上げます。(敬称省略)

岡本 梅之助、村田 多米蔵、高橋 政雄、渡辺 善太郎
渡辺 徳次郎、渡辺 駒太郎、松本 久治、村田 ステ、松本 ミツ
平野 康作、斉藤 義一、八田 固次郎、松田 林蔵、高山 俊彦
白根 清一、児玉 松雄、本間 要司彦、佐藤 銀治、松本 佳子
山田 熊蔵、斉藤 文吉、古崎 誠、西舘 正信、山田 勝敏
長谷川 長治、松田 藤吉郎、加藤 芳夫、松田 日出男

以上、新高島町史改定増補版282〜293ページより抜粋。