発動機船による沖合漁業への転換
6. 発動機船による沖合漁業への転換

前項で見たように、ニシン漁業も全道で50〜60万石台に落ち込み、 北海道漁業も、そのころから沿岸漁業の域だけに留どまることを許されなかった。

この点、高島町は、いちはやく川崎船による沖合漁業への進出が見られたが、何せ無動力の時代だったため、なかなかの重労働であり、 しかも「型は古いが時化に強ければ」よいが、そうばかりも行かなかった。 大正6年(1917)川崎手繰船大暴風雨により31名の遭難者を出している。

こうした中で大正初期、根室で発動機船の使用が始まり、大正7年(1918)高島村で、永洋丸機船漁業が成功して以来、 続々と焼玉エンジンの発動機船が造られ、大正末年(1926)には高島だけで15馬力程度の機船が23隻を数え、 カレイ、ホッケ、スケトウ鱈その他の沖合漁業も行われるようになった。

この問、海面埋立ても大正10年に(1921)竣工、 また同年に1級町村制施行、高島村を高島町と改称、字名も南、北高島及び南、北祝津とする。

なお、昭和前期ではあるが船名と所有者は下の表のとおりである。

機船底曳網漁業船名一覧 (昭和14年10月現在、高島町に限る)
氏 名 船 名 船舶総トン数 氏 名 船 名 船舶総トン数
会田 晋吉 第五三吉丸 28.32 安藤 長吉 竜神丸 19.23
小林 熊三郎 第ニ千歳丸 29.24 吉田 広吉 角輪丸 25.47
合資会社
星山ニ

渡辺漁業部
第七渡津丸 32.64 渡辺 立一郎 柏 丸 19.00
松田 友之助 大吉丸 22.63 吉田 庄太郎 第二永昌丸 23.71
飯田 三吉
阿部 靖
千歳丸 26.91 小林 藤蔵 永昌丸 28.66
本間 作太郎 第ニ恵比須丸 39.33 八田 孝久 興福丸 24.56
会田 貞市 豊 丸 19.50 高橋 政雄 第三善栄丸 33.89
斎藤 文吉 豊盛丸 29.38 会田 熊太郎 金毘羅丸 16.00
飯田 三吉 開運丸 34.49 本間 末市 第三三吉丸 25.23
小林 熊八郎 福運丸 22.61 北又 三郎 第三竜神丸 31.13

小型発動機船名一覧 (昭和14年7月現在)
氏 名 船 名 船舶総トン数 氏 名 船 名 船舶総トン数
渡辺 清治 第一青峰丸 7.07 本間 定八 勝幸丸 5.41
島田 倉吉 善宝丸 7.09 須貝 角五郎 弥彦丸 5.54
本間 耕 観音丸 6.40 山田 卯一 第二豊丸 15.70
山田 晋次郎 第二照栄丸 11.40 本間 耕 第二観音丸 8.08
土門 長吉 第五青峰丸 8.86 夏海 乙蔵 第十一玉丸 14.15
島田 倉吉 第二甲辰丸 13.00 平野 戸市 玉 丸 7.30
阿部 民蔵 新高丸 5.30 宮沢 正造 第ニ青峰丸 5.76
渡辺 喜作 厳島丸 7.66 本間 徳松 第七弥彦丸 16.50
長谷 菊次郎 長宝丸 19.78 高山 林吉 琴平丸 9.56
川島 弥蔵 祝寿丸 7.73 島崎 太次郎 第二善宝丸 11.19
松田 友之助 幸 丸 10.38

以上、新高島町史138〜141ページより抜粋。