クリックでページダウン
郷土舘 正面入口  管理人の自由研究  写真Section  歴史Section  方言Section



御覧になった感想、また小樽市高島に関する思い出話、同じく資料・情報などがございましたら、 こちらまで御連絡下さい。

NO.1 桟橋の子供達と弁天島

― 解説 ―
昭和20年代後半の様子です。
桟橋で遊ぶ元気な子供達。
後方は弁天島です。


※写真提供:大黒昭様

画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げ
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.2 漁具の修理、整頓

― 解説 ―
昭和20年代の様子です。
海上にて漁具の修理・整頓を行っています。
画像後方はカヤシバ岬、「さき(さぎ)」方面です。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げ
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.3 魚の網外し

― 解説 ―
昭和20年代の様子です。
網から魚を外しています。
魚種は「スケソ」かと思います。
せまい範囲での場所は不明です。
ご存知の方は御連絡下さい。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋の子供達と弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げ
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.4 魚の網外し

― 解説 ―
昭和20年代の様子です。
網から魚を外しています。
魚種は「スケソ」かと思います。
せまい範囲での場所は不明です。
ご存知の方は御連絡下さい。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げ
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.5 高島のオナゴショ

― 解説 ―
昭和20年代の様子です。
帰港した船から
網を上げています。
これが、高島のオナゴショ(女衆)の姿です。
せまい範囲での場所は不明です。
ご存知の方は御連絡下さい。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げ
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.6 魚選び

― 解説 ―
昭和20年代の様子です。
魚の選別をしています。
商売として必要とする魚種と、そうではない雑魚に分けます。
雑魚といっても、中には掘り出し物もあります。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.7 水揚げ
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.7 水揚げ

― 解説 ―
昭和20年代、スケソの水揚げ作業の様子です。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.8 水揚げ

― 解説 ―
昭和20年代、岸壁での水揚げの様子です。
木橇(そり)が懐かしいです。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.9 冬の漁船員

― 解説 ―
昭和20年代の様子です。
鉢巻や頭巾はニシン漁時代のなごりがありますね。
明治時代からの漁師グッズのひとつです。
船員の冬用作業衣は、防寒、防水、作業性を備えています。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げ
画像No.8 水揚げ
画像No.10 北洋へ出港
画像No.11 舎の浜・造船所

NO.10 北洋へ出港

― 解説 ―
ニシン漁から遠洋漁業への転換により大型船の停泊可能な漁港の工事が行われ、 昭和33年竣工、この画像のようにその目的を達成しました。
数ヶ月間にわたる北洋での操業へ向かう船団の出港です。
岸壁が家族・親類などの見送りで溢れています。
見送る人、見送られる人を繋ぐ紙テープと、 その当時の勢いを物語る大漁旗は、私の子供の頃の思い出の一つです。


※写真提供:大黒昭様

画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げへ
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.11 舎の浜・造船所


NO.11 舎の浜・造船所

― 解説 ―
昭和30年代の様子です。
右下の画像は左後方が日本製粉、右手前が造船所です。


画像No.1 桟橋、子供達、弁天島
画像No.2 漁具の修理、整頓
画像No.3 魚の網外し
画像No.4 魚の網外し
画像No.5 高島のオナゴショ
画像No.6 魚選び
画像No.7 水揚げへ
画像No.8 水揚げ
画像No.9 冬の漁船員
画像No.10 北洋へ出港
   

御覧になった感想、また小樽市高島に関する思い出話、同じく資料・情報などがございましたら、 こちらまで御連絡下さい。
高島郷土館 入口
写真Section
歴史Section
方言Section
クリックでページアップ