平成16年
開催期間:8月16日(月)、18日(水)、19日(木)、20日(金) 会場:児童公園
平成17年 越後盆踊りへ 平成18年 越後盆踊りへ 平成19年 越後盆踊りへ 平成20年 越後盆踊りへ
平成21年 越後盆踊りへ 平成22年 越後盆踊りへ 平成23年 越後盆踊りへ 平成24年 越後盆踊りへ


北海道新聞2004年(平成16年)8月18日(水)朝刊 小樽・後志版にて

小樽・高島の伝統
越後踊り本家初合流・あす(8/19)新潟から20人、後継者育成にも一役

小樽市高島(児童)公園で行われている市指定無形民族文化財「高島越後踊り」に19日、 踊りの源流となった新潟県北蒲原(キタカンバラ)郡 紫雲寺(シウンジ)町(藤塚浜)から愛好者約20人が初めて参加する。交流を深め、高島が行っている 後継者の育成についても意見を聞くという。

越後踊りは17世紀に新潟県で生まれ、明治以降、同県北蒲原郡周辺から移住した漁業者らが高島地区に伝えた。 腰を落として両手をこねるように回す独特の振り付けが特徴で、男女の恋の歌が多い。高島には近代以前の形式が残されており、 2001年に市の文化財となった。

紫雲寺町(藤塚浜)の一行は新潟からフェリーで訪れ、19日夜、一緒に踊る。笛や太鼓の演奏にも加わる。同町と高島の住民には 今も親せき付き合いがあり、これが訪問のきっかけになった。同町で新たに保存会活動を始めるのに役立てる。盆踊りは20日まで毎日、 午後8時から同10時に行われる。
(津野慶氏)  

<新高島町史より> <懇親会>  <千鳥会> <高島越後踊り保存会> <会場の様子・一般・櫓>


高島越後盆踊り
― 新高島町史341〜342ページより抜粋、引用 ―

現在の新潟県北蒲原(カンバラ)郡北部地方は、日本海の海岸線に沿って半農半漁の村々が点在し、北は羽越線坂町北方を流れる荒川の 河口に近い桃埼浜から、荒井浜、胎内川をはさんで村松浜、また、落掘川をはさんで藤塚浜、次に川沿いの桜の名所で名高い 加治川に近い次第浜といった村々が並んでいる。

これらの村々では、明治初期のころから高島に少しずつ移住が行われていた。特に明治10年頃、藤塚浜で村の3分の2が焼失するという 大火があり、これを契機に大量の高島への移住があった。現在、高島町に、「須貝」「本間」「小林」という姓が多いが、これらの 方々の先祖はこの藤塚浜からの移住者が最も多いといわれている。

故郷を遠く離れ、北海の荒涼たる漁村の高島で生活を始めた移住者たちは、お盆になると先祖の眠る藤塚浜に想いをはせながら 故郷の盆踊りを始めたのが今の高島の越後踊りの初めだといわれている。つまり、『藤塚浜』が高島越後盆踊りの発祥地であると されている。

この他、歌詞の中に出てくる『村松浜』が発祥地であるという説もあるが、村松浜の踊りは、昔から踊りの形や笛、太鼓のリズムも 藤塚浜のものや高島越後盆踊りとは少し違っているということである。

昔は、現在の踊りの合間に踊る(※1)「こうたいじ踊り」が主体であったが、激しい踊りなので、疲労が大きく、 長い時間、踊っていられないことから中休みの形をとった踊りが、いつの間にか主体といわれている。

高島越後盆踊りの歌詞は、移住当時の故郷への想いや、若者たちの恋を歌い、中には卑猥なことまで、おおらかに歌い上げている。

越後踊りの100年の伝統と歴史を守るため、昭和54年に「高島越後踊り保存会」が設立された。

解説
(※1)「こうたいじ踊り」

越後踊りを実際に御覧になっていただければ分かりますが、歌が入っている時と間奏の時とでは、踊り方が違います。 保存会の方にも確認を取りましたが、間奏の時に繰り広げる独特の踊りが「こうたいじ踊り」なのです。

中には「こうたいじ踊り」をさらにくずして踊っていると思われる方も見受けられ、 なまら(すごく)まぶくて(カッコよくて)感動します。  

<北海道新聞記事> <懇親会>  <千鳥会> <高島越後踊り保存会> <会場の様子・一般・櫓>


― 「千鳥会」「高島越後踊り保存会」懇親会 ―

 前列右から3人目:高島越後踊り保存会会長 高台寺住職 長谷川洪徳様
 前列右から4人目:高島町会会長 飯田様
 前列右から5人目:「千鳥会」会長 魚野様
 中央より左側の赤い帯の方々が「千鳥会」の皆様です。
 同じく右側のオレンジ色(女性)と濃紺(男性)の帯びの方々が
 「高島越後踊り保存会」の皆様です。

8月19日(木)午後7時より「千鳥(チドリ)会」と「高島越後踊り保存会」の懇親会が高島神社社務所内にて行われました。

高島町会 飯田会長、千鳥会 魚野会長、高島越後踊り保存会 長谷川会長の御挨拶で始まり、 わずかな時間ではありましたが、にぎやかな交流の場となりました。

魚野会長の御挨拶、それと直接伺った内容を簡単にまとめますと、 魚野会長は子供の頃、この時期、高島を訪れ、 知り合いのおじいちゃんが盆踊り(その当時は高島漁港で開催)で笛を吹いていた、という思い出があり、 それが影響したのか、現在、藤塚浜の盆踊りでは太鼓を叩いております。

 ↓千鳥会 魚野会長の御挨拶
藤塚浜の地元では、越後踊りとは言わず、単に盆踊りとしか言いません。また、お囃子の編成については、歌、笛、太鼓までは同じですが、 藤塚浜では鐘は入りません。そういえば高島でも鐘が入る場面は少なくなりました。 (越後踊り保存会会員からの聞き取りによると鐘叩き担当のおばさんは、来なかったり、来ても鐘を叩かなかったり、とのこと。) また、テンポは藤塚浜より高島の方が早いようです。

「千鳥会」が結成されてから、まだ1年余りしか経っておらず、これから後継者の育成と次世代への継承に力を注ぎたいとのこと。 これからも「千鳥会」と「高島越後踊り保存会」は、交流を深め、発展、そして永続することをお祈り申しあげます。


<北海道新聞記事> <新高島町史より>  <千鳥会> <高島越後踊り保存会> <会場の様子・一般・櫓>



画像で拡大

― 千鳥会 ―

      右は魚野会長様
 
櫓で太鼓を叩く魚野
会長様(青い法被)
左の笛は千鳥会の方です。
 

<北海道新聞記事> <新高島町史より> <懇親会>  <高島越後踊り保存会> <会場の様子・一般・櫓>


― 高島越後踊り保存会 ―

<北海道新聞記事> <新高島町史より> <懇親会>  <千鳥会> <会場の様子・一般・櫓>


― 会場の様子・一般・櫓 ―

<北海道新聞記事> <新高島町史より> <懇親会>  <千鳥会> <高島越後踊り保存会>


御覧になった感想、また小樽市高島に関する思い出話、同じく資料・情報などがございましたら、 こちらまで御連絡下さい。
高島郷土館 入口
写真Section
歴史Section
方言Section
クリックでページアップ