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NO.1

―解説―
高島2丁目在住の斎藤正博様所有の写真で調査を依頼されております。
船名は[高嶋丸」です。
場所は現在の造船所や漁港の辺りでしょう。

写真裏面には「大正7年進水」と記載されております。
120トン余の機帆船、貨客船として、 小樽―天売・焼尻航路などに使われたと思われますが、 定かではありません。

この高嶋丸について、御存知の方の情報をお待ちしております。

こちらまで御連絡下さい。


NO.2
―解説―
高島神社の大広間に掲示されている写真の1枚です。
宮司様のお話しによりますと、この写真は高島神社周辺の元地主で あった右近様から譲り受けた、とのことです。
写真裏には「八幡丸(やはたまる)」「右近商事株式会社 小樽出張所」とあります。

― 来館者様からの情報 ―
「八幡丸」は「福井県の右近家」の持ち船(北前船)でした。 同船は明治37年6月に北海道沖でロシアの水雷艇によって撃沈されました。 「右近商事」は右近家の会社で本社は大阪でした。
情報提供:迫口充久様(大阪市)
(貴重な情報をお寄せくださいまして、ありがとうございました。)

― 北前船 資料舘(福井県)
「北前船主・右近家」様からの情報 ―

「右近家」は近江商人に仕えていた時期がありましたが、近江商人が衰退していく中で独立して 「北前船」を始めました。
画像の場所は不明で調査中です。右近商事は、右近家の会社です。

(貴重な情報をお寄せくださいまして、ありがとうございました。)

只今、更に詳細を調査中です。その他、この写真の詳細がお分かりの方は、 こちらまで御連絡下さい。

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