"TIBET TIBET"
上映会&ペマ・ギャルポ氏講演
2001年5月20日(日)
鎌倉市立御成小学校多目的ルーム

 

5月20日、アムネスティ主催で"TIBET TIBET"の上映会とペマ・ギャルポ氏の講演会がありました。茅ケ崎から自転車で行ってきました。多目的ホールに50人くらいの人が集いました。

 


ドキュメンタリー映画「TIBET TIBET」

 
 この映画は、在日韓国人三世の金森太郎こと金昇龍氏がデジタル・ビデオで撮影したドキュメンタリー映画である。在日韓国人の三世として生まれ、祖父や父に民族の誇りをたたきこまれ、それが裏目にで韓国嫌いになった金森氏は、世界一周旅行に出かける決意をする。世界旅行の手始めに自分の祖国でありルーツでもある韓国を旅して回る。継いでモンゴルへ。大草原にある何気ないパオ(ゲル)の奥には、ダライ・ラマ法王の御真影が大事そうに飾られてあった。中国の占領からインドの亡命に異国の地で暮らすチベット人達。そこに金森氏は自分を重ね合わせた。異国の地でみんな何を感じ、民族とは一体なんなのか…そんな自問自答をしつつ一路、チベット亡命政府のあるインドのダラムサラーへ向かう。

 チベットが自由になったらいつの日か必ずきっと祖国に戻るという学生たち。目の当たりにしたチベットの現実をさらに掘り下げようと金森氏は亡命政府に何度も手紙を出し、ダライ・ラマ法王同行取材(10日間)を許される。中国からネパールへ命がけの脱出をとげインドについた僧侶は猊下に面会する。猊下はねぎらいの言葉をかる。ここでじっくり勉強するように、今は疲れているだろうからゆっくり休養をとるようにと。僧侶達はうつむきながら泣いていた。またある日、世界各国からやってきた旅行者(主にバックパッカーと思われる)と面会する猊下。ひとりひとりに握手する。西洋人や日本人の満面の笑みは一番印象的だった。(いつか私も・・・)

 法王への取材ができたことをきかっけに、金森氏は、チベット本土へ向かう。その取材方法はいたってシンプルで、要は旅行者としてビデオカメラをまわしている。ポタラ宮殿は完全に観光地化され、ラサの町は一部を除き完全に漢字で溢れかえり、中国の一地方都市と変わらない。町にはモノが溢れ豊かになったかのように見える反面、チベット人の居住区はまだまだ水道設備もままならないところもあった。その中に文化大革命の時に破壊されたと思われる、朽ち果てた寺院に潜入し、もう一つのラサの姿を目の当たりにする・

 モンゴル、インド・ダラムサラ、ラサ、ネパールと自分の足で歩き、撮影し、異国の地でも生きていく彼らの姿と自分を重ねていく過程が映画となったと言えるかもしれない。

若いのに力作で、チベットに対する愛情を感じる作品だった。ことによると山形の国際映画ドキュメンタリー祭りに出品するらしい。各地でも巡回しているようなので機会があれば是非見てみてください。



 

       ぺマ・ギャルポ氏講演&質問会(←私も質問しちゃいました♪)

Q 中国政府が言うチベットの農奴制解放について(質問者:おばさん)

A そもそもチベットに農奴制が成立するような環境ではなかった。 第一、チベットのかなりの広範な地域では遊牧を行っていて転々と移住する人するので「農奴制」が成立するような環境ではなかった。「農奴制」という言葉自体が中国政府がチベット解放を正当化するために用いている言葉に過ぎないのではないでしょうか?でも確かに僧侶や王侯、豪族、貴族は存在し、それによってラサなどの都市では上に
納めることもあったが、それは歴史的に中国で もヨーロッパでもあったことであったといえる。


Q 日本の中国侵略と日本のチベット報道についてどう考えておられますか?(質問者:おじさん)

A 日本がかつて中国に対して残虐行為、侵略行為を行いました。その負い目が、チベット報道に対する鋭さをなくさせている要因にはなっています。しかし、それは過去のことです。つい先日、日本赤軍派の子供達が北朝鮮から帰国を認めら報道されています。彼女達を赤軍派の子供としてではなく、一個人として報道されていることは大変好ましいことで正しいことです。それと同じで、日本行った過去とチベット問題はまったく切り離して考えるべきです先進七カ国でダライ・ラマ法王にあっていない首脳は、唯一日本だけです。(イタリアも去年に会いました。)そして、先進国の議会ではチベット問題が議会で取り上げられていますが、残念ながら日本ではありません。日本のマスコミについてですが、以前、ある新聞社が独自にダライ・ラマを日本へ招いたことがありました。それに怒った中国政府は、その新聞社の北京支局の駐在員を国外追放しました。結局、マスコミと言えども営利団体です。北京支局がなくなることとチベット問題を天秤に計れば、結局チベット問題は中国寄りにならざるを得ないのです。そして、日本のジャーナリストは外国と違って、勉強していません。一サラリーマンとしてやっている。チベットのことでは、中国経由の情報を真に受けて書いています。


Q チベットへ行くと中国語がペラペラの子供達と対照的に中国語をまったく解さないチベット人も沢山います。その一方で僧侶の中には英語を話す人もいます。チベットにおける言語状況について教えて下さい。(質問者;私)

A 一時期はまったくチベット語が教育されないときがありました。チベット語だけでは役に立たないというもの現状ですが、最近はチベット語の教育も整ってきているところもあります。中国の教育は、州単位によってカリキュラムが組まれているので地域差もあります。青海省などはかなりしっかりした教育がなされています。一方で民族が混在している雲南省の中甸蔵族自治州などは、しっかりとやっていないのが現状です。また、カリキュラムがしっかりしているといっても12年生までであって、大学に入るには中国語だけが必要です。またインド帰りの僧侶の中には英語を流暢に話すひともかなりいて、一般でも英語熱は高まりつつあります。チベット語それ自体に関して言えば、地域によっての方言で話されていて、チベットの標準語が出来る以前に中国の支配にあったためにチベットじゅうのチベット人が話すとお互いが聞き取れないということも多々あります。また、日本へ中国の留学生としてきているチベット人が8人ほどいて日本語を勉強しています。中国政府との絡みで彼等に頻繁に会うのは控えてますが、彼等とあったときは、チベット語よりは日本語のほうで多く話します(笑)


Q いわゆる「蔵蒙(チベット・モンゴル)関係」についてお聞かせください。(質問者:おじいさん)

A ダライ・ラマの称号がモンゴルからきていることからも分かるようにモンゴルとチベットは切っても切れない兄弟関係にあります。お互いに補強しあって数百年関係をもってきました。モンゴル人はチベット語を話せませんが、お経はチベット語です。チベット亡命政府は一国家として世界のどの国からも認められていませんが、亡命政府からモンゴルへの留学生は、モンゴル政府が国費で無償で受け入れてくれています。また、私自信、モンゴルの大学で客員教授をしており、チベット仏教の復興に協力しています。唯一、共産党独裁政府が残っているのは中国、北朝鮮、ベトナムですが、東欧から徐々自由主義が進んでいます。そしてモンゴルもそうです。今回の大統領選は、中国との影響からみても非常に重要で注視しています。

 

以上の他にも数人の方が質問しました。

質問以外にも、ぺマ氏の実際の体験のお話など聴け良い機会でした。
最後に、ぺマ氏が一番、みなさんに読んでもらいたい著書は『チベット入門』だそうです。

 


 

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