「ダライ・ラマ14世について」

 

1935年7月6日、チベット北部(アムド:現在、中華人民共和国青海省平安)のタク ツェルの農民の子として生まれる。幼名はラモ・トンドゥプ、現在の本名はテンジン・ギャムツォ。その2年前の1933年、ダライ・ラマ13世(トゥブテン・ギャツォ)が57歳で死にダライ・ラマの化身捜査隊が組織され、13世の遺体の向きの変化、摂政の「聖視」などによってアムドに向かった捜査隊は、ラモ・トンドゥブを発見した。先代の持ち物であった数珠や太鼓を「覚えていた」ことが決めての一つとなってダライ・ラマと認定した。剃髪しダライ・ラマ14世(以下、ダライ・ラマ)として4歳で正式に即位し、ラサに移り住む。チベットの聖俗にわたる精神的指導者となるべく高等教育を受ける。その時に、オーストリア人の登山家ハインリッヒ・ハラーと交流する。

 

1949年中華人民共和国が成立した翌年の、「全中国の完全解放」「帝国主義勢力のチベットからの駆逐」を掲げた中国人民解放軍が、東チベットのチャムドに侵攻する。一方、チベット政府は、海外の支援を求めてインド、ネパール、イギリス、アメリカに使節を派遣し奔走する。しかし、全て失敗に終わり国連に提訴したが、これも不発に終わる。その間、摂政のタタ・リンポチェエの辞任に伴いダライ・ラマはチベットの政治の全権を若干15歳という若さで引き継ぐ。人民解放軍のこれ以上の侵攻を止めさせるために官僚のアボ・アワン・ジグメらを北京に派遣するが、「チベットの平和解放の方法に関する中央人民政府とチベット地方政府の取り決め」(チベット解放17箇条協定)に調印させられる。1951年10月、人民解放軍がラサに進駐。解放軍に膨大な物資提供を求められ食糧事情が極度に悪化し、物価は狂乱し、チベット経済は壊滅的な打撃をうける。

 

その一方、1954年にパンチェン・ラマと共に北京へ赴き毛沢東、周恩来と会見する。ダライ・ラマは全国人民代表大会・常務委員会副委員長に選出され中国政府と共存していく道を模索する。しかし、カム地方、アムド地方の自由解放同盟「チュシ・ガントク」を中心とした反中国暴動、ゲリラ活動が各地に波及する。その最中ダライ・ラマは、仏教学最高位の博士号「ゲシェ・ララムバの学位」を取得する。

 

1959年人民解放軍の司令部がダライ・ラマに中国軍駐屯地で護衛を、観劇に伴なわないで来るように招待され、ラサ市民はダライ・ラマが誘拐、拉致されることを危惧し、離宮ノルブリンカを取り囲む。それをきっかけに大規模な暴動に発展し、中国軍はラサ市民に発砲、これ以上の惨事を避けるために、ダライ・ラマはカムパの軍服を身につけラサを脱出、インドに亡命し、その直後「チベット解放17箇条協定」を否認し、新チベット政府樹立を宣言。政府は今日までヒマラヤの麓、インド北西部に位置するダラムサラにある。1963年には、世界人権宣言と仏教原理にもとづいたチベット憲法を発布する。

 

ダライ・ラマのあとに続き中国から延べ10万人以上にわたるチベット人が難民としてインド、ネパールを中心に亡命した。(現在も亡命するチベット人は多い)中国では布教の自由は認めずチベットの独立を要求するチベット人を政治犯として逮捕、留置するなど抑圧的な状況が続いている。そうした状況の中、ダライ・ラマを代表とする亡命政府は近代的な民主主義の原理をもとに、難民の定住促進、チベット文化の保護と育成、チベット本土の現状改善と自由を求める運動を展開し現在に至っている。

 

中国で1966年に始まった文化大革命が1977年に終結。その後、亡命政府代表団は4度編成されチベット入りし、中国政府と直接交渉した。1987年、ダライ・ラマはアメリカ下院人権問題小委員会で演説し

1.チベット全土を平和地帯に変える。
2.一民族としてのチベット人の存在そのものを脅かす中国の人口移住政策の廃止。
3.チベット国民の基本的人権並びに平和的自由の尊重。
4.チベットの自然環境の回復と保護並びに核兵器生産にチベットを利用することを 止め、核廃棄物の処理場とすることの禁止。
5.チベットの将来の地位並びに、チベットと中国国民の関係についての真剣な話し 合いの開始。

を求めた「平和五項目案」示した。翌1988年フランス・ストラスブールの欧州議会でこれを補足説明し「完全な自治権」は求めるが、外交権と防衛権については中国が持つことを認めるという譲歩案を出し、中国との話を呼びかけるが中国の反応はなかった。1989年、ラサで大規模なデモが起こり、チベットに1年7ヶ月の間戒厳令が敷かれた。その中、これまでの非暴力主義が評価されノーベル平和賞を受賞。現在、亡命政府の大使館に相当する在外代表部は日本、アメリカ、フランス、イギリス、ロシアなどに置かれ、国際支援に訴えながら、中国政府との交渉を求め続けている。

 

《参考資料》
『ダライ・ラマ自伝』   ダライ・ラマ著 文藝春冬社 1991年
『TIBET DEBUT』   長田幸康著  壮光舎印刷株式会社 2000年
『地球の歩き方 チベット』     ダイヤモンド・ビック社 2000年
『極限の高地 TIBET チベット世界』    松本栄一著 (小学館)
『旅行人ノート1 チベット 改訂版』  旅行人編集室著 (旅行人)1999年

 

 

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