最終2006年03月15日 05:32更新 あはは検索 Menuに戻る 3ちゃんの掲示板
『エンマ帖』 |
青木
功プロ コ−ナ− 偉大な足跡
1989年にはコカコーラ・クラシック(豪)を制し、日本人としてただ一人
日・米・欧・豪の世界四大ツアーのすべてで優勝
1978年 マスターズで1打差で予選落ちしたその年の秋
イギリスで行われたワ−ルドマッチプレ−(英)で
ゲーリー・プレーヤー(南アフリカ)らの強豪を破って、初優勝
それが世界に飛躍するスタートライン
● 1980年 全米オ−プン優勝ジャック・ニクラウス(米)
死闘を繰り広げて2位となる
1980年の全米オープンで、当時の米ツアーで向かうところ敵なしだった
帝王ジャック・ニクラウスと同組でプレー、4 日間の優勝争いを演じ
“バルタスロールの死闘”と呼ばれた死闘を繰り広げて 2 位となるが
青木の名は世界に轟いた
● そして3年後1983年ハワイアンオ−プン優勝
最終日
1983年2月13日(日)、ハワイの地で、ハワイアンオープン(現ソニーオープン)で
日本人として初めての世界最高峰の米男子ツアー(PGA)に勝利を成し遂げた
最終ホール
残り128ヤードのラフからピッチングウエッジで放った青木の第3打が
カップ手前でワンバウンドして当時40歳の青木が直接カップインさせた
ミラクルショットでイーグルを奪う
通算19アンダーで先にホールアウトしていた首位ジャック・レナー(米国)が
唖然とする中ドラマチックなまさかの大逆転、通算20アンダーで優勝した
”ワイアラエの奇跡”として
世界のゴルフファンを大興奮させたと、今でも語り継がれている
この一打と青木独特のアプローチとパッティングスタイルから、
"東洋の魔術師"(オリエンタル・マジック)の異名が残る(83年は欧州オープンも優勝)

優勝記念品のゴルフボ−ルを
頂 戴!
(1984年 nagoya)

● ゴルフの世界殿堂入りを果たした青木プロ
2004年11月15日(月)
殿堂入りの式典で世界のアオキが男泣き
2004年11月、世界ゴルフ殿堂入り(World Golf Hall of Fame)の栄誉に輝く
15日に殿堂入りの式典が、米フロリダ州セントオ−ガスティンで行われ
昨年の樋口久子(生涯業績部門)日本女子プロゴルフ協会会長に続き日本人で2人目の
殿堂入りを果たした青木
功(インターナショナル部門表彰)が式典で、トロフィ−を掲げ
次いでスピ−チを英語で切り出し、言葉を詰まらせながら日本語で演説をした
声を震わせてスピ−チするのを夫人は涙を流しながら聞いていた
『 学校を卒業したら、必ずプロゴルファ−になり、大会に出てお金も貰えるし、
外国にも行ける。それが貧しい農家に生まれた僕の夢だった(出身地:千葉県我孫子市) 』
80年の全米オープンでのジャック・ニクラウスとの死闘を
『 人生最高のプレイ− 』 だったと世界のアオキが振り返る
『 未だに勝てないのは、ジャックとワイフのチエ(宏子夫人の愛称)
』
青木功コ−ナ セントオ−ガスティンの殿堂博物館に展示、一般公開開始
若き日の写真・愛用のクラブセット・手袋・トロフィ−・
趣味の釣り竿・著書ほかマ−ジャンパイなど
●
1971年関東プロ選手権で初優勝して以来、シニアを合わせ国内外で勝利が79勝
2001年に夏の米シニアツアー 『
フォードプレーヤーズ選手権 』では
出場試合数通算1000試合の大記録を樹立
92年50才になると同時にPGAシニアツアー(現チャンピオンズツアー)に参戦
参戦初年の『 ネーションワイド選手権 』で初優勝する
最大の功績は、日本の殻を破って海外進出のパイオニア的役割を果たした
数々の偉大な足跡
●
祝賀会12月9日(木) 約1000人が祝福!於:東京都内のホテル
中山文部科学大臣、ダイエー王貞治監督、俳優の西田敏行さんら
各界から約1000人が祝福に駆けつけ偉業を称えた
『 男冥利に尽きる。この祝賀会で祝って貰うのは三回目で
世界マッチプレ−優勝・ハワイアンオ−プン優勝、次いで今回だが
もう一回喜んで貰えるように頑張る。・・自分はゴルフ一筋にやって来て殿堂入りできた
若い人も寄り道せずにゴルフをやってほしい。なお、2005年には米国参戦を減らし
日本での試合に出場するほか、ジュニア育成に力を入れる 』 と
感激にむせびながら宣言した。・・・・・・・・・・・・・・
ゴルフ一筋に苦労を重ねてやって来た自分のゴルフを評して 『 野良犬 』 と言われるが、
ゴルフで稼ぐプロには 「飼い主」 が居らず、誰にも頼らず 「体力・技術そして精神力」 が
無ければ 「餌」 にはありつけない世界であると言う
世界ゴルフ殿堂入りた青木プロならではの言葉であろう
2005年 63歳 健在!!
[プロフィ−ル] ゴルフ歴:14才〜、プロ入会1964.12、身長・体重:180cm/80kg、
生年月日:1942年(昭和17年)8月31日、出身地・出身校我孫子中学校卒、家族:妻・チエ
長女・ジョエン
● 男子ゴルフの世界殿堂入りを果たした
青木 功プロの10年振りの挑戦
祝って貰うのは三回目で世界マッチプレ−優勝・ハワイアンオ−プン優勝、
次いで今回だがもう一回喜んで貰えるように頑張りたいと、10年ぶりの出場へと
闘志満々の青木 功プロ
◆ 2005年 国内男子 (Japan Golf Tour)
中日クラウンズ第5戦(2005年4月28日〜5月1日・名古屋和合G C、6,547Y/Pa70)
中日クラウンズでは青木 功プロが5回の優勝の実績保持者
AONが競い合ったが、尾崎将司(最終62位)、青木 功(2回戦87位)、中嶋常幸(2回戦92位)で終わる。
優勝:尾崎直道(-11/269、2週連続優勝、通算の32勝目)、丸山大輔(4位タイ)、谷口 徹(2004年ツア−最優秀選手:8位タイ)、片山晋呉(2004年度賞金王で大会連覇を狙ったが:24位タイ-9/271)
海外からスティーブン・.コンラン(2位タイ-11/269、オーストラリア)、トレバ−・イエルマン(4位タイ、南アフリカ)
【蛇足の註】 筆者が7年間在勤・居住した名古屋市地下鉄日進駅(日進市)は、「名古屋和合G C」に程近い処に在る (記録:2005年5月1日)
◆ JGTO 日本対アジア対抗戦 「VISAダイナスティカップ」
アジアンツアーが開催するチーム戦 第3戦 (中国・深センのミッションヒルズGCワールドカップC )
(場所:4月15-17日、ミッションヒルズゴルフクラブ・ワールドカップコース)
日本チームとアジアチームに分かれ、各チーム12名+キャプテン1名による団体戦。
試合形式は、初日フォアサムマッチプレー(6試合)
2日目フォアボールマッチプレー(6試合)、
最終日シングルスマッチプレー(12試合)の合計24試合
【日本チームメンバー】 キャプテン: 青木 功
片山晋呉・谷口徹・神山隆志・加瀬秀樹・深堀圭一郎・近藤智弘・平塚哲二・
川岸良兼・鈴木亨・藤田寛之・丸山茂樹(キャプテン推薦)・伊沢利光(キャプテン推薦)
●日本チーム惨敗。大差でアジアチームが優勝!
【トータルスコア】 日本チーム × 9.5-14.5 ○ アジアチーム◆米国男子チャンピオンズツアーChampions Tour
● 【2005年ケジュールの結果 ダイジェスト】
● 米チャンピオンズツアー 賞金ランキング
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