スポ−ツ 画廊〜その 2〜2
1970〜1979年代の続き
最終2005年04月21日 20:34更新
●★★★★★1980〜1989年代★★★★★★★★★★★★★★★★★★★●
1980年(昭和55)01/24 中西 太(コ-チ): 監督就任 79年 阪神・打撃コーチ 80年 打撃コーチ
5/15 ブレイザー 監督退団後は監督代行 81年監督 (52〜69年 西鉄ライオンズ)
小鶴 誠:野球殿堂入66番目・福岡 シーズン161打点日本記録・58年現役引退
68年 阪神タイガース・打撃コーチ 〜76年 阪神東京駐在スカウト(掛布入団担当)
【顕彰文】
昭和17年、プロ野球名古屋軍に加入。強打者として頭角を現わしたが、戦後大いにその真価を発揮した。同24年大映で首位打者を獲得。翌25年松竹に移って51本の日本記録で本塁打王、打点王となり最高殊勲選手に選ばれた。その打撃フォームと強打振りは米大打者ジョー・ディマジオに擬せられ、長らくファンを楽しませた。その後、広島、国鉄、阪神等で活躍。後進の指導に努めた。
08/19 岡田彰布: ドラフト1位でタイガースに入団
北陽高校 76年 早稲田大学
77年
秋期六大学ベストナイン以後5期連続 78年 東京六大学首位打者
最優秀新人・本塁打18(打率.290)・ セ・リ−グ 2万本目 本塁打記録
1981年(昭和56)06/19 藤田 平
(対大洋12回戦)・・・・・・・・・・・・・6/23
山本和行(対広島9回戦)・・・
06/24 岡田彰布(対広島10回戦)・・・・・・・・チ−ム3試合連続 満塁本塁打を記録
10/23 安藤統男: 監督就任
10/14 藤田 平: 首位打者(0.358)
掛布雅之: 最多出塁者(243) (
引退後のスカウト活動でも定評
佐野仙好: 最多勝利打点(15)・89年引退
94〜97年 守備・走塁・打撃コーチ
● 実働16年 出場1549試合 打数4826 安打1316 本塁打144 打点564 盗塁45 犠打22 犠飛53 三振452 打率.273 1982年(昭和57) 平田勝男: ドラフト2位は大洋(菊池を指名)と抽選で阪神
84〜85年Diamondグラブ賞 86〜87年Goldenグラブ賞
08/28
藤田 平: 3000塁打、
10/14 掛布雅之: 最多本塁打者(35本)・最多打点(95)・最多出塁者(232)
10/18 山本和行: 最優秀救援投手(40SP) 8月間MVP
1983年(昭和58) 木戸克彦: ドラフト1位で阪神入団 1985年優勝時のレギュラー捕手
打撃がチャンスに強く、巧みなリードの捕手
05/03 藤田 平: 2000本安打達成(2064でチ-ムTop)
08/14 北村照文・掛布雅之・藤田平・永尾泰憲:対ヤクルトTイニングで本塁打記録
10/24 真弓明信: 首位打者(0.353)
福間 納: 最優秀防御率投手(2.62)
10/10 対中日で3000勝利
1984年(昭和59) 中西清起: ドラフト1位で阪神・85年最優秀救援投手・高知商5期連続 )
03/06
阪神甲子園球場に新スコアボ−ド完成、 (甲子園
09/16 藤田 平:
チ-ム新記録2008試合出場(2010回最多Top)
10/13 山本和行:
最優秀救援投手(34SP)
掛布雅之:
最多本塁打者(37本・中日宇野と分ける)
10/23 吉田義男:
監督就任
1985年(昭和60) 和田 豊:
ドラフト3位でタイガース入団 (83年 東都大学リーグ首位打者)
01/23 杉下 茂:野球殿堂入77番目・東京中日初優勝に貢献したフォークボールの神様
64年 阪神タイガース・投手コーチ 65年 投手ヘッドコーチ
66年監督 8/13 退団
【顕彰文】 帝京商、明大を経て昭和24年中日に入団。独自のフォークボールと快速球を駆使して目覚しい活躍
を続け、プロ野球史に一時代を築いた。特に29年には最高殊勲選手を始め投手成績の各タイトルを独占する働きでチームにセ・リーグ初優勝を齎し、対西鉄の日本シリーズでも連投してその制覇の原動力となった事は驚異に価するものである。34年から中日、大毎、阪神、巨人のコーチ、監督を歴任した。
岡田彰布: 8月月間MVP ベストナイン
・ダイヤモンドグラブ賞
10/16 セ・リ−グ優勝:吉田義男(監督)・正力賞・阪神 5-5 ヤクルト(神宮・引分け)
10/22 シ−ズン入場者数 260万人越える 6/23 掛布雅之:300号本塁打者(349本)
10/24 ランディ・−バ−ス: 三冠王 首位打者(0.350)・最多本塁打者(54本Top)
最多打点者(134)・最多出塁率者(0.428)・最多勝利打点(22)
最優秀選手(最高殊勲選手) 中西清起: 最優秀救援投手(30SP)
1シ-ズン 219本塁打(セ・リ−グ新記録)=219本目嶋田宗彦が打つ
0/26〜11/02 日本シリ−ズ 阪神 4勝2敗 西武 優勝・日本一
1986年(昭和61)01/17 松方正雄(初代会長):野球殿堂入86番・鹿児島アメリカに学んだタイガース初代会長
【顕彰文】 維新の元勲松方公爵の四男で、早くからアメリカで教育を受けた。ペンシルベニア大学では俊足の二塁手として活躍し、帰国後は関西財界の重鎮として多くの役員を歴任したが、昭和10年にタイガース初代会長に就任するや巨人に匹敵するチーム作りに専任し、名門タイガースの基礎を築いた。また日本職業野球連盟の初代副総裁として、草創期のプロ野球の発展に尽くした。
06/12 球団創立 6000試合達成(ナゴヤ球場12回戦)
10/17 ランディ−・バ−ス:2年連続 三冠王 首位打者(0.389)・最多本塁打者(47本)
多打点者(109)・最多出塁率者(0.481)
1987年(昭和62)10/13 吉田義男: 現役時代の背番号「23」は永久欠番に、10/16
村山 実:監督就任
05/13 八木 裕: レビュ−戦( 巨人後楽園)初安打が本塁打 ドラフト3位で阪神入団
村山監督に期待されたスラッガー掛布二世と言う
1988年(昭和63)01/19 別当
薫:野球殿堂入87番・大阪 阪神・毎日の強打者から4球団の監督を歴任
【顕彰文】
甲陽中学の剛球投手として甲子園大会で活躍。慶大でも投手、外野手、4番打者で17年春のリーグ
戦では首位打者となるなど六大学を代表する強打者であった。全大阪をへて超大型新人として23年阪神 に入団。オープン戦の6ホーマーで人気沸騰。2年後には毎日へ移り本塁打、打点で2冠王と
なる。監督、コーチとしても多くの後進を育て、55、56年大洋球団代表を歴任した
05/24 掛布雅之:
1000打点(1019)・6/18 3000塁打(3015)・本塁打349達成・退団
●実働15年 出場1625試合 打数5673 安打1656 本塁打349 打点1019 盗塁49 犠打5 犠飛48 三振897 打率.292
00/17 山本和行:
700試合登板(SP 130試合Top)
和田 豊: シ−ズン犠打
52のプロ野球新記録(対広島)、
ランディ・バ−ス: 打率.3365(チ-ムTop)・長男ザグリー君水頭症のため帰国
退団
●実働6年 出場614試合 打数2208 安打743 本塁打202 打点486 盗塁5 犠飛20 三振337 打率.337
1989年(平成元)05/13 木戸克彦: 巨人原とクロスプレーで激突・左しょう骨剥離骨折で全治4週間
06/27 中西清起: ナゴヤ球場中日戦は1−0の4安打完封勝利 9/1
も完封
10/18
中村勝広: 監督就任
新庄剛志: ドラフト5位で阪神に入団
岡田彰布: オールスター出場 6月月間MVP
●★★★★★1990〜1999年代★★★★★★★★★★★★★★★★★★★●
1990年(平成02)01/24 真田重蔵:野球殿堂89番目・和歌山 2度のノーヒット・ノーラン・凄いドロップ
【顕彰文】 海草中学では捕手。のち三塁手で昭和14年夏の甲子園大会に優勝。投手としては15年夏の大会と同年から17年までの神宮大会を制し名投手といわれた。翌年朝日軍に入団。兵役から復帰後も剛速球とドロップは冴え25年に39勝を上げロビンスのセ・リーグ第一回優勝に貢献し沢村賞を獲得。阪神では2度目の無安打無得点試合を達成。後年、明星高校を率いて38年夏の選手権大会優勝を遂げた。
1991年(平成03)09/26 真弓明信: 3000塁打 12/05 阪神甲子園球場 ラッキ−ゾ−ンを撤去
1992年(平成04)01/22 吉田義男:野球殿堂107番目・京都 牛若丸飛燕如き華麗なグラブ捌きの遊撃手
【顕彰文】 山城高、立命館大学を経て昭和28年阪神に入団。小柄な体が飛燕の如くと讃えられベストナイン9回の遊撃手最多記録をもつ。29・31年には最多盗塁を獲得。打撃においても39年に179打席名選手 として一時代を画した。のち同球団監督に就任し昭和60年にはセパ分立後初の日本一
を達成した。
● 実働17年 出場2007試合 打数6980 安打1864 本塁打66 打点434 盗塁350 犠打264(90年まで歴代一位)打率.267
● 監督通算8年 采配1051試合 勝利484 敗戦511 引分56 勝率.486 優勝1回 日本シリーズ優勝1回
06/14 湯舟敏郎:
無安打無得点試合(対広島:木戸捕手とのバッテリーは絶妙)6・9月MVP
10/11 シ−ズン最多入場者数 記録達成 2,853,000万人
10/28 久慈照嘉: 最優秀新人(0.245)
ト−マス・オマリ−:最多出塁率者(.460)
12/04 ジェームス・パチョレック: 最多勝利打点(19) 91年 トレードで阪神へ移籍
最多安打(159)・ ベストナイン・ゴールデングラブ賞 ・・・・・・・・・・・
1993年(平成05) ( 後半戦は故障・・・・・4年連続3割打者を大洋が放出 93年8/28
退団
01/20 村山 実:野球殿堂入り110番目・兵庫 2代目ミスター・タイガース
【顕彰文】
関西大2年の昭和31年、大学日本一になり34年タイガースに入団。同年6月天覧試合以来巨人長島との対決がファンを魅了した。37、39年リーグ優勝に貢献。45年には33歳で兼任監督に就任し戦後最高の防御率0.98を達成した。フォークボールを駆使した力感あふれるザトペック投法で最優秀選手1回、最多勝2回、最優秀防御率3回、沢村賞3回、222勝147敗、防御率2.09
● 実動14年 登板509試合 勝利222 敗戦147 完投192 完封55 投球回数3050.1 奪三振271 防御率2.09
07/20〜21 和田 豊: オ-ルスタ-戦で5打数5安打(5連続安打)新記録
08/20〜22 松永浩美: 3試合連続先頭打者本塁打を記録
11/2 FA宣言
10/22 ト−マス・オマリ−: 首位打者(0.329)・最多出塁率者(0.427)
10/05 岡田彰布: 戦力外通告 94〜97年 オリックスブルーウェーブ〜二軍コーチ
1994年(平成06)07/26 和田 豊: 1000本安打(1057)・10/4
1000試合出場、
07/31 真弓明信: 2000試合出場(2026)
07/26 甲子園球場開設 70 周年
10/07 阪神鳴尾浜球場 (合宿施設 「Tiger Den」 タイガ−デン) 完成
10/31 藪 恵壱: 最優秀新人(9勝9敗3.18
) 5月間MVP
新庄剛志: ベストナイン・Goldenグラブ賞 95年 6月GoGo賞 8/9
右足故障
96〜00年 連続ゴールデングラブ賞常連の俊足強肩外野手
平田勝男:現役引退・
平田対真弓・掛布・岡田らの強打者の内野手時代に
安定守備力を奪取
1995〜2002年代の続き
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【2005-01-20:HP制作】