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◎6月18日(月) (10日目)
 終日、プラハ市内観光

●スーパーマーケット
  ホテルから徒歩10分ほどのところにスーパーマーケットがあります。7:00から営業していというの出かけてみました。場所は地下鉄フローレンス駅のそば。
 メトロの階段を上がってきた人が露店の花屋で切り花を2本、3本と買って行きます。足早に去るビジネスマン風の男性もいます。職場のデスクにでも飾るのでしょうか。

●定点観測
 店内では主婦よりもサラリーマン風の男女が目立ちます。透明の袋にはパン、牛乳、ヨーグルト、チーズなどが入っています。
 若い男性はバナナを1本だけ買って、それをくわえながら先を急ぎました。前を走るトラムの停留所で、買い物袋を手に電車を待つ人はコートやセーター姿でした。

●似たドーム
 カレル橋の二つ手前に架かるチェフ橋。その袂の桟橋から遊覧船に乗りました。近くでドームのある古めかしい建物を見かけました。郵便局でした。設計者は広島の原爆ドーム設計者と同窓生だとか。そういえばドームの形がよく似ていました。

●やはり百塔の町
 小型のボートはマーネス橋からカレル橋へと向かって滑るように進んでいます。様々な形や色の尖塔が立ち並び、昨日観光した聖ヴィート教会の尖塔も見えます。
 昨日、丘の上から眺めたよりも塔の数が多いように思います。プラハ市内の水道水の60%は、このヴルタヴァ川から給水しています。「だから不味いです」とガイドは顔をしかめました。

●カレル橋
 カレル橋を黒い塔がまたいでいました。日中は人混みになる橋の上も今はまだ静かなようです。
 カレル橋は1357年にカレル4世の命で着工され、15世紀の初頭に完成した全長516m、幅9.5mの歩行者専用橋です。両側に黒い塔が建っています。旧市街への塔と小地域への塔です。

●氷塊防護柵
 欄干に30体の聖人像が飾られています。その中には日本人にも馴染み深いフランシスコ・ザビエルの像もあります。聖人像の建立はイタリア・ローマのサンタンジェロ橋を模したものだといわれます。
 橋脚の付近に木製の柵が何カ所も設けられています。冬場、流れ着いた氷塊が橋脚に衝突しないための防護柵です。

●待ち構える水門
 アーチを潜ってさらに進むと水門が現れました。川のところどころに行く手を阻むように堰が設けられていまが、堰の両端が切れたようになってますので航行に支障はありません。
 しかし、その先には水門が待ちかまえていました。閉じられた水門に川水が満たされると、船体は徐々に浮上。それと同時に門がゆっくり開いて、ボートは再び静かに滑り出しました。

●国民劇場
 サービスのつもりか、船体がくるりと向きを変えました。右手の立木の間に国民劇場の黒い屋根が見えました。
 最初の劇場は1881年に完成しました。ところが直後に焼失してしまい、1883年にスピード再建されたのが目の前の劇場なのです。チェコにおける文化復興のシンボルとされ、スメタナやドヴォルザークもここを拠点に活躍しました。

●黒い尖塔
 ボートは1回転して向きを戻し、郊外のバラツキー橋近くで停船しました。わずか1時間の遊覧でしたが、雨も降らず、期待以上の船上観光を楽しめました。見上げると、丘の上に旧プラハ城のヴィシェグラードに建つ聖マルティン教会の黒い尖塔が聳えていました。

●旧プラハ城
 坂道を辿ってヴィシェグラードを目指します。7世紀ごろ、伝説の王妃リブシュが住んでいたこともある城だと伝えられますが、現在は面影すらなく、丘全体が公園になっていました。
 煤けたような門を潜ると、11世紀ごろに建てられた聖マルティン教会の円形塔がありました。19世紀に修復されたものですが、プラハでは最も古いロマネスク様式の建造物の一つ、という話です。

●有名人眠る
 黒い尖塔、黒い屋根の聖マルティン教会を眺めながら、手前を右に逸れたら大きな墓地が現れました。チェコの有名人が眠っている墓地です。スメタナの墓はまだ新しいようで白い尖塔型でした。菊の花が数本供えられていました。

●ドヴォルザークに人気
 ドヴォルザークはアーチ型の墓地の一角に眠っていました。スメタナが文字だけのシンプルな墓だったのに対し、ドヴォルザークは台座の上に胸像が飾られていました。
 ヴィシェグラードはスメタナの交響曲「わが祖国」の第1楽章でうたわれています。しかし、ドヴォルザークの方に人気があるようで、献花の数はスメタナを遙かにしのいでいました。

●ヴルタヴァ川
 聖マルティン教会の裏手からヴルタヴァ川が一望できました。バラツキー橋などいくつかの橋の奥に現在のプラハ城が構えていました。ところで、日本人にはヴルタヴァ川というよりドイツ語読みの「モルダウ川」の方が馴染みがあると思います。
 教会を見学したり、正面入り口の装飾などをカメラに収めて、今度はバスでプラハ市内のカレル橋付近に戻りました。30分ほどの道のりでした。
 
●カレル橋
 カレル橋を西岸から東岸へとそぞろ歩きました。「銀座並み」といわれた混雑はありませんでした。橋上には土産物の露店がたくさん店開きし、いくつかの音楽グループが得意の楽器を奏でていました。
 プラハ城が横たわる西側の風景を振り返ったり、行き交う遊覧船を眺めたり、欄干にもたれてぼやっとしたり…。516mの散策を楽しみました。

●スメタナ資料館
 真っ黒な旧市街への塔を潜って、川縁に建つスメタナ博物館へ。館内にはスメタナに関する写真、楽譜、ピアノなどの資料が展示されていました。館内の撮影は有料です。
 「スメタナは1963年から6年間、ここに住んで『売られた花嫁』などを作曲しました」。案内役の女性は得意げに解説していました。窓越しに見るヴルタヴァ川の風景が感動ものでした。
 博物館前のスメタナ像近くでテレビのインタビューを受けている男性がいました。後でわかったのですが、プラハ市長でした。

●観光客の店
 昼食中に降り出した雨が土砂降りになりました。「ボヘミアン・グラスの店で雨宿りしましょう」。ガイドの案内で旧市街広場近くの通りにある大きな店に入りました。観光客が集まる店らしく、ヨーロッパばかりでなく、日本、韓国の観光客で混雑していました。

●旧市街
 雨が止んで、プラハの心臓部といわれ旧市街広場へ。旧市街地の生い立ちは11世紀ごろ。広場を囲むように教会や商人の住宅が建って町が形成されました。バロック、ルネッサンス、ゴシックなど様々な様式の建物が目を楽しませてくれます。

●ティーン聖母聖堂
 広場に立って真っ先に目に入るのは、真っ黒な2本の尖塔を持つティーン聖母聖堂です。1365年に建造されたゴシック様式で、塔の高さは80mもあります。ここは15世紀初頭から起こったフス派による宗教改革の本拠地でした。
  
●共産党大統領が演説
 左隣のピンク色の建物はゴルツ・キンスキー宮殿です。チェコスロバキア時代の1948年、、初代の共産党大統領がバルコニーから演説した場所でもあります。
 ティーン聖母聖堂とゴルツ・キンスキー宮殿に挟まれるようにして建つのは、14世紀に建造されたゴシック様式の石の鐘の家です。
 宗教改革の先駆者、ヤン・フスの黒い像もありました。広場は16:00を前にだんだん人で膨らんできました。 

●絵になる風景
 聖ミクラーシュ聖堂も目立つ建物です。12世紀に建てられ、1735年に大改築されたバロック様式の教会。ティーン聖母聖堂が建てられるまではプラハ最大の教会でした。
 広場の中央に立って目を左右に転じれば、どの角度からもカラフルな建物が目に飛び込んできます。まさに「絵になる風景」のオンパレードです。
 
●天文時計
 旧市庁舎の天文時計の前に人だかりができていました。16:00の瞬間を待つ観光客たちです。時計は1490年ごろ旧市庁舎の塔の南側に設けられたゼンマイ仕掛け。
 二つの時計盤があって、上の盤はプラネタリウムで地球を中心に回る天体の動きを表していています。下の盤はカレンダリウムで季節ごとの農作業風景が描かれています。

●正時を待つ  
 最上部に小さな扉が2個あります。普段は閉じられていますが、毎正時に20秒間だけ開いてキリストの12使徒が姿を見せる仕掛け。時計は見上げるばかりの大きさです。大勢の観光客が刻々迫る16:00を待っていました。
 観光客と向きあうようにして、プラーカードを掲げた男性が数人並んでいます。目障りこの上ありませんが、彼らも仕事。仕方ありません。

●扉から使徒
 16:00になった瞬間、歓声が上がりました。扉が開いて黄金のキーを持った使徒たちが姿を現したのです。
 あっという間の20秒間でした。再び扉が閉じられると、観客たちは蜘蛛の子を散らしたようにその場を離れました。この光景は毎正時、次は17:00、18:00…と繰り返されるのです。

●パノラマ風景
 塔の上の回廊展望台から百塔の町の大パノラマを堪能しました。広場越しに望むプラハの町は、奥行き深く尖塔が聳える町でした。
 眼下の広場やその周辺には、ヤン・フスの像、聖ミクラーシュ聖堂、ティーン聖母聖堂が…。赤茶色の屋根越し遙かにプラハ城も望めました。薄いながらも青空が広がって、最高の眺望でした。

●黒ビールとベヘロッカ
 夕食は修道院を改修したレストランでした。飲み物はベヘロッカという食前酒と黒ビールです。黒ビールはチェコで初見参です。「黒砂糖の味が濃い」。アルコール音痴の自分にもわかりました。 
 食前酒のベヘロッカは、もともとはカルロビバリの名物です。100種類の薬草が入っているといわれるアルコール度が40度を超える強い酒。舐めるように試飲しましたが、なるほど強い。むせてしまいました。

●夜景の撮影
 食後、ライトアップされたプラハ城などを眺め、「だめもと」のつもりでシャッターを数枚押しました。帰国後にプリントしたらひどい手ぶれ。三脚なしで夜景を撮影したことは何度もありますが、これほど手ぶれは初めて。ショックでした。

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