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◎11月21日(木) (9日目)
 スファックス→エル・ジェム→スース→カンタウイ泊
 
●日の出見られず
 日の出を楽しみにしていましたが、あいにくの小雨。昨夜は満月に近い月が煌々と輝いていたのに…。がっかりです。
 今朝は早立ち。7:30、本土へ戻るフェリーの乗り場、アジム港へ急ぎます。途中で雨が上がり、青空が広がってきました。 

●猛暑対策
 ナツメヤシの中に建つメンゼルはどれも豪邸。宮殿を思わせる豪奢な邸宅もあります。庭にはオレンジがたわわ。「ナツメヤシ成金」とでもいうのでしょうか。なにしろ1000本所有していれば大金持ちの国ですから。屋上に幾つもあるドームは猛暑対策。平らな屋根よりも空気の循環がよく、ドームの下には寝室など主要な部屋があります。

●2部制授業
 登校中の子供たちがバスに手を振っています。1部授業の子供たちです。チュニジアは学校不足のため、全部ではありませんが2部制を採用しています。1部は午前が7:30から10:00まで、午後が12:30から15:00まで。2部は10::00から12:30までと15:00から17:00まで。
 午前と午後の間はいったん自宅へ戻るので、いつでもランドセルやザックを背負った子供たちの姿を見かけます。ちなみに6歳から11歳までが小学生、11歳から18歳までが中学生、19歳からは大学生です。

●再び本土へ
 港には30分で着きました。島に到着したときはすぐにバスに乗り込んだので気づかなかったのですが、土産店や案内所などの建物もメンゼル風です。
 間もなく本土からのフェリーが接岸。車や人がはき出されるのを待って乗船。8:20、出航。冷たい風に吹かれながら風景を眺めていたら25分後には本土側のジョルフ港に接岸しました。

●石油タンク

 バスはチュニジア第2の都市、スファックスを目ざします。両サイドにナツメヤシの畑が延々。スファックスまでは海岸線のオアシスが続いています。
 道路わきに立つ標識は牛に注意のマーク。酪農も盛んなようです。海岸線に並んだオイルタンクはスキラといい、国内で産出される石油の集散地でした。チュニジアは陸上に6か所、海底に3か所の油田を持っています。

●水煙草
 50分ほど走って、ガベスの郊外にあるカフェで休憩。青年が水煙草(シーシャ)を吸っています。「ラマダン?」と言ったらパイプをくわえながらニヤリと笑っていました。どこにも不埒はいるものです。気の良さそうな青年は誰彼なく、シーシャを勧めていました。 
 やがてガベスの町を通過。人口11万人の町はリン鉱石工場から排出される煙害が深刻化しています。周辺で収穫されるナツメヤシの品質はかなり落ちるそうです。道端にポリタンクを並べた露店。ガイドは「リビアから国境を越えて売りに来るガソリン屋です」と説明しました。

●カブラ山積み
 思い出したように車窓をよぎる野菜直売所には、収穫直後のニンジン、カブラなどが並んでいます。この時期はカブラが多いようで、どの直売所にも山積みされていました。
 そんな風景を眺めていたら、とことこ走るリン鉱石満載の貨物列車に追いつきました。道路に沿うようにチュニス−ガベス間400kmの鉄路が延びています。

●哀れ羊よ
 猛スピードで走り続けるバスが急にスピードを緩める先には必ず取り締まりのポリス。今日はポリスが多いようで頻繁にブレーキを踏みます。
 肉屋の店頭に腹を切り裂かれた羊が逆さ吊りにされてぶらぶら。すぐそばには順番待ちが数頭。知ってか知らずか、ひとかたまりになっています。その姿が哀れでした。

●スファックス

 沿線からナツメヤシが減って、主役はオリーブに変わりました。畑の背後には真っ青な地中海。スファックス−チュニス間200kmに及ぶサヘル(海岸地帯)には国内の40%に当たる20万本のオリーブが栽培されています。
 11:30、スファックスの町に入りました。リン鉱石工場が黒煙をもくもく。スファックスもまたガベス同様に煙害が深刻化している町です。

●最大の産地
 人口70万人の大都市はバイクの多い町。渋滞の中をミズスマシのように走っています。
 町の経済を支えているのは商工業、農業など。国内最大の産地であるオリーブの貢献度はとくに高いといわれます。

●喧噪と殺気と
 アグラブ朝時代の9世紀に建造された城壁を潜ってメディナ(旧市街)へ。足を踏み入れた瞬間、恐怖感が全身を襲いました。狭い通路を埋める人、人、人。喧噪ばかりでなく、殺気すら感じられます。
 魚、肉、香辛料、野菜、果物が並ぶスークはかなり広いスペース。縦横に延びた通路を急ぎ足で通り抜けようとしますが、怒濤(どとう)のように押し寄せる客に押し戻されてしまいます。ラマダンも関係がないのか、ともかくすごい混雑ぶりです。

笑顔の店主

 懐中物に気をつけ、カメラを気にしながらやっとの思いで抜け出しました。これほどの雑踏はモロッコのフェズでもありません。
 しかし、店の人たちは笑顔で接し、カメラを向けるとにっこり微笑んでくれます。恐怖の中にも瞬時の安らぎはありました。衣類などが並ぶドーム天井のスークは人通りもぐっと少なくて人心地がつけました。

●豊富な魚や野菜
 魚屋にはマグロ、ヒラメ、タイ、アジ、ハモ、エイ、イカなど豊富な種類がずらり。いずれも地中海で獲れたばかり。
 野菜や果物も豊富。チュニジアではほとんどの野菜が二毛作。市場には年がら年中、新鮮なニンジン、カブラ、サラダ菜などが産地から運び込まれます。
 果物はリンゴや洋梨の盛りが過ぎて、オレンジ、ミカンなどの柑橘類、ナツメヤシなどの収穫期に移っています。3種類のミカンをきれいに並べた店もありました。

●オリーブ石けん
 きれいに残る城壁やグランドモスクを振り返りながら近くのスーパーマーケット「モノポリ」へ。女性たちのお目当てはオリーブ石けんです。
 女性たちの大半は2階の石けん売り場へまっしぐら。鮮やかな緑色の石けんはオリーブ含有量が100%、75%などと表示されています。100%はあっという間に棚から消えてしまいました。

●チュニジア国旗
 遅い昼食の後、スファックスの観光を切り上げて円形闘技場があるエル・ジェムへ向かいました。チュニジアでも主要な建物には国旗がはためいています。赤地に白い円をくり抜き、その中に赤い三日月と星をあしらったデザインです。
 赤地は血の赤、白は平和、三日月はイスラムの繁栄、星はイスラム教の五行を表現しています。三日月は中国からモロッコまでイスラム教が浸透していることを表しているそうです。

●オリーブの海原
 スファックスの町を抜けたら再びオリーブ畑に。走っても、走っても続いています。なだらかな丘陵へと広がる畑は、もうオリーブの海原です。肥沃な農地に恵まれて大木が目立ちます。ナツメヤシの木は完全に姿を消しました。
 道ばたの肉屋に牛の頭が3つ。何度見てもグロテスクな光景です。

●エル・ジェム

 15:10、エル・ジェムに到着。オリーブ栽培が盛んな人口6万人の中都市です。イタリアのローマ、ヴェローナに次いで3番目に大きなコロシアム(円形闘技場)があり、通年の観光客が絶えません。
 自慢のコロシアムは3世紀に10年の歳月をかけて完成し、住民の娯楽場として3万5000人を収容しました。

●最良の保存
 コロシアムは3階建ての偉容を当時のままに残していました。現存する闘技場の中で最良の保存状態といわれます。青空に映える外観を一瞥しただけで、そうだろうなと納得できました。
 アーチ型のゲートを潜って舞台に立ちました。中央に溝があり、地下部分にはライオンなどの猛獣が檻ごとロープで引き揚げられる仕掛けになっていました。剣闘士が登場するゲートも設けられています。

●しみ込む怨念
 スタンドに囲まれたアリーナ(舞台)では奴隷身分の剣闘士同士が死闘を繰り広げたり、奴隷や罪人が猛獣と生死をかけて戦わされたりしました。
 何気なく踏む地面には、剣闘士たちの、そして猛獣の血や怨念がしみ込んでいるのです。当時は早く血を吸い込ませるために地面に砂をまいたといいます。なんとも残酷な話しです。

●留める原形
 観客席に上がると、観客が出入りしたアーチ型のゲートが幾重にも連なり、規模の大きさを実感できます。外壁のアーチ部分は一部損傷していますが、当時の原形を鮮明に留めていました。
 コロシアムは長径162m、短径118m、高さ36mで、アリーナの直径は65mです。建築資材の石灰石は40km離れたサラタクという町の採石場から運びました。

●悲劇の場所 
 コロシアムは3回の増改築を繰り返して大規模な闘技場になりました。が、17世紀にオスマントルコ軍によってかなりの痛手を受け、その後に修復された個所もあります。
 長い歴史の中で様々な悲劇を生んだことでも知られます。重税にあえぐ市民の反乱の場所になったり、イスラム教徒とベルベル人との戦いの場になるなど、要塞の役目も果たしました。

●国内に25か所
 チュニジア国内にはかつて25の円形闘技場がありました。世界遺産のエル・ジェムはその代表格。当時、故郷を離れて在住するローマ人が多く、残虐な闘技シーンを見てホームシックを紛らわせていたのではないでしょうか。
 現在は夏の夕暮れに音楽フェスティバルが開催され、ヨーロッパ各地から観光客が押し寄せます。訪れたのはオフシーズンの午後。静かに見学できました。

●沿線風景
 予定の観光を終え、今夜の宿泊地、カンタウイへ。バスはオリーブ畑の真ん中を例の猛スピードで突っ走っています。
 日没が近くなって、道ばたにはパン売りの少年が見られるようになりました。左手に塩湖がちらり。畑の中に高さ6、70cmの白いクイが建ち並んでいます。ブルーの線が2本描かれていて「この地下に水道管あり」の標識です。

●食料求めて
 フランスパンのような長いパンを数本抱えて行き交う男性。パン屋さんの店頭にも男性が群がっています。食事にありつける日没はもうすぐ。
 50km規制を当然のごとくに無視して疾走するバス。その車窓にピンク色が広がってきました。17:05、真っ赤な太陽が丘陵に消えました。その後もちらりと顔を出すところをみると、まだ落日ではなさそうです。

●落日に遅し 
 「落日が見たい!」。車内の声に絶景の場所があるといって、さらにスピードを上げました。今日はドライバー君の機嫌が良いようです。
 しばらく脇道を走ってその場所に付いたときには茜色を残して沈んだ後。「ありがとう、お疲れさん」。ドライバーの労をねぎらってホテルへと急ぎます。モスクのミナレットに明かりが灯りました。

●カンタウイ

 17:30、ホテルに。ビーチのそばに建つ近代的な建物でした。カンタウイはスースの北5kmにある海浜リゾートで、正式地名はポート・エル・カンタウイ。5つ星クラスのホテルが建ち並ぶ豪華なリゾートとして、夏場は大変な賑わいを見せます。
 リゾート開発されたのは、わずか30年余り前のこと。戒律が厳しい自国で羽を伸ばせないサウジアラビアの金満家が、お忍びの遊興に浸るために開発したのだとされています。

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