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◎11月16日(土) (4日目)
 カイラワン→スフェチュラ→トズール泊

●アラブ風の部屋
 ホテルはかつてのカスバ(城塞)を改造したというだけに、部屋を飾る年代物の調度品、壁を彩るアラベスク模様のタイル、 天井の周囲に施された木彫の装飾など、どれもがアラブ風。なかなか雰囲気のあるホテルです。
 5:10、日の出前の礼拝を告げるアザーンが流れてきました。ミナレットのマイクから「アッラーフアクバル アッラーフアクバル(アッラーは偉大なり)」と告げるムアッジンの朗々とした響きを聞くと「自分はイスラムの国にいるのだな」との実感がますます強くなってきます。

●ムアッジン
 アザーンは「アッラーは偉大なり」を4回繰り返し唱えた後「アッラーのほかに神はいないと証言する」などと続きます。人々は近くのモスクに出かけてお祈りをし、日の出とともに夕刻までの断食に入るのです。
 最近はムアッジン(礼拝の時間を告げる人)に代わってテープが多いと聞きましたから、イスラムの朝を演出している野太い声は肉声ではないのかもしれません。 

●アグラブの貯水池
 今日最初の観光地は、ホテルからバスで5分ほどにあるアグラブ朝時代の貯水池です。円形の池が大小2個。地上からでは大きさのほどがよくわかれません。管理事務所の階上が展望台になっており、そこから見下ろすと全容が一望できました。
 大きな貯水池は直径128m、深さ5m。36km離れた泉から引いた水を小型(直径19m)の貯水池で浄化した後、大きな池に蓄えて住民に供給しました。

●最高の技術

 貯水池は9世紀に興ったアグラブ朝の時代に造られたもの。浄化装置を備えるなど、当時の最高技術を誇っていました。
 かつては14個もあったそうですが、現在は1969年に修復された2個が残るだけ。モニュメントとしての役目だけで、市民は別のパイプから供給される水を利用しています。貯水池を取り巻く建物をあれこれ眺めていたら池のそばを観光用のラクダが1頭、とことこと歩んでいきました。

●グランドモスク
 次はチュニジア最古、いやマグレブ最古といわれるグランドモスクへ。煉瓦造りの回廊、その一角に建つ高さ31.5mのミナレット。モスクは飾り気のないベージュ色が支配する聖地でした。
 要塞を思わせるモスクは7世紀中ごろ、ウマイヤ朝のオクバ・イブン・ナーフィの命で建造されました。現在の建物はアグラブ朝の836年に再建されたものだといいます。

●礼拝室

 ドーム天井の礼拝室には17の扉があます。レバノン杉の1枚板を使い、それぞれに違った植物模様の彫刻を施しています。7世紀に造られたオリジナル版です。異教徒は礼拝室に入ることができませんので、扉から中の様子をのぞき見することになります。
 礼拝室にはイスラム世界で最も古いミンバル(説教壇)とマクスーラ(支配者専用の礼拝施設)があるのですが、周辺はかなり暗くてのぞき見だけではよくわかりません。

●柱はリサイクル

 礼拝室や回廊の柱は柱頭のデザインや柱の長さがまちまちだと思ったら、スフェチュラ(スベイトラ)などビザンチン時代の都市のものをリサイクルしていたのです。十字架が刻まれた柱もありました。
 礼拝室の柱は下の部分を布で覆っています。まるで防寒用の靴下をはかせたような具合。これは?です。床の絨毯は冬場の礼拝用で、夏になるとござに取り替えられます。

●井戸と日時計
 大理石を敷き詰めた中庭に出てみました。聳えるミナレットは3層構造で、下部が粗めの煉瓦づくりになっています。この部分は728年に造られたイスラム世界最古のものだそうです。
 中庭は緩やかな傾斜になっていて、中央に雨水が集まるように設計されています。雨水は地下の貯水池に蓄えられました。ほかに礼拝の時間を知るための日時計もあります。

●シディ・サハブ霊廟

 続いて訪れたのはイスラムの開祖、ムハンマドの親友であり、聖者でもあるアブ・ザマ・エル・ベラウィが眠るシディ・サハブ霊廟です。
 正方形の美しいミナレットを横目にしながら入り口を潜りました。一歩踏み入れてあっと息をのみました。廟内の壁を彩るアラベスク模様のタイルのなんと美しいこと!。壁の上部や室内の天井を飾る透かし彫りの精巧さ。「これは、すごいや」。あちこちから異口同音のフレーズが発せられました。

7世紀に建造
 アラベスク模様が取り巻く霊廟は7世紀に建造されました。ベラウィは654年、カイラワンから30kmほど離れた戦場で亡くなったと伝えられます。彼は尊敬するムハンマドの顎髭3本をいつも身につけていたそうで、理容師のモスクとも呼ばれています。
 現在の形になったのは17世紀。内部にはベラウィの墓、石棺、礼拝堂などがあり、巡礼者の宿舎やミナレット、神学校なども増設されました。

アラベスク模様
 ところで、一行を魅了したアラベスク模様のことですが、植物をモチーフにしたものが大半です。神はアッラーのみのイスラム教では偶像崇拝を禁じられ、人や動物の絵は御法度。それに代わる題材として植物を選んだのです。
 緑、黄色を基調に花や野草などを抽象的に描くアラベスク模様は、モスクの壁やドーム、天井などの随所に見られ、ホテルやレストランでも芸術性に優れた作品に接することが出来ます。

●都会的センス

 その後、絨毯店での買い物組みとメディナ散策組の2班に分かれました。自分はメディナ組。昨日ざっと歩いたので、およその様子はわかっています。
 スーク(市場)に屋根がない場所が多いので開放的です。商店はチュニジア北、中部特有の白壁にブルーの窓枠。白い衣装のサフサラを身に纏う女性が多く、都会的な雰囲気が漂うスークです。

●陶器と絨毯
 スークの土産店で目立つのは焼き物と絨毯。チュニジアにはナブール、ゲララという陶器産地があって、それぞれの工房では伝統的な手法を生かしながら日用品から芸術品まで幅広い製品をつくっています。
 絨毯は植物をモチーフにした幾何学模様が特徴。この技術はオスマントルコ時代に導入されたと伝えられ、カイラワンは生産の中心地として発展しました。

●肉屋の店頭
 スークの小路を歩いていると、ときどきドキッとさせられる場面に遭遇します。それは肉屋さんの店頭です。牛の首が3つ、4つとぶら下がっていたり、腹を切り裂いたばかりの羊が逆さ吊りにされていたり。
 スーク大好き人間もこんな風景だけはごめんです。そそくさと通り過ぎて門を出ました。

●少年もラマダン
 スークでは昨日同様に、お兄さんたちが「ジャポネ、ガンバレ」と激励してくれます。日本のサッカー選手の名前を次から次に披露して得意顔をしていたり、盛んな客の呼び込みやらで人間臭さがぷんぷん。この雰囲気が好きです。
 門の前で10歳くらいの少年が「ガム、買って」とまとわりついてきました。笑顔が可愛いのでキャンデーを差し出したら「ショクラン(ありがとう)」と受け取り、「ラマダン」といってポケットにしまい込みました。

●甘い甘い菓子

 カイラワンの後はスフェチュラへ。ペッパーの畑、小麦畑、オリーブ畑が広がる単調な風景が続きます。添乗員がスークで買ったマクルートという菓子を配ってくれました。油で揚げた甘い、甘い菓子。カイラワンの名物でした。
 砂糖たっぷりのミントティを飲みながらマクルートを食べたら一体どうなるのでしょう。1日中、胸焼けがおさまらないのでは…。とにかくのどが痛くなるほどの甘さでした。

●サボテンの実
 ワジ(川)を渡りました。完全に干上がっていて雑草に覆われています。11月、12月には洪水で氾濫することもあるそうです。干涸らびた状態からはとても想像できません。
 川べりに大変な数のサボテンが黄色っぽい実をつけています。これまでの沿道でも何度か見かけたのですが、どれにも実がたくさん付いていました。メキシコなどでは実をシャーベットにしたり、サラダにします。チュニジアの人はあまり好まないようです。

●猛スピード
 単調な風景の中にも地域ごとにいくらかの変化は見られます。アプリコットやアーモンドの畑が現れたり、唐辛子やオリーブの収穫に励む家族がいたり…。
 このように書くと、いかにものんびりしたドライブに思われますが、バスは例のごとくに猪突猛進ぶりを発揮しています。何かに追われてでもいるように車体をギシギシいわせながらの疾走です。今日は後部座席。体はゴムマリのように左右、上下に弾んでいます。

●妻が吐いた
 「もう少しスピードを落として」との注文も出ますが、ドライバー君はお構いなし。酔い止めの薬は飲んでいるのですが、先ほどの甘い菓子で胸がむかついているので気分は最悪。
 そう感じていたら斜め前に座っていた妻が吐いてしまいました。真っ青な顔で苦しそう。こんなことは初めてです。前方では横になったきりの女性もいました。

●スフェチュラ
 なんとかスフェチュラに到着しました。カイラワンから100km。体中がばらばらになりそうな大変なドライブでした。
 スフェチュラ(スベイトラ)は、ローマ時代にオリーブ油の生産で栄え、最盛期には1万人が住む大都市でした。しかし、チュニジア国内で一番新しいローマ遺跡なので、自分はあまり期待していませんでした。

●遺跡が語る繁栄
 右手に凱旋門を見て進むと、日干し煉瓦の建物跡が広範に点在しています。
 夏用の共同浴場には魚のモザイクがあり、住居跡にはオリーブの圧搾台跡。大浴場用の貯水池もあれば、前方には神殿らしい立派な建物も見えます。意外や意外の規模、内容です。

●1万人住む
 都市が誕生したのは1世紀。スフェチュラ河畔にある町を見つけたローマ人が都市を造営したのが始まりと伝えられます。
 ビザンチン時代の5世紀にはカルタゴに次ぐ都市として栄え、最盛期には50ヘクタールに1万人以上が生活していたそうです。遺跡を辿ると、繁栄の跡が随所に残されています。

●多い浴場と教会

 さらに歩を進めます。貯水池の近くには冬に利用された大浴場があり、石柱が残るセルブス教会、噴水などを見学しながら進んだ先には野外劇場が残されていました。
 スフェチュラ川を見下ろす崖っぷちに建つ3世紀の劇場は崩壊が激しくて、オリジナルはオーケストラ席と円柱の一部だけ。観覧席は修復されたものでした。

●浴場4カ所
 ローマー人の風呂好きは有名です。ここにも夏、冬用をはじめ4カ所の浴場がありました。
 また、教会や聖堂跡も4個所。ところどころに残る石柱は当時の人々の信仰の厚さを物語っています。

●3つの神殿
 ひときは大きなアントニウス・ピヌス門を潜ると、石畳のフォーラム(公共広場)があり、その奥に3つの神殿が並んでいました。左からミネルバ(アテナ)、ジュピター(ゼウス)、ジュノー(ヘラ)の神殿です。
 ミネルバは知恵と正義と戦いの神、ジュピターは天空と地上の神、ジュノーは神々の女王でジュピターの正妻。3つの神が仲良く並んでいるのは、多神教であったころのローマ時代を彷彿とさせます。

●静寂の中に

 ビザンチン時代に要塞化され、繁栄を極めた都市も7世紀になるとアラブ兵の侵攻によって破壊され、イスラム化へと変容を遂げていきました。

 古代都市を一巡したわけですが、茶一色の巨大空間を彷徨うのは自分たちの一行だけ。聞こえるのは野辺を渡る風の音。スフェチュラは静寂の中にありました。 

●ナツメヤシ
 近くのレストランで昼食のあと、トズールへと向かいました。妻の体調はやっと回復しましたが、この後の走り方次第ではどうなることか…。沿道はオリーブに代わってナツメヤシが目立ってきました。
 ガザフの町を過ぎると、右手の遙か彼方にアルジェリアとの国境になるアクラス山脈が姿を見せました。その姿は砂埃の中に蜃気楼のように浮かんでいました。風が強いので砂漠の砂塵が舞っているのでしょう。

●一気に砂漠
 バスは広漠の大地を疾走しています。どんどん南下してサハラ砂漠に近くなってきたようです。と、思ったら一気に砂漠と化しました。立木はなく、ザタという棘のある雑草が砂地を席巻しています。
 この雑草に触れたら大変。棘が刺さってあちこちから血が噴き出す厄介者です。そんな危険な雑草をラクダはむしゃむしゃと糧にしています。砂漠に生きるラクダは逞しいです。

●夫婦共働き
 退屈気味の車内。誰かが「チュニジアのサラリーマン給料は?」と質問しました。ガイドによると、月収は400-500D(日本円で4、5万円程度)。
 一方、家賃は200-250Dでかなりの割高ですが、女性は結婚後も退職せずに共働きするので生活は維持できるとのこと。イスラムの国は男性社会ですが、戒律の厳しくないチュニジアでは共働きが当然のようでした。

●収穫期の40万本
 今夜の宿泊地であるトズールに入りました。広場に「砂漠のバラ」のモニュメントが建ち、日干し煉瓦の家並みが目立ちます。北、中部とは風景を一変させました。オリーブは見られなくなり、ナツメヤシの木が俄然勢力を広げています。
 トズールは砂漠のオアシス。ナツメヤシの木が40万本あります。ちょうど収穫期を迎えており、どの枝にも茶色に熟した実が鈴なりです。 

●バンガロー風
 飛ばしに飛ばしたバスは16:20、トズールのホテルに到着。「予定より早かったですね」。添乗員が誰にともなくつぶやきました。ありがたくない猛スピードの”成果”です。
 ホテルはモルタルと日干し煉瓦を組み合わせた建物。敷地内に同じ形式のバンガロー風の部屋が何棟か点在しています。自分たちはフロントからかなり離れた部屋です。敷地内にはプールがあり、色とりどりのブーゲンビリアが花盛り。砂漠のリゾート気分には浸れそうです。  

●民家で夕食

 今夜の夕食はトズールとガフサの中間にあるマトラウイという町の民家で。来た道を20分ばかり引き返したところにあります。
 民家は日干し煉瓦の大きな邸宅。ナツメヤシの木を1000本持ち、温泉も掘り当てた富豪です。通された部屋は4つのコーナーに仕切られ、それぞれの壁に沿って長椅子がありました。思い思いに分散して座ると、1人1人の前に小さなテーブル置かれました。
 ビュッヘスタイルなので料理は各自で運び、小さなテーブルで食べるのです。日本のお膳を連想しました。

●どの味も上等
 次々に運ばれてくる料理はグリーンサラダ、チュニジアンピザ、ベジタリアンのクスクス、ラム、ブリックなど多種多様。クスクスはあまり好みではないのですが、セモリナ粉(小麦粉)にしっとりとした粘りがあって、なかなかの美味。
 ブリックは定番の三角形ではなくて春巻き風。表皮がパリパリし、タマゴや野菜がうまく調和していて、これもまた上々の美味しさです。

●逸品ナツメヤシ
 デザートのナツメヤシは最高級品。大粒で糖度が高く、柔らかいのにしっかりした歯ごたえ。さすがはナツメヤシ富豪の逸品は違います。10個ほど食べて、やみつきになりそうです。
 最後に黄色とピンクの菓子が運ばれてきました。「うわ〜、甘い」。大きな声が響きました。味見をしたら、まるで砂糖漬けのような甘さです。ズラビアといってラマダン中によく食べるお菓子で、蜂蜜と砂糖を油で揚げたものでした。甘いはずです。

●ディグラとタルマ

 大人気のナツメヤシは地域によってディグラとタルマの2種類に大別されます。ディグラはトズールのような砂漠のオアシスで、また塩湖に囲まれた地域で生産されるもの。
 タルマの方は沿岸地帯で収穫されるもの。品質は大粒で甘みのあるディグラに軍配が上がります。タルマは小粒で、しかも少量の塩分を含んでいる、という説明でした。

●トズールのこと

 トズールはアルジェリアの国境近くにある人口8万人の町。1000ヘクタールの広大なオアシスには20万本のナツメヤシが栽培されています。他にも果物や野菜が豊富ですが、トズールの名をもっとも高めているのは、やはり高品質のダット(ナツメヤシの実)です。
 町のモスクや家並みは幾何学模様が組まれた日干し煉瓦造り。砂漠地帯のムードを演出しています。

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