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◎10月18日 (13日目)
 ペトラ→ワディ・ラム→アカバ→ペトラ泊
 
●モーゼの弟 
 ワディームーサの町が一望できる高台に立つと、岩場の天辺にモーゼの弟の墓というのが見えました。標高1300m。辺り一帯は黄砂現象でぼやけています。バスが峠を下ると、ごつごつした岩山が迫ってきました。その手前は砂漠。ベドウィンのテントが数張り並んでいました。

●ヨルダンという国 
 ところで、昨日から観光しているヨルダンはアジア南西部にある立憲君主国で、正式の国名はヨルダン・ハシミテ王国です。1988年にヨルダン川西岸地区の統治権を放棄し、94年にはイスラエルと平和条約を結びました。これで建国以来、46年間にわたって繰り返された戦争状態が終結されました。

●アンマンに集中
 面積は日本の4分の1。人口は450万人。首都アンマンに150万人が集中。イスラム教徒ではスンナ派が90%。最近はパレスチナ難民の流入で人口が急増。産業は鉱工業が盛ん。中でも燐鉱石の生産が多いところ。
 日本からの観光客は年々増加しており、1980年に800人だったのが1995年には8000人。今では年間1万人を楽に超えているはずです。

●ホテルはテント
 奇岩と赤い砂漠のワディ・ラムに到着しました。岩山が迫るレストハウスの前に黄色いテントが並んでいます。「ワディ・ラムのホテル」でした。ラクダの呼び込みを無視して、4輪駆動車に分乗しました。

●気ままな四駆
 中年のドライバーは、にやりと一瞥をくれて砂漠の中の道なき道を勝手気ままに走り出しました。赤い砂が舞い上がり、車体がぽんぽん跳ねます。後方から「殺す気か」という物騒な悲鳴も。
 バウンドするたびに天井に頭を打ち付けるらしく、悲鳴は途絶えることがありません。奇岩が連なっておもしろい風景なのですが、眺める余裕はありません。

●連なる奇岩
 四駆はローレンスの泉でストップ。映画の舞台にもなった泉は、すでに涸れていました。今にも倒れかるように迫る周辺の岩山は見応え十分。

●赤い砂漠 
 さらに赤い砂漠を進みます。美しい、というよりも異様な雰囲気です。靴といわず、ズボンの膝下まで赤く染まってしまいました。
 次に停車したのは、多彩な奇岩が重なりあった、洞窟のようなところ。実際は岩の裂け目でした。ワディ・ラム観光はこれでお終い。短時間の赤い砂漠体験でした。

●憎しみ合う隣国 
 ヨルダン最南端の港町、アカバへ向かいます。並行する線路をヒジャージ鉄道の貨物列車が走っていました。燐鉱石をサウジアラビアへ運んでいるのです。
 彼方に高層の建物が並ぶ町がぼやけて見えます。イスラエルのエラートだそうです。町までわずか10km。イスラムとユダヤ。憎しみ合う国が隣接しています。厳しさを目の当たりにしました。
 
●唯一の港
 グラスボートでアカバ湾を巡りました。ヨルダン唯一の港はリゾートでもあます。岩場にへばりつくような町並み、その前の海岸では海水浴を楽しむ人がいます。男の子が素潜りで捕まえたフグを得意げに見せてくれました。
 対岸に目を転じると、そこはイスラエル。8km先だといいます。「あそこの石油タンクから左側はエジプトです」。ガイドが指さした。南へ行くと、そこはサウジアラビア。アカバは3カ国に接する緊張の町であることを実感しました。

●海底に戦車
 海底に珊瑚はあるのですが魚は少ないようです。その代わり戦車が沈んでいたし、石油タンクが横たわっていました。「なんで、こんな所にこんなものが」と思うばかりです。
 
●モーゼの泉
 昼下がりの太陽が照りつける中をペトラへ引き返ます。バスは黄昏、薄暮と移りゆく砂漠をひた走り、ワディームーサの町はずれでストップしました。かの有名な「モーゼの泉」がありました。紀元前1235年、エジプトからきたモーゼが杖で岩を叩くと、こんこんと清水がわき出したという、あの泉です。
 泉は小屋の中に保存され、水源から流れてきた水は泉を経て町へと流れています。水源はいまだに発見されていません。砂漠にあって涸れたことがない不思議さが、この泉をグレードアップしています。

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