| ページ: | TOP | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
(赤字をクリックすると関連のページが開きます)
◎9月24日(金)晴 (6日目) アルマトイ市内観光→アルマトイ泊 ●ドーム天井きょうは市内観光なのでゆっくり。雪の頂がきれいに見えて気持ちの良い碧空です。朝食は品数が豊富で、どれも口に合います。羊の肉入りパン、完熟トマトやスイカ、ウリもまた上々の味でした。 レストランはユルタ(ゲル)風の高いドーム型天井で、遊牧民の生活やシルクロードの風景を描いた壁画が興味をひきました。 ●市内観光へ 市内観光のトップはホテル近くに建つゼンコフ正教会。現地の女性ガイド、ドゥルガさんが遅刻してしばらく待たされましたが、きょうは滞在日なので「いいよ、いいよ」と鷹揚に構えられる気持ちの余裕があります。 教会のある28人のパンフィロフ戦士公園公園までは10分ほど。ホテルの部屋からも見える教会は公園の中央に建っていました。 ●ゼンコフ正教会ゼンコフ正教会は木造。おとぎの国か絵本にでも登場しそうなカラフルな教会です。黄色を基調にした外壁と白枠の窓は貴婦人の趣。その上に聳えるドームや鐘楼のなんと色鮮やかなこと。 赤、青、緑色などの菱形模様で装飾され、天辺には金色の飾りが輝いています。ロシア正教の教会は鮮やかな彩りが特徴ですが、真っ青な空はきらびやかさをいっそう際だたせます。 ●大地震に耐え 教会はロシア人の建築家ゼンコフが1904年に建てたもの。1本の釘も使わず、耐震性を重視した独特の構造で1888年と1901年の大地震にもびくともしなかったのが誇りです。 旧ソ連時代の一時期は博物館に流用され、1997年から再び教会として使われるようになりました。 ●28人のパンフィロフ戦士公園 教会が建つ「28人のパンフィロフ戦士公園」はゴーゴリ通りとカズベク・ビィ通りの間にあります。第2次世界大戦の際、カザフ・ソビエト社会主義共和国からロシアへ出兵したパンフィロフ将軍ら部隊所属の28人を弔うために設けられた記念公園です。部隊はナチス・ドイツ軍の戦車18台を破壊するなどモスクワ防衛に貢献したそうです。園内には28人のモニュメントや永遠の火が灯る無名戦士の墓がありました。モニュメントは戦士たち本人の写真をもとに本物そっくりに作られ、旧ソ連邦の形に配列されています。 ●民族楽器博物館 ドゥルガさんの説明を聞きながら、緑豊かな園内をひと回りして、公園のはずれにあるカザフスタン民族楽器博物館へ。 とんがり帽子を思わせる緑色の屋根の木造建築は、これもゼンコフが1908年に建てたもの。もともとは会議所として設計されたといわれます。 ●民族衣装 がっちりした体格の年配男性がスーツ姿で迎えてくれました。館内にはカザフ人の伝統的な民族楽器であるドンブラ(弦楽器)をはじめ、口琴のコブス、ジェティゲンと呼ぶ古楽器などが展示されています。昨夜、1枚につき100テンゲという撮影料が話題になった、あの博物館です。 いったん奥の部屋に姿を消した男性が金糸の刺繍をしたブルーの民族衣装を着て、にこやかに再登場。手にしているのは愛用のドンブラです。
●ドンブラ 男性の案内で館内を巡ると、ガラスケースの中に様々な形のドンブラが一堂に会していました。ドンブラはカザフスタンでもっともポピュラーな2弦楽器。木をくり抜いた胴体に長いネックがついています。 華やか装飾を施した丸みのある梨型の胴体もあれば、板きれ?を思わせるシンプルな胴体も。昔は各家庭に備えていて、冠婚葬祭などの際に演奏し、歌ったり踊ったりしたといいます。 ●60種を展示 展示されているドンブラはコレクターからの寄贈品、または著名な音楽家や詩人が使用した60種ほど。ドンブラの名前は弦を上下に弾くと「トン ブル」という音色がすることにちなんだと伝えられます。弦は羊の腸や馬のしっぽを使っていますが、現在はナイロン製が多いということでした。他にはシャマニズムの儀式にも使われたという金属製の口琴(コブズ)や土鈴、石人像なども展示され、口琴はアゥズコブス、シャンコブスなどと呼ばれます。 ●哀愁の音色 問題の撮影料は、聞くと実際とでは大違い。「どうぞご自由に。フラッシュもOKです」と言ってくれました。昨夜の話はどこから出たのでしょう。あるいは、応対する職員のご機嫌次第なのか?。いずれにせよ、こちらにはありがたい話です。説明を終えた男性が自慢の演奏と歌声を披露してくれました。哀愁を帯びた音色、切々と歌い、吟じる野太い美声。風がうなる枯れ野を連想したり、馬上にまたがって緑の草原を駆ける遊牧民の姿を想像しながら聞き惚れました。数曲を披露した後、ポケットから取り出したのは自慢の歌声を収録したCD。その宣伝も目的の一つだったのです。 ●金曜モスク ホテルに戻って20分ほど休憩し、バスで郊外のメデウ渓谷へ。発車して間もなく、白い外壁とブルーのドームが目立つ中央モスクで写真タイム。見上げるばかりの尖塔が聳え、信徒たちが続々とお祈りに訪れ ていました。今日は金曜日。イスラム教徒にとっては大切なお祈りの日。いつもは近くのモスクでお祈りする信徒もこの日ばかりは、中央モスクのような大きなモスクに出かけます。このようなモスクは金曜モスクと呼ばれます。 ●喜捨は行 入り口の両側に男女が並んで、訪れる信徒たちに手を差し出していました。「喜捨」を求めているのです。若い男女も快く応じて、なにがしかを与えながら門の中へ。あらかじめ用意した小銭を全員に配りながらモスクへと進む金持ちそうな男性もいます。 「喜捨」はイスラム教徒に義務づけられている五行の一つで、富める者が貧しい者に援助の手をさしのべること。だから、喜捨を求める方にも羞恥心や罪悪感はありません。教徒にとっては喜捨する方、される方、どちらも当たり前のことなのです。 ●シーア派の国 カザフスタンはシーア派が多い国。大統領は宗教を表に出さないようにしていますが、中央モスクの建設費は政府の出資によるものだそうです。 ちなみに五行とは喜捨の他に信仰告白、礼拝、断食、メッカへの巡礼。また、教徒が信じなければならない六信というのもあります。 ●輝く雪山バスはグレート・シルクロードの幹線道路をゆっくりと進みます。町行く人々の服装は季節の変わり目とあってまちまち。Tシャツの若者、毛皮のジャンパーの男女、長いコートを羽織る女性など、など。 沿線にホンダやヤマハの販売店を見かけて驚いたり、ウズベキスタンを結ぶアルマトイU駅、目映いばかりに輝く雪山を眺めながら進んだバスは、青空に突き刺さるようにそびえ立つ塔の前でストップしました。 ![]() ●独立記念塔 1991年の独立を記念し建造された高さ91mの独立記念塔です。先端には動物の上に乗った勇者の像が飾っています。動物は鷲とヒョウをミックスしたようなモチーフ。力強さの象徴と思われます。 周辺はちょっとした広場になっていて、町行く人も立ち寄ってひと息入れています。今回は見ることができませんでしたが、式をすませた新郎新婦が塔の前で白いハトを放って永遠の愛や幸せを祈るそうです。ここから仰ぐ天山山脈もまた光り輝いていました。 ●メデウ渓谷 郊外に出たバスは、ただいま開発中という高級住宅地へ。宮殿さながらの豪邸や瀟洒な邸宅が並んで別世界に迷い込んだのではと錯覚するほどです。坂を上るバスの行く手は多様な木々が色づいた林間。町から15kmのメデウ渓谷の懐に入りました。山並みは天山山脈に連なるクインゲイ・アラ・トー山脈。いろいろな色を持つ山といわれるだけに、ナナカマドが枝いっぱいに赤い実をつけ、木立の黄色が鮮やかでした。 ●カザフ料理 ゲートを潜って細い急坂を進むと、 標高1700mの斜面にユルタが数個点在していました。そこはカザフスタンの郷土料理を食べさせるレストラン「カザウル」。4、5人ずつのテーブルに着くと手際よく料理が運ばれてきました。ビシュバルマク(5本の指)は、小羊の挽き肉にきしめんのようなラプシャを混ぜたもので、ブィヨンのスープを添えてあります。カーズィと呼ぶ馬肉のソーセージも。ナンに肉などを詰めた三角形のサムサ、ラードで揚げた酸味のあるブールサークなどのパン類も好評でした。 ●肉食好き カザフスタン料理は保存が利く遊牧の食事にロシアの影響が加わったもの。民族的には馬や羊の肉食を好みます。様々な部位を燻製や半加工品(馬肉ソーセージなど)にした保存食が多いといいます。 カザフスタンには「カザフ人は世界で2番目に肉を食べる。1番はオオカミ」という古くからの話があるそうですし、テーブルに並んだ料理も肉が主体。カザフ族は肉をたくさん食べる民族には間違いなさそうです。 ●市民の行楽地腹を満たして、先ほど通過したスケート場のある広場まで戻りました。高速リンクとして有名なスケート場やスキー場がある一帯は市民の行楽地としても人気のあるところ。 目の前の山上にはダムがあって、そこまで上ると絶景が広がっているとガイドのドゥルガさんがいうので、スケート場の見学はやめにして上り口まで急ぎました。 ●ダム行き決意 渓流のせせらぎを聞きながら20分ほど上ると、ダムへ通じる890段の階段がありました。見上げる階段はあまりに急で、果てしなく続いています。 この段階を見上げて断念組が続出。ダム行きを決意したのは男性4人、女性1人だけ。 ●長い階段 しっかりした石段ですが、あまりに厳しい勾配です。50段で息が弾み、200段で汗がにじみ、足取りが徐々に重くなってきました。ブルーの水を満々とたたえたダムに雪山が投影―。絶景をイメージしながらファイト、ファイトと足を運びます。 段数を数えるのが面倒になってからかなり上ったように思い、ひと休みして見上げると、あと50段ほどで階段がなくなっています。「頂上だ!」。でも、頑張ってたどり着いた先は踊り場。その先にさらに長い階段が待っていました。550段の標識が恨めしい。ここで女性が断念。 ●がっかり風景ここまで上って挫折するわけにはいきません。黙々と上って、ついに山上に到達。しかし、反対側の谷間は水涸れの野っぱら。木立の葉が逆光にきらきら光っています。「これがダム?」。がっくり。その場に崩れそうになってしまいました。 ダムはダムでも水量調整用のダムでした。水がないのが正常の姿なのです。お疲れさん。記念写真に収まって階段を下りました。 ●名所で記念撮影広場の駐車場に戻ると、大勢の若者でにぎわっていました。結婚式を挙げたばかりの新郎新婦が友人たちとわいわい言いながら記念写真を撮りあっていたのです。新郎新婦は挙式直後、車を連ねて市内の名所を回り、写真を撮るのが、こちら流の習わしだそうです。 町へ戻る途中でも新婚さんの車列を2度、3度と見かけました。飾り付けをした車を先頭に10台ほどがクラクションを鳴らしながら続きます。このところ、週末は結婚式が多く、新郎新婦が乗る車はリムジンが人気とか。 ●国立中央博物館きょう最後の観光は「黄金人間」が展示されている国立中央博物館。ブルーのドームを持つ建物を入ると大きなフロアがあり、正面の壁にカザフスタンの遺跡を表した地図が掲げてありました。 その前に4つのガラスケースが並び、民族衣装をまとった男女4体のマネキンが展示されています。「黄金人間」は左から2つ目のケースに金ぴかの衣装をつけていました。 ●黄金人間 「黄金人間」はイミテーションながら、頭のてっぺんから足のつま先に至るまで4000以上の金細工で装飾され、他を圧して燦然と輝いています。 本物はアルマトイから35km離れたイッシククルガン古墳で発見されました。古代スキタイ戦士の墓(紀元前5世紀)から見つかった金ぴか人間は、カサ族の王の1人ではないかと推測されています。本物はアスタナの博物館に厳重保管されているという説明でした。●詳細な説明 「黄金人間」は実物大。その前に立ってドゥルガさんは俄然張り切りだしました。衣装に散りばめた黄金の三角デザインは彼の持ち山の数を表している、赤いマントはスウェード、手首の装飾は想像の動物…。 まるで取り憑かれたように、その場にとどまって詳細な説明を続けます。いつの間にやら見学者は自分たち一行だけに。 ●1枚400テンゲ 他の3体についても説明はありましたが、川のそばに住んでいたヨーロッパ系の女性などと簡単に触れただけ。博物館には国の歴史や文化、民族など多岐にわたって展示されていますが、観光客の目玉は黄金人間がトップのようです。 フロアでの撮影は無料ですが、そのほかの展示物は1枚につき400テンゲを徴収されます。誰かの「写真撮るの、やーめた」の声を合図に、それぞれの見学コーナへ散りました。 ●雪山の先端赤くホテルに戻って、5階のテラスから山脈の夕景を眺めると、雪山全体がほのかに赤くなっていました。また夕食を中座して夕景見物。今回は同行者がありました。昨夕と同じように月光が冴える夕景です。 レストランの隣室では結婚の披露パーティがあって、歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎ。こちらの披露宴もけっこう派手でした。 |
| ページ: | TOP | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
|
|||
|
|