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◎10月1日(金)晴 (13日目)
 ウルムチ→広州泊

●安心のホテル
 月も変わり、日付も変わった0:15、ホテル「新彊假日大酒店」に到着。ここは旅行スタートの9月19日にも泊まった高級ホテル。水回りもしっかりしているから安心できます。ロビーにはカラクリ湖でも見かけたJ社の一行10人ほどが先着。ガイドから明日の予定を聞いていました。
 1:30、ようやくベッドに。恵さんが希望があれば国際バザールへ案内するといってくれましたが、買い物もないので広州への出発までのんびりすることにしました。

●国慶節
 7:00に目覚め。17階の部屋から中心広場を見下ろすと、19日の時とは雰囲気が違うようです。快晴の公園に真っ赤なアドバルーンが上がり、人出も多くて、朝からなかなかの賑わいぶり。
 今日は中華人民共和国の建国記念日に当たる国慶節。毛沢東国家主席が天安門で建国宣言をしたのが1949年10月1日。今年は55周年になります。国民はこの日を「十一」とも呼んで1週間の連休を楽しむのです。公園の浮き浮きムードもそのためでした。

●結婚式
 12:00の集合時間が迫ったのでロビーへ下りると、若者たちの大声が聞こえてきました。ウエディングドレスの新婦を抱きかかえた新郎がエレベーターを下り、小走りに玄関へ向かうところ。大声はそれをはやし立てる友人たちの祝福だったのです。 
 玄関には飾りを付けた白いリムジンが待機。これから車を連ねて市内の名所を回り、記念写真の撮影をするのでしょう。国慶節の休みを利用する結婚式は例年多いそうです。

●結婚は儲かる!?
 5つ星ホテルで披露宴をすると5000元から2万元。こちらの人にすれば大変な金額だねと話したら、恵さんは「いや、いや結婚式はお金が儲かります」といいました。費用は祝儀の半分ですませるので、半分は手元に残るという計算です。
 新婚旅行は盛んですが、海外への個人旅行には制限があるので、大方の新郎新婦は国内旅行。日本と同じように披露宴ではお色直しもあるそうで、日本からコーディネータも入り込んでいる、ということでした。

●紅山も賑わう
 国慶節のにぎわいは紅山公園でも同じ。車窓から見上げる鎮龍塔付近にも大勢の人が見物に訪れています。いたるところに建国55周年を祝う横断幕が飾られ、その下をバスや乗用車が行き交っています。
 交差点やロータリーには龍の飾り物なども見られ、町のそこここに国慶節を祝う華やいだ雰囲気が漂っていました。

●火鍋料理
 新彊の結婚事情を聞き、国慶節の町を眺めているうちに、昼食のレストラン「小肥羊」に到着しました。赤い制服の女性に迎えられて2階へ。名物の火鍋体験です。6月に訪れた四川省でも看板を見かけながら機会がなくて残念に思っていました。
 緑色の制服の女性が運んできた鍋は2つに仕切られ、赤い出汁と白っぽい出汁が入っています。赤い出汁をしゃもじでかき回してみると唐辛子がわんさ。見るからに激辛!。

●口から火が
 女性は白菜やキノコ、ネギ、牛肉、昆布、ジャガイモなどの具をまず、赤い出汁に放り込みました。ぐつぐつと煮立って来たので、肉を一切れ口に入れました。かーっ。口の中から火が噴き出すのではと思う辛さ。のどが焼け付くようです。
 給仕役の女性には、その驚きぶりがおかしいようで、にこにこしながら眺めています。現地の人は激辛好きなので、そちらの出汁に具を入れたようです。

●紅茶注ぎ妙技
 「これはダメ。こっちへ」。日本語が通じないので、ゼスチュアで白い出汁の方へ具を入れるように催促しました。女性は意味がわからないのか、赤い方の具を白い出汁の中に移し替えます。白い出汁まで辛くなって、最後までふうふう、噴き出す汗をぬぐいながらの食事になりました。
 一行の喝采を浴びたのは、様々なパフォーマンスで紅茶を注ぐ男性。棒のような長い注ぎ口がついた紅茶の容器を背中に回したりしながらカップに注ぎます。一滴もこぼさない妙技に拍手、拍手でした。

●モンゴルに本店
 時間とともにお客が増えました。国慶節の休暇初日なので家族連れが多く、山盛りの具をそばに置いて鍋をつついています。小さな子供までが赤い出汁。どんな胃袋をしているのかと驚くばかり。
 「小肥羊」はモンゴルに本店があって、新彊ウイグル自治区の都市部にもたくさんのチェーン店を経営している有名店。従業員は明るい応対で気持ちが良かったです。きっと厳しく教育されているのでしょう。

●浮かれムード
 これから広州へ移動するのでウルムチ空路へ。激辛鍋の後遺症で体が火照り、胃がしくしく痛んできました。人力車が行き交う沿道には、休日を楽しむそぞろ歩きの家族やカップルが目立ちます。
 人出を当て込んだ果物や日用雑貨の露店も並んで、町全体が浮き浮きムード。日本のゴールデンウィークを思わせます。

●きれいな空港
 空港が近くなって恵さんが別れの挨拶。目頭をちょっぴり赤くして「また、来てください」といいました。彼は4日からタクラマカン砂漠縦断の旅に同行します。口々に「いつか必ず参加するから、そのときは案内してよ」と言って別れを惜しみました。
 空港のチェックインカウンター付近には連休の団体ツアーが何組も集まっています。家族連れや親類縁者ご一行様が多いようです。ここにもまた、にこにこ、そわそわムードが充満していました。

●迫る銀嶺
 15:15、手荷物検査を受けて搭乗口へ。広い空港なので移動が大変です。広州行きは中国南方航空CZ3912便。3×3のシートは後方にいくつかの空席があり、3人がけを1人占めできました。約5時間のフライトなので、楽ができるのはありがたいこと。
 15:27、離陸。直後から雪の山並みが迫ってきました。姿を変えながらどこまでも続く銀嶺は見ほれるばかりです。

●新雪で化粧直し
 波打つ嶺の遙か奥まではっきり望めます。やがて雪の山嶺は2本になりました。祁連(チーリェン)山脈でしょう。ここ数日の新雪で化粧直しをした山並みは、筆舌に尽くしがたい美しさです。
 機窓の左右に展開して、たっぷり楽しませてくれた山並みは徐々に低くなって17:05、とうとう砂漠に飲み込まれました。1時間30分にわたる雪山ショーは旅の終わりに、感激の花を添えてくれました。

●新設の空港
 その後、機は乱気流に突っんだらしく、しばらく激しい揺れ。その揺れで居眠りがたびたび邪魔されました。18:30、西空がピンクに染まり、やがて薄暮から闇へ。
 20:00、広州新白雲空港に着陸。空港は8月5日にオープンしたばかり。どこもかしこもぴかぴか。トイレの清掃も行き届いていて、名実ともにアジア随一の国際航空です。

●国慶節の夜
 迎えてくれるはずの現地ガイド、邵(しょう)さんが30分遅刻。大急ぎでバスにスーツケースを積み込み、20:50、ホテルへ向かいました。イルミネーションが煌めく繁華街は、国慶節の夜を楽しむ若者で大にぎわい。
 商店はバーゲンセール合戦で客を呼び込み、食堂はどこもあふれんばかりの客を集めていました。

●広州は1500万人
 広州は広東省の省都。2800年余りの歴史を持つ華南最大の都市で、唐代には黄埔港が海のシルクロードの拠点になっていました。人口は600万人。これは公安局に登録されている人数で、実際は1500万人が住んでいるといいます。そのうち、出稼ぎで入り込んだ人が700万人を超えるそうです。
 ガイドの邵さんは「私も出稼ぎ者の1人。広州の北側にある福建省の出身です。ウーロン茶が有名なところですよ」と自己紹介。他市からの通勤者も200万人いるといいます。

●飲茶店3000
「食は広州にあり」といわれる広東料理の本場。車窓にも電飾が煌びやかなレストラン、裸電球を灯した食堂などが次々に流れます。飲茶(やむちゃ)料理の店は3000店を数え、料理の種類は8000種もあると聞きました。
 「中秋の名月のお菓子、月餅は広州のものが一番うまい」。邵さんは自慢話に忙しいです。そういえば、月餅の発祥地は広東地方だったはず。

●上々の夕食
 夕食のレストランは繁華街にある大きな店。ちょうど結婚披露パーティの招待客が引き上げるところ。床には紙吹雪が散乱し、宴の余韻が漂っていました。一行は別室に通されました。
 「夜が遅いので、軽食程度です」と聞いていたのですが、続々と運ばれる料理はどれも本格的。品数も豊富、味も上々。邵さんは2つのテーブルを回り、何度も「美味しいでしょう」を繰り返します。素直に「美味しいですよ」と応えられる文句なしの内容でした。
 
    

◎10月2日(土)晴 (14日目)
 広州新白雲空港→関空(帰国)
    
●早立ちに
 4:45、モーニングコール。関空行きの中国南方航空CZ389便は9:30の離陸予定ですが、東京組の8:00離陸に合わせて空港へ向かうので、思いもよらない早立ちになりました。
 5:40、朝食用の弁当を受け取って広州新白雲空港へ。「食は広州にあり」の弁当にしては、ありきたりの中身です。

●長い通路
 30分で空港到着。東京組に続いて6:50から関空行きのチェックイン。国慶節連休の団体客が香港行きや東京行きのチケットを手に搭乗口へと消えて行きます。決まったように真新しいキャリーを引っ張っていました。
 7:40、手荷物検査を受け、長い長い通路を辿ってA15搭乗口へ。A9の東京組はすでに搭乗した後だったので、最後の挨拶はできずじまいでした。

●激辛後遺症
 9:00、CZ389便に搭乗。3×4×3のシートはあちこちに空席があり、今回も3人がけを1人占め。9:40、曇り空に離陸。関空までは2600kmです。
 妻は胸のむかつきを訴え、自分は胃の辺りがしくしく痛みます。昨日の火鍋で胃がかなりのダメージを受けたよう。激辛後遺症は当分続きそうです。

            《以下、1時間進めた日本時間で表記》

●帰国
 11:20、機内食。茶そばと魚を少しだけ食べ、その後はうつらうつら。あと30分で着陸予定の機内放送が流れ、その通りの13:40、快晴の関西空港に無事着陸しました。


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