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◎6月12日(火)晴 (12日目) エレバン・ズヴァルトノツ空港→モスクワ・シェレメチェヴォU国際空港→(機中泊→成田空港) ●今日の予定 きょうはエレバン市内のアルメニア歴史博物館、マテナダラン(古文書保管所)を見学した後、モスクワ経由で帰国の途につきます。 5:50、起床。睡眠たっぷり。体調良好で観光最終日を迎えました。屋上に出てみましたが、アララト山は今朝も不機嫌。昨朝の朝焼けが唯一のチャンスでした。アラガツ山も大半が雲に覆われています。 ●バザール9:30、帰宅準備を整えて観光に出発。マテナダラン(古文書館)を見学する前にバザールに立ち寄りました。標高1000mのエレバンは、早くもじりじりと太陽が照りつけています。バザールは石造りの立派な建物。アーチ型の入口上部にきれいな透かし彫りが施されていました。 市民の台所なので、何でも並んでいます。最後の土産物探しなので、ドライフルーツに人気が集まりました。 ●焼きたてパン市場を出たところにパン工房がありました。女性が薪をたいて熱した窯で薄いパン(カブス)を焼いています。S・Iさんがまた買ってくれました。熱々をちぎりながら食べる焼きたてのパン。香ばしくて本当に美味しいです。 旅行中、S・Iさんさんはパン、果物、菓子など様々なものを試食サービスしてくれました。これが最後になるのでしょうが、感謝の気持ちでいっぱいです。 ●マテナダラン マテナダランはマシュトツ大通りの突き当たりに建っています。1959年3月に開館した世界有数の古文書館(古文書保管施設)です。館内には5世紀から現代までの歴史、文学、科学、芸術に関するアルメニアの古文書や写本が収蔵、展示されています。その数ざっと1万7000点。 階段を上ったところに大きな人物像がありました。アルメニア文字を創設した聖人メスロプ・マシュトツとその弟子です。傍らにはアルファベットの文字板も掲げられています。 ●ごく一部古文書館は3階建てで、彫像の上が入口になっています。条件が良ければ、ここからもアララト山が正面に見えるはずですが、私たちはよほど嫌われたようです。 古文書は研究のために利用されることが多いので、一般に公開されているのは3階に展示されているごく一部だけ。写真撮影は展示室以外ならOKです。 ●カラフル 円形の部屋に展示されている古文書がカラフルなのに驚きました。様々な書体で書かれた聖書や医学、数学書などには色彩鮮やかな挿絵が描かれ、細密画にも目が奪われます。 薬草を解説した12世紀の医学書は現代医学の手本。牛革でつくった28kgもある大判の図書は1nに1頭分の皮が使われたそうです。アルメニア人の聖書といわれる金文字の図書も。製本技術の高さに感服です。 ●北斎漫画も 古文書や写本の他にも、教会の入口にあった13世紀の石版、古楽器、図書のカバーに使われた布や皮の押型、金、銀、宝石などが展示されています。1万7000冊のうち、2000冊は海外に離散したアルメニア人が寄贈したものです。 「北斎漫画九編」という版画が目を惹きました。これはオークションで入手したそうです。「北斎漫画」は全15編。九編は1819年(文政2年)年ごろまでの作品といわれます。アルメニアで北斎漫画。これにもびっくりでした。 ●美術品 展示室の一角に男の胸像があります。2000冊の古文書をコピーした学者だそうです。象牙の表紙もあります。ルーブル美術館と大英博物館、それに古文書館の世界で3か所にしかないという自慢の資料です。 古文書といえば、日本では研究者だけのものと思われがちですが、これだけカラフルなら美術品としても価値があります。家族連れ、若い男女、小学生らしいグループなど、平日なのに訪れる人が多いのもそのためでしょう。 ●天然染料挿絵の多くは天然染料で描かれています。赤色は9月の朝6時ごろに採取したアカムシから抽出した染料です。図書はクルミの若い実をつぶした液をインクにして書かれたものが多いとか。 売店に古文書の挿絵などをコピーした絵はがきや栞があります。写真が撮れないので売れ行きは好調でした。 ●アルメニア歴史博物館 観光の最後は共和国広場の周りに建つアルメニア歴史博物館です。1921年に開館した凝灰岩造りの8階建て。 先史時代遺跡の発掘品をはじめ、ウラルトゥ王国時代の武器、食器、彫刻類、さらに近代絵画、民族衣装など、アルメニアに関する史料がざっと40万点が収蔵、展示されています。内部の写真撮影はNOです。同じ建物の3階から8階は国立図書館。5万冊の蔵書があります。 ●リュトンも 時代ごとに分別展示されており、2万5000年前から1100年前までのコーナーには牛や羊、ライオンの動物装飾、ブロンズの刀、弓矢、石像、壺、石器の発掘品、また交易を示す外国のコインなどが展示されていました。 それ以後のコーナーはブルーやグリーンなど彩色陶器が目立ちます。象牙のリュトン(杯)、ペルシャの影響を受けた彩色タイルなどが目を惹きました。 ●アニの模型 塩入れの容器というのがありました。アルメニア人は昔、ご馳走がないときにはパンに塩を振って食べました。いまも大統領が視察のため地方を訪れたら、歓迎の意味でパンと塩を出す風習があるそうです。 アニの遺跡の模型も興味を引きました。国境付近のトルコ領にある遺跡ですが、もともとはウラルトゥ王国の大アルメニアのものでした。 ●国境の厳しさ 私は2001年にアニ遺跡を観光しました。すぐそばを流れる川向こうはアルメニア。双方に監視の兵士がいて、物々しい雰囲気でした。現地ガイドから遺跡の写真は絶対に撮らないようにと厳しく注意されたものです。 遺跡の写真を撮ろうとすると、カメラはどうしてもアルメニア側に向けられます。アルメニアからクレームがつくから写真を撮ってはダメというわけ。その時は「人工衛星が飛び回っている時代なのに愚かしいことを」とあざ笑っていたのですが、アルメニアの歴史を知ったら、単なる意地悪とも思えなくなりました。 ●アルメニア絨毯 絨毯の展示室もありました。ヘビをモチーフにしたものが多いのに驚きました。絨毯は高地に住む遊牧民の暮らしになくてはならない必需品。厳寒のテント生活で身を守るための毛布として、あるいはテント内の敷物や間仕切りとして、さらには家畜を夜露などから守る掛け物として、様々な用途に用いられてきました。 シルクロード沿いに帯状に広がる絨毯の産地分布は、カーペット・ベルトと呼ばれ、かのマルコ・ポーロは東方見聞録に「最も美しい絨毯」と書いたほど。 ●商才に長け 博物館でもそうでしたが「他国に散ったアルメニア人からの寄贈」という言葉をよく耳にしました。ヨーロッパやアメリカに離散したアルメニア人の中には、頭が良くて、商才に長ける特性を生かして成功した人が数多いそうです。 ユダヤ人を思い浮かべますが、ある日本の経済人はその商才を「ユダヤ人が3人いて も1人のアルメニア人にはかなわない」と高く評価したそうです。●美女の国 アルメニアを旅していて、ときどききれいな女性を見かけました。「アルメニアは世界一美人が多い国」と聞いたことがあります。はっとするするほどではありませんが、確かに美人が多いようにも思います。グルジアではグルジア美人が世界一といっていましたが…。 バラさんはアルメニアの男性はロシア女性の方が好きです、と笑っていました。 ●振りかけ 近くのレストランで昼食。全員がそろっての食事もこれが最後です。セヴァン湖で獲れたというマスのムニエルがメインでした。ご飯にS・Iさんが持参したふりかけをかけて食べてみました。パサパサご飯はそれなりの味でした。 乾燥地帯のアルメニアで米の栽培はできないので、すべて輸入しています。 ●天気は心 いよいよ帰国の時が来ました。日替わりのおしゃれで楽しませてくれたバラさんともお別れです。「昨夜の雨は別れを惜しむアルメニア人の心です」と泣かせるような挨拶をしました。アルメニアの天気はアルメニア人の心を表現―とは、古くからの言葉だそうです。 14:00、エレバン・ズヴァルトノツ空港に着き、団体でチェックイン。ポーターがいてくれたので、スーツケースを運ばなくてすみ楽でした。 ●指紋採取 チェックインの時、人差し指の指紋を採取されました。少し脂気があった方が写りやすいというので鼻の脂ごしごし。しかし、度を超したようで真っ黒に写ってしまい、何度もやり直しさせられました。 出国手続きはスムーズでしたが、手荷物検査で妻のバッグにクレーム。中身を全部出すように命じられました。検査の女性は横柄。出した物をあちこちへばらけて、プイとその場を立ち去りました。これにはむかつきました。 ●手間取る 空港免税店での買い物はドラムしか使えません。買い物を諦めた人もいます。搭乗の前に指紋の照合がありました。チケットを差し出し、人差し指を台の上に乗せます。パソコンを見ながら、チェックインの時に採取した指紋とを照合している様子。ここでもまた何度もやり直しをさせられ、後続の人に迷惑をかけてしまいました。 15:45、モスクワ行きアエロフロート・ロシア航空SU194便(16:05発)に搭乗。座席配列が3×3のTY-154M型機です。使い込んだ機体はがたがたシート。●まずい軽食 16:45、離陸。厚い雲の隙間からコーカサス山脈の雪山がちらりと見えました。直後、ドリンクのサービス。巨漢乗務員の腰幅は通路とほぼ同じ。窮屈そうにワゴンを押していました。アルメニアは超肥満女性が目立つ国。 その後の軽食はまずくて食べる気がしません。 《以下、1時間遅らせたモスクワ時間で表記》 17:50、モスクワ・シェレメチェヴォU国際空港に着陸。タイガ(森林)の中の住宅が陽光に輝いていました。 ●空席あり 成田行きアエロフロート・ロシア航空SU575便は19:20発の予定。大急ぎで移動してチェックイン。窓際の2席です。搭乗待合室に入る検査で靴を脱がされましたが、水のボトルもOKで、日本の検査より大らかでした。 後部に空席があって、妻が移動したので楽に帰れそうです。成田まで9時間30分のフライト。エレバンで預けたスーツケースが無事に届くことを祈っています。 ●最悪サービス SU575便は19:30に滑走路への移動を始めました。しかし、順番待ちのため、断続的に動いたり、停まったり。快晴の空に舞ったのは20:00でした。 ドリンクサービスのアップルジュースはぬるく、有料のビールに氷を入れてもらう人も。他の航空会社では定番のおつまみもありません。機内食のチキンとご飯もぱさぱさ。不味そうなので口をつけませんでした。 |
◎6月13日(水) (13日目) 帰国 《以下、プラス5時間の日本時間で表記》 ●真っ赤な夕日 2:50、太陽が雲の中に沈もうとしていました。周辺の雲を赤く染めた黄金の落日。体調良好で旅を終えられたことに感謝して、しばしの微睡(まどろ)みに入りました。目が覚めたらドリンク、続いて朝食のサービス。食欲ゼロなのでコーヒーだけ。食事はパスしました。食後の機内はにわかに慌ただしくなりました。前方のロシア人グループは大きな荷物を棚から降ろしたり、乗務員に注意されて戻したり。大きなワッペンをつけているので、訪日の視察団のようです。 ●無事に帰国 「成田は晴、気温25度」の機内放送があり、機は降下を始めました。緑が鮮やかな田んぼが広がり10:28、成田空港に着陸。「同行者に迷惑をかけはしないか」との不安を抱きながらの旅でしたが、無事に帰国できました。和気藹々の付き合いをしてくれたみなさんに感謝です。 盗難が多いと脅かされていたアエロフロート・ロシア航空ですが、エレバンの空港で預けたスーツケースも無事に届きました。機体が悪く、食事がまずいという前評判はその通りでした。 ●ひと言感想 今回は民族の歴史を学び、自然の風景に親しんだ内容の濃い旅でした。 3国それぞれにインパクトがありました。石油パワーみなぎるアゼルバイジャンは「希望」、近隣各国と付き合い上手なグルジアは「協調」、離散の国といわれながら民族意識の強いアルメニアは「誇り」―。わずかばかりの滞在でしたが、私なりのひと言感想で、旅を締めくくることにします。 |
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