ページ: TOP 10 11 12


◎6月1日(金)晴・曇 (1日目)
 成田空港→モスクワ・シェレメチェヴォU国際空港→モスクワ泊

●旅行の端境期
 昨夜は成田空港近くのホテルに前泊しました。9:00、宅配便に預けたスーツケースを受け取り、集合場所の3階Dチェックイン・カウンター付近へ。
 大型連休と夏休みに挟まれたこの時期は、海外旅行の端境期なのでしょうか。台湾、韓国へ出かける若い男女のざわめきが去った後の待合室は、客もまばらで閑散としていました。

●総勢15名
 10:00、今回の参加者15名がそろい、旅行会社の世話係から形通りの説明を受け、各自でチェックイン。渡された名簿によると、メンバーは夫婦が6組、1人参加の女性2名、男性1名のメンバーです。
 やはり高齢者の集団。コーカサスというマイナーな地域なので、1人参加が多いと思っていたので、夫婦6組というのは意外でした。旅行中世話をしてくれる添乗員は快活そうな青年S・Iさん。コーカサスは4度目というので心強い限りです。

●手荷物検査
 10:30、手荷物検査を受け、出国手続きをして8番ゲートへ。昨年から一段と厳しくなった検査を受けるのは始めてなので、手荷物は慎重を期しました。妻は指定のビニール袋を用意し、常備薬の手持ちにも神経を使いました。
 しかし、案ずるより易しで、すべてOK。構内の売店でお茶のボトルを買って、アエロフロート・ロシア航空SU576便に搭乗しました。

●アエロフロート・ロシア航空
 アエロフロート・ロシア航空で旅するのは今回が初めてです。1923年に創立された航空会社で、モスクワとシェレメチェヴォの両空港を拠点に約50カ国、105都市に就航しています。
 国内線のシェアは約11%。株式の51%を政府が持つ国営企業です。

●相反する評価
 アエロフロート・ロシア航空に搭乗した体験者の多くは、機体が古いだの、機内食が悪いだの、機内預けものの盗難があるだの、あるいはスーツケースの行方不明が頻発だの、という芳しくない評価をしています。
 その半面、シートは快適、食事も美味しいかったという相反する評価もありました。百聞は一見にしかず。結論は自らの体験で下すことにしました。

●20kg制限
 出発前に旅行社から届いた説明書によると、アエロフロート・ロシア航空はエコノミークラスの場合、機内預けのスーツケースと持ち込みの手荷物を合わせて20kgの制限があり、かなり厳しいので厳守するようにとのことでした。
 妻は「乗客には超肥満のロシア人も多いはず。体重込みで何キロに決めてほしいわ」と、ぶつぶつ言いながら準備をしました。私も愛用の重いカメラをやめ、わざわざ新調したコンパクト・デジカメで我慢です。しかし、チェックインで手荷物を計測されることはありませんでした。

●搭乗したら  
 搭乗したSU576便はボーイング767-300型で、座席は2×3×2です。私たちは35のGとHの窓側2席。通路はやや狭い感じですが、前の座席との間隔はまずまずの広さです。珍しいのはシートがブルーのビニール製、ブランケットは鮮やかなブルーとオレンジのカラフルな縞々(しましま)模様。
 ビニールのシートはお尻が滑り落ちそうで、なんとも座り心地が悪いもの。機体もかなり使い古された感じです。

●ほぼ定刻離陸
 満席のSU576便は12:03に移動を始め、間もなく離陸しました。このところ成田空港のホームページで毎日の発着時間を確認し、それほどの遅れはなかったので安心していました。今日の離陸もほぼ定刻。まずは第1関門通過です。
 モスクワまでは7513km、9時間50分のフライト予定。離陸直後のざわめきの中で「ロシア人乗務員8名と通訳の日本人乗務員1名がみなさまのお世話をします」との機内放送が流れました。

●「ユウリョ」
 きれいに見えていた九十九島が遠ざかり、やがてドリンクのサービスが始まりました。後方で「ワインちょうだい」と女性の声。太った女性乗務員は「ユーリョ。ユーリョ」と叫んでいます。女性は「ケチね」と不満そうでしたが、アエロフロート・ロシア航空では昨年(2006年1月)からワインやビール、コニャックなどのアルコールを有料にしたのです。
 乗客には笑顔を見せない乗務員ですが、「ユウリョ」だけはしっかり教育されているようでした。スリッパのサービスも廃止され、アイマスクだけが配られました。ちなみにワインは小瓶が2j。

●普通の味
 14:45、初めての機内食。ビーフかシーフードのチョイスで、自分はビーフにしました。日本で調理されたものなので、すんなり胃袋におさまりました。味は?と問われたら「普通」と答えます。
 ウラジオストックに向かって北上していた機はロシア領に入ったようです。眼下の大地には緑色が広がり、喜びの季節を謳歌しています。それにしても寒い機内。たまらなくなってブルゾンを羽織りました。

●期待と不安 
 ところで、海外へ出かけるのは、昨年(2006年)10月の中央アジア旅行以来のこと。その間、自分は肺の炎症を2度患い、妻は座骨神経痛に悩まされて、計画していたインド旅行を出発直前に2度もキャンセルする無念さを体験しました。
 1度は諦めた海外旅行ですが、症状が落ち着くと「もう1度出かけたい」との欲望が頭をもたげ、「えいっ、ままよ」と参加を決めました。「腰痛は大丈夫?」、「息苦しくない?」と、お互いを労りながらの旅行になるでしょう。同行のみなさんに迷惑をかけず、無事に帰ることができれば、これに勝る喜びはない―そんな思いの旅立ちです。

●迷いに迷って
 厄介な持病持ちの夫婦。行き先選びは迷いました。比較的空気がきれいで、あまりハードでないコースを最低条件に、我が家の観光大臣である妻が旅行会社のPR誌とにらめっこ。ドイツ、フランス、バルト3国、マルタ島…。当然のようにヨーロッパの国々が候補に挙がりました。
 「う〜ん」と唸るばかりで、2人とも気乗りがしません。「もう少し変わった刺激がほしいね」。我が病をも顧みず生意気な希望が出ます。そんな中、浮上したのがコーカサスの旅でした。いつか旅先で聞いた「グルジアの軍用道路からの風景が素晴らしかった」という話が頭の片隅にあったのです。「決めた」。2人の意見がようやく一致しました。

       《以下、マイナス5時間のモスクワ時間で表記》

●民族問題
 通路でロシアの青年から「どこへ行くの?」と声をかけられました。アゼルバイジャンやグルジアへと答えたら「問題の多いところ。ロシア人でも行かないよ」と驚いた顔をされました。
 民族問題で軋轢のある国々とは聞いていますが、「そんなにひどいのか」と一瞬びびりました。先日のNHK「新シルクロード」で、いまも尾を引く民族の悲劇を放映していたことが思い出されました。

●退屈な時間
 通路の天井に吊り下げられているテレビの大半が消されてしまいました。前方のテレビを見ると機は西へ進路をとっています。画面に黒々と映っているのは海ではなく、森林です。「ロシアは緑の国」を画面からも見て取れます。
 分厚い雲が張り出して、下界の様子はまったくわかりません。機体もよく揺れます。身をもてあます退屈な時間です。

●コーカサス
 これから訪れるコーカサスは、日本人にはまだまだ馴染みの薄い地方です。「コーカサス?。そりゃ、なんじゃ」という人もいました。
 ロシア語でカフカス、英語でコーカサスと呼ぶ地域は、ヨーロッパ南東端の黒海とカスピ海にはさまれた44万平方kmの地方を指します。東西1100kmの大カフカス(コーカサス)山脈によって南北2つの地域に分けられ、北側はロシア連邦内でチェチェン、イングーシ、ダゲスタンなどの共和国が、また南側は1991年のソ連解体にともなって独立したグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンの3カ国があります。

●南の3カ国 
 私たちが訪れるのは南側の3カ国。いわゆる南コーカサス諸国(サウス・コーカサス)とか沿コーカサス諸国(トランス・コーカサス)と呼ばれる地域です。
 コーカサス地方は古くから西アジアとヨーロッパを結ぶ唯一の陸路で、さまざまな王朝が攻防を繰り返してきました。美しい自然に親しみ、往時の繁栄ぶりを伝える遺跡や教会群を巡る旅だそうなので、それなりの期待はしています。

●ザカフカス
 余談になりますが、南コーカサスはロシア語でザカフカス(外カフカス)と呼ばれた時代があります。カスカフの頭に「ザ」をつけて「向こう側」とか「うしろ側」と表現しました。つまりザカフカスは「コーカサスの外側、後ろ側」という意味になるわけです。
 この呼び方はロシアから見た表現。隷属的ともいえるこの呼び方を現地の人は好きになれません。ソ連邦が崩壊した後は次第に影が薄れ、最近では先に触れた南コーカサス諸国などの呼称が一般的になりました。

●世界遺産
 南コーカサス諸国には7つの世界遺産があります。今回はそのうち城壁都市バクー(アゼルバイジャン)、古都ムツヘタ(グルジア)、ハフパット修道院(アルメニア)、エチミアジン大聖堂(アルメニア)、ゲガルト修道院(アルメニア)の5つを観光する予定です。
 ちなみに3カ国の中でアゼルバイジャンだけがイスラム教国です。

●遠い春
 13:00、成田空港を飛び立ってから約6時間が経ちました。雲間から見える風景は一面の銀世界。雪なのか氷なのか、よく判別できません。凍てついた湖沼が点在している寂寞とした光景も流れます。
 山岳地帯なのでしょうか。まだまだ遠い春です。あるいは年中、雪がとけることのない厳しい地域なのかも知れません。

●思い出
 退屈な時間というのは、いろいろなことが頭を過(よ)ぎります。今回の旅行で訪れる黒海やアルメニア教会などには、いくつかの思い出があります。2001年にトルコ東部を訪れた時の話です。一つは黒海沿岸の町、トラブゾンに滞在していたときアメリカの同時多発テロが発生しました。地元の新聞はテロリストを「カミカゼ(神風)」と騒ぎ立て、嫌な思いをしたものです。
 もう一つは、アルメニアを訪れたい気持ちにさせてくれた思い出です。ヴァン湖という湖に浮かぶアクダマル島にアルメニア教会があり、外壁を埋め尽くす浮き彫りに惹かれました。その時聞いた「アルメニアにはこんな教会がたくさんあります」というガイドの話が頭にこびりついています。

●井戸端会議
 近くの座席に陣取ったローカル旅行会社の団体客が延々と"井戸端会議"を続けています。顔見知りばかりらしく、おばちゃんたちはA席を飛び越えてD席、E席へと大声を発してやり合いです。
 他に乗客がいることなど忘れてしまったかのような傍若無人ぶり。モスクワで乗り継いでトルコへ行くらしいのですが、先が思いやられる一行ではあります。

●慌ただしい機内
 15:10、モスクワ到着「17:25」を告げるアナウンスがあり、間もなく2度目の機内食です。パスタでしたが、これはいただけません。ホテルで夕食があるというので、夕食なしの場合に備えて買ってきたにぎりめしを食べました。
 その間に機はぐんぐん南下。機内が慌ただしくなりました。各ツアー会社の添乗員が客の席を巡回して到着後の説明をする、いつもながらの光景も見られます。

●モスクワ到着
 南下するにつれて緑が増えてきました。青々とした大地、緑の中に寄り添う集落。広大な畑も見えます。移り変わる風景を眺めていたら15:35、ドスンという衝撃とともにモスクワ・シェレメチェヴォU国際空港に着陸しました。定刻よりわずか10分遅れ。拍手ものです。気温は18度でした。
 今夜はモスクワで泊まります。乗り継ぎのための1泊ですがビザは必要。これは事前に旅行会社が取得してくれました。

●出国に2時間
 待ちかまえていたのはシェレメチェヴォU国際空港名物のイミグレーション。4つしかない窓口に入国者の長い列が延びています。昨年8月にも体験したいらいら待ちの再現です。「どうしてこんなに時間がかかるのか」と訝(いぶか)しくなるスローモーぶり。全員の入国審査が終わるのに2時間近くもかかってしまいました。
 ターンテーブルに行くと、ポーターがカートに積み上げていた一行のスーツケースを降ろしています。?です。なんでも別会社のグループが入国手続きを早く終えたので、そちらを優先して運ぶという話。無駄なことをするものです。

●ダーチャへ
 19:40、迎えてくれた現地の女性ガイドの案内でバスに。緊張がほぐれてどっと疲れが出ました。モスクワは昨日まで32度前後の快晴が1週間続いたそうですが、今日は一転して18度。肌寒く感じます。今夜は9度の予想とか。
 ホテルへ向かう反対車線が渋滞しています。仕事を終えた人たちが郊外の別荘へ向かう週末恒例の光景。ガイドの話によると、ダーチャと呼ぶ別荘は市民の70%が持ち、アパート生活を逃れて、家庭菜園などを楽しむのだそうです。

●一夜の宿
 20:25、イリス・ホテルに到着。添乗員のS・Iさんがチェックインの手続きをしている間に夕食です。出発前の案内では「夕食はなし」になっていましたが、野菜サラダ、ビーフストロガノフ、デザートまでついた美味しい食事でした。
 部屋も広くて清潔。乗り継ぎのための一夜の仮宿にしてはもったいないようなホテルです。シャワーを浴びたらやっと人心地がつきました。

ページ: TOP 10 11 12