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◎9月29日(日) (7日目) ハイリゲンブルート→ホッホアルペン道路→キッツビュール泊 ●瞬くオリオン座 今日は妻の誕生日です。「せめて好天を」との願いが通じて上空一面に星が煌めいています。オリオン座の大きな瞬きが眠気を覚ましてくれました。 星明かりと月明かりの中にグロスグロックナーが浮かび、先端まではっきりと見えます。感激の朝を迎えました。この調子なら好天は間違いなし。妻には最高のバースディプレゼントになりそうです。 ●ピンクに染まる6:50、周囲が白んで星が消えました。すぐそばに建つザンクト・ヴィンツェンツ教会の鐘が冷気をついて山間にこだましています。テラスに出たら身震いするほどの寒さ。昨夜はかなり冷え込んだようです。 7:00、グロスグロックナーの周辺がピンク色に染まり、見る見るうちに頂上にもピンクの光が当たってきました。大急ぎで外へ飛び出し、昨日の駐車場へと急ぎました。 ●黄金を纏うザンクト・ヴィンツェンツ教会を前景にて撮ってみたかったのです。駐車場は展望台にもなっていて、絶好のポジションです。5分ほどで到着すると、頂上はピンクから黄金に変化しつつありました。 刻々に変化する情景を楽しんでいたら7:30ごろ、グロスグロックナー山頂をはじめ、周辺の山々の頂が黄金色を纏いました。この一瞬の風景が見たくて、このツアーを選んだようなもの。胸の高ぶりを抑えることが出来ませんでした。 ●山岳道路が凍結 朝食のためホテルへ引き返したら「山岳道路が凍結のために閉鎖されている。出発を1時間遅らせる」と連絡。「またか?」。一瞬、98年の悪夢が蘇って頭が真っ白になりました。 このところ、オーストリアは悪天候続きで、山岳道路はずっと閉鎖されており、昨日の午後、ようやく再開されて喜んだばかりなのです。 ●再度挑戦なのに 98年の悪夢とは、悪天候のために山岳道路の本線が閉鎖され、翌日は何とかフランツ・ヨーゼフ・へーエにたどりつけたものの真夏の猛吹雪。グロスグロックナーもパステルッツェ氷河も横殴りの雪にかき消されてしまうという最悪の事態だったのです。 今回、このコースを選んだのもチロルへ足をのばせるツアーだったから。念願を叶えるチャンスなのに、この期に及んで凍結とは…。恨めしくなります。 ●教会の墓地仕方がないので、また外へ出ました。ピンクから黄金へと変化した山並みは、純白に輝いて白昼の風景を描いていました。 花に彩られたザンクト・ヴィンツェンツ教会の墓地を見学。グロスグロックナーと向き合うように立つ大きな十字架の墓にはザイルとピッケルがデザインされていました。遭難者に違いありません。 墓地には同じような墓をいくつか見かけました。遭難者ばかりでなく、山を愛した人達も眠っているのでしょう。死してなお、 好きだった山と向き合えるとは幸せなことです。●民族衣装の女性 先ほどの駐車場に行くと、民族衣装の娘さんが2人、車から降りたところでした。写真を撮らせてほしいと言ったら、にこにこ顔でOKしてくれました。 年の頃なら17、8歳。教会と山並みをバックにシャッターを切りました。絵葉書そのものの風景です。お礼にキャンディーを差し出したら「ダンケシェーン」と微笑んで坂道を下っていきました。 ![]() ●着飾った男女 町には娘さんのように着飾った男女が行き交っています。チロル風装束の男性もいます。日曜ミサへ出かけるのかと思ったのですが、そうではなさそうです。トランペットなどの楽器を手にして高台を目ざす人もいます。 吐く息が白く、路面の水たまりには氷が張っていました。上空は一片の雲すらない青空。時間が経てば凍結も解消してくれるでしょう。 ●閉鎖が解除 ホテルの裏側に回って谷間の集落を望みました 。98年は雨に煙り、大きな虹が架かっていたところです。今回は雪山が光っていました。虹と雪山。どちらも得難い風景を見せてもらったことになります。ホテルへ戻ると、閉鎖が解除されたので出発を30分早めるとの朗報。「天が味方してくれた!」。心底そう思いました。どの顔も晴れ晴れしていました。 ●町は収穫祭 9:30、バスはご機嫌の一行を乗せてスタートしました。坂道を辿ってホッホアルペン道路の料金所へ。着飾った人々はエルテ・ダンテ(収穫祭)に出かける人たちでした。 祭りも見たいのですが、うかうかしていると、いつまた閉鎖されるかわりません。予定通りフランツ・ヨーゼフ・へーエを目ざしました。 ●誕生日を祝福 発車の前にゲリーさんの元気な挨拶があります。毎朝の恒例なのですが、今朝は挨拶の後に「ハッピーバースディ…」を大声で歌い始めました。妻の誕生日を祝ってくれたのです。 歌い終わったら白ワインのボトルをプレゼントし、わざわざ注いでくれました。妻の名は昨夜、添乗員と何度も繰り返し練習した成果だといいます。思いもかけない祝福に妻は感極まって涙ぐんでいました。 ●ホッホアルペン道路 願いが叶って開通したホッホアルペン道路は、グロスグロックナー・ホーホアルペンシュトラーセというのが正式な名称。グロスグロックナー山岳道路(アルペン街道)とも呼ばれ、ブルック とハイリゲンブルート間を走る全長47.8kmの有料道路です。 5年間の難工事の末に1935年開通。ヨーロッパでもダイナミックな山岳道路の一つに数えられています。 ●懐かしい風景 料金所から1 5分ほど走ったところで分岐点にさしかかりました。バスは左折してフランツ・ヨーゼフ・ヘーエ (2369m)に上る氷河街道(8.7km)へ。もう少し先にはエーデルワイスシュピッツェ(2576m)の山小屋「エーデルワイス・ヒュッテ」へ上る道路(1.7km)もあります。98年には新雪の中に花が咲き、牛が放牧されていた沿道ですが、今回は白銀一色の世界。道路わきでは除雪車などが谷底めがけて雪を吹き飛ばしていました。見覚えのある風景が次々に登場して感慨深いドライブです。 ●フランツ・ヨーゼフ・へーエ 9:55、フランツ・ヨーゼフ・へーエの駐車場に到着しました。辺り一面を分厚い新雪が覆っています。グロスグロックナー(3797m)は目の前です。オーストリアの最高峰が手の届きそうな距離にあります。しかも、新雪の中に輝いています。夢に描いていた風景が現実となって展開しているのですから興奮ものです。 すぐ前にレストランがあります。98年に訪れたときは7月というのに立っていられないほどの猛吹雪でした。レストランの土産物店に避難したことが思い出されました。もちろん最高峰も姿はありませんでした。 ●パステルッツェ氷河裾野に広がるのは全長10km、東アルプス最大のパステルッツェ氷河です。雪に埋もれて静かに眠っていました。その姿は氷河というより、だだっ広い雪原でしたが、それで十分でした。 リフトで上るテラス(2370m)からの眺望は絶景だそうですが、残念ながら閉鎖されていました。それでも白銀の山岳美を堪能できて大感激です。このツアーに乗っかった甲斐がありました。 ●ホッホトーア感動を乗せたバスは本道に戻り、途中で何カ所か停車しながらツェル・アム・ゼーを目ざします。左右どちらを眺めても雪山の競演です。目線はじっとしていません。 最初に停車したのは山岳道路の最高地点、ホッホトーア(トンネル)の入り口でした。標高は2504m。ぽっかりと口を開けたトンネルは、雪山に押しつぶされそう。風向計が回る標識のすぐ下にいま上ってきた道路が横たわっていました。 ●大きな慰霊碑アルペン道路は5年間の難工事の末に完成しことは先述しましたが、1929年の大恐慌による失業対策として着工されたそうです。 道路わきに3mはあろうかという大きな石碑が建ち、17個の小石が吊り下げられています。トンネル工事の犠牲者17人の慰霊碑でした。いかに難工事だったかを伺えるモニュメントです。 ●雪山、また雪山 その後、フィッシャーテールなど2か所に停車して3000m級の山並みをたっぷりと目に焼き付けました。バスはヘアピンカーブの連続を下っています。車窓に写るのは真っ白な山、また山ばかり。これほどの雪山の連なりをかつて見たことがありません。 マーモットが真っ白な斜面に可愛い足跡を散りばめながら活発に動き回っています。こんな急坂を自転車で上る元気者がいました。下るに連れて、車窓には雪山以外の楽しい光景も展開してきました。 12:00、フィッシャーテールの料金所に到着。草原の奥に飽かずに眺めてきた山並みがどかんと横たわっていました。 ●ツェル・アム・ゼー山から湖へと下りて、40分後にツェラー湖が見えてきました。昼食する予定のツェル・アム・ゼーはもうすぐ。先ほどまで輝いていた山並みに雲が広がってきました。 13:00、湖畔の保養地、ツェル・アム・ゼーに到着。町は8世紀に僧庵が建ち、その周辺から拓けてきました。1875年に鉄道が開通してからは国際的なリゾートへと発展し、いまではアルペン道路の拠点として、多くの観光客を集めています。 ●ツェラー湖 町は雪山を背景にチロル風の家が建ち並んで、落ち着いた雰囲気。昼食後、町の中心に建つ教区教会を見て、ツェラー湖畔へ。好天の昼下がり。湖畔は日向ぼっこをしたり、プロムナードをそぞろ歩く人で賑わっていました。湖は長さ4km、幅3.5km、水深70m。マリンブルーの水面をカモたちが気持ちよさそうに泳いでいます。湖面はさざ波すらなく、青空や雲、建物を鮮やかに投影していました。 気温は14度ですが、背中に注ぐ日差しは暖かく、小春日和を思わせます。ここも数日前までは雨の連続だったそうです。 ![]() ●犬のフン入れ プロムナードのわきに犬が紙箱を手にするイラスト入りのボックスがありました。ボックスには折りたたみ式の犬のフン入れが入っているのです。利用方法がイラストで表示されていて、だれでも無料で利用できます。 バーデンでは商店の壁に犬を繋ぐためのフックを取り付けていました。路線バスなどの交通機関は犬を繋ぐためのコーナーを設けています。ペットと上手に共存できるシステムができあがっているように感じました。 ●沿線風景楽しむその後、バスはチロル州のキッツビュールへ向かいました。車窓には雪山が続き、花飾りがきれいなチロルの家並みが流れています。 牧草地が広がる緑の絨毯の中に教会を中心にした小さな集落。のどかな車窓風景を楽しんでいたら1時間ほどでキッツビュールのメイン通りに建つホテルに到着しました。 ●懐かしい町並み キッツビュールも98年に次いで2度目の訪問です。山頂の花畑をハイキングする計画でしたが、咲き競う花々が季節はずれの雪に埋まるという不運。町を散策しただけで引き揚げた苦い思い出があります。 すぐ散策に出かけ、カプッツィーナー教会の尖塔が聳える町並みを懐かしく眺めました。●キッツビュール キッツビュールはオリンピック選手で、後に映画スターになったトニー・ザイラーを生んだスキーリゾートです。チロルの一番東に位置し、かつては金鉱や通商で栄えました。町には色とりどりの建物が並び、軒先や窓辺は花で飾られてメルヘンの世界を創りだしています。 高台に建つカプッツィーナー教会は15世紀の建造。墓地からは眺める雪山がきれいです。「この店、まだあったよ」、「外壁のフレスコ画が変わっているよ」などと話しながら、ショートストリートを一巡しました。 ●少ない花飾り 秋のオーストリアは夜明けは遅いのですが、夕方は18:00を過ぎても明るさが残っています。夕食前にそぞろ歩きを楽しむ観光客も多いようです。やや期待はずれだったのは、家々の花飾りが少なかったことです。花盛りだった前回と同じ風景をイメージしていたのですが、すでに取り払ってしまった家が多くて寂しさを隠せません。そろそろスキーシーズン。花の季節は終わったのです。 ●山岳道路が閉鎖 夕方、聞いたところによると、山岳道路は自分たちが通った後にまた閉鎖されたそうです。車窓から広がる雲を眺めましたが、山岳では悪天候に変わったのでしょう。 夕食の話題は「私たち、本当についていたね」でした。ベッドに潜っても清澄な雪の連山が浮かんで、なかなか寝付かれませんでした。 |
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