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◎10月5日(土) (13日目) 中央墓地→ウィーン空港→関空(機内泊) ●ドラゴンフルーツ 朝食どき、ベトナムを旅行した女性から聞いたこのとのあるドラゴンフルーツを賞味しました。もちろん輸入物です。 赤い表皮の中はゴマふりのおにぎりのよう。「美味しい果物」のはずでしたが、いまいち甘み不足。まだ熟していなかったようです。 ●カールス教会食後、散歩に出ました。昨日、時間切れで観光できなかったところを駆け足で見ようというわけ。まず、カールス教会へ。マリア・テレジアの父、カール6世がペストの終焉を祈願して1739年に完成させました。緑のドームと2本の大円柱が特徴です。 内部を見学する時間はありませんでしたが、楕円形の天井にロットマイヤーのフレスコ画が描かれているそうです。 ●セセッシオン車窓から何度か眺めたセセッシオン(分離派会館)へ。屋根の上に金の大玉を乗せた風変わりな建物です。 一見したところでは教会にも思えるのでが、新しい芸術を志した人々が1898年に建てた「前衛芸術の殿堂」なのです。ウィーンの人たちは「黄色いキャベツ」と呼んでいます。有名なクリムト作の「ベートーベン・フリーズ」はパスし、外観を眺めただけで先を急ぎました。 ●楽友教会ニューイヤーコンサートで日本人にも馴染みの楽友教会は2、3階が赤茶色の外壁。この大ホールで演奏されるワルツが元日に衛星中継されて茶の間でも聴ける時代になりました。 1970年の建造ですが、大ホールの音響はいまも世界で最高といわれています。外部の改修工事が行われており、そのための塀が設けられていました。 ●足りない時間 コンツェルトハウスを眺めてホテルに戻りました。3泊したウィーンですが、外面をちらりと眺めただけで過ぎてしまったことになります。じっくり見たいと思うなら最低でも5泊は必要なようです。 土曜日の朝。オペラ座の周辺もひっそり。路面電車ががたがたと通り過ぎるだけでした。観光名所にもこのような時間帯があるのです。それなりに価値のあった朝駆け観光でした。 ●中央墓地 9:45、空港へ。初日に世話になった巻き舌の女性アシスタントが乗り込みました。市内の至るところで修復工事が行われており、バスは迂回しながら走ります。途中、楽聖が眠る中央墓地に寄り道しました。 1874年11月1日、市内に散らばる5つの墓地を集めて開設した大霊園です。緑豊かな敷地に3つの門があり、第1門はユダヤ人の墓地、第2門は貢献者の墓地、第3の門はプロテスタンの墓地。250万平方mの敷地に現在、35万の墓があって約300万人が眠っています。 ●眠る楽聖たち楽聖たちが眠るのは、もちろん貢献者の墓地。大きな第2門を入って200mほど真すっぐに進んだ辺りに固まって眠っていました。 32A区といわれる場所で、モーツァルト記念像の左右にシューベルト、ベートーベンが眠り、すぐ近くにブラームスとヨハン・シュトラウス(息子)の墓、 ヨハン・シュトラウス(父)とランナーの墓が並んでいました。 ●第三の男を撮影 墓地は緑と花に囲まれた閑静な環境。楽聖の墓に限らず、花が絶えることはなさそう。草むらや色づいた木々の間を黄色っぽいリスが走り回っていました。 門のそばに並んだ花屋さんには、墓参の花を求める人がちらほら。秋の花はやはり菊でした。日本のお盆に当たる11月1日の万聖節には大勢のお参りの人で日ごろの静寂が破られるとのことです。 墓地の中に鬱蒼と茂る並木道があります。映画「第三の男」のラストシーンを撮影した場所だそうです。男臭い映画の名場面を回想しながら墓地を後にしました。 ●大男の目に涙 1時間ほどの道草を食って空港へ。ゲリーさんが「みなさん親切で、楽しかった」と別れの挨拶。2m近い大男の目が潤んでいました。「こちらこそ親切にしていただきました」。感謝の気持ちでいっぱいです。 妻は日本から持参したカップヌードルやホカロンをプレゼントしました。カップヌードルには「おお、ヌ ードル」、ホカロンには「インスタント・ストーブ」と言って喜んでくれました。●フリーパス ゲリーさんと固い握手をして別れを告げ、チェックインカウンターへ。スーツケースはフリーパスでした。 簡単な手荷物検査を受けてA7ゲートへ。待合室では大きな土産袋を手にした女性たちが大声を発しながら品比べをしたり、最後の買い物に走ったり。にぎやかなことです。 オーストリア航空のOS055便は、13:57、定刻より少々遅れて離陸しました。関空までは9022kmのフライトです。 |
◎10月6日(日) (14日目) 帰 国 《以下、7時間進めた日本時間で表記》 ●定刻より30分早く 空席だった最後尾に移動しました。2:30、サンドイッチのサービス。以後、うつらうつらの繰り返し。目を覚まして時計を見たら5:30。あと2時間の辛抱です。1時間後には朝鮮半島を通過して日本海上空に達しました。 機はやがて高度をぐんぐん下げ、淡路島南端をかすめるようにフライト。激しい揺れの後、17:22、曇り空の関空に着陸しました。到着予定は17:55でしたから30分も早く着いたことになります。 ●満足の旅 入国手、税関、スーツケース宅配の諸手続を終え、バスと電車を乗り継いで自宅に戻りました。 第1の目的だったチロルと湖水地方の絶景を青空の下で見られたのは無上の喜びでした。ホテルもアメリカンスタイルにはない部屋の造りで迎え入れてくれました。また、ウィーン、グラーツ、ザルツブルクの町並みも格別の雰囲気を醸していました。 この年、ヨーロッパは大変な水害に見舞われ、訪れた前後も悪天候が続いていました。それにもかかわらず、雨らしい雨に遭わずに観光できたのは好運。満足の旅が終わりました。 |
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