Japan Cup Tokyo Trail Run 100km

第1回 チャレンジャーズ・レース(05年4月30日〜5月1日)

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  青梅永山運動公園を出発し青梅丘陵ハイキングコースを駈け上がる、雷電山・高水山・岩茸石山を経て第1関門の棒ノ折山に3時間3分で到着、新緑、山桜が満開で眺めも良かった。次第に気温も上がり水の残量も気になり苦しくなる。  長尾ノ丸・日向沢ノ峰・天目山・七跳山までは細かいUPダウンを繰り返し標高を上げて行く、第2関門の酉谷山には6時間38分で到着、関門制限22分残しだった。沢の水を1g程補給し出発、関門通過者は50人程だった、残り100名はリタイヤになった。  ここから雲取山への道のりは長かった、長沢背稜はだらだらとした尾根で結構走れた、芋ノ木ドッケから大ダワまで一気に降り正面に雲取山が見える、雲取の登りにかかると原生林の倒木が登山道をふさぎ、飛び越えたり、潜ったりで体力を消耗した。雲取山荘は多くの登山者で賑わっていた、水2gを補給しリックは再び重くなる。雲取山頂に8時間59分で到着。山頂から七ッ石山まで見晴が良く草原状を一気に駈け降る、関門まで時間が少ない七ッ石山の登りを喘ぎながら越え、七ッ石小屋の第3関門に8分残しの9時間52分で到着、私の後一人が来て関門は閉まった。ここを32名が通過して行った。  奥多摩湖の鴨沢まで一気に駆け下る、結構走り安い登山道で時間短縮が出来た、第4関門の鴨沢は中間点で50kmになる。制限時間1時間を残し10時間52分で到着、ここは50kmのスタート地点でも有る、ソバとケンチン汁を戴き温まる。後半分の食料と水2gを詰めリックはかなり重くなった、会場に居た選手はリタイヤするらしく最後尾の21番目で出発した。  三頭山には一旦大寺山に登って三頭橋まで降りる、三頭山に向って登りかける頃にライトを点ける、苦しい登りが続きたった一人の夜道は寂しい。第5関門三頭山には14時間31分で到着し一人の選手が休憩していた、後を追うように私も出発した、下界の町明かりが見えるここからは耐久レースのコース逆走だがコースミスの心配は無い。慣れて知った道を快適に走った、下りで足を使い過ぎか太股に筋肉痛が出て来た。  第6関門の浅間峠には50分前の17時間10分で到着した、ここでリタイヤした選手が居たらしく15番目で出発した。  三国山・生藤山を経て醍醐丸から和田峠に向う、動物の物音がする度にドキっとしながら逃げる様に走り去る、和田峠に一気に降ると第7関門である、19時間8分で到着既に3名が先着していた、リタイヤする様で動く気配が無い、水を再び補給して11番目で出発した。  陣馬山頂を目指し歩幅の合わない階段を登る、山頂の白馬に必ず完走すると誓う、ここから先は山岳軍団の仲間と走るコース下界の街明かりを見ながら走る。小仏城山から高尾山コースを外れ南高尾山稜に向う、途中国道20号の大垂水峠が第8関門21時間30分で到着、残り2時間30分でゴール出来るか悩むが役員に励まされ出発した。  ここから先は小さいUPダウうが繰替えすが登りも気力で駈け上がる、降りは筋肉痛が悲鳴を上げる、夜が明けかなり明るくなって来た、草戸山で一人に追い着く彼も足がかなり痛そうだ、ここから東高尾山稜を進む四辻まで来ると直ぐ下が高尾山口駅になる、更にもう一人の選手に追い着き一緒に走る、最後の小山を越えると高尾の町に出た舗装路の快適さを実感する。JR高尾駅前を通過し沖電気の工場を廻り込み中央線の歩道橋を渡り、高尾陵南公園のゴールを2人で目指した、ゴールでは山岳軍団の仲間が向えて繰れた、23時間50分でゴールする事が出来た、結局ゴールした選手はたったの11名だった。  総合で10位、年代別で2位とダブル入賞する事が出来た、50代の完走者は無く私が最高齢の完走者でも有った。閉会式では表彰台に昇ったのが4回目全て山岳レースばかり、自分なりに達成感、充実感に溢れた大会だった。

雲取山山頂登山者から声援を受けた 第5関門三頭山避難小屋ヘロヘロで到着
山岳軍団が待っていた高尾に感動のゴール 表彰式で総合10位、年代別2位とW入賞なる

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