第60回別府・大分毎日マラソン


2011年 2月 5日(土)別大へ出発  

 羽田の待ち合わせの前に国際空港の見学をした、江戸の町並みを再現したレストラン街、屋上の展望台など見て廻った。 団体受付にシナさんと合流しチケットを受け取り搭乗手続き、イチローさんはナイフを所持しセキュリティーに引っ掛かる。搭乗口内でお昼を 食べ時間を待つ。大分空港に到着後、レンタカーにて別府温泉内、受付会場ビーコンプラザへ向かう。空港から高速は対面通行で、山の中をぬって走る。 別府市内は坂で高速から市内に下って行く、中心付近にビーコンプラザが有った。ゲルフジさんから既に会場にいるとの連絡が入る、受付時間前に会場に着いた。 受付前には参加全選手の名前が掲示されている、スタッフも陸連のジャケットを着ている、ランナーの広場を下見してる間に受付開始。 受付の列ではごまちゃんに会う、インフルエンザで体調が悪いと言っていた、広場に向かい参加賞のシャツを受け取り、500円分の食べ物をゲットする。 抽選会の列が長く少し待って並ぶ、敢え無く外れだ、繰り返し並んで挑戦でも外れ!5回目にヤットパイナップルが当たる。ゲルフジ夫婦、 サーモンP夫婦、高橋夫婦にも会う事が出来た、ホテルまで送って頂き、今日は別々のホテルに泊まる。同室には何とWEB日記の若旦那さんと同じだった。 遅めの夕食を3人で、温泉もゆっくり入れた、スタートが昼なので朝食も一番遅い8時にして貰った。ゼッケンは布で別大のナンバーカード重みを感じる。 ユニホームにしっかり取り付け明日の準備をした。2人はサブ3で色々アドバイスを頂く、兎に角廻りのペースに巻き込まれない様に自分のペースをしっかり守る事だ。

参加選手全員の掲示板表示 前日祭・ランナーの広場にて


2月6日(日)スタート会場うみたまごへ

朝はのんびり起きた、朝風呂をゆったり入り、8時に朝食を食べた、ご飯は2杯食べ腹一杯食べる。 10時過ぎにバス送迎場からうみたまごスタート会場に向かった。イチローさん、シナさんとおさる館で合流した、ここはカテゴリー1・2の控室。 招待選手の顔もチラホラ見えた。我々はカテゴリー3国道反対側のテントだ。暖かいおさる館を出てテントに向かった。 UP姿に成り国道の歩道を走る、大分方面に行くと公園が見え走って行く。海水浴公園らしく1周して会場に戻った。 走る姿に変身し、荷物をトラックに預けいよいよ集合時間だ。

おさる館がカテゴリー1・2控室 うみたまごは水族館

 

国道のテントがカテゴリー3控室 トップ選手を映し出すテレビカメラ


緊張は高まりUPを開始  

 

会場周辺をウオーミングUP 狭山走友会の勇壮二人


ゴールを目指し号砲が鳴る

20分前からゼッケン順に整列が始まる、番号順にきっちりと並ばされる、緊張が次第に高まる。 10分前に国道に出てスタート位置方向に移動する、カテゴリー1・2の選手がおさる館から出て来る、国道に入り整列後のカテゴリー3 の我々が後ろに着く。30秒前上空がヘリで慌ただしくなる。10秒前からカウントダウンが始まる、12時に号砲が鳴る。 頭上のカメラが慌ただしく動き撮影し始める、われらが通過時はカメラが横を向いてしまう、気を取り直ししっかり自分のペースで走り出す。 流石に廻りの選手は速く抜かれて行く一方だ、気にしない、気にしない!マイペースが大事だ。別府市内は沿道をいっぱいの応援者で賑やかだ。 3車線の道路は広く感じてイン、アウトを使って最短なラインで走る、5kmを22’25秒で通過した。まだまだ大集団で別府の折り返しに向かう。 トップ選手が折り返して来る、パトカー、白バイ、中継車が次々にやって来る、トップも集団でアット言う間に過ぎ去っていった。 9kmの折り返しを廻り後ろが見える、まだまだ大勢いる様に見える、10kmを44’37秒で通過し折り返しに向かう選手も少なく成って来た。 最後尾の収容車が見えて来た、何とその前をイチローさんが走っている、一体どうしたのだ、頑張れ!っと声をかけた。 海沿いの国道には蒸し風呂?砂風呂?走る横目に見ながら走った、泊まっていたホテルの前を通過、別府タワーも目の前だ。 15kmを1:06’35秒で通過し、スタート会場に戻って来た、応援者が幾重にもなり声援をしてくれる。別大国道は海の上となり向かい風が吹いて来た。 風を4避ける為、選手は1列に長く成って行く、我慢出来ない人が列がら出てペースを上げて行く、またその後を直ぐ付いていくランナーもいる。 大分市内に入ると応援も多くなり建物で風も遮られ幾分楽になる、長い直線道路になると先が見えチョット嫌な気分だ。20kmを1:29’01秒で通過した。 ここまでは順調に走って来ている、5km/22’30秒ペースでしっかり走れている。

ゴールの瞬間を仲間が撮影 控室にて安堵する

 後半もこのペースで行けるところまで走り切る、ハーフを1:33’54秒で通過した、次第に選手の数も疎らになって行く、 風を避ける選手はいない、自力で風に向かう、市内は応援、声援が多く元気を貰う、25km通過もぴったらラップで順調だ。 特に痛い所も無いが足は重くなっているのを感じる、22kmでパワージェルを摂取している、早くパワーが湧いて来いって感じだった。 30km通過が22’53秒でペースが落ちて来た、2:14’24秒は上出来かも、やはりペースは落ちて行く、後や追い越した選手に追い越されて行く。 自分のペースが落ちて行くのが廻りの選手のスピードで分かる。重い足を粘って前へ前へと出して行く。左手にゴールの競技場が見えて来た、だがまだゴールは先だ。 突然沿道から頑張れ!と名前で応援された、イチローさが声をかけてくれた、35kmは1分遅れの23’27秒、2:37’50秒とまあまあなタイムかな? 再び競技場の横を通り過ぎてから長い橋のUPダウンを通過する、この道路は往路と同じだが走っている選手はもう居ない。25km地点の交差点を左に曲がり 大きく折り返す事になる、直ぐまた左に曲がって競技場を目指すだけだ、30km、37kmのパワージェル効いているか足はしっかり動いた、40km通過が 3:秒02’19秒で何とか15分を切れそうな気がして来た、最後の橋を上り切って左に曲がって競技場への道を行く、堤防の上から粘れ!腕を振れ!顔を上げろ! と激が飛ぶ。右にカーブを切るとマラソンゲートが目に入って来る、ゲート直前でごまちゃんから声援、入り口でおさるさんからも声援、トラックに入り1周するが長く感じる。 感動が込上げて来る、達成感がいっぱいだ、涙目でゴールに向かう、時計は12分台を回っている、ペースを上げるが上がらないがやっとゴールした。自分の時計は 3:13’01秒を表示していた、タオルを掛けて貰い、給水を頂く、誰の顔も満足そうな顔だった。ゴール後もカテゴリー1・2選手と3では違いが出た、我々は 少し離れた体育館だ、荷物を受け取り着替えをする、横には所沢の布袋さんがいた、私より10分も速くゴールしていた、そこにイチローさんがやって来た、 カテゴリー1・2の方で色々なサービスをやっているらしい、早速行って見た、フグ鍋は既に終わっていた、牛乳のサービスはまだまだ間に合い5個貰ってしまう。 フニッシャータオルにタイム入り刺繍のサービスも間に合った、そこでゴールの正式タイムが確認出来た、3:12’59秒だった、早速タオルに刺繍して貰った。 シナさんとも合流して腹拵えし車に向かった。今夜の宿別府温泉へと向った。

フィニッシャータオルにタイム刺繍       60回記念碑前にて

   




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