第113回ボストンマラソン


2009年 4月16日(木)ボストンへ出発  

宇都宮駅からマロニエ号で成田に向う、14時集合だが12時前に到着した、待ち合わせ場所を確認してお昼を食べに行く。 それでも時間があまりテレビを見たりした、KDDIの国際テレホンカードを買った。少し早いと思ったが待ち合わせ場所に行ったら 杉山さんに遭遇し私を捜していた、キャプテン、娘さんとも合流してひと安心した。早速チケットの段取りをする、自動チェックイン機で 手続き開始、3名それぞれパスポートを挿入して照合し、チケットらしき物が出て来た。成田〜シカゴ・シカゴ〜ボストンで行く。 娘さん達に見送られ出国カンウターへと向う、何事も無く搭乗口へと進む、ユナイテッドと有って日本人は少ない感じだ。予定通りに乗れるか が問題、空席が有れば乗れるチケットなのだ、この不景気でビジネスクラスは空いている様だ、搭乗が始り優先搭乗者が機内に入って行く そんな時3名の名前が呼ばれた、ビジネスクラスに乗れひと安心した。JALのビジネスとは雰囲気が違った、少し狭くフルフラットには なら無い、それでも充分な乗り心地、成田を定刻通り出発、機内ではメニューが配られ飲み物が出て来る、和食、洋食共のコースに成って入る 一杯のシャンパンでほろ酔い気分になっていた、3名は機内中央の3列に位置取る。食事後は夜の空に向ってひたすら飛行機は飛び続ける。 夜食にラーメン、キャプテンはサンドイッチを戴く、長い夜が終わり朝日がブラインドの隙間から射す、朝食が始るが何もしないが腹には入る 眼下にはシカゴの街が見えて来た様だ、海の様な大きい湖が現れる、高度を下げ着陸体制に入り街の様子が良く分かる。 無事シカゴ国際空港に到着した。

ユナイテッド・ビジネスクラスで出発 シカゴで乗換空港散策


4月16日(木)ボストン到着

シカゴで乗換だがここで入国手続きをする、ゲートは有るのに明けて無い、凄い行列が出来ている、のんびり時間をかけている様だ、 私の番ではかなり質問されたが何を聞いているのか分からなかった。ここで時間を費やしセキュリティーでも時間が掛った、 シカゴのターミナルは大きくモノレールで移動する、第5ターミナルから第2ターミナルへ、乗換便まで時間が無くなった、 急いで搭乗口まで行く、5分前に到着、乗客は既に全員搭乗済んでいた、チケットを出しすんなりOKで搭乗出来た、 座席は最後尾で着席するのに結構手闔謔チた、兎に角予定通りの便に乗れボストンに到着出来そうだ。狭い機内で3時間程でボストンに着く、 既に国内線なのでそのまま空港の外に出る、キャプテンが宿にTELし連絡を取る。ピックUPレーンに迎えの車が来た、ダッチの大きい車でラクチンだ。クインシーハウス、日本のペンションの様な物か? 奥さんに案内されマギーさんが2階、キャプテン、私が1階の隣り通し部屋は広く一人では勿体無い感じだ、夕食は無くスーパーで買って来た物を食べる。 長い1日が終わり大の字に成って寝れる。ベットに入ってもなかなか寝れない、機内ではあまり寝無い様にしていたが時差の影響だろうか? ごそごそしている閧ノ朝がやって来た、朝ごはん前に散歩に出様と2人を誘った、海までは歩いて直ぐだった、朝の海岸は気持が良い、ランニングを 楽しむ人も多い、海の上から調度朝日が登って来た。今日は天気も良さそうだ、時差ボケですっきりしない頭も多少気分んが良く成った。 宿に戻り7時にごはんだ、朝は宿で出して戴ける、日本食で納豆に魚で味噌汁は助かる、ご飯をもっと多めに戴けると良いのだが? 今日はマラソンコースの試走だ。

ボストン・クインシーハウス 朝の海岸を散歩


4月17日(金)コース試走ラン
コースにて一息 最高点・心臓破りの丘

スタート地点まで息子さんの車で送って戴く、場所を確認し車でコースを見ながら走る、スタートから急な下りが続く 車に乗っても感じる勾配かな、要所要所のポイントを覚えて置く、25kmを過ぎた所で下車する、ここから準備して試走に入る。 息子さんにはここで別れる。坂を一気に下るとコース最低地点に着く、ロワーフォールズだ、小さい滝が橋からも見えた、レース中は とても見てる余裕は無いだろう。ここから心臓破りの丘へと4段階の登りが待っている、ひとつヒトツ確認しながら登りつめる、 両サイドの家はアメリカン風な家が奇麗に手入れされて入る、登り切った家を覚えて下りに備える様にする、25km過ぎにこの様な 坂が4つも有ると思うと力が抜ける、車道左サイドには大きな側道が有り応援が凄いらしい、歩かずしっかり走りたい所だ、この変の 坂を多くのランナーが試走していた、自然と挨拶が声に出る、心臓破りの丘は2つのピークに成っていた、これは大きな収穫で有った。 最後の坂を登り切るとボストンカレッジが見えて来る、もう大きな登りは無く全体にゴールまで下って行く。約33km付近で21マイル 付近だ、少し下ると駅が見えて来る今回の試走はここで終了だ。メインの登りを試走した。

受付会場・広さにビックリ マラソンエキスポ・ショップが多い

電車に乗ってボストンに戻る、特に切符売りばも無く如何すれば良いのだろう、兎に角乗って見ると運転手が2ドルと 言ったか料金箱風な物が有った、ワンマンバスと同じだ、地下鉄と言っても郊外部分は路面電車で交差点の信号で止る、学生が多く 大学が線路沿いに校舎が有る、電車を降り受付会場ハンコックのコンベンションセンターに向う、良く分から無いのでキャプテンの 後を追て行く、受付は午後2時からで時間が有り昼食に行く、ビル内のフードショップは満員に近かったが、ウロウロしてたら 空いて来た、日本食風のスシが有ったので買って見た、カーボには良いかも?鳥丼風な丼?以外と腹いっぱいに成った。 少し早いが受付に行くと凄い行列が出来ていた、仕方なく後の方に着くと動き出した、流は速くスムーズに動く、途中に5kmの 受付が有ったので先に済ませた、ひとつ終わってヤレヤレって感じ、その間に行列は無くなりすんなり受付に行けた、 マラソン受付にはパスポートが必要だ、申告タイムの速い順に列んでいる、前の方であっさりと受付を終わってしまう。 3人揃ってエキスポ会場へ行く、取り敢えずマラソングッズの会場へ行く、ヤッケと帽子を買った、自分で使うみやげだ。 グッツは飛ぶ様に売れている、色々なブースで配り物も多、特にサプリメントブースではやたらと多く戴いた、シューズインナーや、 バッチ、ポスターも貰った、地下鉄切符が7日間乗り放題を売っていたので購入した。試走の後だけに疲れも感じ今日は戻る事にした。 電車の乗り方もキャプテンに良く聞き覚える。ノースクインシーの駅で降りる、駅から歩いて10分程だが、途中でスーパーにて夕食を 買って帰る、好きな物が食べれるのは良いが、美味そうな物は見あたら無い。長風呂に入って疲れを癒す、ネットも自由に使えて便利だ、 キャプテンの娘さんにもメールが届き、ブログも書き込み出来た、便利な世の中に成った。


4月18日(土)フリーダムトレイル
旧州会議事堂      ボストンの歴史を感じる

今日は朝のんびり出来るが朝早く目が覚める、ぐっすり寝れ無いのは時差ボケのせいか?、外は明るく成って入るので散歩に行く、 キャプテンも起きている様なので誘った、昨日と同じく海岸へと向う、方向は逆へと足を向けた、今日もランナーが走っている、散歩道から外れ 波打ちを歩く、海草は打ち上げられているが貝類など目立つ物は無かった。東の空は雲りで日の出は無かった、朝も結構寒く冷えてしまい宿に戻る。 今日はボストンフリーダムトレイルを散策する。のんびり朝食を戴いきながら、今日の計画を立てるが私など特に考えて無かった。 電車に乗ってボストンコモン公園にむかう、この公園はアメリカで最初に出来た公園だそうだ、公園の中には観光案内所が有り名物おじさんがいる。 案内所でコースマップを貰い赤い線に沿って進む、事前調べも無くただただ追て行くのみ、マギーさんはガイドブックを手にしっかりチェックして 歩く、アメリカの始りがここなら、ここに有る建物はアメリカで最初の建築?古い赤レンガの建物が綺麗に建っている。 旧州会議事堂が有る、ここで独立宣言をしたバルコニーが目に入る、その前には茶会事件が起き、独立戦争の発端と進んだ所だ。クインシーマーケットで昼食 どれもチョットって感じだったが、ホットドック風なサンドイッチを買った、中のテーブルが調度空いて腰を降ろす。このトレイルを歩くには ボストンの歴史を知ってから来た方が更に楽しいだろう。コースは更に海に向い赤い線は伸びる、橋を渡ると潮の匂いがして来る、軍艦の展示が 有り帆船の資料館も有った、トレイルの終点は塔が建っていた、展望台まで登ると結構息が切れた、ボストンの街が一望出来360°のパノラマだ。 来た道をショートカットしながらボストンコモンに戻った。

  レッドソックス球場 ショップも大きく広い

ボストンコモンから電車の乗り、フェンウェイパーク・ボストンレッドソックスの球場へと向う。球場周辺には赤いシャツを着た レッドソックスファンでたむろしている、今夜試合が有る様だ。ショップに入るとグッツが所狭しと展示されている、土産に鉛筆を買った。 松坂のシャツ18番で漢字で書かれて入た、ファンは惜しげも無く買って行く。球場をぐるりと1周して見る、選手の垂れ幕、ブロンズ像など 色々現れる、フードショップからグランドが見えた、トイレを借りた序でにグランドを覗き込む、芝の青さがとても奇麗だ。1周しショップに 戻った。球場横の道路はマラソンコース、ここから壮絶な沿道の応援が続く場所、そのコースをゴールまで歩いて行く、中央に大きな分離帯が有る 道路は奇麗だ、歩道も広く街路樹も住宅とマッチしている、赤れんがの建物が続き年代を感じる、コースは1度クランクしてメイン道路へ入る、 はるか先にゴール教会の塔が見えて来る、広い道路は直線でゴールの横断幕が見えて来る。今はゴールスタンドなど会場作りしている。 明日はここで5kmレースがスタートする、本大会に参加出来無い家族や友人が参加出来る、ボストンに来た全てのランナーが楽しめるイベントだ。 時間も有り再びマラソンエキスポ会場に行った、今日も多くのランナーが受付やエキスポで買い物を楽しんでいる、会場を一回りしパワーバーを 戴く、マラソングッツ売り場でランパン、ランニングを衝動買いしてしまう、出口で2人を待たせてしまった。 今日1日は良く歩いた、明日の5kmレースに影響が出そうだ。電車に乗りノースクインシーへと帰る、何時ものスーパーにより夕食の買い出し、 カーボが出来そうな品物を購入した、風呂に入って入念にマッサージし足のケアーをした。


4月19日(日)ボストン5kmレース参加

今日の5kmレースは8時にスタートする、早朝息子さんにコーポレースクエアーの会場近くまで送って戴く。既に多くのランナーが 集まっていた、開会式が始り山田敬三さんが紹介されていた、テント内で着替えしてからUPに出る、そんなに走れる所も無く体が温まる程度に走った、 荷物を預けてスタート位置に向う。何時もの様に調子のって前に位置取る、気合いの入った選手からファンランの選手までさまざまだ。胸に名前を付け スタートした、足が痛いと言うマギーさんはスタートダッシュして行く、私も必死で追て行った。2kmも走ると選手も大分ばらけて走り易い、 今日はメイン通り以外は応援も少ない、ボストンコモン周辺の坂は結構走りがいが有った、ラスト2kmはいよいよ本レースと同じメインコースと 入って行く、メインコースへ入る300mの坂を一気に駆け上がる、左に曲がるとメインコースだ、このまま1直線にゴールへ向う、ラストスパートを 掛けるランナーが増えて来る、明日を考えて最初から無理しない事にしていた、そのまま自分のペースでゴールに向うがマギーさんも同じ様だ。 ゴールゲートの時計が見えて来る、このまま行けば20分を切れそうだ、19分53秒でゴール結構良い走りが出来た。足には結構疲労感を感じる、 テントに戻るとマギーさんも着替えをしていた、5kmレースでも立派な完走メダルが戴けた。キャプテンとも合流して3人が揃った、この後は 地元高校生の1マイルリレーが行われ応援の恩返しだ。1名1名紹介されスタート位置に整列して行く、最初は男子がスタートし声援が響く、 女子に成ると更に声も大きく声援が上る、高校生はやはりスピードが有り速い。次はプロアスリートによる1マイルレース、賞金が掛かっている らしい、ハイペースの戦いが始り見応えが有った。

給水所も準備はOK     ゴールしたKEN

会場近くに有るマラソンモニメントに行く。歴代優勝者の名前が刻まれていた、山田敬三、瀬古  の名前が見つかる。 明日のゴール後は大勢の選手で会うのは無理、それぞれクインシーへ帰る経路の確認をした、キャプテンと完走パーティーに行く事にした。 3時半トイレの前で約束、地下鉄の乗り方も大分理解した、3人揃ってクインシーに向う、帰りに何時ものスーパーにて買い物、時間もたっぷり 有り店内を隅々まで見て廻った、ビーフジャーキーが有り土産に買う、明日のレースに備えカーボ気味の食べ物を買う。入浴後キャプテンが 楽しそうに部屋にやって来た、KENさん!ネットで順位を検索してよ!!!早速ボストンホームページへ、5kmレースの順位が出てた。 70歳代優勝キャプテン流石だ、60歳代優勝マギーさんやっはし!、50歳代KEN8位そんなもんだろう。結構本気で走って仕舞い足が 思い感じが残ってしまった。ケアー&マッサージを充分した、明日の朝は早いが早く寝ようとしても寝むれない。寝むれない長い夜が!!!!

レース後テント内にて     2人は年代別で優勝


4月20日(月)ボストンマラソン参加
スクールバスにてスタート会場へ スタート会場の朝は寒い

早朝4時には起き準備、5時に朝食を食べる、序でにおにぎりを3つ作って戴いた。(夜言って欲しかったらしい) 息子さんにボストンコモンのバス乗り場まで送って戴く、直接スタート会場まで送って貰えるのだが、キャプテンの計らいで ボストンマラソンの全てを感じるならバス!、公園には多くのランナーが集まっていた。第1陣は既に満員で発車した、2陣に直ぐ乗れ てラッキー、ボストンの街を抜け高速道路を会場へと向う、スタート会場は黄色いバスがいっぱいだ、選手は大きなテントの中へと陣取る。 高原で朝霧がかかりかなり寒い、パワーバーブースではバーを配っていたのでしっかり戴く、暖かいコーヒーなど配られてた、けどじっと していると寒い、アップの序でに周辺を見て廻るが何も無い、高校の敷地内でただただ広いだけ、スポンサーが手袋を配っている。 トイレも相当有るが次第に列が長くなって来た、取り敢えず並び用事を済ませる。9時に荷物を預けてスタート位置に向う、マギーさんと 同じブロックだ、スタート位置のトイレは空いていた、最後の用事を済ませブロックに入る、殆どの選手はヤッケやジャージを着ている。 スタート前にアメリカ国家の斉唱が始る、全員直立不動で歌う、スタート直前に空軍ジェット機が上空を通過して行く、10時に スタート号砲がなる。 だが何時号砲がなったか分から選手が動き出す、慌てストップウオッチを押す、スタートラインを通過したのが1分後だった。 走り出してから直ぐに下りが続く、攻略法にも書かれている様にオーバーペースに気を付ける、だが全体の流れが速いし流れ沿って走る。 このブロックの集団は3時間前後の選手達である、5kmを21分54秒で通過した、コースはまだまだ下りが続き7km付近に登りが有った。 沿道は林が多いが応援は凄く元気が出る、10kmを21分53秒で43分48秒だった、下りのせいかペースが速くワナにハマッタか?。 10kmから15km間はほぼフラットで走り易い、15kmを21分32秒で通過、体も慣れ足も快適に動いている。16kmからは緩い 上りが続く、ウェルズリーカレッジに迫ると大きな声援が聞こえて来る、女子大生の熱狂的な声援が有名で凄かった、キスOKのプラカードを 振っての応援だ。20kmを22分02秒で通過し、ハーフを1時間32分13秒で通過した、前半はほぼイーブンペースで走れた。

次々にゴールして来た選手        大歓声の中感動のゴール

ハーフのポイントでも写真やDVDの撮影がされていてカメラに向ってポーズを気めての通過だ、25Kmまでフラットに近い微妙な上りだ。 ここまでは余裕で行ないと後半が辛くなる所だ、25kmを22分34秒で通過した、ここから一気に大下りになりコース最低点まで下る、下り切った所が ロワーフォールズだ、試走の時確認した所で覚えていた、いよいよここから心臓破りの丘に向って4つの登り坂が始る。ここからは試走しているので安心感が有った。 登りはあまり無理せず抑えて行く、登り切ってからパワージェルエイドが出て来た、待ってましたって感じで戴く、4つのテーブルが有り味別に成っていた様だ。 最初のテーブルで2つ戴き、一つは直ぐ飲んだ、最後のテーブルでまた2つ戴く、また1つは直ぐ飲み残りはウエストピーチへ。二つ目の登り坂は急で短く長い下りが続く、 下りが終わるころ30km通過だ、24分16秒と2分程遅れて来た、直ぐに3つ目の登り坂が目の前に迫る、ここも短い登りを上るとフラットが続いて行く、 4つ目の登りが先に見えて来る、ここを登ればもう登りは無い、左の側道は試走で走った所応援者で溢れている、歩いているランナーに大きな声援を送っている、 心臓破りの丘、最高点が見えて来る、一つ超えて2つ目が最後である事は試走で確認している、頂上付近はボストンカレッジの学生で大声援が永遠に続く感じだった。 サアーここからゴールまで一気に下りだ、残す事無く全力で下り出す、35kmを24分40秒で通過した、登りを考えると良い感じか?、38kmまで長い下り が続く、既にボストンの街に入り沿道の両サイドは応援者で一杯だ、レッドソックス球場が見え目印の三角マークも見えて来た、球場サイドからはビル連立して 声援がこもってワオーって響いている、中央分離帯が大きな道路で赤レンガの奇麗なビルが列ぶ、40kmを25分11秒とペースを落としている。 足はかなり重くなりきつい、ラスト2kmコースをクランクし坂を登り切るとゴールの教会の塔が見えた、段々迫るゴールの横断幕、沿道の声援は更に大きな声に なり凄さを更に感じる、自然に涙が流れ感動が込み上げて来る、ガッツポーズも決らずゴールを通過した。3時間15分31秒手元時計で完走した。 (ネット3時間14分51秒)ゴール後フラフラって感じだったが直ぐに元気が出た、完走メダルを掛けて頂きレスキューシートを掛ける、風が冷たく体が 直ぐに冷えてしまう、直ぐに荷物のバスに直行し着換えをした。


4月21日(火)雨のボストン

続々と選手はゴールしてバスに向って来る、ビル風が吹き体はアット言う閧ノ冷えてしまう、荷物を受け取り素早く着換える、女性もバスの脇で 着換えをしている、私も夢中で着換えをしてたら目の前に女性が着換えていた。キャプテンとの待ち合わせ場所付近で選手の写真を撮っていた、結局キャプテン とは合流出来ず寒さが応えた、仕方なく一人でクインシーに帰った。帰りのスーパーでは食べたい物を自由に買ってしまう、風呂にのんびり入り疲れを癒やした。 キャプテンも満足した顔して帰って来た、、話り合う事はは山程あった、マギーさんの部屋は寝ているのか静かだ、キャプテンとネットでボストンマラソン結果を 色々と検索している時に、キャプテンにTELが掛かって来た、女性からでカタコトの日本語の様だ、どうも病院からでマギーさんが救急車で入院したらしい。 レース中に運ばれたようだ、直ぐに様子を見に行く事にした、前回キャプテンが入院した病院と同じらしい、地下鉄に乗り病院に向った、病室に辿り着くまでに 四苦八苦しながらようやく集中治療室に着いた。落ち込んでる様子も無く元気を取り戻した、取り敢えず再会出来安心した、ゴール手前2km付近で歩け無くなり 立っていられない程痛くリタイヤし救急車に乗ったとの事、疲労骨折で明日にも手術をする事になったらしい、何より元気で安心した、明日手術後に荷物を持ってまた 来る事にした。クインシーの宿のおばさんが夜食を用意してくれていた。 今日は1日雨の様だ、涙雨にも感じる寒さで1日違いで良かった、マギーさんがゴールに預けた荷物をボストンアスレチック事務局へ取りに行く、息子さんに 車で近くまで行くが場所がわから無い、歩いて捜しようやく発見し中に入るとごついガードマン、IDを見せろと言って来た、パスポートを見せ事務局へと向った。 残された荷物が奥に見えた、ゼッケンNOを告げると渡してくれた。車に戻りそのまま州立病院まで向う、昨夜の病室に行ったら手術からまだ戻ってなかった。 荷物を起き帰りをまった、待ちあい所で長い事待った、戻って来たと連絡が入り病室に行く、麻酔は切れ話も出来た、大腿部外側を手術した様だ、上手く行った様だ、 病院は2〜3日で退院出来るらしく安心、退院後はクインシーで滞在出来る様におばさんがしてくれた。我々は予定通りに帰国する事にした。 早朝3時に起き空港に向った、朝一番のシカゴ行きに乗り込む段取りをした、半分ほど乗り込んでから我々の名前がよばれ乗れる事になった、何んとファーストクラス だった、でも国内線なので少し大きいシートで広いスペースだけだった、軽い朝食も付いていた。 シカゴには予定通りに到着し乗換搭乗口も直ぐ隣りだった、成田行きに乗れるかどうかが問題だ、4時間程の待ち時間が有り荷物番をしながら空港内を散策した、 搭乗時間が迫ると乗客が集まり出す、掲示板には順番待ちの名前が表示され出した、最初11番だったが次第に近付き、キャプテンと共に呼びだされた、 一安心しビジネスクラスに乗れる事になった、対面式のフルフラットシートだった、予定通り帰国出来る事になり気分もウキウキだった。 食前酒も戴き帰りの便は美酒に酔った、飲んで食べて満足なフライトで成田に到着、出口ではキャプテンの娘さんが出迎えしてくれた、ここで別れマロニエ号で 宇都宮に向った。

仲間の荷物を引き取りに行く 立派な州立病院




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