日程 1日目:汽車で北京へ。夜、北京からフフホトへ。 |
発端 今回の旅行も、おなじみ奴隷Dからの電話で始まる。 |
まずは準備 「内モンゴルなら、ちゃんと旅行者に話をして、ツアーを組まないと…」と言うのが、心配性Dの主張。「そんなことどうでもいいじゃん」と思っていたが、確かに今回の旅行は、「やっちゃった」は通用しない。7月1日出発予定だったのだが、Mと私は6日に済南を離れ、日本へ帰国の予定、Dは、旅行後、補習授業があった。しかも私は、帰国後次の日に、大学のサークルの同窓会に参加すると連絡していた。その上、前の週は3人とも試験。チャンスは7月第1週しかないから予定は動かせない。「帰れなかったよ〜ん」じゃ、3人全員困るのだ。ので、綿密に計画を立てることにした。
が、バリトンの美声で流暢な日本語を話す旅行社のおじさまに現地の旅行社を紹介してもらい、そこに電話をし、なんとかツアーを組んでもらう。一人1250元。はぁ、えがった。
事前に行けないから、旅行社に頼んだんでしょうが。仕方ないので、北京に留学している私の友人Aに泣きついて、切符を取りにいってもらうことにする。
「咲さんとMさんの予定がわからなかったから、自分で動きようがなかった」と言うのが彼の言い分。しか〜し!
ともあれ、試験作りと、採点と、旅行計画と、旅行準備と、帰国準備でくたびれきった心と体で済南を後にしたのだった。 |
道中 午後の早い時間に北京に着き、青島から直行してきた奴隷Dと落ち合う。さすが、北京。北だから涼しいね〜、な〜んて思っちゃいけない。暑い、あつ〜〜い。その日の気温は40度。うわさでは46度まで上がったのだとか。内陸で、都会で、中国であると3拍子そろった北京では、緯度は通用しない。 |
フフホトに着いたら、旅行社の人が迎えに来てくれていた。ガイド、通訳の馬さん、運転手の楊さんだ。これから3日間、彼らと行動をともにすることになる。朝食の後、車で、フフホト市内から2時間ほどのシラムリン高原へ。時間はそんなでもなかったんだけど、道中が辛かった。とにかく道が悪い。半端じゃない。腰ががくがくになった頃に、草原に着く。今日の宿泊は、パオ(モンゴルのテント式住居)である。しかし、このパオ、あきらかに「なんちゃってパオ」である。なんせ、立っているところが、街中のホテルの庭。また、設備も悪い。トイレは最悪、水道はあるが、シャワーはない。ま、こんなことでは、わたしたち3人はびくともしないので、いいんだけど。M嬢が一言。
し〜〜〜〜〜っ。それを言ってはいけない。
草原へは馬で行く。パオの外で、遊牧民らしき人々が馬を連れて待っていた。1時間50元と言われた。また、草原の状態のいいところへ行くためには、往復4時間くらいかかるとも言われた。 当たり前だが、3人とも乗馬ははじめてである。最初はおっかなびっくり、馬を操っていたが、じきになれた。時々駆け足なぞしながら進むと、広がる大草原。
この辺の感覚は、わかる人にだけわかってもらえればいいや。ただ、草の状態はあまりよくない。フフホト市内に近いので、保存状態がよくないこと、また、時期が少し早いことも関係があるようだ。ベストは8月なのだとか。とにかく、わたし達は、馬での草原散歩をこころゆくまで楽しんだ。 おまけ♪モンゴル馬 さて、終着は草原に立ち並ぶパオの前。ここは、ツアー客を泊めると同時に、遊牧民の観光用の事務所もかねているらしい。そこで、屈強なモンゴル民族のおじさんたちのモンゴル相撲を見物する。「誰か参加しないか」との呼びかけに、日本男児代表として、奴隷Dを引きずり出す。ヒョロ系Dと屈強な遊牧民。結果はやる前から見えている。明らかに女二人のおたわむれである。あっさり敗退したDを更にけしかけ第2ラウンド。今度はもうちょっと粘る。 コレがウワサのモンゴル相撲 その後、競馬を見物して、パオの中で小休止。遊牧民の屈強な男達が、しきりに話しかけてきた。
そこにさっそうと現れた一台の車。中には運転手楊さんと、宿の御主人が。わたしたちはかけよって、彼ら二人を助けてくれ!と哀願した。血相を変えて走り出す宿の御主人。彼もモンゴル族で、ここの男達でもかなわない肉体の持ち主である。あっさり、人込みの中から二人を救い出し、車の中へ。宿の御主人がスーパーマンに見えた。しかし、遊牧民の怒りは収まらず、車を囲んですったもんだが約20分続いた。
とにかく、ほんとにつま〜んないことで怒り出したらしい。みんな酔ってたし。真相はいまだに不明。 嫌な気分で宿に帰りついた。すると宿の御主人から提案が持ち出された。 なんと!はっきりいって、宿の御主人は、この事件とはまーったくの無関係である。彼らとも、同じ土地に住む以上の関係はない。それどころか、わたし達を窮地から救い出してくれたスーパーマンである。たぶん、一番迷惑するのは、今後もここで営業する彼の立場だろう。 旅行に出ると、いろいろな人に会う。嫌な事もいっぱいある。でも、こんな人にも会うし、こんなこともある。なんだか胸キュンな出来事でした。 さて、その夜はささやかながら、御主人とみんなで宴会。しかしあんまり覚えていない。せっかくの羊の肉の味も覚えていない。理由はすべて酒にある。モンゴル民族のおねーちゃんが、歌いながら勧めてくれるのを飲み干さなければならない。その酒、アルコール56度。2杯飲んだところで記憶が飛んだ。外へ風にあたりにいったことは覚えている。宿の御主人とも煙草を吸いながらなんか話したような気もする。が、気付いたらパオの中で泥のように眠っていた。旅行第1日目、これでいいのか? 誰も信じてくれませんが、わたしは酒に弱いんですぅ。しかも、人間ができているから、勧められたら断れないんですぅ。しかも、わたしが酔うと、確実に人に迷惑をかけるんですぅ。だから、飲ませないでね♪ |
パオトウ〜フフホト市内 翌日、砂漠の街、包頭(パオトウ)へ向けて出発。親切な宿の人々に別れを告げ・… 砂漠にも雨。でもやっぱり砂漠。 市内のホテルに、とりあえず落ちつく。二日ぶりにシャワーを浴び、人間らしい気持ちを取り戻したわたしとM嬢。せっかくだからと市内に繰り出すが、これがもののみごとになんにもない。これはもう寝るしかないなという結論に落ちついた。
おいおい、そりゃないだろぉーーーーー。すぐだよね。きっとすぐ直るよね。 さて、次の日は、フフホト市内観光。車でフフホト市内まで戻る。この旅行、一日のうち半分は車の中で過ごしているような気がする。中国旅行は、どこに行くにもとにかく移動に時間がかかることを覚悟しなければならない。
真相はわからない。さて、どうでしょう。 夕方、フフホト駅まで送ってもらい、3日間お世話になった馬さんと楊さんに別れを告げる。北京で乗り換えて青島に帰るDとも、別の汽車になるので、ここでお別れ。翌日の午後までの長い時間をM嬢と二人、トランプと雑談で過ごす。 |
結論 何度もいうけど、中国旅行は内陸ですよ、自然ですよ。今度はもっときれいな草原へ行きたいなぁ。 それと、中国旅行で、事前準備をしても無駄です。するなら、すべてを旅行社にゆだねるとか、散在覚悟で徹底的にやりましょう。 中途半端はよくない。 |
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