さて、次の日の朝6時50分。青島に帰るDをお見送り。旧正月大晦日、生徒の家に行く約束があるDは、涙ながらに飛行機で帰る選択をしたのだが、複雑な顔をしていた。「帰りたくない」と肩を落とすDの背中を激励し、力いっぱい手を振り、旅の安全を祈り、さて、部屋に戻って二度寝。<をい
10時ごろ、3日間お世話になったホテルだかウィークリーマンションだかに別れを告げ、駅周辺のホテル探しへと移動する。理由は、汽車のチケットを確保するため、ちょくちょく駅へ出入りしようと思ったから。朝となく、昼となく駅へ通う私の安住の地は駅周辺しかない。気の毒なK嬢は私にお付き合いで駅周辺にお引越し。Cさんの協力を得て、客引きと交渉し、280元のツインを、150元で勝ち取る。現地中国人の協力者を得ている私たちに怖いものなどない。しかし、広州駅周辺は、治安が悪いことで有名。花も恥らうか弱い女二人組で大丈夫だろうかと思ったが、まあ、大丈夫なんだろうなと思いなおし、ホテルへ移動。近くのレストランで昼食をとる。
ちなみに今日のメニューはウサギ鍋。鍋といっても、こゆい味付けににんじん、ジャガイモ、大根(らしきもの)を一緒に煮込んだ「中国風煮込み」ともいうべきもので、長旅で少々ビタミン不足気味だったわたしたちにはありがたい代物。ウサギの肉は、柔らかく、さっぱりしていて非常に美味。また制覇したゲテモノが一つ増えた。ここのメニューには、「猫鍋」というおそろしい代物もあった。さすがのゲテモノ食い女咲にも手が出なかった。夜中にあんどんの油とかなめ始めたら困るもんね。
ウサギ鍋に舌鼓を打っていると、Cさんの携帯電話に着信が。相手はすでに機上の人となったはずの奴隷D。
「おお、早いな、もう着いたのか?」と思いきや、Dの衝撃の事実。
「チケット、ホテルに忘れました。」
・・・・・・・・・・・・・え?なんですって?もう一度。
「だから、チケット忘れたから、飛行機に乗れなかったんです。」
気の毒すぎて、かわいそすぎて、涙が出るほど笑ってしまった。(ごめん)
明らかに人生を投げた口調でDが語るには、空港でこの衝撃の事実に気付き、パスポートを見せたり、チケットを購入した旅行社と連絡をとったりして哀願したのだが、聞き入れてもらえず、虚しくDを置いて青島へと飛び立って行った飛行機を涙をこらえて見送ったのだそうな。ホテルまでチケットを取りに戻り、部屋のゴミ箱の中からチケットを発掘したのだとか。翌日の飛行機に振り替えてもらったため、今日一日がまた暇になる、よって一日遊んでくれろ、ということだった。
気の毒なりDくん。そんなアナタに一言。
「このうっかり者。」
で、駅前でDと合流し、先輩の権限で、「駅に並んで切符とり」に暇つぶし要員として付き合わせる。K嬢をつきあわせるのは気の毒なので彼女はCさんとお買い物。しかし、この日も思うような切符が買えず、断念し、今度は女の子特権で、姫二人のお買い物に付き合わせるため北京路へ。(Cさんは、お友達と約束とかで、すでに別行動)
大都市に似合わず、広州は物が安い。この辺、大阪の難波とかミナミとかを思い出させる。しかも、春節前大バーゲンの時期で、3割4割は当たり前。姫たちは、それぞれカーディガンとセーターをお買い求めになった。予定外の飛行機代+余分な一泊ですっからぴんになっていたDもそれでも大人しくついてきた。
夕食は、これも姫二人のご希望でピザハットへ。肩を落としたDも大人しくついてきた。わたしはすでに北京、上海でピザハットは経験済みだったので、脅威的に、感動的に、爆発的に、(もういいって)うまいことを知っていた。ここ中国では、チーズ系の食品は非常に少ない。チーズは中国人の口にはあわないらしい。勇んで店内に入り、メニューを見ると・・た、高い。たか〜い!!
北京より、上海より、明らかに高い。内容は同じなのに。これは予定外だ。で、しかたなく、もったいなくも姫二人と下僕一人は、ジュースだの、サラダだのをピザと一緒に食する人々を横目に、「ピザ一枚だけ一本勝負」にかけるのだった。
ちなみに、この一行が日本人であると見た店側は、わたしたちの担当に、片言の日本語を話すおにーちゃん店員を配してくれた。すべて自学らしい。ちょっとあったかい気分。
そしてなんとか広州駅へ戻る。(Dも駅の近くのホテルを取っていた)
「二度と戻ってくるなよ」と暖かい(?)言葉を投げかけ、今度こそ別れる。
Dは右へ、K嬢は左へ、私は前へ(これからまた切符とりのため並ぶのだ)。
3人3様、ちょっとすっぱいおまけの1日が終った。
<おまけ第二日目>
今日も朝から切符買いに奔走するかわいそうなあたし。朝6時に起床して、明け方の駅を奇襲する。
しかし、いつもと変わらぬ混雑の駅で行列に並びつつ、ふと私は、すべてが嫌になった。
荒くれ男たちと共に行列に並ぶのも、駅に常駐している警察官に怒鳴られるのも、ダフ屋に声をかけられるのも、節操なく割り込みされるのも、スリにかばんのポケットをまさぐられるのも、切符売り場のおばちゃんに冷たくあしらわれるのも。
で、気付いたら、23日、夜11時半、済南行き軟臥の切符を買ってしまっていた。22日の切符を買うために、キャンセルが出るのを日々チェックしていたのにどういうことだ?
まあいい。過ぎたことはもういい。生きて済南に帰れたらそれでいいのだ。<大げさ。
力を落としてホテルに帰りついたら、もう一つの問題が。今日は21日。わたしは22日に帰るつもりだったので、ホテルは二泊しか取っていない。あと一泊、どこかに泊まらなければ。そこに、K嬢が天使のように甘くささやく。
「Cさんのところに、一泊だけ二人で泊めてもらわない?」
Cさんはご家族と一緒にすんでいる。K嬢は、私が帰ったあと、もともとCさんの家に逗留する予定だったが、見ず知らずの私がそこまでお世話になってもいいものだろうか。しかも今は、春節前。日本で言えば「師も走る師走」にあたる。ただでさえ、Cさんにはこの旅行中、多大なる迷惑をかけている。ここは断るべきだろう・・・。
が、「すべてが嫌になった」わたしは、ついそのありがたい申し出を受けてしまった。そんなこんなで話は決まり、おまけの第二日目、始動。
今度こそ、本当に二人で取り残された女二人。題して今日は、姫の休日。
まずは、旅の疲れをいやすため、姫二人(とCさん)は天河にある「足ツボマッサージセンター」へ向かう。ここは、わたしたち二人が絶対行こうね!と堅く手を握り合い、誓い合った場所。ゆったりとした椅子に座らされ、まずはアブクの出る洗面器で足を暖めてもらう。その後、隣のおっさんの天地も揺るがすけたたましいいびきにも負けず、(失礼にも、Cさんは姫のいびきだと思ったそうだ。)スイカなんぞをつまみつつ、70分、70元の足ツボマッサージをこころゆくまで堪能して、とろける。
うふ〜ん、姫、御満悦。
足取りも軽く、次に向かった場所は、同じく天河にある巨大ショッピングセンター。済南には、この手のおしゃれなショッピングモールは皆無に等しい。ので、姫たちは優雅にウィンドーショッピング。そしてここにはうれしいことにジャスコもある。ここで、姫二人は、済南では手に入りにくい日本食品をお買いあさりになった。歩きまわったせいで、ホテルに戻る頃はマッサージの効果は空のかなたへ吹っ飛んでいたが、姫二人の疲れも、購買欲も、望郷の念も癒す満足した一日だった。
<おまけ第3日目>
朝から荷造りにいそしむ。今日からCさんのお宅へ移動なのだ。わたしとK嬢の長きにわたった愛の同棲生活も今日で終了。大量の荷物を持ってバス乗り場まで移動する。途中でかよわい乙女のK嬢は荷物の重さに耐えかね、「輪タクに乗りたい」とのたまったが、この辺にたむろする人々にいまいち信頼が置けなかったわたしは「ダメ。」と言い放ち、とっとと進む。気の毒なK嬢は大人しくついてきた。バスで1時間ほど揺られ、Cさんの家に到着。Cさん&そのご家族は、予期していた客K嬢と、そのおまけの予期せぬ客咲も温かく迎えてくださった。普段とは想像もつかない「借りてきた猫なわたし」で午前中を過ごし、午後からは越秀公園へ。
越秀公園
駅にほど近いところに位置しする、広大な公園。園内には、広州博物館、広州美術館、五羊石像などさまざまな見所があり、歩くだけで一日が終わってしまう。とにかく歩くことにすでにくたくたになっていたわたしたちは、ちょこちょこ園内を歩くだけでお茶を濁す。しかし、「花城」名に恥じず、園内に咲き乱れる花、花、花。今は本当に冬か?
五羊石像です。

なんでも最初に広州にきた人が五匹の羊を連れてきたんだとか。
その後、またしても姫二人のご希望により、セブンイレブンに行く。そう、広州にはコンビニがあるのだ。ついでに言うと、am-pmもある。「コンビニに行きたい」と言うこの気持ちはわからないでしょう。この手の店に中国で行くと、思わぬ掘り出し物があるのだ。思わぬ日本食品に出会えることもあるし。ちょこちょこ買い物をし、隣のホテルのショッピングセンターをぶらぶらする。そこのトイレで、私はセブンイレブンで手に入れた戦利品を忘れてしまった。取りに帰るが既に影も形もない。仕方なく再びセブンイレブンで買いなおす。たいした物ではないんですが。
夜は広州最後の夜茶。「点心をテーブルいっぱいに並べて写真を撮る」というK嬢の主張により、テーブルいっぱいに点心が並ぶまでおあずけを食う。
テーブルいっぱいの点心で至福の一枚。

早く食べなきゃさめるって。
<最終日>
広州最後の日、私のわがままで再びジャスコへ連れていってもらう。このあいだ行ったところとは違うジャスコ。ジャスコは「吉之島」と書くらしい。前に、ジャスコに行った時、私はてっきり「ジャスコ吉之島店」なのかと思ったけど、違うんですね。今夜から始まる長旅のため、食料その他を買い込んでおくのだ。さらに、暇つぶしのためのちっちゃいテトリスも買う。余談だが、私は単なるテトリスゲームが欲しかったのに、このゲーム、99のゲームが準備してあるという優れものらしい。しかも、いろいろ試行錯誤の結果、私のいちばんお気に入りのテトリスは、69番目であることが判明した。わかりにくいっつーの。
そして店内でK嬢が買い物をしているのを待つ間、灰皿を見つけてタバコを一服。すると、店員がスーッと近寄ってきて、「禁煙だから煙草を消してそこ(灰皿)に捨てろ」と言う。じゃ、なんでここに灰皿があるのですか?喫煙者を戒めるための灰皿なのですか?釈然としない。
ジャスコの外で、またぶらぶらとお買い物。で、ある靴屋の前で、木村拓哉のポスターを発見した。その魅力にくらくらとなり、ふらふらと近づいてよく見ると、衝撃の文字が・・・・
「TIMURA TAKUYA」
「てぃ、てぃむらたくやぁーーー??」 ジャニーズ事務所も恐れぬこの間違いにK嬢と私、腹を抱えて笑う。
さて、夜は、Cさん一家と最後の晩餐。この日は旧暦大晦日であるため、家族そろって食卓を囲むのが慣わしらしい。無関係な私のことも快く招いてくださった。近所のレストランで、大変豪華な食事をご馳走になった。出てきたのは、海老、魚などの海鮮の数々。伊勢エビまでご馳走になった。(これだけで400元は下らないらしい。)そして広州ゲテモノの最後を飾るカエルの炒め物。カエルだと言われなければわからない、さっぱりとした風味。どうもご馳走さまでした。
食事が終わり、汽車に乗る私をCさんのお姉さん夫婦が駅まで送ってくださった。そして、27歳にもなって、あるまじきことだが、こっぱずかしいことにお年玉までいただいてしまった。こちらでは、大人が子どもにあげるというよりも、結婚した人が、子どもや未婚の人にあげるらしい。27歳ではあるが、独身の私にもくださったというわけ。申し訳ない。日本ではすでにたかられている年齢なのに。
こうして、駅の入り口で、K嬢とCさんに見送られ、寒さ厳しい済南へと帰った。
多くの人にお世話になりまくった他力本願な避寒旅行の幕は閉じた。