![]()
今を去ること1年半ほど前、1999年6月、一人ぼっちの夏休み中国生活を送ることが決定していたわたしは、そのまま心も体も腐れきって、済南のほこりと共に風化してしまうことを恐れ、大学で中国語を学ぶことにした。これで寂しさもまぎれ、当時全くの宇宙人だった中国語もものにできれば言うことないじゃ〜んとすてきな夏休みを計画していた。
が、どーやってアプローチすんの?
しかし、そこは人の助けと流れに任せた他力本願な生活を送っている私。当時の同僚K嬢は済南の大学の外事処に知り合いがあり、さらに、中国人の先生に外事処の電話番号を調べてもらい、すべて連絡をとってもらった。わたしは座って見てるだけ。外事処のZ先生は、
「韓国からの短期留学生のクラスがあるから、そこで一緒にどうぞ♪」
と、快く引き受けてくださった。ちなみに、この中国語のコース、4週間で240ドル。人民元にすれば当時のレートで2000元弱。日本円にすれば3万円弱。たっけ〜〜〜〜〜〜
と、思ったものの、済南のほこりと共に風化するよりはまし、と申し込むことを決心した。
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
さて、コース初日。「当日の8時までに、外事処に来てください」と言われていたが、蚤の心臓のあたしは、前日にちゃんと大学に下見に行って、外事処の場所をチェックし、当日は7時半には現地についていた。しばらく待ってから外事処を覗いたが、
人、いないんですけど・・・・・
さらに待っても、
誰もいないんですけど・・・・・・
そうこうしている間に、約束の時間はどんどん過ぎていく。焦るわたし。繰り返すが、当時のあたしは中国語は全くの宇宙人。(今もある意味そうだが)人に聞くこともできやしない。というより、人、いないじゃねいか。が、仕方なく、たまたま通りかかった若い男を捕まえて、「Z先生はどこですか」らしきことを聞いてみた。なんとか通じたようで、親切にもその若い男は電話を使って探してくれた。
んで、ようやく巡り合えたZ先生に伴われて、中国語の短期コースとやらが行われている教室に行く。
当然のことだが、すでに授業は始まっていて、教室にいるのは、若く、かわいい韓国人のギャルたち。総勢6名。紹介され、教科書をもらい、授業の仲間入りを果たす。
が、教科書を一目見て目が点になった。
さっぱりわからん・・・・・・
まず本文がすでにびっしり書きこまれた読解文。本文にピンインすらない。しかし、他のギャルたちはちゃんと理解しているようだ。ピンインがなくてもちゃんと読めているようだ。で、私のできなさ加減(というよりしつこいが宇宙人だった)に先生もびっくり。ギャルたちもびっくり。もちろん本人が一番びっくり。なぜにこんなに難しいのだ?再び教科書の表紙をじっくり見てみると、
「Modern Chinese Beginner's course3」
と書いてある。1と2はどこへ行った?1と2は!!これは夢だ、幻だ・・・
と心でつぶやきながら呆然と過ごした1時間半。わたしの身に何が起こったのかわからない。当然のことであるが、Z先生には、全くの宇宙人であることは伝えてあった。休み時間、筆談、身振り手振り、英語を交えて得た情報によると、韓国ギャルたちは、女子大生。そして、専攻は中国語。すでに中国語を2年間勉強しているそうだ。つまり、このクラスは中級だったのだ。
なんてこったい!!
で、授業が終わるや否や、外事処に半泣きでかけこみ、「無理ですぅ〜〜〜」とZ先生になきついた。(注:Z先生は、日本語が堪能。)
Z先生の説明によると、最初の予定では、初級と中級の短期留学生クラスがあるはずだったのだが、初級の学生が来なくなった、よって、夏休みに開かれるクラスはあのレベルしかない、だからしょうがないのだ、と。
そういうことはさぁ、事前に言ってよ、事前に!!!あれでは、たとえ4週間が終わっても、あたしは宇宙人のままこの教室を後にすることになるだろう。う〜ん、240ドルが・・・・
しかし、さらにZ先生は言う。
「もちろん、レベルが合わないし、人より大変でしょう。でも、ラジオや、テレビをフル活用して、努力して勉強すれば、きっと少しずつ上手になりますよ。」
人のことだと思って・・・・しかし、このコースに参加しなければ、わたしは一人ぼっちで風化である。
240ドルか、済南の地で風化か・・・・
悩んだすえ、わたしは風化することへの恐怖に負け、そのままコースを続行することを決意した。
![]()
![]()
![]()
で、翌日から、わたしの生活は変わった。
まず、朝は5時半に起床。7時にここを出て大学に行く。大学で、11時半まで授業を受ける。授業中は、たとえわからなくてもものすご〜い集中力で先生の言葉に耳を傾ける。かつてこれほど真剣に授業に集中したことがあっただろうか。いや、ない。で、板書されたことはすべてノートに書き取る。昼すぎに帰宅。帰ったら、復習、そして予習。この予習にものすごい時間を費やした。まず、わからない単語はすべて前もって意味を調べ、本文にはこれも自力ですべてピンインをふった。練習問題も事前にやっておく。(しかし半分もできなかった)夜は、当時はまってたドラマを2時間見て就寝。この生活を4週間送った。
そうやって、今だかつてない優等生な学習態度で臨んでみると、なんとかなるもんなんですよ、これが。事前に予習をしておくと、わからないなりにも、「あ、今ここの部分を説明しているのね」とか、「この言葉はこういう使い方をするのね」とか、なんとな〜〜くわかってくるもんなのだ。あくまでもなんとな〜くなのだが。
んで、あたしも一応語学教師の端くれ、先生がどういう練習をさせようとしているのか、どんな例文を作らせようとしているのか、こういうことに異常にカンが働く。だって、普段やっていることと同じだもん。たぶん、例文を作らせたら、あのクラスで一番だったと思う。
つまり、中国語を勉強するということだけでなく、直接法で教えることのものすご〜くいい勉強になったし、なにより、直接法で教えられる学生の気持ちを余すことなく体感した。どういうときに心臓バクバクになるかとか、どんな練習を増やしてほしいかとか、どんなことが嫌かとか。これは最大の収穫だったと思う。
この経験から、あたしは「日本語だけだから授業がわからない」ということは信じなくなった。予習と、授業への集中度で克服できると今でも信じている。生徒にとっては甚だ迷惑なことだろうが。んで、日が経つにつれ、韓国ギャルたちとも仲良くなり、一緒に雑談(筆談?)したり、遊んだりするようにもなった。韓国人の女の子って、みんなおしゃれでかわいいんだよねぇ。
![]()
そして、4週間後のテスト。けなげなわたしを不憫に思ったのか、
読解−94点 聴解−87点
とゆー高得点をいただいた。しかし、この点数は、下駄どころかロンドンブーツをはかせてもらった点数だろう。だって、今から見返しても、間違いだらけだもん。この4週間で
あたしはカンとハッタリで中国語会話を成立させることを身につけた。そしてそれは2年以上たった今でも続いている。
つ・ま・り
成長なし!
おそらく、中国語は上達しなかったでしょう。ピンイン読めない女が、会話ができるわけない。
でも、いいの。度胸がついたから。
|
|