こんなに大変だった!
緊急帰国ドキュメント

2月24日 母からの電話で、「ばーちゃんが危ないかもしれない」と告げられる。
2月26日 もしものときのために、再入国ビザを取得するために、パスポートを学校に提出。
パートナーの先生にも「帰国するかも」と了解を得る。
2月27日5:30 父から、「ばーちゃん危篤」との連絡。「もしものときのために、手配をしておくように」とのことだったが、この時間ではなんの手配もしようがなく、とにかく待つ。
2月27日7:30 「ばーちゃんが亡くなった」との連絡。パスポートを学校に預けている以上、学校が始まるまでどうしようもなく、とりあえずネットで、すぐに乗れる飛行機を検索。済南から日本までは直行便がないため今日中に帰ることは無理と判断し、翌日の青島発福岡行きに乗ることにする。
2月27日8:00 始業と同時に、学校に連絡。チケットの手配と、料金を調べることを依頼。
2月27日8:30 家から電話。「明日には葬儀だから、形あるばーちゃんに会いたければ何としてでも今日中に帰って来い」と言われ、あせる。
あわててもう一度ネットを検索。今からで乗れそうな飛行機は上海−関空か北京−成田しかなく、さらに焦る。再び学校に連絡し、切符の手配と北京までの飛行機があるかどうか調べることを依頼する。
2月27日9:00 上海行きの午前の飛行機はない、北京行きの飛行機に乗るためには、今すぐ出発しなければならないといわれ、めちゃくちゃ焦る。
しかし、再び家から電話。「葬儀を一日遅らせたから、明日でもいい」と言われ、キレる。
すったもんだの末、予定どおり福岡行きの飛行機に乗ることにし、学校に謝り倒してすべて手配しなおす。青島までは、翌日の朝に着く夜行列車に乗り、そのあとで空港に直行することに。
2月27日10:00 高3部に走る。いない間の自習教材の準備、代わりの先生への授業の指示を大慌てですませ、学年主任の先生にわびをいれる。
2月27日13:00 列車の切符を買うために、駅に走る。すると、済南から青島までの夜行列車がなくなっていることを知る。ほかの列車はない。仕方なく、バスで青島まで行き、青島で一泊することにする。
2月27日13:30 中学校へビザとパスポートと飛行機のチケットを受け取りに行く。が、チケットの発券にあと1時間かかると言われる。
しかもバスで青島まで行くと告げると、最終の青島行き豪華バスは4時だから急げと言われる。(実は、おんぼろバスなら30分に1本あるのだが、心配だからと言って、それに乗ることを許してくれなかった。いつもそれに乗っているのにぃ。)
ひとまず、家に戻って、準備を済ませてから再び中学校へ戻ることにし、家まで走る。
2月27日15:00 大急ぎで準備をし、再び中学校へ。チケットを受け取る。が、思っていたよりずっと高く、手持ちの残金が300元になってしまう。これではホテルにも泊まれない。
もう時間がないので外貨を両替することも、ほかの日本人の先生に借りることもできない。(冬休みの広州旅行があだになる。)
仕方なく、会計課に走り、泣きついて、あろうことか給料の前借りをする。
そして、長距離バスターミナルへ走る。(親切にも、学校が車で送ってくれた。)
2月27日15:30 バスターミナル到着。こっそり安いおんぼろバスのチケットを買おうと思っていたが、運転手さんが手回しよく豪華バスの切符を買ってしまった。
給料前借りの身で、豪華バスで青島へ行くことに。
2月27日20:30 青島の長距離バスターミナルに到着。ここに来るのは初めてで、どうしていいかわからずしばし呆然とする。とりあえず、タクシーをつかまえて、空港まで移動することにする。
2月27日21:00 空港近くのホテルにチェックイン。
2月28日8:30 ホテルの送迎車で空港へ。11:40の出発なのに、この時間のバスしかなく、空港に着いてからさらに3時間呆然とする。
2月28日12:00 予定より少し遅れて青島出発。
2月28日14:50 福岡空港到着。福岡空港ははじめてなので、何をどうしていいかわからず、とりあえず案内の人に聞いて、博多駅行きのバスに飛び乗る。
博多駅に着いて、緑の窓口に、「広島まで、一番早く着くやつ」とたのみ、新幹線の切符をゲット。
2月28日15:30 新幹線に飛び乗る。
2月28日17:00 広島駅着。タクシーに飛び乗って、自宅へ。5時半に到着。なんとかお通夜に間に合い、形あるばーちゃんと対面を果たす。

 直行便のない地方都市からの緊急帰国がこんなに大変だとは思いませんでした。疲れた。中国地方都市にお住まいのみなさま、気をつけましょう。
 それ以前に、「帰るか否か」というのは外国に住んでいて、仕事を持っている以上難しい問題だとおもいます。特におばあちゃんではねぇ。わたしの場合、比較的仕事がヒマで、少々抜けてもあまり差し支えなかったこと、そして、15年同居していて、わたしが実家にいる間は、母とわたしでお世話をしていたので(痴呆が始まって10年以上、介護の手が必要になって、7,8年、この数年は寝たきりでした。)親族というより、わたしにとっては家族でした。だから、このような状況の時、帰って一目顔を見ること以外の選択肢は考えられませんでした。
 身内の不幸をこのような場で公表するのはどうかと思いましたが、「こんなに大変だったんだぁ〜」ということと、「なぜ帰国したか」ということをみなさんに知っていただきたくて、このようなページを作ってみました。
 最後になりましたが、帰国に際しての周囲のみなさんのご理解とご協力に本当に感謝します。

 

 

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