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済南腹黒日本語教師
日本社会適応への道
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人生の転機を迎えた咲ねぇさんの帰国から就職までの記録です。
スタート!
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| 7月23日 | 帰国後、以前採用になった広島のA日本語学校に連絡をいれるが、 「また開校になったら(2003.4以降)ご連絡します♪」とあっさり言われ、 私の中で「ここはないな」と消える。 だって、1年半も待ちつづけられねぇもん。 |
| 8月15日 | 広島の某公的日本語教育機関で日本語指導員を募集していることを知る。 早速電話確認→履歴書持参。 そこで同じく日本語指導員として働いている先輩から「広島のB日本語学校は、 今、血眼になって日本語教師を探している」という情報をゲット。 |
| 8月16日 | 早速B日本語学校に電話連絡。どうやら、もうほとんど決まっているらしいが、 履歴書だけは受けつけるということなので、持参する。 注)その後、連絡なしだったので、この件はなかったことにする。 |
| 9月7日 | 関西の外語系専門学校で働く友人から、「人助けだと思ってうちに来てくれ」という 泣きの電話が入る。広島での就職が難しいかなー、と思っていたところなので、 妙に心が動く。 とりあえず、広島の日本語指導員の結果が出るまで待ってもらうことに。 |
| 9月11日 | 広島の某公的日本語教育機関、びびりばびりの面接試験。 |
| 9月17日 | 面接の結果が届く。残念ながら不採用(涙)。 その日のうちに、関西の専門学校での面接を決めるが、不採用だった、という事実と、 「もう選ぶ道は関西に行くことだけ」という事実に少々へこむ。 |
| 9月18日 | 数年ぶりに、大学の同級生(協力隊がえり)から電話。 何と、今広島にいて、先日の日本語指導員に採用されたのは彼女である ということが発覚。(経験、能力、人柄、すべてにおいて私より上なので負けて悔いなし) 更に、彼女が働くつもりだったC日本語学校で、彼女のかわりに働かないかという お誘いが。早速、その日本語学校に連絡し、面接の約束を取り付ける。 やはり、選べるとなると、どちらを選ぶにしても心の余裕が違います。 |
| 9月19日 | 専門学校採用面接のため、関西入り。 |
| 9月20日 | 関西の某外語系専門学校にて面接。 私の気持ち1つで決定だったが、返事は来週まで保留にさせてもらう。 (広島の日本語学校を見てから決めたかったので。) |
| 9月21日 | 広島県内のC日本語学校にて面接。 好感触だったが、採用は保留。週明けの模擬授業を見てから、ということに。 この時点で、わたしの心はすでにこちらに傾いていた。 |
| 9月25日 | 先日の日本語学校にて模擬授業。結果は翌日の朝、電話ということに。 関西の専門学校には、返事を翌日まで待ってもらう。 私の気持ちとしては、採用なら広島、だめなら関西というつもりだった。 |
| 9月26日 | 広島県内の日本語学校から採用の電話。 関西のほうには、断りの連絡をする。 |
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上がり!
以上が、済南腹黒日本語教師、咲ねぇさんの日本社会適応までの道でした。海外派遣の日本語教師にとっては、帰国後の就職をどうするか、というのは、非常に大きな問題です。でかいことばかりぬかしているあたくしにとっても、そらもう病気になりそうなプレッシャーでした。
あたしのこの経験が、これから日本で就職を目指す方にとって、少しでも参考になれば、と思います。最後に、咲ねぇさんが、考える就職の極意。
1.運
行いを慎み、心清らかにして待て。神様はきっと見ていてくれるさ。2.コネ
とにかく、人脈を広げるべし。
「あたし日本語教師やりたいんですぅ〜」と、とにかく吹聴して歩くべし。
どこから話がふってわくかがわからんぞ。3.タイミング
チャンスを逃すな!思いきるときは思いきれ!
めぐってくる「時」というものがあるものです。
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