7月24日 嵐の日本帰国
日本に帰ってまいりました。帰ったとたん、二日ほど病に倒れてしまいました。
日本に帰ったのにしつこく中国日記の更新です。本当は前回で最終回の予定だったのですが、帰国当日があまりといえばあまりだったので、ここに記録として残しておきます。
〜日本帰国ドキュメント(7月22日)〜
当日、わたしはドアのノックの音で爽やかに目覚めた。時計を見ると、6時25分。ちなみに、学校の車が迎えに来るのは6時25分。つまり寝坊。迎え来てるし。なんせここ1ヶ月、帰国準備、旅行、残務整理と、ものすごいハードスケジュール。最後の最後に緊張の糸が緩んだらしい。
緩みすぎだよぼけたわけ。
とにかく、音速のスピードで準備をし、顔洗わず、歯も磨かず、化粧もせずの惚れた男には絶対に見せられない状態で部屋を飛び出す。立つ鳥後を濁さんように頑張ってきたが、最後の最後で濁してしまっているかもしれない。とりあえず、同僚嬢から記念品として贈られたネックレスを混乱のスキに忘れてきてしまった。付けていこうと思っていたのだが。後で送ってくれ、頼む。<私信
つーわけだから、学校に別れを惜しむとか、空っぽになった自分の部屋を見まわして机をスリスリしながら、涙の一粒もこぼすとかいう感慨まるでなし。さて、そのまま空港へ。
搭乗手続きも滞りなく終わり、送ってくれた運ちゃん、日本語の先生に別れを告げ、8時の上海行きを待つ。
が・・・・・
8時をすぎてもなんのアナウンスもなし。ちょっと嫌な予感。8時を10分ほどすぎると、案の定、「延期」のお知らせが。まあ、これくらいならよくある話。
しかし、あたしは12時10分の上海−広島行きに乗らねばならんのだ。もともとあたしは飛行機運はよろしくない。いろいろ乗ったが、予定通り離陸した方がまれ。「朝一番なら、遅れる事はないでしょう」と人に言われたが、きっちり遅れてるやんけ。どう責任とってくれるんだよ、え?よーへー?<明かにヤツあたり
しかも、原因は飛行機の故障。昨夜のうちに直しておかんかい。
とりあえず大人しく待つ。しかし、1時間たっても、1時間半たっても飛ぶ気配なし。時刻はすでに9時半を回っている。さすがに不安を感じて航空会社のねーちゃんに相談に行く。
「12時10分の広島行きに乗るんだけど間に合うんでしょーねぇ。」と。
おねーちゃんは、いろいろなところへ問い合わせて、こういった。「たぶん、大丈夫よ。」って、確証弱すぎ。飛行機を変えてもらうのがいちばん手っ取り早いのだが、あたしが持っているチケットは、言わずと知れた格安航空券なので、別の航空会社には切りかえられない。これをはずすと、次は2日後、24日まで広島行きはない。上海に着いたはいいが、2日間上海で足止めというのは最悪である。不安は募る。と、ふと横を向くと、なんだか似たような交渉をしている二人連れが。しかも英語。対応していたおねーちゃんが私のほうを向いていう。「あなたの連れ?この人たちも広島へ行くのよ。」
仲間発見!!!
聞けば、そのお二人(日本人)は出張で済南まで来ていて、同じように広島へ帰るのでパニックを起こしているらしい。しかも、中国語はダメ。なんにしても、誰かを
巻き添え道連れにできるというのはこの上なく心強い。味方を増やして、更に交渉を続ける。結果、広島行きが、上海であんたたちの到着を待つことは不可能。ゆえに
・この飛行機に乗らずに、済南に残って次の飛行機を待つか?ならば、24日の上海行きのチケット、広島行きのチケットは航空会社のほうで手配する。
・この飛行機に乗るか?、つつがなく広島行きに乗れるように航空会社の人間が裏道を先導してくれる。それでも間に合わない場合は、2日間の上海のホテル、広島行きの手配は航空会社のほうでする。
どちらか選びやがれつーか、今この場で選べ、もう時間がない。という話になった。
そんなこんなをしているうちに、飛行機は復旧したようで、搭乗が始まった。現在の時間、10時15分。上海までかかる時間、75分。どうしよう、逃げたい。悩みも苦しみもない、夢の世界へ鳥のように飛んでいきたい。航空会社のおねーちゃんは、「保証はできないが、急げば間に合うだろう」とのこと。大急ぎで3人による日本人会議。結果、「可能性があるなら、上海まで行ってみよう」ということに。
そのことを航空会社のおねーちゃんに伝えると、おねーちゃんの顔つきが変わった。そりゃそうだよ。だって上海での時間、たった50分だよ。彼女らには彼女らなりの修羅場が待っているらしい。
乗機は1番最後にしてくれ、といわれたので、待つ間、ふとおねーちゃんに「預けている荷物はどうすればいいの?」と聞くと、更におねーちゃんの顔が驚愕に。
「荷物あるの?」
「ええ。まぁ。」
「いくつ?」
「1人1つ。」
「荷物があるなら、到底間に合わないわよ。だって、上海空港は広いから、荷物が出てくるまで、すごく時間がかかるのよ。あたし荷物があるなんて知らなかったから。」
・・・・もしもし?おねーちゃん。ハンドバック1つで日本まで向かう乗客がいるんですか?普通わかりそうなもんですが。
そこで、搭乗直前、つまり飛行機に上る階段の下で、またしても究極の選択を迫るおねーちゃん。本当に乗るのか、それともあきらめて済南に残るか。
しかしおねーちゃん、人間はこの時点であきらめてもいいですが、飛行機の腹ん中に入っているスーツケースはもう取り返しがつかないのではないでしょうか。半ばやけくそで飛行機に乗りこむ3人。もうどうなったっていいや。
離陸したのは10時半。到着するまでの時間、はっきりいって記憶がない。そりゃもう、いろんな思いが頭ん中渦巻いてさぁ。
そして11時40分、上海空港着。これからが本物の修羅場。まずは着陸と同時に連絡を受けたスチュワーデスさんが、わたしたちを迎えに来て、一番最初に降りられるよう便宜を図ってくれた。そこで待ちうけたのは航空会社のマイクロバス。そのままわたしたちを乗せ、滑走路を突っ切る。
入り口で待機していた職員に連れられ、荷物の受け取り場に。ここで荷物が出てくるのを待つ。
・・・・って、この時点で急いできた意味ないんじゃないですか?他の人たちと同じように荷物をまたにゃならんのだから。
とにかく、荷物を救出し、背中にリュック、右手にスーツケース、左手にパソコンバッグの重装備で国内到着から国外出発ロビーまで走る走る。ここまでの飛行機は東方航空、広島行きは西北航空なのだが、搭乗手続き、および荷物の預かりは東方航空のカウンターでやってくれた。どういう仕組みになっているんだろう。ちなみに、この時点で11時55分。空港では、広島行きの搭乗が始まったとのアナウンスが流れている。
ここで、今まで案内してくれていた東方航空の職員は忽然と消えていた。この後はイミグレーションが待っている。ご承知のとおり、一番時間がかかるのは、このイミグレーションである。ここでこそ先導してくれよ、航空会社の職員。間に合わないじゃねぇか。
じりじりしながらイミグレーションと金属探知機の検査を終えるとすでに12時10分。もう絶望的。しかし、引き返す事はできない。なんせ、出国手続き済ませちゃったし。もうあたしたちに帰る場所はないのだ。
そこで待機していたのは、西北航空の職員。搭乗のゲートまで先導してくれるらしい。不都合はあったが中国にはあるまじき、すばらしい連携プレーである。またまた、走った、走った。ほうほうの体で飛行機に乗りこみ、座席に倒れこむように座る。別の乗客がこんな事をつぶやいているのが聞こえた。「まだ乗る人がおるんじゃねぇ。(広島弁)」好きで遅れたわけじゃねぇ!!!!(号泣)
座席にすわると同時に、3人の口から申し合わせたように同じ言葉が飛び出した。
「やりゃできるじゃん、中国」
それからの1時間半、記憶なし。腰が抜けてました。
あ、一つだけ、こんな事を考えたのを覚えている。救命胴着の着方を説明するスチュワーデスを見つめながら、「ウルムチ−済南間の飛行機でもやってたけど、必要なかったな」と。
ほんと、どうしてやるんだろう。海ねぇのに。
さて、余りにも中国の最後を飾るにふさわしく、
余りにも私にぴったりな「日本帰国ドキュメント」お楽しみいただけましたか。
私はちっとも楽しくありません。(涙)
つーか、二度とごめんです、こんなこと。おかげで、
目に涙を浮ばせながら中国の景色を胸に焼きつけたり、
遠ざかっていく大地に「再見」を誓ったり、
楽しい思い出が走馬灯のように胸を駆け抜けたり、そんな余裕まるでなし!!!
つーか、いまだ私が日本に帰って着たとは信じられない。
「今から帰るぞ」という覚悟まるでなく飛行機だけ乗っちゃった、って感じだし。
心はまだ中国に置いたままです。
そんなこんなで、ついたとたん丸二日、ぶっ倒れていました。
まだまだリハビリは必要なようです。みなさん、
空港には魔物が潜んでいます。気を付けましょう。
(たぶん、甲子園にいるのとは別のヤツが。)
お知らせ
咲ねぇさん帰国にともない、「中国事件簿ー日記編」は本日を持ちまして
凍結させていただきます。
ご愛読ありがとうございました。
7月21日 帰国前日
朝の土砂降りのせいか、今日は静かな一日を過ごすことができました。
寂しい反面、ちょっとホッとしています。
だいたい、もうスーツケースにはなんにもはいらねぇや。
がらんどうの部屋で1人ふかすタバコが胸に染みる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。帰国前日にして、わたくし大変なことに気付きました。
今月分の電話料金どうしよう。
お察しのとおり、ディープネット徘徊者であるあたくしは電話料金がかなり生活を圧迫しております。うちの電話回線は学校の持ち物のため、料金は学校に払います。気付いたのが帰国前日、しかも土曜日というこの現実、当然のことながら選択肢は二つ。
1.もちろん事務所に電話して料金を聞き、払う。
2.もちろん、知らん振りして踏み倒す。他の部分で立つ鳥後を濁しまくっているあたしは、せめてここいらでいい格好をしておこうと、1を選びました。んで、事務所に電話。しかし、土曜日であるため、担当者がいるかどうかはナゾ。(いないことを少し期待していたのは内緒です)
残念ながらあっさりと担当者は捕まり、まだ料金締めの時期ではないため、適当な値段でおりあいをつけました。明日、空港まで送ってもらう運転手さんに渡す事で話がつきました。
咲ねぇさん、最後にして更に好感度UPです。えらいぞ、わたし。それから、約10分後。再び担当者から電話がありました。
「あ、咲さん。きみ、6月分もまだ払っていないから。それもよろしくね♪」
・・・・・・・・・・・・まぢ?
素直に踏み倒せばよかったよ。ちくしょう。
*************
済南のラストナイトはトコさんにささげました。
早い話が一緒にお食事してきました。
最後までありがとうございました。ごちそうさまでした。
7月20日 帰国二日前
荷造りはほぼ終わりました。
スーツケースは封印済みです。
不用品も捨てました。でも・・・・・・・・
「居残り日本人教師のために残していくもの」はどのへんまでが許容範囲ですか?
使いかけセロテープはセーフですか?
いらなくなったベルトはアウトですか?
私以外の誰も編物をしないのに、余った毛糸をおいていくのは嫌がらせですか?
「このダウンジャケットはきっと誰かが着てくれるさ」という期待は幻ですか?
ペン立てとして使っていた空き瓶は、後人にはゴミと判断されますか?
こいつを置いて帰ったら闇打ちにあいますか?
学校からもらった美顔器はどうしても自分で捨てなければなりませんか?「立つ鳥後を濁さず」とは、どこまでやれば「濁していない」と判断されるのか、誰かに噛んで含めるように教えてほしいと思う今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
さて、帰国目前の本日、かわいい生徒たちがちらほらとお別れにやってまいりました。
その数、しめて7人。うれしいよ、ほんとうれしいよぉ。
みんなありがとう、ほんとにありがとぉ。もちろんそれぞれ手ぶらで来るはずもなく、餞別の品を1人1つ、つまり7ついただきました。
うれしいんだよ、ほんとうれしいんだよ。
みんなありがとう、ほんとにありがとぉ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
さて、封印したスーツケース、開けなくちゃぁ。(がちゃがちゃ)
うれしいんだってば、ほんとうれしいんだってば。
みんなありがとう、ほんとにありがとうぅ〜。(ごそごそ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あ、これはもうすこし置いてかないと入らないなぁ・・……
うれしいんだよ、ほんとうれしいんだけどね…(涙)
明日という日もあるんですよね。
7月19日 プレゼントのお知らせ
昨日は、時間がなかったのでお知らせできませんでしたが、「ドッキリ☆よーへー」企画ゲットのISHIさん、1万HITゲットのamayadoriさんのために、シルクロードでお土産をゲットしてまいりました。ので、この場を借りて皆様にご披露したいと思います。
今回のお土産選びには悩みました。いやぁ、ほんとに。
コンセプトは、「買った人はやりたくないほどベタぼれだがもらった人としてはあまり喜べないもの」四の五の言わんと、ブツを見ていただきましょう。
これ↓
というわけで、
「ドッキリ☆よーへー」ゲットのISHIさんにはイスラム帽を
一万HITゲットのamayadoriさんにはウイグル族の民族タイコを
近日発送!!(ぱちぱちぱちぱちぱち)さらにオプションとして、クチャのバザールで購入した、「飲むよりは、これ、風呂に入れた方がいいんちゃうの?」というナゾのハーブティーも大量にお送りします。
ホントに送りますから。お二人ともすでに住所はゲット済みだし。
*************
さて、話は変わって本日のわたくし。
帰国前でむちゃいそがしいのに、体調わろしです。
原因は、ウルムチからわたしの体にしのびこんだニクイやつ、風邪のようです。
おとといよりも昨日、昨日よりも今日、とすくすくと成長しやがりました。
まるで、わが子の成長を見守る母親の気分。んなわけねーよ。
荷造りはめどが立ちました。
問題は、「『立つ鳥後を濁さず』はどこまでが許容範囲なのか?」ということです。
7月18日 帰ってきちゃいました。
ども。咲です。こんばんは。シルクロードの旅より帰ってまいりました。
いやぁ。
すばらしかった。
果てしなく広がる荒野
耳の穴にまで侵入する砂漠の砂
顔のこゆいウイグル人
わたしからミネラルウォーターをせびる子供たち
9時半になっても落ちない太陽
清流でおぼれる牛何をとってもすばらしかった。<何か間違ってます
しかし、ただ今諸事情で股関節が歩くたびに痛みます。つーか、足、閉じられません。
なぜそんなことになったのかは旅行記をお待ちください。今回の旅は、一口に言えば「中国人にひたすら世話になった旅」でした。
注)決して「迷惑をかけた」わけではない。敦煌の駅から、ホテル探しまで付き合ってくれた済南在住の新聞記者さん
莫高窟を案内してくれた中3の地元の女の子
鶴ちゃんと結婚の約束をしたトルファンのウイグル人ガイド、モミンさん。
二日風呂に入っていないわたしたちに部屋のシャワーを貸してくれた日本語通訳さん(しかも別のツアー)その他もろもろ。
いい出会いのあった旅でした。帰国を3日後に控え、いまだ仕事山積みのため、旅行記のUPは帰国後になると思います。
7月4日 旅行を明日に控える女の一日
ダンボール帝国より姫君が1時半をお知らせします。ピンポンパンポ〜ン。
旅行前日、今日もなんだかいろんな意味で大変な一日でした。
まず、朝起きて洗濯。それから中学部に同僚S嬢と在職証明書をもらいに行く。
そのまま旅行社に走って、あすの列車のチケットを取りに行く。
その後帰宅して、旅行の道づれ負け犬よーへーとその同僚嬢鶴さん(仮名)と合流。
本日のメインエベント、ダンボール帝国移転のため、ダンボールと共に郵便局へ。(あ、予定どおり20キロ×3に充分収まりました)
そして、ちょっと時間があったから、そのままタクシーを飛ばし、高3部に最後のあいさつ。
これで帰宅したら、午後5時15分。いやぁ、なんてせわしないんでしょ。
しかし、さらにファイナルイベントが待っていました。
そ・れ・は
6月23日のオフ会で硬く誓い合った「負け犬よーへーさらしものオフIN済南」
というわけで、ちょっと休んだら同僚S嬢、鶴さん、そして主賓である負け犬よーへー氏とともにとあるレストランへ。ちなみにこのレストラン、わたしが適当に見繕ったんですが、
「えっと、なんか鴨っぽい名前で、店員がみんな緑のストライプの帽子をかぶっているとこ」だけの説明でみなさんよくわかってくださいましたね。<だめすぎ、私さて、少し話はそれますが、本日初対面だったよーへーの同僚、鶴さん。これから一緒に旅行する上で、「気があうのかしら」というのが少し心配だったのですが、
なんかわたしと波長合いすぎ。
つーか、はっきり言って、鶴さん、アナタには負けました。
半年ぶりに会ったよーへーが、なんだかものすごくやつれていた理由がよくわかりました。で、すっかり波長があってしまった私と鶴さんで、旅行中の新企画、「ザ・ひどい人選手権」というものを考えました。ルールは簡単。旅行中に、二人であらん限りのひどいことをし、最後に、どちらがよりひどい人かをよーへー氏に決めてもらおうというもの。
しかし、これには、思わぬ伏兵がいたことが、このオフ会で判明しました。
その伏兵、トコさん。
さらりと言い放つ言葉には、すばらしい名言がたくさんあったのですが、
極め付けの一言もあったのですが、ここでは触れません。本人の承諾を得てから。
トコさん、何気におもしろすぎですってば。まあ、ともあれ、
新企画、いきなり終了。
「ザ・ひどい人選手権」キング・オブ・ひどい人は
満場一致でトコさんに決定!総勢9名でものすごい盛り上がり方をした後、そのまま日本的、首都的スナック、平たく言えば「スナック東京」へ流れました。
しかもなんだかわからんが、こんなもん↓全員でかぶって入店。
やばいですか、わたしたち。
「スナック東京」老板、小大さんの引きつった笑顔が忘れられません。いやぁ、それからもすごかった。
ISHIさんは時間の都合で1時間くらいで帰られましたが、
matsumotoさんは「わたしがオバさんになっても」を歌うし、
同僚S嬢も、歌い出すととまらないし、
よーへー氏は店の中国小姐に「なんでやねん!」の大阪式ツッコミを教えるし、
わたしと鶴さんはそれに「前髪をめくり上げておでこペチッ」という新たな動作を加えて小姐をしこみ、よーへーに向かってやらせるし、(カンペキでした)
トコさんは酔っ払いになっちゃうし。いやはや、めちゃくちゃおもしろかったです。
あ、もちろん不完全燃焼だった「天城越え」は完唱しましたよ。<わたし別れ際には、matsumotoさんはよーへー氏に「辛いだろうけど、頑張って」の一言が。
>matsumotoさん
どんな曲が出ても歌えるmatsumotoさん、すごいです。またまたごちそうさまでした。>トコさん
酔っ払ったトコさんをはじめて見ました。楽しかったです。>ISHIさん
よーへーに会うため、わざわざ北京行きの予定を変えての参加、男気を見ました。みなさん、ありがとうございました。
しかし、この調子だと、帰国前にもう一度あるかもしれませんね。
明日から
敦煌へ向けて旅立ちます。19日くらいに帰ってきますが、もっと早くなるかもしれません。
帰ってこなかったら、国境を越えたのだと思ってください。<をい
7月2日 ダンボール帝国よりお知らせ
ダンボール帝国よりこんばんは。
姫君の不休の努力によりダンボール帝国はほぼ完成した。
よって、帝国は新たな局面を迎える。
そう、ダンボール帝国移転計画である。
つーか移転のためのダンボール帝国である。
だから文句は言わないでね♪
移転予定日は7月4日。
移転物品はダンボール4箱。20キロ×3に収まる予定。(推定)
移転場所は、国際小包扱いの郵便局。
移動距離はタクシーで30分。以上の計画はかよわい姫君一人の手には余るものである。
よって、臣民の協力を求める。
・・・・・・・・・というわけで、
わかってますね、同僚S嬢。(今日、青島より生還)
わかってますね、負け犬よーへー君。(4日に済南入り)
あ、タクシー代は姫君持ちだから。よろしく♪
7月1日 洗面所の恐怖
ナイスなダンボール帝国完成間近の今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。ダンボール帝国から引きこもりの姫君がこんにちは。
ここ1週間ほど、洗面所がえらいことになっています。
水浸しなんです。
以前、暖気(中国の暖房システム。パイプにお湯を通して暖める)が決壊し、部屋中が一瞬にして海と化した(水深3センチ)という恐怖を味わったわたしは、水漏れには敏感です。そこで、いろいろ調べて水漏れ発生源をつきとめようとあがいたこの1週間。これがとんとわからねぇ。
最初は、排水溝をブロックでふたしているから流れないのかなーって思っていたんですよ。
だから、水が流れる程度にブロックをずらしてみても水浸しはとまらねぇ。
あ、どうして排水溝にブロックを置いているかというとね、過去に2、3度、ねずみさんがこんにちはしてきたからです(うふっ♪)・・・・・・・・・・嫌すぎ。
水道と関係があるのかと、蛇口をこんかぎり締めてみるがとまりゃあしねぇ。
このままある日突然決壊なんぞしたら、別の意味でバッドエンディングです。ところが、昨日あたりからなんとなく発生源をつきとめたような気がします。
壁から染み出していました。
なぜ、気付いたかというと、いままで「染み出してる」程度だった水漏れが、ぽたんぽたんになっていたからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
やばいぞ、拡大しているぞ、水漏れが。
でも、これ、直すとなったら壁をぶち壊すしかないんじゃないですかね。
そんなこと、やってくれるんですかね。
とまあ、ここまでが今日の午前中用意していたネタ。
実は、先ほどたゆまぬ観察と研究の結果、さらに詳しい発生源をつきとめました。
エアコンのダクトでした。
なぜ気付いたかというと、昨日までぽたんぽたんだった水漏れが、今日からだらんだらんになっていたからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まあ、エアコンなら、もしものときはエアコンが壊れる程度で済むからいいか。<いいのか?
お知らせ
トクトク・セレクトサイト、
やはりあれなので、トップのバナーから行けるように設定しました。
このHPが紹介されています。良かったら見てくださいね。
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