学校が危ない・・

シンポジウム「テレビ・ネット文化と子どもの育ち」
投稿日:2004/08/23(Mon) 23:42
子どもの健全な発育にテレビはどう貢献すべきか・・!!

シンポジウム「テレビ・ネット文化と子どもの育ち」
      〜長崎・同級生殺害事件を契機にして〜

  日時:2004年9月10日(金)
      午後6時30分〜9時
  場所:京都市上京区烏丸上長者町角・
       KBS京都内「KBSホール」
    最寄りの交通機関・・
     京都市営地下鉄 丸太町駅または今出川駅から徒歩8分
            (京都御所 蛤御門の向かい側)   
   参加は自由・入場無料

 パネラー:京都市内の主婦
      宇治市内の小学校教諭
      岩崎貞明 メディア総合研究所事務局長
      春日井敏之 立命館大学文学部教授

 主催:民放労連京都放送労働組合
    市民のためのKBSをめざす実行委員会
 お問い合わせ先…民放労連京都放送労働組合 Tel&Fax 075-451-4468

事件の背景にテレビやネットの影響も 
 長崎・佐世保の小6事件などここ数年、子どもによる殺傷事件が相次いでいます。
事件の背景は、一様ではありませんが、テレビやネットによる影響が大きいのでは
ないかと指摘する声が多く聞かれます。
 そこで、「テレビ・ネット文化と子どもの育ち」〜長崎・同級生殺害事件を契機
にして〜と題したシンポジウムを開催することになりました。
 パネラーの皆さんには、家庭や学校それにテレビ局から子どもとテレビの現状を
それぞれ出し合い、合わせて会場の市民の方からも意見や質問を出してもらい、
テレビが子どもの発育にどう貢献出来るのかを考えて見ます。

日本教育再考
 日本においても教育論議が色々されていますが、それでも状況が全く変わらない
のは一体なぜなのでしょうか?
 残念ながら、よく言われておりますように、評論家の多い事が一因でありましょう。
我々がみんなで教育を議論する割に、実生活にそれを取り入れたり、実行したりする
事が意外と少ないものです。また、偉いと思われておる方々が難しい言葉をこねくり
まわした机上の空論、天下国家論にのみ傾倒し、実際の生活のなかで我々が何をやれ
ばいいのかについて、多くを語ってはくれない、という事もありますね。
 「おじいちゃん、おばあちゃん」方というのは本来、智恵の宝庫であるわけです。
最近の日本の風潮として、困難な時代を生き抜いたそうした偉大な先人たちを軽視
する傾向があるように思われます。 大坪さん 2001/1024

日本教育再考

日本においても教育論議が色々されていますが、それでも状況が全く変わら
ないのは一体なぜなのでしょうか?
 残念ながら、よく言われておりますように、評論家の多い事が一因であり
ましょう。我々がみんなで教育を議論する割に、実生活にそれを取り入れ
たり、実行したりする事が意外と少ないものです。また、偉いと思われて
おる方々が難しい言葉をこねくりまわした机上の空論、天下国家論にのみ
傾倒し、実際の生活のなかで我々が何をやればいいのかについて、多くを
語ってはくれない、という事もありますね。
 「おじいちゃん、おばあちゃん」方というのは本来、智恵の宝庫であるわけ
です。最近の日本の風潮として、困難な時代を生き抜いたそうした偉大な
先人たちを軽視する傾向があるように思われます。大坪さん 2001/1024

  過敏な社会が学校をダメにする

池田小事件の後遺症が社会や学校現場を過敏にし過ぎている。
13日の新聞には、某小学校の校長が辞任したと載っていた。朝礼で人を刺す
真似をしたり、危機意識を持たすが為に結果論的に過ぎたことをしてしまい子供
達に過剰な不安感を起こさせてしまった結果であったという。
また、窃盗で取り逃がした犯人が刃物を持って逃げているという情報により、近隣の
小学校では保護者と学校が子供達の送り迎えで、この厚さの中、混乱をき極めており、
長い夏休みを迎え、非常にナーバスになっている。このことが、子供達の心にも大なり
小なり影響を与え、異常に大人を怖がっているものも出てきている。
保護者と学校現場にいる者たち、そして、子供達へのケアを早くしないと、混乱を極めて
しまうであろう。マニュアルを至急作るべき。しかし、社会の変化を止めるのが先か。

あなたは 番目の訪問者です!

 ひとがひととして人間らしく生きる最低のマナーやルールを確認しあっているの
だろうか・・・あんたがたはあの時はあかんかったでェ。自己主張をする子、
自分に不利益なことには声をあげる子・・・などになってしまった責任はある。
道徳を一週間に一時間、一年間で35時間しましょう!
今度部外者の方々がしっかり評価するということだけど、本当に教育界が
それで良くなるのでしょうか。
何故なら子供を大切にするより評価のほうに気が取られるから。
正々堂々と仕事で勝負できる教師が、実力者が、認められないという
どこにでもある話が教育界にも。
相手が、将来のある生きて命を輝かせているこ・ど・もであるという点が、
問題を大きくし、罪をつくることになっているのだ。
どの親も本能で、直感で解るんやで。自分の産んだ子や、頑張ってほしかったよなあ。
親として。それに、子供の信号を先生だけでなく親も共に受け止めることが
子育てにとって大切なことです。
学校だけで子は育たず、家庭だけで子は育たず、両方から支えあって
(ここに地域にも声をかけてくれるええおっちゃんやおばちゃんが居るとグー・・・)
はじめて子供はまともに育つのでは。
わたしは神戸の事件が一番考えさせられ、今でもあのショックから抜け出せない。
予備軍は見まわしたらけっこう居るような気もするが。
                         
このように、最近若者の悲しい事件が多発しています。
何故このような事件が次々と起こるのでしょ?
日本民俗の誇りとは何なのでしょう・・・・?


小泉内閣メールマガジンから========================== 2001/07/26
[大臣のほんねとーく]
● 学校が良くなり、教育が変わる(遠山文部科学大臣)
  教育は、どの国にとっても国の最重要課題の一つです。サミットでも近年
教育の問題が取り上げられるようになりました。

 かつて米国では、経済が停滞していた1980年代に、レーガン政権下で
『危機に立つ国家』と題するベル教育長官のレポートが出されたことを契機
に教育改革が進み、今日の繁栄につながりました。

 また英国でも、サッチャー政権に始まり現ブレア政権でも「優先課題は3
つある。一に教育、二に教育、三に教育」として強力に教育改革を進めてい
ます。私は先週16日にホッジ教育担当大臣と会い、両国の教育改革の動向
などについて意見を交わして来ましたが、問題意識には共通する部分も多く
大変有意義な会談でありました。

 このように各国とも、国の命運を賭けて教育改革に取り組んでいるのが世
界の趨勢です。

 そして日本でも、小泉総理が、最初の所信表明演説で「米百俵」の精神の
大切さを説かれ、また国会でも幕末の儒学者、佐藤一斎の「少(わか)くし
て学べば壮にして為すあり。壮にして学べば老いて衰えず。老にして学べば
死して朽ちず」という言葉を引用して答弁されるなど、教育を大変重視する
姿勢を率先して示して下さっています。

 「教育は国家百年の計」と言いますが、21世紀の初めに当たり、わが国
でも、新しい時代にふさわしい教育を実現するための改革を力強く進めてい
きたいと考えています。

 教育改革の目標は、『21世紀教育新生プラン』の着実な実現です。
 このプランは、今年の1月に「学校が良くなる、教育が変わる」ための教
育改革の全体像を示すものとして策定したものですが、前国会で教育改革関
連6法を成立させていただいたことによって、大きく前進させることができ
ました。

  新しい時代に生きる子どもたちのために、私が特に力を入れて取り組みた
いと考えているのは、「心の教育」の充実と「真の学力」の向上です。この
2つは、決して別々の問題ではなく、密接に関わり合っています。

 今の子どもたちは、概して、自分に自信が持てない、やりたいことが見つ
からない、自己実現の喜びを味わう機会が少ない、と言われます。

 子どもたちのやる気を引き出し、良い点を伸ばすことによって、単なる知
識の詰め込みではなく、基礎・基本をきちんと身に付け「自ら考える力」を
育み、すべての子どもたちが、のびのびと多様な個性を発揮できるような社
会を目指したいと考えています。

 そのためにも、私たち大人の一人ひとりが教育改革を自らの問題として、
学校を見守り、支え、教育を変えるべく一歩を踏み出したいものです。

※ 「21世紀教育新生プラン」については、下記の文部科学省ホームペー
 ジを御覧ください。
 http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/21plan/main_b2.htm


このように、最近若者の悲しい事件が多発しています。
何故このような事件が次々と起こるのでしょう?日本民俗の誇りとは何なのでしょう?  

読者からの意見!!
     Aさん:本当に日本は今、狂っています。何を考えているのかナー皆?
     父親の権威が無くなったのではないかな。
     皆、会社人間で子供と接する機会無し、かまってられない家多いのでは。

                              2000/06/23                                             

     Bさん:マスコミが面白おかしく報道し過ぎ。むしろ犯罪を誘発しているのでは・・。20/06/23
   
 Cさん:昔は、隣のおっちゃんに良くしかられたけど、今見て見ぬふり、反対に
          注意すると刺されそうで怖い。親も自分の子供を本気でしかっていない。
   

     Dさん:文部省や国は何してるのかな。PTAも社会も親も、点取り虫ばかり作っている。

                                                  20/06/24

     Eさん:最近道路を歩いていても、後ろから足の音を聞くと、おもわず降りかえり

         大丈夫か確認している。 (中年男)      20/06/24 

前回より追加  

     Fさん:この度メルマガに登録させて頂きました事を、ご報告致します。
         久しぶりに小泉様のHPを拝見いたしました。さまざまなコーナーがあり、

        又趣向も凝られておりさすがに、研究熱心だと感激いたしました。
        特に私が現在関心をひく「教育問題を考える」のコーナーに共鳴いたしました。
        私も以前から道徳の時間が無くなったことに寂しく思っておりました
        私も2児の母として子育てに、よく悩んだり考えたりしております。
        子供の心成長は、やはり親の普段の生活の中から身につくものだと思います。
        昔から、「
子供は親の姿勢を見て育つ」と申しました。
        奇麗事を並べて、教えても、生活の中での親の姿を子供は日々を通して
        見ているのです。
        
自分の姿が、子供を通して鏡であると思います。それだけに、  
        親の責任を考えさせられます。その上で、教育が成り立つと私は思っております。
        教育と心の成長(人としての道、道徳)のバランスがこの社会の変動の速さで、
       狂っているのかとも思います。

        私が親としての責任に答えられているかを、毎日の生活の中で、
          悩みながら過ごしております。
         是非、さまざまな、角度から、皆様と一緒に今後学んでいきたいと思っておりますので、
          毎回このようなコーナーを設けて頂きたく御願い致します。
20/06/25

    Gさん:メルマガが届きました。(しかも7通も・・・)確かに少年犯罪が増えていますよね。
        親が子供を甘やかしてるからでしょうね。その上他人を思いやるということを
        教えてないからでしょうね。  20/06/26
    (返答) 大変失礼しました。HTMLで送信する為、色々操作している内に、発進していました。
         先日若い女子大生からメールを頂き、HPで「講」を検索していて知ったということです。
        若い女性がこの様な分野に興味をお持ちの方がおられたことを嬉しく思います。
        貴方は、「講」とは何か御存知ですか?
        講に関する HP http://hb3.seikyou.ne.jp/home/koizumi/iseko.htm        

続き編集長

:現在の殆どの宗教が神仏の内容を掴みきっておらず、部分的(個々的)
          な事柄に関しての見解はマトモな様ですが、総合的に観ればおかい。
          いまの社会を解決するのは、政治家でも俗社会に生きる我々では困難です。
          本屋さんに行っても、神仏に関する本を見つけるのは困難で、           あったとしても素人には理解しずらく難解です。
          聖域に携わっている人達が霊的なことばかり考えていないで、           現実的にそくした知恵をまとめ、分かりやすく広めていくことが必要。
          いま、現実に活動している人は、瀬戸内寂聴さんのみ・・・。                      今話題の非行少年は今の文部省の教育を忠実に実践している理想的な           少年達であると言っても良いだろう。
          我々は「自由・平等・友愛」の言葉と引き換えに、祖先が長い年月をかけ           築いてきた「理性・道徳」を全て捨て去ってしまったといえる。           すべて西洋の文明が良いとしてきたからではないだろうか。
          日本人を含む東洋では、言葉だけでなく「姿勢・態度」などで気持ちを伝えて           いたものが、言葉のみに衰退してしまったのだ。2000/07/01

今回は、あるHPを参考に、私が普段考えているものも合わせて紹介させて頂きました。             

以上の御意見をいただきました。有難う御座いました

京都通信メルマガ編集長

      子供達にもっと実体験をさせ生活に根ざした生活をさせてみてはどうか。
      たとえば「瑞穂の国」日本なので、年間を通じた米造りなど。
      現在、学校の近くの水田は、休耕田で沢山の田んぼがあまっている。
      すでに全国の学校では、学校近くの水田で「田植え体験」等をしているが、これを
      年間を通じてやらせて見てはどうか。
       種まき・肥料入れ・田起こし・水入れ・田植え・草ひき・草刈・田刈り・脱穀・籾摺り
      ・精米など、年間を通じて実体験させる。
      そして、調理実習で自分たちが作った米を食べ、余りはバザーで販売、わらは注連縄を作る。
       現在一部の中学校や小学校ですでに行っている所が、京都である。 
      ポイントは,稲の持つ生命力(種〜稲〜種〜稲)を観察させ、成長の過程を勉強させる。
      食べ物の大切さ、人間と同じ成長、収穫の喜び、農家との交流、自然との対話など
      色々なことが、学べる。
        これらの行事を続けているのが、伏見稲荷大社の「お田植祭」である。
        2000年6月10日午後1時から、神田で早乙女らが4月の水口播種祭で
        まかれた種から成長した早苗を、神田に植えた。
        この行事は全国各地の神社で現在も行われている。  20/06/23          

この記事に関する御意見を、どしどしおよせ下さい・・・・。
  
     ここをクリック E-mai   koi@catnip.freemail.ne.jp

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揺れる犯罪HP、少年犯罪、いじめ、事件

をまとめてあります。  身近な事件をみんなで考える、大変真面目なメールマガジンです。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/5256/yureruhannzai.index.html        下の文章は、上記メルマガの中から登用させて頂きました。   貴方も、上のHPをクリックして意見を述べられては如何ですか。ついでにこの私のMAILも宜しく。 どうして犯罪が増えたかについての一考察 返事を書く  ここ最近少年による犯罪が増えている。この原因について自分なりに考察してみた。 1 家庭でしっかりと教育されていない。    核家族化になり、両親は少しでも金を稼ごうと家庭での教育がおろそかにされ、    小さい頃からの仕付がなされなかった。 2 学校での教育    暴力は否定するが、子供に対する教育は、言葉だけでは通じないものがある。    もちろんその影には、日教組が立ちこめている。 3 警察が怖くない。    何度悪いことをやっても、家庭裁判所の判断が甘いから少年はますますエスカレートする。 4 怖い親父がいなくなった。    子供の頃近所の親父に怒られたり、殴られたりした。しかしそれは全部自分が悪いからと    納得していたことで、それを親に言ったり、弁護士を立てたり等考えはしなかった。    その影には金儲けのために、悪人に知恵を付け、弁護する悪徳弁護士が増えたことに尽きる。  以上のことから即少年法を改正すべきである。  現在の少年法では13歳以下は触法少年で、罪に問われない。  中学校2年生の同級生で、窃盗の共同正犯を犯したときに、たまたま誕生日が来ていた  14歳の少年は家庭裁判所に送致され、誕生日が来ていない少年は、触法少年として処理される。  こんな矛盾が許されるのはおかしいし、今の少年等は「14歳になったらやばい。」と言うことも 十分承知のうえで犯罪を犯している。  本日は選挙であるが、先生方は自分らの票を捕ることよりもこういったことを勉強して欲しいと思う。 
: どうして犯罪が増えたかについての一考察
 今の子供達から見れば、学校の先生なんてたいした事ないと思っているんじゃないかなぁ。
就職するのが難しい時代というのを知っているからこそ、先生が普通のサラリーマンに見えてしまう。
昔のように威厳のある尊敬できる人というイメージがない以上、そんなヤツから何を教わ
るのか?と疑問が生じる。
 学級崩壊なんて、先生を馬鹿にした典型的な例でしょ。いくら先生が怒っても、手を挙げる事が
出来ないなら怖くない。体罰を加えようものなら、すぐに親の耳に入ってPTAが騒ぎ出す。これじゃ、
我慢する事も苦労する事も、ましてや人の痛みなんて分かるわけがない。
本日は選挙であるが、先生方は自分らの票を捕ることよりもこういったことを勉強して欲しいと思う。
  神仏を信じろと這いいませんが、先人が自然の中で自然とともに生きていく上で
 考え出された”しきたり””道徳”を含んだ宗教を全く否定するのはどうかということです。
  確かに宗教と政治が混同されると国家神道に見られるように、過ちを犯す危険を
 はらんでいることは間違いありません。
  そもそも人間が、道具を手に取したときから自然との調和を乱さないために生ま
 れたのが宗教であると思います。
  その宗教を広めるため、手っ取り早く用いられたのが神であると考えられその中
 に含まれる”しきたり””道徳”は決して無視すべきものではないと思うのです。
  ある書物に”信仰心を奪い権利思想を植え付けた”と書かれています。
  信仰心を捨て権利意識を持った我々は何を得たでしょう?
     消毒しなければ飲めない水、丸裸の山
     少子化・核家族化
     麻薬・エロス・少年犯罪
     訳の分からない”自由・平等”という言葉ではないですか。
  つまり、私達が新しい生命の誕生を授かったときに何をしたか
 学校へ行くのですか?違いますよね、神社なりに行って我が子の
 ”行く末を案じてお祈り”しに行くのではないでしょうか?
  親も神社もそれっきり我が子の行く末をお互いに任せっきりに
 している、それが今の現状で悲しいことと考えています。
  私見ですが、キリスト教は積極的に教えを進めていますが、
キ リスト教徒は政が絡んでいると思われるので信用していませんが
 それでも、何も信念のない無神論者よりはいいかなと思います。
   現在の末期的な状態の世の中をみると、なぜこういう状態になったのかという根本的な
 原因はやはり欧米の制度や思想を盲信的に取り入れてきた事にあると思う。
 アメリカは他民族国家であり、さまざまな人種や民族文化の軋轢が避けられない為、
 普遍的な価値観をもつ事は無理であろう。最大公約数的な価値観を共有し、その上で
 個人の権利および自由の最大限の尊重をおたがいに主張し合うという事でしか
 社会の安定はたもてないと思う。しかしそのような社会は当然個々の争いも多発し、
 訴訟社会となり、人間関係は疎遠になってしまうだろう。とはいえ多民族国家では
 このような方法でしか社会の安定をはかれない事は事実である。同じような文化の背景を
 持たない人の集まりでは、おたがいの権利や自由の尊重を前提として、そのぶつかり合いを
 させる事によりエネルギーを少しずつ放出させながら(いわばガスぬきか)全体の崩壊を
 ふせぐというのがもっとも良い社会維持法であろう。
 しかし、日本は違う。基本的に日本は同質化社会であり、本来なら個々の対立は
 あまり有り得ないはずである。あくまでみんなで協力しあい調和しあう事により
 社会の安定がはかれるはずだ。近所の人びととの協力や親族間でのつきあい、
 こういうものを前提として社会が成立しており、個人の権利や自由をことさらに
 主張しなくても、おのずと自分の居場所ができてくるという世界でもっとも平和な
 社会であるはずだ。その社会の中に不必要な西洋の個人の権利自由という概念を導入した
 ため、その概念が捻じ曲げられて解釈され、無制限の自由や無軌道な行動、
 足が地につかない状態で個人の自己実現を要求するというおかしな現象がおきているわけであり
、 ここはやはりもう一度江戸時代から日本にねづいた儒教精神の大切さを見直そうではないか
 投稿者:談合マニア  投稿日:04月15日(土)14時17分48秒
 表現の自由や報道の自由をどうこう言うつもりはありませんが、その権利を利用して利潤を
 追求することは許せません。  無償で、出版や報道をするのなら何も文句は言いませんが
、本を売る、視聴率を上げるため に、有害な表現や報道の自由を与える必要はないと思います。
  教師の皆さんなら(すみません私は教師ではありません)ご存知だと思いますが、非行少年
 の聖書とも言うべき”チャンプロード”という雑誌はどうでしょう
  悪こそ正義で、社会や教師は本当の悪者だなどと洗脳し、殺人・強盗・恐喝・窃盗・強姦な
 どを賛美しています。  これでは、いくら正しい教育をしようとも、非行少年が減るどころか増える
一方です。
  この様な雑誌が世の中に氾濫しているのに、立法や行政は野放し状態で司法は表現の自由を
 持ち出してお構いなし。
  教育を云々言うより、まず社会から子供に有害となるあらゆるものを排除するのが先決では
 ないのかなと、つい先日チャンプロードに熱中していた子供を見て感じました。
   どうにかなりませんかね? 投稿日:06月05日(月)14時11分53秒 ・・・・・・・・・・・・・・・・


表現の自由や報道の自由をどうこう言うつもりはありませんが、その権利を利用して利潤を
追求することは許せません。
 無償で、出版や報道をするのなら何も文句は言いませんが、本を売る、視聴率を上げるため
に、有害な表現や報道の自由を与える必要はないと思います。
 教師の皆さんなら(すみません私は教師ではありません)ご存知だと思いますが、非行少年
の聖書とも言うべき”チャンプロード”という雑誌はどうでしょう
 悪こそ正義で、社会や教師は本当の悪者だなどと洗脳し、殺人・強盗・恐喝・窃盗・強姦な
どを賛美しています。
 これでは、いくら正しい教育をしようとも、非行少年が減るどころか増える一方です。
 この様な雑誌が世の中に氾濫しているのに、立法や行政は野放し状態で司法は表現の自由を
持ち出してお構いなし。
 教育を云々言うより、まず社会から子供に有害となるあらゆるものを排除するのが先決では
ないのかなと、つい先日チャンプロードに熱中していた子供を見て感じました。
  どうにかなりませんかね?  投稿日:06月05日(月)14時11分53秒
・・・・・・・・・・・・・・・・

子供のしつけは父親がポイント

人は一人で生きていくことは出来ません。 相手があってこそ自分の存在があります。
声にだして言うこと、話しあうことで人間どうしがわかりあえます。家庭は、大人にとっても
勿論ですが、子どもにとっても家庭が一番の安らぎの場所ではないでしょうか。
 最近特に色々な少年事件が起こるとマスコミはその犯罪の様子だけを取り上げがちです。
むしろそうなった背景や環境 を見てやらなければいけないと感じています。
 人生への価値観、道徳感などを育てるのは家庭のしつけが重要です。
かつては、おじいさんやおばあさんと一緒に生活していたのでよくしかられましたが
最近は核家族化して共働きする夫婦が多くなってしまい注意する人が家にいません。
 子供を自立させるための準備するところは、家庭が一番大切と考えています。
小学生の子供と、比較的時間のとれる時に一緒に食事をとったりお風呂に入ったりして
スキンシップをする必要があります。
 子供には、決して嘘をつかない人間、悪いことをしない人間に育てねばなりません。
嘘をついたり悪いことをした時は、父親が厳しくしからないと、悪いことと良いことの判断が
出来ない子供を作ってしまいます。しかし母親が父親を子供の前で馬鹿にしています。
これでは父親の権威が効果を発揮しません。小学生の間にしつけておかないと中学生、
高校生になってしまうと学校でうまくいかなくなってしまいます。
始めから悪い子なんているはずがないのですからね。
かつてのように周囲に心を受け止めてやれる人がいないのは、周囲の大人たちの責任です。

あるホームページに以下のような記事がありました.その一部です!

「宗教に関する事件報道があいついでいます。」
どのような宗教にしても信者は共通の思いがあります。「救い」を求めているのです。
それは、実生活における「救い」かもしれません。
もしかすると、来世における「救い」かもしれません。
なぜ、宗教に「救い」を求めるのでしょうか。
それは現実社会に「救い」がないからに他なりません。
学校も社会もすべての人を競争に参加させるシステムの中で動いています。
現場の教師や会社の経営者の個人的考えとは関係なしに、その巨大な競争システムが支配しています。

もっと成績をよくしろ。 
もっと友だちを作れ。 
もっと速く走れ。 
もっとアイデアを出せ。 
もっと汗を流せ。 
もっと売り上げを伸ばせ。  このような世界に「救いの場」がありますか?
ないからこそ、宗教がその提供者となっているのだと思います。

 編集長の意見
日本人は宗教行為をしているのに、それを宗教と思っていません。
本当に不思議な国です。初詣もりっばな宗教行為ですよ。

「体罰容認派に意見あり」

私の身近なところにも、「体罰容認派」の人がいます。その人に言わせると、「殴り
たくて殴るわけではないが、愛の鞭だ。自分に感謝している生徒もいる」のだそうです。
「愛の鞭」とはいえ、鞭というのはたたいて自分の言うことをきかすためのものです。
どんな場合にも、人を殴るということは、結局は力でねじ伏せようとすることだと私は思います。
叩く、怒鳴りつけるという強烈な行為に、あなたのためを思っているんだ、
私はあなたが大事なんだという愛情は、どれほど見えるものなのでしょうか
(それとも、そんなものは必要ないのでしょうか?)。

今の学校は、教育委員会が怖く、PTAが怖く、子供が怖く、教育機関ではありません。
だから学校があれるのです。
もっと教師は、自信を持って子供をしかるべきです。
暴力はいけませんが時と場合によります。教育委員会は何かが発生したときもっと
教師の意見を聞くべきです。
これを出来なくしているのは、PTAの責任です。
親は自分の子供のしつけが出来ず教師の責任のようにしています。
殆どは親のせきにんです。
子供をしかることの出来ない教師は、教師の資格なしです。
点取り虫で育ってきた教師ばかりでは子供は良くなりません.

ホームページ・揺れる犯罪

Vol.05 2000・6・18発行から
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/5256/index.html
下の文章は、上記メルマガの中から登用させて頂きました。
貴方も、上のHPをクリックして意見を述べられては如何ですか。ついでにこの私のMAILも宜しく。

★クニマス 6:15さんから  
 「人権!」「人権!」って声高に叫ぶ人は本当に人権とは何なのかがわかっ
ているのだろうかと思う。間違って犯罪を犯してしまった人まで、云々するつ
もりはありません。
 しかし、青少年の犯罪では、どう見ても、今の日本には、犯罪をしたことと、
それを裁く側とのズレがあまりにも大きすぎます。青少年の人権を守らなけれ
ばならないことは、わかりすぎるほどもわかっています。しかし、それ以上に
犯罪に手を染めて平気な顔をしている奴が多すぎる。
 裁判では、何を持って反省しているというのかと疑問をもってしまう。他人
の人権を踏みにじった奴まで、人権と言って守る必要はない。
 西洋的な裁判ではなく、日本文化に根ざした判決が出ることを願っています。
--------------------------------------------------------------------------------

教育への市場原理の導入 公教育は本当に必要なのか永井俊哉HPから
日本の経済大国としての成功の秘訣は教育にあるとよく言われますが、公教育は、
次第に機能不全に陥り始めています。
60年代の末から大学紛争が始まり、
70年代の半ばから高校生の荒廃が社会問題化し、70年代の後半には中学校で
校内暴力の嵐が吹き始め、
80年代の半ばから、校内暴力に代わっていじめが
クローズアップされ、そして現在小学校で学級崩壊が始まっています。
公教育のあり方は今のままで良いのかどうかを議論してください。

http://www.honya.co.jp/contents/tnagai/book/
http://genie.gaiax.com/home/cosmicus
http://www.honya.co.jp/contents/tnagai/



我ら教育応援団」HPから
おとな社会といじめ  
■「危機感がたりない社会」 
愛知県では、数年前の少年の自殺事件が大きく取り上げられました。
あれから何が変わったのでしょうか、あの事件の貴重な教訓はどのように生かされて
きたのでしょうか。関係者以外の社会全体が、数年たてば、風化してしまうような、
その程度の反応しかしなかったことを証明しています。そうでなければ、
名古屋の5000万円恐喝事件のような事件は起こらなかったのです。
そのほかにも、多くのこどもたちがいじめを苦に自殺したりひどいいじめに
苦しんでいます。なぜ、悲劇は繰り返されるのでしょうか。
悲劇が繰り返される背景には、社会全体に危機感がたりないことがあげられます。
いじめをしない、されないに越したことはありませんが、いじめは、精神的な発達段階の
過程で、重要な通過ポイントであることも事実です。幼い段階で、乗り越えておく、
または、いじめをしない、されない力をつけておけば、軽い段階でくい止めることも可能です。
しかし、自殺や自殺未遂においこまれたり、多額の金銭を脅し取られるようないじめは、
特殊な例ではありません。対応をあやまれば、いつ自分のこどもにおこっても不思議では
ないという、危機感がなければ、悲劇はいくらでも繰り返されます。そしてこれは、
社会全体の問題であると認識する必要があります。
 
■「責任の追及をしない社会」
大きな事件として表面化したときだけ、大騒ぎをして、悪者を捜し出して批判の対象とする
ような社会は裏返せば大人社会のいじめの構造のあらわれといえます。大人社会には、
いじめ、差別、えこひいき、セクハラなど、こどもの手本にならないことがたくさんあります。
大人になってまでこのようなことをするのですから、こども社会がその縮図であって何の
不思議もありません。現在の大人社会のなかまで、教育崩壊の原因を追い求めなければ、
ほんとうのいじめ対策はできません。 
しかし、社会全体の責任を追及すると、まわり回って火の粉が自分に降りかかってくるわけです。
そこで、大人はある段階で悪者探しをやめて、本質的な問題を表面的なものにすり替えて
しまうのです。最後まで責任を追及しないから、一部の者だけが悪者になってしまうのです。
こどもは、このような大人のずるがしさをしっかりと学習していきます。
いじめについても、その原因をすべて追及して明らかにすることが、ほんとうのいじめ対策に
つながるのです。深い考えを持たずに、現象だけをとらえて表面的な批判を繰り返したり、
中途半端な究明で終わらせてしまうような体質がある限り、悲劇はなくならないのです。 

■「みんなと同じでなければ安心できない社会」 
他の人と違った意見を言ったり、異なった行動をしたりする人を奇異の目で見て異端者扱いを
してしまうことがありませんか?他人と同じ行動をとることで安心していませんか?わたしは、
そういうところがあります。しかし、ことの善し悪しに関わりなく、みんなと同じことをすることは、
とてもても恐ろしいことです。  
集団でいじめにかかわった生徒の話を聞くと、「みんながやっていたから、いいかなと思った」
とか「みんなと同じようにやらなければ自分がいじめられる」といった答えが返ってくることが
あります。見れば、恰好も同じようです。「じゃあ、おまえは、みんなが・・・」となり、説教が
始まるのですが、同じような理由で、恐喝・強盗・殺人などがおこなわれている事実を考え
るとぞっとします。
よい方向に足並みをそろえることは問題ありません。しかし、大人社会にこそ、
「赤信号みんなで渡ればこわくない」式の言動が随所に見られることに注意しなければ
なりません。悪いと分かっていても同じことをしなければ、村八分にされる、目立つ、
安心できない。おとなの行動を見てこどもは育っていきます。
 
■「政治家とマスコミができること」  
同じような悲劇が繰り返し引きおこされます。失敗に学んで、失敗を生かすということは
こんなにも難しいことなのです。いったい今まで、政治やマスコミは何をどれだけ努力し
てきたのでしょうか。 
「教育改革」「学校改革」を唱えながら、「教育力が低下した」「核家族化や少子化が問題」
「教師や親の質の低下」「やりすぎだ」またあるときには「手ぬるい」「何をやっているのか」
などと、以前から言われている原因を並べたり、場当たり的な学校や家庭への部分的な
批判が目立ちます。  
また、教師が悪い、親が悪い、社会が悪い、いじめる側が悪い、いじめられる側にも問題がある、
などと誰かを悪者にすることで、表面的な原因を探し出して安心しようとしています。
これは、確かに原因をわかりやすくして、問題を浮き上がらせるには効果的に見えますが、
いじめの本質は、どんどんぼやけていきます。本質的な解決方法見つけなければ、
事態は、さらに悪化します。 
さらに追いうちをかけるかのように、学校や家庭などの末端の部分に、責任の多くを押し
つけて、現場の混乱をよそに先見性・計画性に乏しい付け焼き刃的な改革を迫ることがあります。
表面的な解決策を星の数ほど並べても、本質的な問題を見極めなければ、どれだけの効果が
あるでしょうか。《今、いじめをうけている子どもを救うための有効な対策は示されているのでしょうか?》
学校や家庭は、社会の一部であり、世論や時代の流れの影響を受けます。世論の形成に
大きな影響力を持っているのは政治とマスコミです。頭のいい人ばかりですから、多くの人が
教育崩壊の原因に気付いているのでしょう。しかし、それでもなかなか行動に移さない
(移せない?)のはどうしてでしょうか?手をこまねいているだけでは何の解決にもなりません。 
政治やマスコミは、自分に不利益となっても、原因を究明して、マイナスの要因をできるだけ
取り除く行動を起こさなければ、日本の悪い体質は変わりません。善良な政治家やマスコミ
関係者の勇気ある行動を望みます。

■おとなができること
 いじめは、何も今に始まったものではありません。大昔からある行為です。
人間の本能的なものであり、理性だけでは考えることができないドロドロしたものだということを、
念頭に置くべきでしょう。したがって、いじめはなくならないと思いますが、軽い段階でくい止めたり、
減少させることは可能と考えます。 
そのために、長期的な課題として、理性と愛情を育てる教育が必要です。同時に今いじめをうけて
いる子どもを救うために、迅速で有効的な行動が必要です。残念ながら、この部分の対応が
十分ではないと思います。 
これらを実現するためには、こどもの環境をつくる親、教師、その他の大人が、義務・責任・
礼節を重んじて理性的に行動すること、生命の尊さ・自然環境の大切さ・幸福の意味などを
理解しようと心がけて行動すること、子どもを救うために躊躇せず行動することが前提です。
これらは、あたりまえのことですが、あたりまえにできていないわけです。いじめやその他の
教育問題を、親や教師の努力だけで解決できない問題の深さを感じます。 
我々おとなができることは、はっきりしているのです。今おきている問題に直接対応していくと
同時に、こどもの模範となる社会を築くことで、いじめ問題の深刻化を防ぐことができます。
それができなければ、いつまでたっても変わらないでしょう。(おわり) 
  上記への、お便りは rekishi@d9.dion.ne.jp 
  我ら教育応援団http://www.d9.dion.ne.jp/~rekishi/02-2taisakusitu.htm
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    
このように、最近若者の悲しい事件が多発し、色々なHPで紹介されています。。
何故このような事件が次々と起こるのでしょう?日本民俗の誇りとは何なのでしょう?  

    Gさん:メルマガが届きました。確かに少年犯罪が増えていますよね。
        親が子供を甘やかしてるからでしょうね。その上他人を思いやるということを
        教えてないからでしょうね。  20/06/26

    (返答)先日若い女子大生からメールを頂き、HPで「講」を検索していて知ったということです。
        若い女性がこの様な分野に興味をお持ちの方がおられたことを嬉しく思います。
        貴方は、「講」とは何か御存知ですか?
        講に関する HP http://www.eonet.ne.jp/~koizumi/iseko.htm
 Hさんから貴重な御意見を頂きました
   ホームページを拝見していて・・・・
   といっても、時々メールをあける状態なので、ところどころしかみれてませんが・・
   教育についての、いろんな意見をとても興味深くよませてもらっています。
   子供が中学生になって、改めて、教育の現状について考えることが多々あります。
   国会で教育の大切さを言っていますが、早く改善してほしいとおもいます。
   少子化と呼ばれ、大変だぁーといっているわりには、教育の現場にストレートにつた
   わってこないんですよね。
   今の子供たちには、もっとゆっくりと自分と向き合う時間が必要では・・・と思います。
   せめて、高校は義務教育として対応してもらえれば、13-18歳のややこしい時期も落
   ち着いて、時間をかけて、本来の教育というものに親も先生も携わっていけるように
   思うのですが。
   高校受験が大きな壁になって大人も、子供もある意味で歪んだ考えを生み、現状のよ
   うになってきたように思うのですが・・・
   そればかりではないにしろ、大きな要因の一つではないかと・・・
   わたしにできることは・・・?と考えるとなかなか答えが見つけられずにいます。
                                                2000/7/24 

上記は、あるHPに書かれたのを参考に、私が普段考えているものも合わせて紹介させて頂きました。
以上の御意見をいただきました。有難う御座いました       

編集長
   現在の殆どの宗教が神仏の内容を掴みきっておらず、部分的(個々的)な事柄に関しての
   見解はマトモな様ですが、総合的に観ればおかしい。
   いまの社会を解決するのは、政治家でも俗社会に生きる我々では困難です。
   本屋さんに行っても、神仏に関する本を見つけるのは困難で、あったとしても素人には理解
   しずらく難解です。
   聖域に携わっている人達が霊的なことばかり考えていないで、現実的にそくした知恵をまとめ、
   分かりやすく広めていくことが必要では・・・。
   いま、現実に活動している人は、瀬戸内寂聴さんのみ・・・。          
   今話題の非行少年は今の文部省の教育を忠実に実践している理想的な少年達であると
   言っても良いだろう。
   我々は「自由・平等・友愛」の言葉と引き換えに、祖先が長い年月をかけ築いてきた「理性・道徳」
   を全て捨て去ってしまったといえる。
   すべて西洋の文明が良いとしてきたからではないだろうか。
   日本人を含む東洋では、言葉だけでなく「姿勢・態度」などで気持ちを伝えていたものが、
   言葉のみに衰退してしまった。                    2000/07/01

京都通信メルマガ編集長
      子供達にもっと実体験をさせ生活に根ざした生活をさせてみてはどうかな。
      たとえば「瑞穂の国」日本なので、年間を通じた米造りなど。
      現在、学校の近くの水田は、休耕田で沢山の田んぼがあまっている。
      すでに全国の小学校では、学校近くの水田で「田植え体験」等をしているが、これを
      年間を通じてやらせて見てはどうか。
       種まき・肥料入れ・田起こし・水入れ・田植え・草ひき・草刈・田刈り・脱穀・籾摺り
      ・精米など、年間を通じて実体験させる。
      そして、調理実習で自分たちが作った米を食べ、余りはバザーで販売、わらは注連縄を作る。
       現在一部の中学校や小学校で、すでに行っている所が京都にある。 
      ポイントは,稲の持つ生命力(種〜稲〜種〜稲)を観察させ、成長の過程を勉強させる。
      食べ物の大切さ、人間と同じ成長、収穫の喜び、農家との交流、自然との対話など
      色々なことが、学べる。
        これらの行事を続けているのが、伏見稲荷大社の「お田植祭」である。
        2000年6月10日午後1時から、神田で早乙女らが4月の水口播種祭で
        まかれた種から成長した早苗を、神田に植えた。
        この行事は全国各地の神社で現在も行われている。  20/06/23 


以下の記事は、私も同感であり中野昌俊さんの了解をえて入れさせて頂きました。
        HP URL http://www.geocities.co.jp/Technopolis/1041/
        Mail to: sodmn@geocities.co.jp

欲、見栄、メンツ
人は欲(金銭、地位・名誉、食、性)を求め、メンツにこだわり、見栄を張ります。
そのために、間違いを犯した時に素直に改められなくなってしまいます。
メンツと見栄は、地位・名誉欲のために現れます。
そうして、地位・名誉欲、金銭欲のために人をだましたり、殺したりする行為があらわれます。
人の過ちの大きなものの一つは、愛憎からくるものです。
我を忘れた殺傷行為をして、はじめて「事の重大さ」に気が付くのです。
この我を忘れた殺傷行為は、近親者への思いやりと他人の悪い点を責めないことで防ぐ事ができるでしょう。

現在の日本の家庭においても、母親は、父親をけなすことで父親より私の方が偉いのだ、と子どもに示して
家庭の中における自分の地位(子どもに対する存在感?)を保つ、存在感を保つ努力をしています。
しかし、父親を貶すことは、その結果として子どもが父親を敬遠する、父親を毛嫌いする行為を産む事に
なってしまいます。
その一端が、父親の権威の失墜と現れているのでしょう。
家庭は、母親が偉い、父親が偉い、子どもが偉い、と言うものではありませんね。
家庭は、最も小さな社会単位で、父親、母親、子どもがそれぞれ任務を分担して生活するものです。
人は、相手を悪く(貶す)ほど偉い人はいないのです。
人は、必ず間違いを犯します。
逆に言えば、間違いを犯すから機械でなく人間なのです。
間違いを犯した場合にはその間違いに気付いた人が思いやりをもって忠告することが大事なのです。
物理的な暴力、言葉の暴力は、人が生活する上で、役に経つことは殆どないでしょう。
子どもに対しても、大人に対しても、「諭(さと)す」ことが大切です。
人を「諭す」には、智慧がいります。
そのために、人は勉強することが必要になり、徳を積むこと、人格を高めることが必要になるのです。

人を責めるのは、他人を悪く言う事で己の行為の正当性を主張することにあるでしょう。
相手の行為、考えを良く言う事で、己の行為、考えがさらに高まることを知らない人が、人を責めるのです。
他人(相手)を悪く言えば、自分自身も惨めになり、人間関係がギクシャクしたものとなります。
逆に、他人(相手)を良く言えば(誉めれば)人間関係もよくなり、自分自身も高まる事を知る事が必要です。
目先の欲にこだわらない人間になりたい、と常々考えていますが、実行は中々難しいですね。
(1/6/2001記)               

◎登校拒否(不登校)は病気ではない

雑感・随想および「心ゆたかな教育;君が必要なんだ!」より転載 

 登校拒否(不登校)児童が増えています。
 十数年前は、「登校拒否」の言葉がよく使われましたが、いつの頃からか「不登校」
という言葉に変わってきました。私は、現在のような知識の詰め込みを中心とした教育を
する学校ならば、「登校拒否」の方が適していると考えています。
積極的に学校へ行かないことの方が、子どもにプラスになると思います。
ここでは、敢えて「登校拒否」の言葉を使います。

 現在の日本の学校は、政府・文部省によってがんじがらめに縛られた制度に問題があるのです。
児童のことを真剣に考え、悩み苦しんでいる教師がいることは、承知しています。
多くの教師が現状に疑問をもっていると思います。
発言できない職員会議、雑用の多さから児童と一緒に過ごす機会が少ない、などの問題があるでしょう。

 しかし、現在の制度でもトップである校長が変われば学校が変わるのです。
子どもたちは、すき好んで「登校拒否」したり、「荒れている」わけではないのです。
心から話せる相手がいない、不満をぶつける相手がいないのです。
どんな子どもも素晴らしい可能性を秘めています。
親や教師である大人が、特に親が子どもを見捨てたらお終いなのです。
嘘やごまかしをしなければ、子どもは心を開いてくれると思います。

 まず、最も基本的な点を明らかにしておく必要があります。
「登校拒否」は病気ではありません。
おそらく、多くの親および教師の方々は、子どもが「登校拒否」になりますと、
病院の精神・神経科へ行くことを考えるかと思います。これは、正しくありません。
理由は、「登校拒否」は病気ではないからです。もし、精神・神経科へ通い続ければ、
本当に精神的な病気にさせられてしまうかもわかりません。

ではカウンセラーへ行くことはどうでしょうか?
「『登校拒否』は病気ではない」との考えをもっているカウンセラーの場合には有効な
場合があります。
そのようなカウンセラーでも、親が覚悟を決めていなければ効果は現れません。

「登校拒否」は、病気でなければなんでしょうか?
心が怪我をしている(傷を負っている)のです。
腕の骨を折った場合、傷口を広げたり、腕を使ったりしますか?
そんなことをする人は、一人もいませんね。
それは、誰が見ても「骨折」と分るからですね。
しかし、残念ながら「心の傷」は、他人(第三者)には目にみえません。
ここに、「登校拒否」を誤解する原因があるのです。
周りの人々は、子どもが悲鳴をあげても、傷を負っていると認識しないのです。

「登校拒否」に対処する最良の方法は、静かに遠くから子どもを見守ることなのです。
学校の教師は(地位が高ければ高い程?)、学校へ出てくることを強くいいます。
多くの親はそれに負けて(親自身も教師と同様に考えている場合が多い)、子どもの「心の傷」を
深くします。

 最も良い対処の仕方は、親が覚悟を決めなければ実行できません。
どのような覚悟かといいますと、
「私の子どもは、学校へ行かなくてもいいのだ」という強い覚悟と、子どもを信頼することです。
徹底的に信頼することです。
 「登校拒否」の子どもに、親や教師が接する上で重要なことは、
「学校へ行く」あるいは「学校」と言う言葉を出さないことです。
学校と言う言葉はださないけれど、「勉強」と言う言葉は使って構いません。
何故なら、人間は一生勉強の連続ですから。学校だけが勉強ではありません。

 本来学校は人間性を、人間の長所、特技・特徴を見つけ、磨くところです。
これもダメ、あれもダメ、では人間が畏縮してしまいます。
自信の持てない、夢のない、展望の持てない人間になってしまいます。
子ども(子どもだけではないですね)は、ほめなければいけません。
褒められることで自信を持ちます。
悪いことをした場合には、「愛情をもった叱り」が必要です。
現在の学校は、日本社会は、「褒めること」と「愛情をもった叱り」
が行われていないのです。これでは人間は育ちません。

このように接していきますと、必ず子どもの「心の傷」は癒されるはずです。
傷が深ければ深いほど、時間はかかります。しかし、必ず回復します。

 多くの方々が、小学校、中学校は義務教育だから学校へ行かないと卒業できない、と考えています。
義務教育の「親の義務」とは、学校へ行きたい子どもを行かせないことが、罰せられると言うものです。
登校拒否の場合は話が逆なのです。
学校の状況が悪いから子どもが「学校へ行くのは嫌だ」と言っているのです。
学校が変われば、楽しい学校になれば、子どもは「行くな」といっても行くようになるのです。
行きたくない所へ行かせる必要はないのです。

進級、卒業も親の意志に左右されます。最終決定権は、校長にあると思います。
しかし、親が進級させて欲しい、と言えば、校長は進級させる必要があり、留年させる権限はないと
思います。

高校の場合には、義務教育ではありませんから、話が違ってきます。
しかし、学校で教わる学力は、それほど社会では役立たない、ということでは共通しています。

今年の「青年の主張」では、何人かの高校生が、学力一辺倒の教育に強い批判を投げていました。
学力による子どもの「輪切り」が続くかぎり、「荒れる学校」は改まらないでしょう。
いわゆる「学力的に最低」、と言われる高校でも、トップが、校長が変われば子ども達も変わります。
何故なら、子ども達は無限の力を秘めているからです。
親、教師、社会がどれだけ学力一辺倒の考えを改められるかにかかっています。
「荒れる学校」も「登校拒否」も基本的に(根本は)同じなのです。
学力でなく、人間性を取り戻すことが大事なのです。

 親は子どもの学力を気にします。
しかし、社会生活する上で、学校の授業で教わったことが役立つのは、
「読み、書き、そろばん」だけといっても過言ではありません。
これ以外のことは、殆どすべて、親の躾けと社会の躾け、社会常識なのです。
家庭と社会から勉強するものです。
学校へ行かなくても恐いことは何もないのです。
安心して「登校拒否」を続けてください。

しかし、社会生活する上で必要な事柄の勉強だけは続けてください。
「心の傷」が癒えたら、再度学校へ行くなり、職につくなりしてください。
これが「登校拒否」に対する最善の対処方法だと思います。
     (Jan. 16, 1998)
以上中野昌俊さんのホームページからコピーさせていただきました。
御意見、御感想がありましたら、上記のメールへお送りになってください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この他にも下記の目次などについてのホームページもありますので
関心のある方はここをクリックして御覧下さい。
●目 次(contents)
1)登校拒否(不登校)は病気ではない 
2)幼児虐待と子どものしつけ 
3)キレること
4)「不登校」と「登校拒否」の違いは?
5)惑い、悩むこと 


下記の目次はここをクリックして御覧下さい。
●目 次(contents)
 (1)日常生活から学び、己の言動を反省する
 (2)上に立つ者
 (3)人から信頼されるには?
 (4)正義を貫く
 (5)智をつけ、己を高める
 (6)惑い、悩むこと

下記の目次は
ここをクリックして御覧下さい。
●目 次(contents)
 (1)まごころと思いやり
 (2)欲、見栄、メンツ


    

● 不登校・中退・自由教育に応える 新選な学びの場を中心とした活動を行っている。
   http://homepage2.nifty.com/taguchi-ken/index.html
◆教育のページ  http://www2s.biglobe.ne.jp/~s-sigeru/main.htm
◆七十の手習い-子供の教育 http://plaza28.mbn.or.jp/~yuharas/
◆先生の子育て http://www5.tok2.com/home/kakocha/

「我ら教育応援団」というHPを見つけました。

◆「教育応援団」のポリシー◆
現状を訴え、問題を提起するだけでは、何も解決できません。
それぞれの立場で、自分には何ができるかを考えて、ひとつずつ実行する。
目的は同じでも、考えの違いで反目していては、何の志かよくわかりません。
偏らず、傾かず、中庸の精神を大切にして、相手をうけいれる。
ひとりでがんばるより、手をつなぎませんか。
点は、やがて線となり、輪となって、和が生まれます。
教育応援団は、こどもたちの未来を守るための、礎となって、力の限り応援します
■教育相談室■■教育問題対策室■ ◆学校教育対策室
  ◇学校の危機管理能力(外部侵入者に対して)7月9日追加
 ◆不登校・いじめ対策室  ◇子どもが話しやすい環境 6月24日追加
 ◆生徒指導の実践  ◇社会の流れに抗しても7月3日追加
 ◆がんこ親父の子育て雑記 ◇子どもをまもる動物  7月9日追加
■筋の通らぬことばかり!■ ◆教育改革の本質的な問題点 7月1日追加
  ◇新しいことを実施するのはいいけれど 
  ◇文部大臣宛意見書(7月1日)

上記内容のHP http://www.d9.dion.ne.jp/~rekishi/

小学校教師用教育関連総合リンク集 
http://member.nifty.ne.jp/KURAMITU/index.html
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http://www.synapse.ne.jp/~wahaha/index1.htm 週4号
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Daily教育コラム通信  http://www.yukichi.ne.jp/~deko/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★『通信簿診断!』と『係占い!』 http://yoiko.on.arena.ne.jp/

【教育名言】
やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ。
                              山本五十六
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