参考ネタ:アサシンチーム 河神財閥チーム 新河神財閥チーム エターナルズ
by堕天使さん
【AM10:26】
「ふう・・・」
大量の本から舞い上がる埃が、
空気中に広がって霧のような白いカーテンを作っていた。
よくこんなに買い込んだな、と思いつつも、了は書庫の整理を再開した。
本棚は以上に高く、了の身長の3倍ほどはある。
上の段の本を取る為に備え付けられたスチール製梯子も、
今ではすっかり傷んでいた。
「これも、替える必要があるな・・・」
そう呟くも、かれこれ1年近くはそのままである。
自分がこの家に移り住んでいた頃から備え付けられていただけに、
愛着でも湧いたのだろう。了は、そう思うことにした。
と、それとは別に問題が一つ。
了の目の前に積まれた分厚い辞典の山である。
およそ20冊ぐらいあるそれは、別に了ほどであれば
運ぶのに苦労はないだろう。が、問題はそれを収める場所である。
「どうしたものかな・・・」
と、了は天井を――いや、本棚の最上段を見上げた。
そこには、ぽっかりと空いたスペース。
そう、そこがその辞典の山が本来納められるべき場所である。
嫌がらせとしか言えない状況だ。
「しょうがない、自分からやり始めた事だしな」
それだけで今の状況を完結させ、辞典を2、3冊片手に持つと、
了は梯子を登り始めた。
最上段が近くなるごとに、腕の中の辞典の重量が増しているみたいだ。
了はそう思った。
何とか辞典を納め、梯子を折り始める。
当たり前の事だが、登る時より降りる時の方が圧倒的に楽だ。
しかし、ある一つの事実が了の心を重くする。
(辞典はおよそ20冊。このペースで行くと、あと最低でも9回か・・・)
「ふう・・・」
本日何回目かの溜め息。
ほんの20秒ほどで地上まで着くと、また新たに辞典を2、3冊引っ掴む。
その時、
「マスター、お電話が入っておりますが」
書斎の出入り口の辺りから、聞きなれた声が聞こえてくる。
この家に仕えている少女、後月だ。
「ああ、わかった。今行く」
言いながら辞典を一旦置き、了は書斎を後にした。
【翌日 AM0:08】
「まったく、何故私が退廃音楽などを聞かなければならないのです?」
傍目に見てもはっきりと解る程に顔をしかめ、葛葉は呟いた。
とあるライブハウスの中、葛葉と雅人は
後ろの壁に寄りかかってステージを見ていた。
そこでは、髪を赤紫に染めたモヒカン男が、
ギターをじゃかじゃかかき鳴らしながら
――どう見てもでたらめな手つきだが――
なにやら訳の解らぬ言葉を絶叫している。
「ま、いいじゃないか、たまには。
それにこの前、エターナルズの歌を聴いてみたいって言ってただろ」
「それはそうだけど、何でこんな物を見ていなくちゃならないの?」
葛葉の表情には、不愉快、の言葉がありありと見て取れた。
「ま、プロレスとかは前座試合から見たほうが楽しいって言うだろ」
そんな言葉は聞いたことはない。
しかしながら、前座という表現はあまり間違ってはいないだろう。
客は皆、ステージには耳も傾けず好き勝手な事をしている。
ステージのバンドのメンバーも重々それは承知しているのか、
ほとんど自己満足のように楽器を弾いている。
ただ、ボーカル兼ギターの男だけは、自分によっているかのように叫ぶ。
どう控えめに言っても上手いとは思えない。
と言うより、それはもはや歌ではなかった。
「ま、どうせこの曲で最後さ。
次は確か"ヴァルキュリア"とかいうバンドで、エターナルズはその次さ」
とりあえず、この状況ではそう言うしかないだろう。
下手に葛葉を刺激すると、今にもキレそうな雰囲気だ。
やがて、ステージ上の演奏が終わった。
なにやら女性の声が多いブーイングの中、バンドのメンバーはとぼとぼと、
ただし、ボーカルの男は意気揚揚と退場していった。
すぐにライトが消え、暗闇の中を何かが移動するような気配が走る。
といっても、ステージのバックがやや薄明るいせいか、
それは影の動きで見て取れた。
ここからが、本番だ。
それは、先ほどまで好き勝手に喋っていた客が
シンと静まり返っているのからも感じる。
観客が固唾を飲んで見守り、待ち焦がれている中、
スティックを合わせるような音が聞こえてきた。
1、2、3、4、というリズムを打ち終えた直後、
一つの音と共に全てが変わった。
観客は沸き返り、照明はステージ上のメンバーを照らし、
メンバーは手にした楽器を弾く。
観客達のテンションは、先ほどのバンドの比ではなかった。
葛葉と雅人は、呆然とそれを眺めていた。
「へえ・・・」
しばらくして、雅人は感嘆の溜め息を漏らす。
「こっちの方が本命だったんだ。さっきのより断然凄い」
はっとして、雅人は葛葉のほうを振り向いた。
と、葛葉は、なにやらいまだに呆然とステージの上を見詰めていた。
そして発した言葉は、
「・・・ふ〜ん」
不意に葛葉がもらした感嘆ともとれる溜め息に、
雅人は少しだけ度肝を抜かれた。
こういう系統の音楽を毛嫌いしている葛葉が、
素直に誉めているのは初めて見た。
雅人の記憶にも、素直に誉めたのはエターナルズと、
今人気絶頂のアイドル"麻宮アテナ"だけだった。
不思議にそうに見ている雅人の視線に気付いたのか、
葛葉はこちらを振り向いた。
「なに?」
「ん?あ、いや、君がこういう系統の音楽を認めるのって珍しいからさ・・」
「?何言ってるの、こんな退廃音楽に興味を持つわけないでしょ。雰囲気よ」
「雰囲気?」
「そう。彼らから感じるのよ。
今はもう消えかかっているけど、狩人のような尖った気配が」
【前日 PM4:28】
キィ
やや錆びついたスタジオのドアが開かれ、そこから、一人の女性が現れた。
彼女はさっと中にいる人物たちを見回し、小さく息を吸った。
「皆、そろってるわね。早速だけど、仕事よ」
「こんな早くに呼び出されたと思ったら、やっぱりそれか・・・」
簡易な造りのスチール製の折りたたみの椅子に背を預け、
スティックを回しながら猟はポツリと呟く。
「文句言わないの。私たちはこれで凌いでるんだから、
仕事があるだけでも御の字よ。さ、フレイ。続きをお願い」
琴音がやんわりと続きを促す。
フレイは一つ頷き、キャスターがついた台の上に設置してある
ビデオ内蔵式テレビの電源をつけ、"再生"のボタンを押した。
ノイズ画面が一瞬にして、青一色の画面に切り替わる。
それから少しして、何かのニュースの映像だろう、
マスコミにもみくちゃにされている一つのグループが映し出された。
グループは5人。うち三人は警備の人間らしく、
道を確保しようと体を張って報道陣の波を掻き分けている。
残りの二人の内一人は、厳つい感じの秘書風の男。
と言うよりは、間違いなく秘書なのであろう。
残りの一人は、いかにも、といった感じの社長風の男であった。
なにやら高級そうなガウンを羽織り、葉巻などを咥えている。
今時、ここまでわかりやすい男というのも珍しいだろう。
その社長風の男のアップが映ったとき、
フレイは"一時停止"のボタンを押した。
「これが、今回のターゲット。名前は金田周蔵、
大手ファイナンス会社の社長よ」
「なんかすっごく解りやすいな・・・。
で、そいつがどんな悪い事やったの?」
スチールの椅子に逆に腰掛け、
背もたれに頬杖をついている刃が言ってきた。
フレイはまた頷き、再びビデオの映像を再生した。
しっかりとした感じの男性のニュースキャスターが記事を読み上げている。
なにやら、贈賄関係の事件らしい。
「このファイナンス会社は、先代までは
小さくても信用に足る会社だったらしいわ。
でも、この金田周蔵の代から、急激な成長を遂げているわ。
でも、それは先代の営業方針を無視した強引な成長よ。
人道的に見れば、成長ではなく退化、と言った所ね」
「まったく、親父さんの意思ぐらい大切にしろや・・・」
つまらなそうに、突っ伏す一歩手前のような体制のまま刃は呟いた。
そんな刃は無視しつつ、フレイは話を続けた。
「でも、これを調べたところ、表で稼いだ資産は、全資産額の5分の1程度。
つまり、この会社の成長は、裏による部分がほとんどよ。
で、問題はその内容。
金田周蔵は、表で稼いだ資産のほとんどを会社に回さず、
裏カジノ、地下プロレス、売春宿につぎ込んだのよ。
もちろん、警察に対する賄賂も、この内に入るけどね」
「うわあ、絵に描いたような悪党ぶり」
「ほんと、でかい組織のボスって、
どうしてこうも汚い手ばかり使いたがるんだろう・・・」
「まったく、女の子を弄ぶなんて、許せねえ野郎だな」
三者三様、それぞれの反応を示す三人。
中でも、解りやすいほどに怒りの色を露にしているのは、
プレイボーイの猟だろう。
「皆やる気になっているようね。じゃ、作戦を伝えるわよ。
この金田周蔵、実は意外に用心深いの。
自宅はともかく、会社にも鉄壁の防衛網を誇っているらしいは。
こちらで調べたところ、網に引っ掛からずに進入するのは不可能ね」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ」
「焦らないの、刃。手はあるわよ」
そう言って、フレイはテープを早送りし、少し行った所で止めた。
そこには、大正時代にでも建てられたかのような純和風の家があった。
「?この家が、どうかしたんですか?」
「実はこの家、とある財閥が所有している別荘なのよ。
今夜未明、ここで金田周蔵は密会を行うらしいわ。
見たところ、ガードマンは正門に2、3名いるのみ。
こちらが調べたところ、この家にはたいした防犯設備は整っていないわ。
金田周蔵を殺るのなら、この機会をおいて他にないわ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!」
大きな音を立て、刃は立ち上がり講義の声を上げた。
「今、今夜、って言わなかったか?」
「ええ、言ったわよ」
あっさりと返してくるフレイに、刃は一瞬固まった。
硬直から逃れた刃が何かを言おうとすると、
すかさず琴音が割り込んできた。
「今夜は、私たちのライブがあるのよ!それなのに・・・」
「あなたたちの言いたいことはわかるわ。
こちらとしても、なるべく実行の日を重ねたくなかったの。
意外なまでに慎重な情報の隠蔽により発見が遅れたけど、
でも、たとえ情報の発見が早くても、この日をずらす事なんて出来ないわ。
大丈夫、決行は午後8:00からよ。
何かへまでもしない限り、十分間に合うわ」
琴音たちは押し黙る。
その沈黙を了承と受け取ったのか、
フレイはテレビからビデオテープを抜き出し、電源を消した。
「そうそう、それともう一つ、皆に伝える事があったんだわ」
フレイはそう言うと、パンパンッ、と手を二回叩いた。
すると、スタジオのドアが開き、そこから一人の少年が現れた。
「紹介するわ。この子が・・・」
【同日 AM10:30】
「警護・・・ですか?」
不思議そうな顔で後月が聞いてくる。
「ああ。今度会いたい、っていってた社長がさ、
心配だから護衛してくれって。
だから、"あの"別荘をちょっと紹介したんだ。
で、念のため俺も行くって訳だ」
「でも、何もマスターが直々に出向かなくっても・・・」
それは当然の反応だろう。
普通なら、そんなことを一財団を担う者がやることではない。しかし、
「まあ、いいじゃないか。なんか、面白い事になりそうな予感がするからな」
「は、はあ・・・」
そう、そうなのだ。
この河神財閥の河神了に限り、そんな常識は通用しない。
もちろん、後月も了のその性格は知っている。しかし、やはり心配なのだ。
それはそうだろう。大切な人が自ら望んで危険に身を投じるのだから。
「・・・お気をつけください」
「ああ、わかった」
後月はそれだけを言うと、了は軽く手を振ってそれに答える。
そのまま、自室へと戻り支度を始めた。
【同日 PM10:05】
既に日は暮れ、辺りは闇に包まれていた。
どこからか、野良犬のものであろう遠吠えが聞こえる。
「そろそろ、時間ね・・・」
腕の時計の文字盤を見ながら、琴音は呟いた。
例の大正時代風な建物の正面玄関から、黒塗りの車が一台走っていった。
フレイの話では、今日、金田周蔵に会いに来た議員の一人だという。
それはともかく、琴音たち三人は
その様子を壁に隠れそっと眺めていた。・・・三人?
「って、あの新入りはどうした?」
気付いて辺りを見回す刃。しかし、そこには刃たち三人の姿しかなかった。
「本当、いないわね・・・」
言われて気付いたのか、琴音も辺りを視線で探し始める。
しかし、そこにはやはり誰の姿もなかった。
【同日 PM4:34】
「紹介するわ。
この子が、今回のミッションから新たに加わる、あなた達の仲間よ」
と言い、フレイは傍らにいる少年を紹介した。
少年、と言っても、歳は琴音や刃とほぼ同じぐらいだろう。
背丈は、刃よりわずかに高いが、そんなに高いと言うほどでもない。
どちらかと言えば優男な感じだが、意外としっかりとした身体つきだ。
「名前は、御美苗蓮。皆、仲良くやってね」
どこか余裕を含んだフレイの笑み。
しかしそれとは対照的に、蓮の表情は、
どこか冷たい仮面をかぶったような表情だった。
【同日 PM10:06】
「確かに、協調性はなさそうに見えたけど・・・」
ほんの少し前ほどのあまり好印象とは思えない出会いを思い出し、
琴音は溜め息をついた。
そうこうしているうちに、時間は刻一刻と迫っていた。
琴音は気持ちを切り替え、手前の大きな屋敷を見据えた。
「さて、早速お仕事に取り掛かるわよ」
琴音の言葉に、刃と猟は無言で頷いた。
【同日 PM10:05】
門の前に、黒服の男が二人、後手に手を組み、規律正しく立っていた。
まあ、ここはよくお偉いさんの会談に使われる屋敷である。
見張りの一人や二人、特に珍しくもないだろう。
黒服の内一人が、軽くあくびをした。
こうして立っているだけというのも暇なのだろう。
大きく口を開いたその瞬間、黒服の口に手がかぶさり、
次いで衝撃が走った瞬間気を失った。
「な、なんだ?」
倒れる時に生じた微かな衣擦れの音に気付いたのか、
もう片方の黒服が振り向く。
しかしそこには、倒れた相方がいるのみだった。
「いい勘だ。だが、腕が追いついていない」
不意に、背後から男の囁き声が聞こえた。
が、すぐに首筋に衝撃が走ったかと思うと、黒服は気を失った。
【同日 PM10:06】
「おい、なんか変じゃないか、あれ」
最初に異変に気付いたのは、陰から正門の様子を見ていた刃だった。
つい先ほどまで正門の前に立っていた二人の黒服が消えているのだ。
「・・・行ってみましょう」
意を決したように、琴音は正門の方へと早足で向かっていった。
刃と猟も、顔を合わせ頷いてから、後をついていった。
【同日 PM10:07】
正門の前にたどり着いた琴音たちが見たのは、
奇麗に並べられた二人の黒服だった。
どちらも、気を失っている。
「遅かったな・・・」
不意に、背後から声がした。
振り返ってみると、そこにはほんの数時間前に会ったばかりの、
新しい仲間だった。
「御美苗君・・・」
「新入りか・・・いつからいたんだ?」
「そんなことはどうでもいい。
調べてみたところ、この屋敷には監視カメラの類はないようだ。
裏口はあるにはあったが、厳重に打ちつけられていて使い物にならない。
塀を乗り越えるというのも、あまり現実的ではないしな。
残るは、正門から堂々と入るぐらいだな」
つらつらとまくしたてる蓮に、琴音たちは一瞬言葉を失った。
最初に我に戻ったのは琴音だった。
「ま、確かに御美苗君の言うとおりだと、
ここから入るしかないみたいね・・・」
「気は、進まないけどな・・・」
その正門を見上げながら、猟は頭の後ろをポリポリと掻いた。
そして面倒臭そうに観音開きのドアに手を掛け、押し開いた。
なにやら古びた白木の扉が、軽くきしんだ音を立てる。
それと同時に、扉の上のほうに仕掛けられた細い糸が引かれた。
が、それは錬たちに気付かれる事はなかった。
【同日 PM10:08】
カランカランカラン
乾いた音を立てて、
天井近くに吊るされてあった幾つかの鳴子が一斉に鳴り出した。
「お、おい、なんなんだ!?」
それに驚いたのか、金田周蔵が声を上げる。
この別荘の持ち主でもある河神了は、
およそ1500ページはあろうかという分厚い本を手に、
それをただ見上げていた。
そして、口を開く。
「侵入者を知らせるための鳴子ですよ。
どうやら、招かれざる誰かがこの屋敷に侵入してきたみたいですね」
と、手にした本のページをピラッ、とめくる。
「だ、だったらこんなところでのんびりしてる場合じゃないだろ!
に、逃げないと!」
「大丈夫ですよ。いざとなれば、奥の手があることですし」
いたって冷静な了とは反対に、周蔵は見苦しくうろたえていた。
が、周蔵の声は、もはや了に届いていなかった。
(まだこの屋敷に挑戦しようとする奴がいたのか
どんな奴か、楽しみだな)
【同日 PM10:12】
慎重に慎重に、蓮たちは河神財閥別荘のフローリングの床を歩いていた。
正門から正面玄関までは一本道で、尚且つその先の通路も一直線だった。
明らかに怪しすぎるその廊下を、四人は息を潜め、足音を必死に抑えた。
やがて、四人の目の前に壁が見えた。
横手に抜ける通路はなく、いわゆる"行き止まり"というやつだった。
「おいおい、なんなんだよ、この家は」
突き当たりの壁をごんごんと叩きつつ、刃は不機嫌にぼやいた。
「確かに、おかしいわ。
唯一の出入り口だと思っていた通路は、こうして行き止まり。
こんなの、ネズミ捕りみたいなものじゃ・・・」
「いや、そんな物じゃない」
と、蓮が言葉をかぶせてきた。
「どう見ても進入可能なのはあそこの正門のみ。
そこから一本道でここに続いていた以上、
この先にも通路があるということだろう。
おそらくは、隠し扉の類だろうな・・・」
「何だよ、結局頭使うのか?」
愚痴りながら刃が壁に体をもたれかけた瞬間、壁が回転扉のように回り、
刃の姿は壁の向こうへ消えていった。
「へ?」
そんな少し間の抜けた刃の声だけが、そこに取り残された。
「おいおい、いきなり当たりかよ!」
といって、猟はその壁を押し始めた。が、今度はぴくりとも動かない。
「どうやら、一回限り限定ってわけね。戻って、別の隠し扉を探しましょう」
すたすたと元来た道を辿る琴音。
そして数歩歩いた後、琴音の立っている床が消失した。
「え?」
短くそう発した後、琴音の体は床に吸い込まれていった。
その数秒後、失われた床板が、穴の内側から戻ってきた。
「ど、どうなってるんだ?」
呆気にとられている猟を尻目に、
蓮はは懐からピンポン球ぐらいの小石を取り出した。
そして、それを無造作に廊下に放った。
小石が廊下を跳ね、直後、壁といわず床やら天井からも、
幾つもの槍が降り注ぎ飛び出してきた。
さらに、おまけ程度に回転のこぎりが廊下を往復している。
「・・・・・・・・・」
その光景をただ見ているしかない猟に対し、
蓮はいたって冷静に辺りの壁を調べ始めた。
「動作感知器の応用で、戻る時にトラップが発動するようになってるのか。
これ以上戻れないとなったら、この辺りに隠し扉があるとみて間違いない」
なにやら分析しつつ隠し通路を探す蓮似一瞬呆気にとられたが、
猟も隠し扉を探し始めた。
壁に手を這わせていた猟は、指にざらついた感触を感じたのは、
それから少し経ってのことだった。
「おい、これじゃないか、新入り」
と、猟は反対側を調べていた蓮に声をかける。
蓮はそちらへと歩みより、その部分をさっと撫で、
指に付着した白い粉を確認した。
「なるほど・・・」
呟き、蓮はその部分をこすっていく。
白い粉末がどんどんこぼれ、
そこから直径1ミリ近くの小さな穴が出てきた。
「これか・・・」
猟は本能的に針を取り出すと、その穴に差し込んだ。
少し差し込んだところで微かな抵抗があったが、かまわず針を押し入れる。
すると、壁が急に回転した。
「おわ!」
完全に不意を突かれた猟はそのまま前のめりに倒れ、
回転してまたもとの壁になるべき扉は、蓮の手によって止められた。
「当たり、だな」
それだけを呟くと、蓮はすたすたとそこに入っていった。
「お、おい、待てよ」
慌てて猟は体を起こし、蓮を追いかける。
支えを失った回転扉が、元の機能を思い出し、扉から壁に戻った。
【同日 PM10:19】
カランカラン
本日四回目の鳴子の音が、了のいる書斎に響いた。
(隠し通路への扉が、三回開かれた。
っていう事は、侵入者は少なくても三人以上、ってところか)
一つ一つ違う鳴子を見上げながら、内心では凄く楽しみだった。
(予感は、的中したな・・・)
【同日 PM10:14】
「いてて・・・なんなんだ、今のは?」
打ち付けた後頭部を擦りながら、
刃はたったいま自分のみに起こったことを振り返ってみた。
それから、自分が入ってきたのであろう扉を力いっぱい押してみた。
「そりゃ!」
しかし、壁はびくともしなかった。
「ふう・・・先に進むしかないか・・・」
溜め息混じりに呟き、振り返った瞬間、
刃は足を止め、思わず言葉を失った。
「なんだ、こりゃ?」
刃の目の前には、無数の細い糸が張り巡らされていた。
いや、張り巡らされすぎていた。
注意しないと気付かないような細い糸が、
ほとんど隙間なく張り巡らされているのだ。
「やりすぎだろ、これは・・・」
誰にともなく呟いてから、刃は糸を調べ始めた。
調べていくうちに、その糸は人が通れるほどの隙間があったことに気付く。
どうやら糸は遥か向こうまで張り巡らされているらしく、
それで隙間が無いように見えたのだ。
「タネがわかれば、簡単だよな・・・」
微かに勝ち誇ったように口元に笑みを浮かべながら、体を屈め、
縮こませてから糸の間を抜けようとする。
その時、刃の髪が糸に触れた。
「げっ!」
声を上げるが、髪が触れた糸はいともたやすく切れてしまった。
そして、連鎖的に全ての糸が一斉に切れた。
「ちょっと待てー!」
あまりといえばあまりの事態に、刃は声を上げる。
しかしその叫びも、微かに聞こえる歯車のような音で中断させられた。
「・・・やば・・・」
呟いた瞬間、横の壁から
2M近くの刀身が刃に向かって振り下ろされてきた。
「うをっと!」
すんでの所で前転で避ける。
が、着地したその数十センチ先から回転のこぎりが、
その凶悪な刃を上半分だけ出して走ってきた。
「くっ!」
今度はそれを横に転がって避わした。
壁に当たって回転が止まると、刃の体は上を向いていた。
その刃の体目掛けて、
天井から毒々しい色の液体が塗られた槍が数本落下してきた。
「ぐおおおおっ!」
今度は逆に転がってそれを避わし、
途中、床の中央を往復している回転のこぎりも運良く避わした。
そのまま体がうつ伏せになった瞬間、両掌を床に思い切り叩きつけ、
素早く起き上がる。
その直後、先ほどまで刃が転がっていた位置にまたしても槍が落ちる。
「なんだってんだ!」
そのまま直感が体を動かし、低い姿勢のまま廊下を駆けていた。
直後、先ほど刃が壁兼扉から、無数の矢が飛来してきた。
そのいずれもが、先ほどの槍と同じく、
矢尻に毒々しい色の液体が塗られていた。
「なんなんだ、この家は!」
つい数分ほど前と同じことを今度は叫びつつ、
刃は全力疾走で一本道の廊下を駆けていった。
【同日 PM10:15】
「いたたた・・・」
落下の際に打ちつけたらしく、
傷みの走る腰を擦りながら琴音はゆっくりと立ち上がる。
そのまま、ざっと辺りを見回してみる。
琴音が落下したそこは薄暗く、所々に明かりらしき物はあるものの、
そこは要綱届かぬ洞窟と変わらぬ暗さだった。
自分が今三方の壁に囲まれている事を知ると、
琴音はたった一つだけ拓かれた道の方を見据えた。
いざそうした認識の元で見てみると、
点在する明かりはいずれもその壁に付着していた。
それから察するに、その道は先ほどの通路と同じく一本道らしかった。
「進むしか、なさそうね」
気だるそうに呟いて歩を進めようとしたその刹那、
琴音は自分の背後に幾つもの気配があることに気付いた。
一つや二つではないし、確実に40は下らない。
振り向くことなく、琴音は駆け出した。
足場の事を何も気にすることなく、脱兎の如く。
が、気配はやはり追いかけてきた。
幾つもの足音が、狭い通路に木霊した。
足音から察するに、相手は人間ではない。
が、それがわかったことで今の琴音には何も出来ない。
ただ、走ることだけだった。
しばらく走っていると、暗闇に目が慣れてきたのか、
大雑把な地形は大体把握できた。
それとともに気付いた。
自分の数M前方に、ぽっかりと穴があいている。
その先にはまったく同じ通路が続いているらしく、
その穴の前方に、そっくり同じ形の穴があった。
しかも、そこから微かに光が漏れているではないか。
光が漏れている、つまり、少なくてもそこには明かりがある。
が、それだけではないようだ。
光を反射し、鈍い光が視界に入ってきた。梯子だ。
(このまま走りつづけているよりはいいかもね・・・)
あっという間に穴までたどり着いた琴音は、梯子に向かって跳躍した。
「くっ!」
危うく足を滑らせたが、何とか両手で体を支え、脚を掛け直した。
「ふう・・・」
思わず溜め息をつく琴音。しかしその直後、
「ひぃ!」
その安堵の声は非常に短い悲鳴に変わる。
情報から漏れてくる光に照らされ、
さっきまで琴音を追いかけてきた気配の正体がわかったからだ。
その気配の正体は、鼠だった。
黒い毛皮に、鋭い瞳をぎらつかせた鼠の集団が、
あっというまに穴を垂直に駆け下りていった。
「・・・た、助かったとみて、いいんでしょうね?」
誰にともなく尋ね、琴音は梯子を上っていった。
【同日 PM10:43】
「近くまで来た・・・か」
一つ一つの鳴子の位置を覚えているのか、
次々と鳴り出す鳴子を見上げて了は呟いた。
「な、なんだと!?ど、どうしてくれるんだ!」
「まあまあ、慌てないでくださいよ」
と、了はいつの間にか自分の目の前まで降りてきた紐を
ぐいっと引っ張った。
すると、何の前触れもなく、
壁に大人一人がやっと通り抜けそうな通路が出現した。
「この通路を行くと、外に出れます。
そこにはヘリが待っていますから、
よく鍵をかけて赤く点滅するボタンを押してください。
ヘリはオートパイロットなので、
ほんの30分ほどで安全な場所まで着くでしょう」
「な、なんだ、そんな切り札があったのか!」
周蔵は意気揚揚とその通路へ足を踏み出した。
肥えた彼の体でそこを通るのは少し困難だったが、
まさに転がるように通路の奥へと消えていった。
「・・・さて、と」
了は握っていた紐をもう一回引く。
すると、壁はまたもとの姿を取り戻し、
紐はするすると天上まで昇っていった。
部屋に一人残された、いや、残った了は、
ゆったりとした椅子に腰掛けて読みかけの本を開いた。
【同日 PM10:45】
「ここで、終わり、みたい、だな」
息も絶え絶えな猟は、手前にそびえる朱塗りの扉を恨めしげに見つめた。
扉は正門と同じ観音開きで、材質は高級そうな木材だった
とりあえず、無駄にカラフルな色使いで
"ゴ〜ル"という札が貼り付けられているのは無視する。
「そうみたいだな。
この付近に罠が仕掛けられている形跡はな・・・」
「のわあ〜〜〜っ!」
蓮の声を遮り、壁が突然ぐるりと回転し、刃が転がり込んできた。
短く転がった後、向かいの壁に激突する。
「お、おい刃、大丈夫か?」
状況はいまいち把握できないが、猟は刃を揺り起こした。
刃は頭を抱え、ふらふらと立ち上がった。
「うう、ひでえ目にあったぜ・・・」
よほど凄まじい事があったのか、多少ぼさぼさになった髪を掻き毟る。
「そういえば、琴音は?」
と刃が尋ねた瞬間、二人の間の床が開かれた。
そこから、なぜか水らしきもので濡れた琴音が
穴から這いずり上がってきた。
「おい、大丈夫か?」
とりあえず刃と猟は手を貸し、何とか琴音を引き上げた。
「まったく、ひどい目にあったわ・・・」
刃と同じような事をぼやき、ずぶ濡れになった服の端を絞った。
服に染み込んでいた水分が、そこからぽたぽたとこぼれた。
「・・・行くぞ」
そんな様子を眺めていた蓮は、ポツリと呟いてから朱塗りの扉を蹴破った。
【同日 PM10:47】
ドカッ!
朱塗りの扉が蹴破られ、赤い木片が舞い踊る。
その隙に、蓮たち四人は部屋へとなだれ込んだ。
「弱き存在を守るもの・・・」
「神に変わって悪を裁く!!」
「白き暗殺者(アサシン)!!」
しかし、四人は目の前に広がる光景に気付いた。
その部屋にいたのは、一人だけ。
一目見ると質素で、それでいて豪華な椅子に座った者が一人いるだけだ。
こちらから見えるのは右上半身ぐらいだが、
ターゲットのように肥えた体ではない。
どちらかといえば、スマートな青年だ。
膝の上に抱えた分厚い本を閉じる。が、四人に見向きもしない。
「貴様、金田周蔵はどこだ?」
「・・・さあ」
男の気のない返事。
刹那、蓮は腰に下げた刀を手に飛び出していた。
「うおおおおおおおっ!」
気合とともに振り下ろされた刀は、しかし男に届くことはなかった。
男が掲げた、あの分厚い本に受け止められたのだ。
いくら分厚いとはいえ、所詮は紙だ。
しかし、その紙の束は、現に蓮の刀を受け止めていた。
「いきなり斬りかかるなんて、少し失礼じゃないか?」
男はそう言い、その分厚い本で蓮の刀を蓮の体ごと押し返した。
「くっ!」
蓮は何とか体制を整えると、最初とほぼ同じ位置に着地した。
男は手にした本―よく見ると、微弱な青いオーラを纏っている―を置き、
こちらへと振り向いた。
「!?」
その顔に、琴音立ちは思わず凍りついた。
その男の正体とは、この業界では知らない者など
いないとまで噂される河神財閥の現総帥、河神了だった。
「なるほど、ここはあなたの別荘ってわけね・・・」
了の無言の圧迫(本人はその気はないが)にわずかに押されつつも、
琴音は言葉を絞り出す。
「まあ、そういうことになるな」
答える声は、いたって静かだ。
しかし、それが逆に目に見えない圧迫感を生む。
「金田周蔵はどこだ!」
「答えねえと・・・」
握り拳を作りつつどすをきかせた声で問う刃に、
了は一枚のカードを投げつけた。
刃はそれを受け取ると、その表面に書かれた文字に目を走らせた。
琴音が刃の手からそのカードを奪い取り、目を少し丸くさせる。
「これは・・・?」
「やつが乗ったヘリが到着するビルの名前だ。
ヘリにはとりあえず、思い切り遠回りするようにプログラムしておいた。
今から行けば、間に合うだろ」
先ほど蓮に斬りつけられた所が気になるのか、
カバーをしきりにチェックしながら言う。
琴音は、わずかに眉を寄せた。
「どういうこと?金田周蔵は、取引相手じゃなかったの?」
「取引相手、なんてもんじゃないよ。
奴は用心深いから、この別荘を使いたいといってきただけさ」
傷がなかったのかほっと一息つくと、了は琴音たちに視線を向けた。
「釈然としない、って顔だな。なら・・・」
と、了は考え込む。数秒の後、了は人差し指をピンと立ててこう言った。
「あいつの手腕は、はっきり言って二流だ。
でも、万が一の可能性だが、化けることがあるかもしれない。
そうなったら、こっちとしても相手にしたくないからな」
そこで、了の瞳は無邪気な子供のような瞳に戻った。
「と、こんな感じでどうだい?」
しかし、こんな言い方をされて納得がいく奴などいない。
が、今は時間がなかった。
「・・・わかったわ、そういうことにしておいてあげる」
呆れ気味な口調でそう言うと、琴音は踵を返した。
男衆三人も、釈然としない表情だが琴音の後をついていった。
そんな三人の背中に、
「ああ、そうだ。帰る時は天井裏を使った方がいいぞ。
天井裏はトラップがないからな」
と付け加えた。
【同日 PM11:15】
騒々しい音を立て、オートパイロットのヘリは
とあるビルの屋上へと降り立った。
そのヘリから、肥えた身体つきの金田周蔵が、
ふらふらとコンクリートに足をつける。
「そこまでよ、金田周蔵」
不意に背後から投げかけられた言葉に、一瞬収蔵は固まった。
「まったく、一人だけとっとと逃げ出そうとするなんてよ・・・」
「クズの人生なんて、こんなもんさ」
余裕たっぷりに好き勝手な事を言っている猟と刃とは逆に、
周蔵は歯をがちがち鳴らせて後退りした。
「き、貴様ら、一体何者だ!何故ここに?!」
「貴様がそれを知る必要は、ない・・・」
しかし返ってきた答えを認識する暇もなく、
周蔵の体を冷たい鋼が突き抜けた。
【同日 PM10:59】
誰もいなくなった部屋で、了は天井を見上げてぼ〜っとしていた。
「マスター」
不意に聞きなれた声がかかり、了はそちらへ首だけ振り向く。
「後月か・・・どうした?」
「いえ、お怪我がないかどうか、心配で・・・」
少し頬を赤らめながら、後月はそう言った。
了は返事の変わりに微笑み、仰け反ったままの上半身を戻した。そして、
「なあ、後月」
と、声をかける。
「こうして次の世代がどんどん生まれてくることを
ちょっと残念に思うってさ、歳をとった証拠かな?」
了の実際年齢は、まだほんの20代である。
しかし、度重なる激戦の果てに、了の体はいまや限界に達しようとしていた。
当然、後月もそれを認識していた。
側に仕えるものとして・・・。
「大丈夫ですよ」
といい、優しい笑みを浮かべて了の手を取った。
「そういうことに心が踊るのは、まだマスターが若い証拠です」
「・・・そうだな」
しばし間を置き、苦笑とも微笑ともとれる笑みで、了はそう言った。
【同日 PM11:20】
「さてと、すっかり遅くなっちゃったわね」
腕時計を眺めつつ、琴音は呟く。
時間にしておよそ一時間ぐらいだが、
琴音たちにとってはそれ以上の時間に感じただろう。
「おい、はやくいこうぜ」
「そうそう、急がないと、女の子達を待たせちまうぜ」
了と刃は歩き出す。そのあとを、黙々と蓮が続く。
そしてこれよりおよそ一時間後、四人での初のライブが行われたのであった。
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