Conceptualy
参考ネタ:香澄にお守りを渡した人 AGSチーム 香澄ライバル
原案:紐状さん

<登場人物>
右浪清、エミール・左寺、藤堂瑞穂、藤堂香澄、橘桐子(回想)


 アメリカ合衆国のテキサス州にある都市、サンアントニオ。
 ここの温暖な気候は、まだ冬の気配を拭えない日本の寒気をまるで
 別次元に存在するモノであるかのように感じさせることもあった。
 都市・・・と言っても、やはり郊外に出れば丘や山はあるもので
 夜空を見上げるのに調度良さそうな、小さな山を見つけた俺は
 月の明かりが差し込むばかりの山林へと足を運んだ。
 不思議と、迷うことなく体が進む。
 ゆるやかで狭い森道を・・・まるで導かれるかのように闊歩して
 いくと、木々の向こうに月明かりのいっそう栄える場所が拓けていた。
 
浪「むむ・・・あそこにするか。」

 小さな声でひとりごちた俺は進行方向を曲げてそこへ向かった。
 木々の向こうに見えたその場所は、ほどよいスペースを持った
 ――――しかも、夜の都市の街並を一望できるという絶好の展望台の
 様な、ある意味作為的に出来たかのような丘岬だった。
 その場所を気に入った俺は、どかっと座って木によりかかり、
 背中からにょきっとアコースティックギターを取り出した。
 数秒間目を閉じて、何を歌おうか思いを巡らす。
 そして弾き語る曲を決めると、例によって自分の世界に浸かって
 酔いしれるかのような軽快な演奏が夜の空気にしみこんでゆく。
 
 あしたの朝は〜♪ 僕の誕生日〜♪
 ママの作った〜かわいいケーキにロウソクを立てて〜・・・♪

 ・・・一応言っておくが、上のはあくまで歌詞であって、
 明日が実際に俺の誕生日なわけではない。
 そして・・・NH○の「み○なの歌」等で流れそうなこの曲を
 歌い続けること数分。最後のフレーズにさしかかろうとした俺は、
 歌詞を多少変更して歌った。それの示すものは・・・

浪「♪だけど僕には前歯がないよ〜虫歯の虫〜に食べられた♪
  あげくのはてに〜そこの木に隠れている人にも狙われて〜
  僕は〜・・・、もうだめだ〜・・・♪」

 ・・・これも一応言っておくが、俺は虫歯ではない。
 さて、この歌詞を見ても分かる通り・・・演奏を終えた俺の視線の
 先にある木・・・そこに何者かの気配を感じた。
 殺気ではないものの、やはり隠れられるのは少し気分が悪い。
 俺の歌った詞を誘引と見てか――――実際そうだったのだが、
 兎に角、別ににうろたえた様子も動揺の気配も見せずに木の陰から
 人影がひとつ・・・暗くて顔はよく見えなかったが、それはだんだん
 こちらに近づいてきて、やがてその顔が月に照らされるその前に
 俺の五感で一番先に働いたのは聴覚だった。

左「・・・すまないね、隠れるつもりはなかったんだけど・・・。」

 言葉の途中から、顔が鮮明に映る。
 その顔と言葉を脳に受け入れて俺は緊張感をやわらげた。
 エミール・左寺さん・・・俺の知り合い。
 絶対的に気を許してるワケでもなく、付き合いが長いわけでもない。
 しかし、何となく・・・本当に何となくだが、気が合いそうな人。
 ・・・・・・それは思い過ごしか?・・・・・・はてさて。 

浪「もしや俺の歌に感極まっていた・・・とか。」
左「ああ。」

 軽いジョークを――――俺の方は8割本気だったが――――
 交わすと、左寺さんは俺の横に腰を下ろす。
 彼が俺を尾行していたという考えはまったくなかった。
 雰囲気とカンによる信頼だけで俺は左寺さんを疑わなかった。

浪「・・・左寺さんも、この景観がお目当て?」

 視線は前。向こうに眺める広い街並の光。
 
左「先客がいたのは少し驚いたけどね。」

 まして、右君だとは思わなかった・・・と、心の中で付け足す。
 その後しばらく美しい眺めに見とれていたが、
 こんな場合のお約束的な疑問が俺の、そして左寺さんの頭に浮かぶ。
 最初に尋ねたのは意外にも左寺さんだった。 
 
左「キミはどんな用があってアメリカに来たんだい?」

 俺とまったく同じ事を考えてた左寺さんを目の当たりにし、
 少しばかりおかしく感じる。意思というものは、得てして
 予期せぬ瞬間に交わるものなのだろうか。
 
浪「NBAのオールスターゲームが今日あったのですよ。
  いやはや、わざわざアメリカまで来た甲斐がありました。
  生のスター選手は格好いい事この上なし。」

 自分より優れたプレイヤーであるかどうかはさておき、
 とにかく俺にとってNBA選手というのは憧れの肖像だった。
 満足感は十分だったが、ただ一つ、無念を言わせてもらえば
 ・・・・・・乱入したかった・・・・・・
 そんな愁感はすぐに消え去り、今度は俺が左寺さんへ尋ねた。

浪「そちらは如何なる御用件でここに? それと、おそらく・・・」

 後の方の言葉は、それまでの温和な雰囲気は影を潜めていた。
 その変化が左寺さんに俺の言わんとすることを伝える。

浪「・・・瑞穂さんも。」
左「・・・・・・」

 鈍そうな俺の外見は単なる飾りにすぎないということは左寺さんも
 十々承知済みではあったが、再度実感した俺の突拍子もない鋭さに
 一瞬の沈黙。そう、自覚はないが俺は結構カンは冴えてるほうだ。
 ・・・ある一人以外に対しては。(バレバレか?)
 左寺さんは、見た目では判断できないためらいを胸で押し殺して、
 らしいと言うべきか、なんと言うべきか、やや遠まわしに
 話題を展開し始めた。

左「瑞穂さんは・・・今のところ何事もなくやっていけてるよ。
  体質の事を考えると、多少心配ではあるけどね。」
浪「はぁ、さいですか。して・・・
  何故お二人は帰られないのです? 半年間も音沙汰なしで・・・」

 意識してかどうかは自分でも分からないが、遠回りを良しとしない
 俺は話を強引に引き戻した。

左「世界一周旅行を満喫してる、というのはどうだい?」

 冗談を言って逃げようとする左寺さんを追いかけるように
 俺はまた口を開きかけた。
 が、こういった手厳しさは時に他人を困らせるものだという自覚はある。
 言いにくい事なのだろう、と思うと、自然に興味は削がれていった。

浪「無理に教えてほしいとは言いません。色々ある・・・
  そんなトコで手を打っておきませんか?」
左「・・・いいのかい?」
浪「良きこと。しかしながら、俺はともかく・・・」

 その続きは左寺さんも判っている。
 言わずもがなと言いたいところだが、あえて俺は口に出した。

浪「香澄は、心配だと思いますよ。大いに。」
左「任せるといったよ、君に。」

 三たびの沈黙。
 左寺さんも瑞穂さんも、思うところがあって香澄や俺に何も言わず
 消息を絶ったのだろうが・・・数年前に自分でそうして気付いた事がある。
 理由がどうあれ、色々悩んだ末の答えと銘打った手前勝手な独断は
 かえって案じさせまいとした人の心を圧迫してしまう事もあるのだ。
 でも、言ってしまったらどうなるかと思うと、どうしても言えない事も
 当然あるもので、俺もそんな状況が・・・まだ、乗り越えられずにいる。
 己の罪・・・人として、一つの線を跨いでしまった過去。
 そんな共感に似た思いがあるからこそ、そして反省があればこそ、
 今は黙認することが出来るのではないだろうか。

浪「・・・一応、お二人の健在は伝えましょ。あとは何も言いません。」
左「そうしてくれるとありがたいね。君は、その辺りの駆け引きが巧い。
  自分と他人の双方が納得できるレベルであえて折り合う事ができる。」 
浪「はて? そうですかねぇ・・・」

 この受け答えを見て、左寺さんは俺が意識してそうしてるのではない
 ということを理解する。先程から途絶えていた微笑が口元に還った。
 
左「フッ・・・それを自然に出来ているというのも、少し羨ましいかな。」

 その言葉にどう反応するかを待つよりも早く、
 もう一つ話しておきたい事が思いついた。

浪「あ、そうだ。この前・・・携帯電話を購入。それにつき、
  もしよければ左寺さんの番号を教えていただけませんか?」
 
 俺がポケットから今風のコンパクトな携帯電話を取り出す。
 それを見て左寺さんも自分の携帯を取り出して

左「僕は信頼できる人にしか教えない主義でね・・・
  0*0―3*1*―*8*9、よろしく。」
浪「ふっふっふ。俺って多少なりとも信頼されてたのデぃスね・・・。」

 などとぬかしつつ、携帯のメモリーに入力を済ませる。
 一応ということで俺の番号も左寺さんに教えていると、
 後ろの方から左寺さんへ向けての声がして、俺の耳にもそれが届いた。
 それは、聞きなれた様な・・・しかし、随分と懐かしく思える色。

瑞「ここにいたのね、左寺君・・・・・・、あ・・・」

 歩み寄ってきた女性に左寺さんは苦笑いしか向けられなかった。
 その横で座っている俺に対しての、女性――――藤堂瑞穂さんの
 大袈裟でない驚きの表情に、俺はいつもと変わらぬ口調を放つ。

浪「こんばんわ・・・瑞穂さん。お元気そうでなにより。」
瑞「右君・・・どうして・・・」

 どうして、という言葉には俺ではなく左寺さんが一瞬間を置いて答えた。

左「バスケットのイベントを見に来た・・・そうですよ。」

 俺ののんきなプライベートを認識して、瑞穂さんも苦笑を漏らす。
 それには多かれ少なかれ自嘲も混じっていた。
 
瑞「少し考えれば、ありそうな事だったのにね。」

 今はできるだけ会いたくなかったけれど、という台詞は胸の奥に隠しておく。
 左寺さんも心の中でちょっとした不注意をつぶやく。
 日頃、難儀な事ばかり考えていればそうもなるのだろうか。
 吹っ切れたとも諦めともつかない顔のまま、左寺さんと自分とで
 俺をはさむような形で瑞穂さんも座り込んだ。
 
瑞「・・・元気にしてた?」
浪「そこそこ。」

 何を言おうか迷って、ひとまず恒例と時間稼ぎを含めた言葉。
 しかしその短い言葉のやりとりの合間に最初に話すべきことを
 見つけるのは多分に容易ではなかった。
 ちょっと言葉に詰まった後・・・今度は別に時間稼ぎという事では
 なかったが、つい数秒前と同じ様な主旨の質問が俺に投げかけられた。

瑞「香澄は?」
浪「問題無し。至って良好。」
瑞「そう・・・」

 安心したような微笑。とはいっても、俺がそう答えるであろう事は
 瑞穂さんも判っていた。香澄に何かあるという時に、こんな海外に
 ノコノコ旅行に来るような俺ではないとは充分了承していたから。
 そして瑞穂さんは、俺の語調や雰囲気から、心配事の一つがもう
 既に解決されていることを知る。

瑞「・・・あの子は、強く育ったわ。心も・・・。もう、誰の助けも
  いらないでしょうね。姉としては少し寂しくもあるけど・・・」

 ここで話が途切れないのはなんとなく判っていたから、
 俺は黙って瑞穂さんの話に耳を傾けた。

瑞「・・・でもね、あなたが香澄のそばにいていけない理由はないのよ?
  それに、強くなったと言っても、不安定になる時だってあるわ。
  そこにきて、幼馴染って・・・気安いのよ。
  相手が年上でも年下でも、それが例え家族でも・・・
  いえ、家族だったら尚のことかもしれないけど、どこかしっかりして
  みせなきゃいけないような雰囲気ってあるでしょ? 
  そんな中であなたみたいに意地を張らない素直な人が傍にいるって、
  何かこう・・・ほっとするような、安心感みたいなものがあるのよ。
  そういう人がいつも自分の傍にいて、でも離れていってしまった。
  だから、私達の前では強がっていたけど――――――
  橘さんと仲良くなるまであのコ、ずっと揺れてたと思うわ・・・。」
浪「・・・反省して、現在贖罪中でございます・・・」

 俺も揺らしていたのだろう・・・またも後悔再発。
 瑞穂さんは俺の言葉を聞き、妹と俺の狭間の氷壁が溶けたことを
 再確認する。俺は、橘――――今では香澄の無二の親友である橘桐子、
 その顔を思い浮かべ、何故か感謝にも似た思いが去来するのを感じた。
 ふと、橘と俺が最初に出会ったときの記憶が一瞬、頭の中を横切る。
 1年、いや・・・2年前あたりだっただろうか? あの時・・・・・・


桐「ちょっと、アナタって・・・右浪清君でしょ?」

 中学校の帰宅路で、唐突に俺を呼び止めたその聞きなれない声に
 俺は振り向いた。そこには、見覚えがあるようなないような少女が
 佇んでいて、しかし真剣な眼差しで俺を見据えている。

浪「いかにも。ところで、どなた?」

 訝しむ様子もなく淡白に尋ね返した俺に対し、少女・・・橘は、
 苛立ちの一歩手前の、微妙な不機嫌を含んでそれに答える。

桐「橘桐子・・・・・・香澄の友達よ。」
浪「・・・」

 そうだ、前にこの人らしき人と香澄が親しげに歩いているのを見かけた。
 しかし俺は久々ともいえる香澄の晴れた笑みに気が行ってしまい、
 橘の顔はよく覚えていなかった。いまだ遠ざけている幼馴染・・・
 それを思い起こすときの俺の顔の歪みを、橘は目ざとく捕らえていた。

桐「・・・何悩んでるんだか。まぁ、私はあなたたちの間柄はよく
  知らないから単純にどうこう言えないけど・・・・・・」

 少しぶっきらぼうな言い草に異常なまでの重さを感じた。
 思えばこの時、俺は香澄を遠ざけていて、しかしそれは逆に
 それ以上距離が離れないようにするための苦肉の策だったのだろう。
 大したアマちゃんだった。俺の薄情が収束して、心の中で渦巻いている。
 自分でもどうすればいいのか判らないとはまさにこれのことか。
 橘は俺の顔色も・・・少しは伺いつつ、さっさと自分の言いたいことを
 ならべていった。

桐「香澄が今、何で一番悩んでるかわかる?
  わからないでしょ。だからこうなるのよ・・・。」
浪「・・・それで、一体?」

 何事もなかったかのような俺の一言に、苛立ちが橘に宿った。

桐「・・・何よそれ?あなたそれでホントに香澄のこと考えてるの!?」
浪「只今、自分でも錯誤中。そういう話はちょっとキツイ。」

 そこに隠れた苦悩を垣間見たからこそ、橘はそれ以上突っ込まなかった。

桐「・・・ハァ・・・・・・あきれた。」

 橘は大袈裟にかぶりをふると、どうせ俺も長話をするつもりはない
 のだろうということを理解してか、一気に話をまとめ上げてきた。

桐「とにかく・・・香澄のこと、もうちょっと・・・柔らかく考えて
  あげてよ。さっき言った通りで何があったかは知らないけど、
  重く考えすぎだと思うわよ。」
浪「・・・御親切に、どうも・・・。」

 さっきまでと比べて、悩み事にアドバイスを送るような―――――
 図らずも実際そうだったが、そんな橘の口調に少し重みがほどける。
 俺の返事が彼女にどう聞こえたかはわからないけど、
 それを認識する前に橘はクルリと踵を返していた。

桐「・・・とりあえずは重く考えないこと。じゃ、さよなら。」
浪「はぁ・・・それでは御免。」

 そっけなく言い放った橘よりも、幾分か俺のほうが棒読みでなかった。
 何だったんだ・・・? という疑問も束の間、彼女の言葉が心に鳴った。
 
浪「(・・・重く考えるな、か・・・)」

 何も知らないくせに、とは思わなかった。
 でも、そこで俺はどうしても自分の・・・
 罪を思い出さずにはいられないのだ。握った右手を見つめる。
 そしてひとり言。 

浪「とことん・・・難儀なこったな・・・・・・」


 ・・・多分あの時の俺には、橘の言葉の意味を考える余裕はなかった。
 あれから、俺も少しは広がることが出来ただろうか・・・?
 
瑞「・・・それに、強くなったからと言っても、
  守ってほしくないとばかり思ってるとは限らないわよ。」
浪「ほい・・・?」

 いつの間にかSD化して左寺さんの肩にひっついてる俺が訝しむ。
 
瑞「何も闘いだけが香澄の日常じゃないって事よ。
  武道を離れてる時の香澄を一番見てるのはあなたなのに
  ・・・わかるでしょ?」
浪「一番ですと?・・・瑞穂さんやご両親は?」
瑞「近くにいる人のことは知ろうとしないのが人間ではなくて?
  一番分かり合える場所にいるのよ。あなたは。
  何より香澄の遊び相手といえば大抵はあなただったでしょう。」
浪「はて・・・言われてみれば・・・・・・」

 観客席から身を乗り出すような体勢で考え込んでいる俺の頭髪を
 左寺さんが弄んでいる。それは別に嫌ではなかった。

瑞「そういえば、右君はどうして香澄のこと・・・避けてたの?」

 それは瑞穂さんにしたら一番聞きたい事だったが、
 俺の雰囲気についつい忘れてしまっていた。
 しばらく唸った後、しかしいつも通りの声で俺が答える。

浪「厳密に言えば避けてたというわけではなかったのデスが・・・。
あの年頃の女の子が、男にまとわりつかれたら迷惑かなと
  思ってたのです・・・」
瑞「・・・!・・・プッ・・・・・・」

 その心理は俺にはわからないが、瑞穂さんは思わず吹き出した。  
 左寺さんに首を向けると、こちらも小さく笑っている。
 ・・・・・・何かおかしなこと言ったか、俺?

瑞「ふふ・・・お馬鹿さんね。」
浪「香澄にも言われましたけど、そんなに的外れですか?」
瑞「そうねぇ・・・それじゃ聞くけど、あなたがそれまで香澄と
  一緒に過ごしてきたのも『まとわりついてた』って言うの?」 

 ・・・あ、そう言えば・・・。
 今更気付いた俺のすっとぼけ顔を見て肩をすくめる瑞穂さん。 

瑞「ホント、香澄のことになると神経質のくせに鈍いんだから・・・。
  いつものあの不敵さはどこへ行っちゃうのかしらね。」
浪「むむ・・・」

 何か言い返そうとするわけでもないが、なんとなく言葉が詰まる。
 ・・・ふと、瑞穂さんの顔から笑みが消えて神妙になる。

瑞「でも、気のせいかしら? あなたにはもっと重いものを感じたわ。
  他にも何かあったのでしょ?」

 ぎくり。
 3つ違いとはいえ、この頃の年上というのは案外見てるものだった。
 あるいは瑞穂さんが敏感なだけなのか・・・・・・

浪「・・・確かに、もう一つ。」
瑞「それは香澄には話したの?」
浪「NO。怖くて言えてないでヤンス。
  隠し事はしないと言ってるのに・・・嗚呼、俺ってグニャグニャ。」

 某ボンゲのような語尾を使ったものの、俺は至ってマジメに話してる。

瑞「そう・・・なら、まず私が聞いてあげようか?」

 そうすれば俺の気が少しは楽になるのではと思った瑞穂さんだったが、
 生憎と俺はそういう種類の人間ではなかった。

浪「冗談。香澄に話してないのにまずアナタに話すなど言語道断。」
瑞「・・・フフ。あなたらしいわね・・・」

 再び瑞穂さんの顔に笑みが戻った。
 それが、気安さに変わったのだろうか。
 彼女は無言で俺たちの会話を聞いていた左寺さんに軽く目配せをした。
 少し悪戯めいたその視線に、左寺さんは同じく悪戯めいた笑みを浮かべた。
 むむ? 何さ一体? アイコンタクト?
 相変わらず例の顔のまま、キョロキョロ二人を見渡す俺。
 そのあたりに俺に残っているあどけなさをチラリと見ながら、
 彼らはまたまた神妙な顔つきで俺に視線を送った。
 はてさて何でございましょ・・・?

瑞「右君、あなたには言っておくべきかしら・・・」
浪「何についてですの?」
瑞「・・・私達が帰らない理由、今追っているモノ・・・」

 瑞穂さんの口調はこの上なく深刻なものに聞こえた。
 が、何故かそれがすべて芝居であるとわかった。
 教えてくれといったところで、答えてはもらえないだろう。
 俺に対して無茶な台詞を言うことでストレスを解消しようと、そういうこと。
 ・・・俺は瑞穂さんや左寺さんを『先輩』的な人間として多少なりとも
 尊敬してはいるが、人間としてそんな頑丈には見ていない。
 ただ俺が図太いからそう思うだけなんじゃ・・・? とは言わないでほしい。
 いまだ二十歳にも満たない彼等に
 こういうお芝居を演じなければならない弱さがなければ、異常だろう。
 ・・・この家の姉妹はどうも健気で強がりというか・・・
 だから、時折見せるか弱さは少し悲しくも思えてしまう。
  
浪「言ったら香澄にも言いますよ、俺は。」

 ちょっとキツく釘を刺す。
 そういう台詞が返って来ることを、期待していたはずだ。

浪「隠し事はしないと約束しましたからね。・・・さっきの通り、
  自分のことも伝えてないヤツの言うことかとも思いますけど。」
瑞「・・・何も知らずに、呑気にアメリカ旅行?
  それは少し気を抜きすぎではなくて?」

 瑞穂さんの目元が笑っていた。ひょっとして後輩いじめ?
 悪いが、あまりわがままを聞いていたいとは思わない。

浪「俺のモットーを知っていますか?」

 間髪いれずに混ぜ返す。

瑞「・・・『油断大敵』、だったわね・・・。」
浪「ソノタウリ。気は抜いても決して油断はしてません。
  心配せずとも、俺か香澄にちょっかい出してくる愚者が
  いようものならひとまず畳んでしまっていますよ。」
瑞「・・・ン・・・」

 ひとまず畳む。その言葉に瑞穂さんはわずかに瞳を伏せた。

瑞「・・・でも、一概にそうしてしまうのはあまりに残酷・・・」
浪「む?」
瑞「いえ、なんでもないわ・・・」

 瑞穂さんの空気が少し重くなるのを感じた左寺さんは何かしらの
 言葉を挟み込もうとしたが、それより少し俺の切り返しが早かった。

浪「何か教えてもらったところで戦力には加われませんよ。
  俺は学生ですからね。学校は極力サボりたくない。」

 とか言いつつ、平日にこっちに来たヤツ。

瑞「その気は・・・」
浪「無いんでしょう。承知済み。でなければ黙って行くものではナシ。」

 心を読まれっぱなしで瑞穂さんがさすがに苦笑する。
 ・・・俺はおかまいなしだが。

浪「でも、長期休校やときどきの平日なら俺も手伝える。
  巻き込みたくないとか、そんな事言わずにおきませんか?
  二人だけで大変でしょうし・・・特に俺は・・・・・・
  そう、瑞穂さんの周りの人といえば香澄、左寺さん、そして俺、
  あとかろうじて香澄の親友のキリ女も混ぜといて・・・
  この中でダーティワークが柄なのと言えば俺くらいなものでしょう?
  体力的な事なら、御二人の5倍分は何かできると思いますよ。」

 上記の5人の中で俺以外の4人は、どちらかといえば華やかで優雅な
 イメージがあり、一方俺はどこか野性的な雰囲気すら醸し出している。
 バスケのプレイスタイルや格闘の模様がそれを強く感じさせた。
 ・・・・・・いや、ただ単に髪型の所為か・・・・・・?
 そんな俺の一見頼もしげな言葉だか、同時に二人はそれに納得はしない。

瑞「・・・そういう事ばかりじゃないわ。無くもないけれど・・・」
浪「ならばなおさら。2人で文殊の知恵が出るとでも御思い?」
瑞「二人だけってわけでもないけれど・・・
  でもそれって矛盾してないかしら? 
  右君が私達を手伝うということは、私達の目的を否が応でも
  知るということ。そしたらあなたは香澄に言ってしまう・・・」
浪「何も言わずに仕事だけ与えれば良き。」
瑞「それじゃ奴隷よ。あなたに納得できて?」
浪「瑞穂さんがそう意識して人を使うワケがないでしょう。」
瑞「右君・・・」

 意外と・・・いや、今だけ強情な俺に頭を痛める瑞穂さん。
 ちょっと出すぎかなと思ったので、少し側面に触れてみた。

浪「・・・あのですね、俺は自分か香澄に対して直接でも間接的でも
  害や迷惑がかかるならどんな手段を使ってでもそれを止めます。
  アンタ方にもしものもしも、万が一のことがあったならアイツは
  当然悲しむ。それを未然に防ぐためにも然り。何でもやる所存。」
 
 つまりはそういうワケだ。そんな俺の二次元上の単純さは
 安易に信じていいものか疑わしかったが、一言一言にのせられた
 自分達への心配を痛く感じたのは二人の気のせいではなかった。
 
瑞「・・・でも、それならやっぱりあなたや橘さんには香澄を
  見ていてもらったほうが私としては気が楽だわ。何より、
  香澄本人にもしもの事がある方があなたにとって一番嫌でしょう?」
浪「さいですか・・・ならば、そういたしましょ・・・か。」

 もう俺はつっこまなかった。ヒトそれぞれの思いも俺は汲み取る方だ。
 ただ自分の力をこうやってもてあましているのは少し癪ではあったが。
 いや、もう何も言うまい・・・・・・。
 それが根本ではなかったが、ふと頭に浮かんだ質問を口走ってみる。

浪「・・・さっきのでふと思ったのですが・・・矛盾とか、あと・・・
  剛よく柔を制すとか、何故そんな野暮な言葉が作られたのでしょう?
  黙って両方そろえれば手軽に最強じゃないですか。」
瑞「あら、それは私への当てつけ?」

 大人っぽい微笑を浮かべて―――――もう強張りはない声で返す。
 しかし俺が意味を理解できずに”?”マークを漂わせていると、

瑞「・・・都合で、片方しか得られない人もいるのよ。」
浪「しかし、武道家ならばそんな事も言ってられないのでは?」
瑞「その辺は下手に詮索しないお約束よ。それこそ野暮じゃないかしら。
  それに、私は実力であなたにも劣ってる気はなくてよ?」
浪「はて・・・どうだか・・・」

 瑞穂さんの真の力は見た事がないし、俺は安易には返さなかった。
 とは言え、 身体的に問題を抱える瑞穂さんが俺のパワーとスピードに
 対抗できると考えるのは少〜々難しいが・・・?
 しかし、あるとしてもそれはまだまだ先の話だろう。
 
浪「あ、そういえば・・・」
瑞「?」

 今度は左寺さんの頭によじのぼった俺。
 その思わせぶりな言葉に瑞穂さんは首をかしげた。

浪「いくつか、キーワードっぽいモノは知ってますよ。
  たしか『ジゴクモン』、『シモン』、『シシン』とか・・・」
左「・・・!・・・」
瑞「それはっ・・・」
浪「いろんな話に小耳立ててたら・・・要するに盗み聞きですが、
  兎にも角にもそれらを組み合わせて俺なりに筋書いてみました。」

 まだまだSD化したままで、左寺さんの頭上にたれている俺の双眸が
 キラリンと月夜にきらめいた。ミスXの場合はみろりん。

浪「何かしでかした犯人が『地獄門』とかいう物騒な名前の門にある
  大時計か何かの『指針』に残した『指紋』を採取して犯人の
  割り出しをしようと思い旅をしている・・・」
瑞「・・・!ッフ・・・フフフ・・・・・・」

 俺の言葉が終わるのを待たずに、瑞穂さんが笑みを堪えきれなかった。
 それを見れば俺の推理の的外れの凄まじさは明々としていた・・・
 いや、これは俺の推理というより仕草のおかしさに笑った瑞穂さん
 だったが、俺は理解できなかった。なんせまだSD中。

浪「むぐ・・・ハズレですか・・・」
瑞「フフフ・・・・・・ごめんなさい。」
浪「・・・いいでござんすよ・・・」

 ぼてっ。 

 哀愁を漂わせて左寺さんの頭から転げ落ちる。
 地に倒れ伏して起き上がったその時には、もう元の俺に戻っていた。

浪「とほほ・・・む? もうこんな時間とな・・・?
  そろそろ飛行機の出発時間だし、俺は帰るとしますわ・・・。」

 なんだかんだで結構時間が経っていた。
 スクッと立ち上がってズボンをほろう。

瑞「そろそろって・・・あなた、まさか飛行機出発までの暇つぶしのために
  こんな所まで来たの?空港はここから数キロはあるじゃない・・・!?」
浪「そんなの問題ではありませんさ。5分で着くし。」

 『走って行けば』、という句はおのずと伝わった。

瑞「・・・相変わらず、不敵な計画家と言うか自信家と言うか・・・。」

 俺は、某暴力女とはタイプが違うが、結構、支離滅裂・ちゃらんぽらん
 (評価:某知人)にて呆れられやすい性格・・・みたいだ。
 自分からすれば、己の器を充分考えて、出来る範囲内の事をやってる
 つもりなので―――――実際にいつも出来ているから尚更であるが、
 そこは勿論のこと自覚が無い。
 他人を訝しませるという点ではさほど変わらないが、
 俺はそれ以外では害も迷惑も(多分)呼んではいない。
 そこを考えるといくらかマシと言えるか・・・?
 おっと、それはとにかくそろそろ行かないと本当に間に合わなくなる。

浪「・・・去る前に、少々お節介をば。」
瑞「お節介・・・?」

 意味も無くその場でワンスピンをかまして、ビシっと2人を指差した。

浪「俺から見ればアンタ方だってまだまだ未成年&未熟者。
  この俺の如く、『要領よく』妥協しまくることをおすすめしますよ。
  それでは御免。なるべくお元気で。」

 2人が何か言うのをも待たず、崖を飛び降り・駆け下りる。
 野生動物さながらのスピードで遠ざかる俺を眺めながら、
 瑞穂さんと左寺さんは堅さの無い微笑を浮かべていた。

瑞「フフ・・・。自分も案外不器用なくせに・・・
  やりづらい子・・・・・・」
左「彼のペースに飲まれないためには結構苦労しますよ。
  生半可な戦いよりもずっと面白い・・・・・・」
瑞「強引なようで柔軟だったり、前にも後ろにも上下左右にも
  発想が行き届いたり・・・バスケットやってるせいかしら?」
左「背の低さを脚力でカバーできるから、
  見た目よりずっと多く局面に対応できる。
  一番好きなタイプですよ。」

 俺に対する年下という意識と、それに相反して自分には思いも
 よらない思考や行動が俺をつかみにくい性格にしているのかも。 
 ほのぼの傍観者からいきなり強引に干渉してくるトランジション。
 そしてその中にある柔軟さ・・・他人の意見も聞き入れる姿勢。
 ・・・自分に対しての批判にはまるっきり兎に祭文状態だが・・・
 正反対の方向にパタパタ移りまくるのも原因か?

瑞「・・・伝えておくべきだったかしら? あの子達に」
左「多分、そうでしょうね。」

 瑞穂さんが束の間の脱力を解いて、俯いた。それに対し左寺さんは、
 救いになるかどうかはさておき重くない声で微笑みかけた。

左「彼から携帯電話の番号を教えてもらったんですよ。
  その気になればいつでも伝えられます。
  いざとなれば動いてもらいましょう。 
  彼の・・・『油断大敵』を信じて。」
瑞「そうね・・・」

 口には出さずとも、その俺のスローガンは
 自分達にも同様の事だというのはわかっていた。
 ふと、瑞穂さんの心に俺の一言が広がって、
 遠い日の俺と照らし合わせてみた。 
 懐かしい思い出と重ならないその響きは、瑞穂さんの口から
 隣の左寺さんへでもなく、ひとり言でもなく、もう視界からは
 全く消えてしまっている俺へのわずかな寂しさを漏らした。

瑞「もう・・・お姉さん、とは呼んでくれないのね・・・」

 そして・・・
 いまだ出口の見えない路の明日にそれぞれの思いを馳せながら、
 今日も夜は暗くも明るい闇で誰もを包み込んでいた。


浪「・・・ということがあったのでR。」
香「そう・・・でも、2人とも無事で、本当に良かった・・・。」

 藤堂家の中の一室で、香澄のたてたお茶を飲みながら
 俺はのんびりと先日の出来事を報告し終えた。

香「連れて帰ってこなくて、良かった・・・のよね。」
浪「そう思う。まぁ生存がハッキリしただけでも御の字てなモノさね。」
香「クスッ・・・ホント、運がよかったね。」

 俺もまさか余興ついでに2人に会えるなんて思わなんだ。
 香澄の安心度合に俺もホッとするイキオイである。

香「姉様達には姉様達のやるべきことがある。
  私は私に今できることを一生懸命やるしかない!」
浪「むむ、やる気出てきたな。」

 にわかに元気付いた香澄はおもむろに立ち上がり、
 人差し指を天に突き立てて熱言した。

香「あの星に誓うわ! この藤堂香澄、藤堂流が世界一の
  武術だということを必ず証明してみせますっ!!!」
浪「・・・真ッッ昼間なんだが・・・」
香「あう・・・」

 一瞬ひるんだが、すぐさまキリッとした顔にもどって
 180度回転したそっちの方向へまたも指差し、

香「あの太陽に誓いますっ!!!」
浪「天井指して何を言っているのやら・・・もういいって。
  つーかお前、以前にもどこかでこんなことやってなかったか?」
香「う゛っ・・・」
浪「別にそれはいいとして・・・」

 あとずさって座り込んだ香澄に、
 SD化した俺がのしのし近付きその襟首を無造作につかむ。
 そして目をギュピーンと一輝させて妙に機械的な口調で話した。

浪「ソンナワケダカラ、今俺達ニヤレル事ヲヤッテオクゾ・・・」
香「え?・・・えっ!?」

 襖の向こうの部屋へ、香澄をズルズルと引きずって行く俺。
 SD化した俺の体重は90グラム(!)だが力は些かも衰えない。
 
香「ちょ・・・!? 清ちゃん、何を・・・」
浪「イイカラ黙ッテ服ヲ・・・・・・」

 ―――――――――・・・ピシャ。


 ・・・ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜・・・ 

香「ここは・・・」

 木々に囲まれた広場のような所。
 ムリヤリ道着に着替えさせ(無論、着替え中は部屋から出てました)
 俺は自宅から10キロはあるここに香澄を連れて来ていた。
 ちょっとした山林の中ではあるがベンチがあったり、ダンベルや
 バーベル等がそこらに転がってたり、バスケのリングがあったり・・・
 人がまったく来ていないという風には見えなかった。
 この場所こそが、他でもない俺の・・・

浪「俺はいつもここに来てトレーニングしている。」
香「いつも・・・って、こんな遠い所に毎日来てたの?」
浪「そうだと言っている。」

 俺が特に変わった様子も見せずに言い放つ。
 それを見て香澄はしばしポカ〜ンとして突っ立っていた。  

香「・・・え、え〜っと、それはそれで・・・・・・
  とにかく、今日はどうして私をここに連れてきたの?」

 自分を道着に着替えさせたことから大体の予測はついたが
 俺はもう少し深いことを企てていた。
 手首をプラプラとしながら、あえて淡々とした口調を向ける。

浪「お前の内にある・・・藤堂流本来の姿でありのままに
  闘いたいという欲求。それを叶えてくれようという事なのね。」
香「っ・・・!!」

 一回すべてをブッ放してしまえばスカッとなるのではという
 メチャメチャ安直な思惑。刹那、香澄の表情が凍りついた。
 それを無視してストレッチを続ける俺に
 香澄は戸惑いを隠せない声色で、つっかえるように言葉を紡いだ。

香「だ、だめ・・・それは、今は・・・清ちゃんに・・・」
浪「俺は人を殺した事がある。」
香「!!」

 何の脈絡もない俺の核爆弾発言に目に見えてビクンと反応する香澄。
 一瞬の硬直の後、少しずつその小さな体が震え出す。

香「そんなっ・・・嘘・・・でしょ?・・・ねぇ!?」
浪「まったくもって本当。俺のこの手で・・・今まで、5人。」

 掌を見つめる俺の言葉が紛れもない真実であることを
 香澄は感覚で感じ取っていた。次第に何が何だか判らなくなり、
 頭の中が真っ白になってゆく香澄の顔が見て取れる。 

浪「3年間・・・ずっと黙ってた。仕方のないことであっても、
  お前に嫌われるんじゃないかって思うと言い出せなかった。
  ということで、罪人の俺を存分に殴るが良し。」
香「人、を・・・清ちゃん・・・が・・・」

 冗談気を全くのぞかせない俺の告白に震えを止められない香澄。
 しかし、それは俺に対する戸惑いから、やがて――――――
 こう言っては何だが、奇妙な共感にも似た思いへと変わっていった。
 それがトリガーとなり、一度はじけた心が瞬間に目覚めた。
 少女の意識と共に・・・・・・

香「それは・・・後で聞くから、今は・・・」

 いったん俯いた香澄だったが、
 衝動を抑えきれずに、異様な空気を孕んで顔を上げると

香「私と・・・闘ってください!」

 ドウゥッッ!!!

浪「・・・」

 凄まじい気の流れを巻き起こして香澄が豹変した。
 何が違うかと言うと、身にまとう闘気が普段のそれとはまるで別物だ。
 それに気負うこともなく俺はいつもの通りの無表情でそれを見つめる。

浪「・・・それでよろし。」

 頷くでもなく、ただ言葉で肯定する。
 香澄はそれに笑みを含んで呼応した。 
  
香「これから清ちゃんが闘う相手は『人間』じゃない・・・覚悟して。」

 より一層の闘気を放ち、スッと構える香澄。
 そして見つめる俺の眼差しは想像以上に優しかった。

浪「人間であろうがなかろうが、俺にとってお前が香澄であることには
  変わりはない。」
香「・・・」

 微妙な気の変化。それには気付いたが、俺はそこに触れなかった。 
 笑みを浮かべられないこの顔が、香澄にはどこか微笑みかけている
 かのように見えていた。 

浪「・・・3年間、色々なものが溜まってしまっただろ。
  今から俺を空っぽにするから、全てをそこに置いて来い・・・」

 意味不明な俺の台詞を香澄が訝しむが、
 その目の前で――――――俺が空っぽになる。
 とてつもなく強い覇気を放つ香澄に対し、俺には気配も闘気も何もなく、
 ただヒトがそこに在るばかりだった。早い話が無心だっての。無心。

香「・・・!」

 何もない俺に底知れないものを感じて、香澄が地を蹴った。
 透明な世界でそれを捉える俺の脳裏に一つの疑問が浮かび、
 ふと俺が意識を染めて悠長に自問自答する。

 (BGM:CRYSTAL<Type・・・Pあたり?>)
 
 はて、果たして空っぽの心で香澄を受け止めて、本当に
 それでいいのだろうか? 幼い頃から今までずっと彼女を見てきた
 俺のこの心を持ってして受けてやるべきではないのだろうか?
 ・・・とかなんとか、場に似つかわないすっとぼけ顔で
 よそ見をしながら考え込んでいる俺の目の前には・・・

 
 『ス・キ・あ・り』


浪「・・・・・・はい?」

〜〜俺の明日はどっちだ!?〜〜
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