「かぐや姫の里を考える会」ホームページ (京田辺市郷土史会)
                 
     
開始:平成15年7月開設
    
『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺    

  『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺” (その1)  
 “かぐや姫の里”は、京田辺        


「竹取物語シンポジウム」 開催日平成13年9月22日(土)!
 
     『竹取物語』かぐや姫の里は、やはり”京田辺”だった!
           
     ○はじめに

  古事記には、第9代開化天皇の孫「大筒木垂根王(おおつつきたりねのみこ)」
 とその娘迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)」の名が記されています。
  この迦具夜比売命を「かぐや姫」として、考察してみましょう。

 ○「竹取物語」“かぐや姫の里”京田辺

 かぐや姫(迦具夜比売命)の父である大筒木垂根王は、その名前から京都府
京田辺市の普賢寺(朱智荘)・興戸・飯岡・三山木(佐賀荘)の村々を合わせた
「大筒木郷」の地方の長ではなかったかと思われ、「竹取の翁」と推定できます。
あるいは山本の駅家の長や佐牙神社の太夫の一人とも考えられます。また、
「垂根」とは「竹の根」をさすと思われますし、「筒木」の「筒」は竹を、
「つつき」は月を連想させはしないでしょうか。

あなたは  番目の 訪問者です!   
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 京田辺市三山木山崎の山崎神社所蔵の古図には大筒木垂根王の居館と思われる
「大筒城佐賀冠者旧館地」(現在の近鉄三山木駅の少し南寄り)が記されています。
この地域では、戦前まで多くの人が竹細工をおこなっていました。また、近くの
同志社大学校地には、第26代継体天皇の「筒城宮(つつきのみや)」伝承地も
あり、「筒城」の名が出てきます。この「筒城」は、京都府綴喜郡の「綴喜」の
元の地名です。
 竹取の翁の名を「讃岐の造(さぬきのみやつこ)」と現在はいわれていますが、 最初は「さかきの造」と呼ばれており、三山木の佐牙神社は古代酒造りの地であり 「さか」と呼んだものと思われます。また、「榊」から朝廷に仕える人であった とも考えられます。
 かぐや姫の「かぐ」は、「火の神」であり、天王の朱智神社には迦爾米雷命 (かにめいかづちのみこと)を主神に「火明命(ほあかりのみこと)」などが 祀られています。
 古事記には、開化天皇の孫「大筒木垂根王(おおつつきたりねのみこ)」と その娘「迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)」の名が記されています。
 かぐや姫(迦具夜比売命)の父である大筒木垂根王は、その名前から「大筒木郷」 (京田辺市の普賢寺・興戸・飯岡・三山木を含む地域)の地方の長ではなかった かと思われ、「竹取の翁」と推定できます。あるいは、山本の駅家の長や佐牙神社 の太夫の一人とも考えられます。また、「垂根」とは「竹の根」、「筒木」の 「筒」は竹、「つつき」は、月を連想させます。山崎の山崎神社所蔵の古図には 大筒木垂根王の居館と思われる「大筒城佐賀冠者旧館地」が記されています。
 また、近くの同志社大学校地には、継体天皇の「筒城宮(つつきのみや)」伝承地
もあり、「筒城」の名が出てきます。
 かぐや姫に求婚する5人の貴公子は、いづれも壬申の乱の功労者であり、その乱で
敗死した大友皇子が山崎神社に祀られていることは、偶然の一致でしょうか。壬申の乱
で滅ぼされた一族の子孫である作者が功労者への報復のため、京田辺市のあちこちに
残されていた伝承をもとに「竹取物語」を書き記したのではないかとも思われます。
また、車持皇子の蓬莱の玉の枝を造った6人の鍛冶工匠は、普賢寺の多々羅に住んで
いた製鉄集団ではなかったかと思われます。この製鉄集団もかぐや姫の「かぐ」
すなわち「火の神」と関係していると思われます。
 かぐや姫の名付け親の「御室戸斎部の秋田(みむろどいんべのあきた)」の「みむろ」
とは神の宿るところ「三室」であり、京田辺市でそう呼ばれるところは薪の甘南備山に
ほかならないと思われます。
この甘南備山は平安京の朱雀大路を決定する際の基準点のひとつといわれています。
 甘南備山の北方には大住の月読神社があり、祭神である「月読命(つきよみの みこと)」も月に関係しています。また、月読神社では「隼人舞」が奉納されます が、松井の竹林には「隼人塚」もあり、竹の子の産地として知られています。
 5人の貴公子への難問のうち、4つは船に乗っていくことから作者は木津川を 想定していたのではないでしょうか。また、車持皇子の蓬莱の玉の枝を造った6人 の鍛冶工匠は、普賢寺の多々羅に住んでいた製鉄集団ではなかったかと思われます。 この製鉄集団もかぐや姫の「かぐ」すなわち「火の神」と関係していると思われます。
 時の帝は、かぐや姫に宮仕えを断られ、「竹取りの翁の家は山本の近くにあるの で狩りに行くような姿で姫を見よう」といわれたとのことです。
 かぐや姫は最後に月の世界へ帰っていきますが、その姿は山本の鶴沢の池に伝わる 天女伝説とオーバーラップしないでしょうか。
 このように京田辺市は、竹取物語にちなむ地名や話が沢山存在し、まさに『竹取 物語』“かぐや姫の里”といえるのではないでしょうか。

くわしくは、
  ☆京田辺市郷土史会 機関誌『筒城』
    1. 第36輯 「山背国綴喜郡山本駅と古代駅制について」平成3年3月発行
            山本駅と竹取物語について 小泉芳孝
上記内容の入った本「山本駅と竹取物語」の写真と内容 左をクリックして下さい!
    2. 第38輯「出垣内村のこと-大筒木旧館跡-」平成5年3月発行
            竹取の翁と大筒木旧館跡について 水山春男 
    3. 第45輯「竹取物語を考える」平成12年3月発行
            地元資料や文献から「かぐや姫」京田辺を推定 水山春雄
    4. 第45輯「山本村の鶴澤ノ池」平成12年3月発行   
            地元資料や文献から「かぐや姫」京田辺を推定 小泉芳孝 

  ☆『稲作民俗の源流-日本・インドネシア-』 小泉芳孝著(文理閣)
       第4章.古代駅制・山本駅と『竹取物語』 平成12年2月20日発行    

  ☆『京都新聞』記事 平成12年10月15日
   朝刊「山城版」語り手 考古学者・森浩一さん
        「いま南山城の古代がおもしろい」竹取物語のルーツ
            原型は隼人の伝承 -文学的に集約- 
       森浩一さんは、「京田辺市は自身を持って『かぐや姫の里』と言っても
               何ら学問的に不思議はない」     
 
  ☆第35回京田辺 市民文化祭で「『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺」展示
       平成12年11月3日(祝)4日(土)  京田辺市主催

  ☆『京都新聞』記事 平成12年11月13日朝刊「灯火」 
         「かぐや姫の里」郷土史会会員が会誌で紹介し、市民文化祭でも発表!     
 をご覧下さい。   

 ○おわりに

 京田辺市のほか、全国には至る所にかぐや姫伝説が残されています。
東から静岡県富士市、奈良県広陵町、京都府向日市、香川県長尾町、
岡山県真備町、広島県竹原市、鹿児島県宮之城町の7市町です。
 これらの7市町では、かぐや姫をテーマにしたまちづくりがおこなわれ、
定期的に「かぐや姫サミット」が開催されています。
  京田辺市郷土史会では、京田辺市に残るかぐや姫伝説を更に掘り起こし、 市民のみなさんからアイデアを募集して、さまざまなイベントに取り組みたく 考えています。

     主なかぐや姫関係書籍等    
  ☆ 京田辺市郷土史会 機関誌「筒城」
    1. 第36輯 「山背国綴喜郡山本駅と古代駅制について」平成3年3月発行
               山本駅と竹取物語について   小泉芳孝
    2. 第38輯「出垣内村のこと-大筒木旧館跡-」平成5年3月発行
               竹取の翁と大筒木旧館跡について  水山春男
    3.. 第45輯「竹取物語を考える」平成12年3月発行
               地元資料や文献から「かぐや姫」京田辺を推定 水山春男
    4. 第45輯 「山本村の鶴澤ノ池」 平成12年3月発行  
               地元資料や文献から「かぐや姫」京田辺を推定 小泉芳孝
  ☆『序説』「かぐや姫の家」 本田義憲 (奈良女子大学)
  ☆『竹取物語』 山岸徳平・田口宿庸一 (法文社)
  ☆『普賢寺の遺跡』
  ☆『薪誌』 (京都府田辺町薪誌刊行委員会)
  ☆『けいはんな風土記』 門脇悌二監修 (関西文化学術研究都市推進機構)
  ☆『竹取物語考』 加納諸平
  ☆新潮日本古典集成『竹取物語』 野口元大 (新潮社)
  ☆金紗江の『竹娘説話』・チベット族の伝承と『竹取物語』 君島久子
  ☆『稲作民俗の源流-日本・インドネシア-』 小泉芳孝著(文理閣)
       第4章.古代駅制・山本駅と『竹取物語』 平成12年2月20日発行    

その他「かぐや姫関係書籍等   
  ☆日本古典体系『古事記・祝詞』『日本書紀』 (岩波書店)
  ☆『竹取物語』 阪倉篤義校訂 (岩波文庫)
  ☆奈良絵本絵巻集『竹取物語』 中野幸一編 (早稲田大学出版)
  ☆国文学『竹取物語フィクションの誕生』 平成5年4月号 (学燈社)
  ☆日本少年少女古典文学館『竹取物語』 北杜夫 (講談社)
  ☆『王朝の文学と方法』 塚原鉄雄 (風間書房)
  ☆『新修・竹取物語別記』 塚原鉄雄 (白揚社)
  ☆『かぐや姫の光と影』 梅山秀幸 (人文書院)
  ☆日本古典文学全集『竹取・伊勢・大和物語』 (岩波書店)
  ☆『竹取と浮雲』 篠田浩一郎 (集英社)
  ☆『竹取物語』 星新一訳 (角川文庫)
  ☆『竹取物語』 中川与一訳 (角川文庫)
  ☆『昔話と国文学』 柳田国男 (創元社)
  ☆『竹の民族誌 上・下』 沖浦和光 (岩波新書)
  ☆『竹づくし文化考 上・下』 上田弘一郎 (京都新聞社)
  ☆『大日本地名大辞典(上方)』 (戸山房)
  ☆『三代実録』
  ☆『古語拾遺』 斎部広成
  ☆『竹取物語語解』 田中大秀
  ☆『京都府田辺町史』 村田太平 (田辺町役場)
  ☆『筒城』第36輯 (田辺郷土史会)
  ☆かぐや姫のまち『広陵町』 (奈良県広陵町役場商工課)
  ☆『普賢寺由緒書』


シンポジウム「秘められた南山城の地名を探る」を開催

                     平成15年9月29日

                     京都地名研究会 広報担当 

京都地名研究会では、別紙のようなシンポジウム「秘められた南山城の地名を探る」を開催しました。

古代天皇である継体天皇や地域に伝説が残っている神功皇后などについて日本の第一人者である堺女子短期大学の塚口義信学長や、この地域を研究している京都地名研究会員をパネリストとして専門の分野から報告して頂きました。今回のシンポジウムは、伝承だけではなく地域に実在していた物で歴史教科書をなどを書き変えなくてはならないのではないかと思われる内容となりました。

                 記

開催日: 平成15年10月19日(日)

時 間: 午前10時〜16時30分 

場 所: 京田辺市立中部住民センター  メインホール(収容人員200人以上)

    〒610−0311京都府京田辺市草内美泥22−2 0774−64−8810

来聴歓迎(事前申し込み不用)、小冊子資料代:会員無料、非会員500円(当日徴収)

パネリスト:塚口義信 吉田金彦 小泉芳孝 石田天佑 斎藤幸雄 シンポジウムの司会 古川 章

内容

1.神功皇后伝説は、伝説でなく山城を本拠地にして居住していた。

2.仁徳天皇「奴理能美の家と皇后磐之媛(いわのひめ)」は、日本最初の養蚕技術を持ち込んだところ。

3.継体天皇「筒城宮」は、息長氏(渡来人)の南山城と深い関係があり筒木に来た。

4.『竹取物語』のかぐや姫は、筒木を舞台にして書きあげられた。
5.山代の渡来人に関する地名について(酒・絹織物・鉄・発酵食品)がある。

6.山背(やましろ)は、平の背だけであったが、難波京からの背でもある。

主催:京都地名研究会   

共催:京田辺市郷土史会 京田辺市社会教育課内 0774-62-9550 

後援:京田辺市教育委員会、葛椏s新聞社、京田辺市観光協会、かぐや姫の里を考える会、

協賛:関西元気文化圏参加事業 (「関西から文化力 POWER OF CULTURE」ロゴマーク使用)

問合せ先 

○京都地名研究会 代表理事
600-8429 京都府京都市下京区御供石町360
 日本語語源研究所
気付 吉田金彦

       Tell&Fax 075-361-8812  E−mail:manyousousya@ybb.ne.jp

○京都地名研究会 事務局
   〒617-0002 京都府向日市寺戸町二枚田12-46 綱本逸雄
気付
    Tel&Fax 075-933-5667 E−mail:nimaida@nifty.com

京都地名研究会 常任理事(広報担当)

   京都地名研究会HP http://chimei.hp.infoseek.co.jp/

HP担当  koi@catnip.freemail.ne.jp広報係 

以上

<シンポジウム> メインテーマ「秘められた南山城の地名を探る」 

 

 山城は古くから文化の栄えた所です。京都地名研究会では、南山城における『記紀』や『万葉集』などの古代地名や人名について、研究者をお招きして「秘められた南山城の地名を探る」を開催しました。このシンポジウムにより南山城の古代地名を明らかにすることにより先進的な地域であったことがわかりました。

日本語と日本文化の起源を知るには、地名への関心が一つの大きな意味を持っています。文献の記録をもとに、土地の伝承に耳を傾け、南山城の古代地名を明らかにされました。

開催日: 平成15年10月19日(日)

時 間: 午前10時〜16時30分 

場 所: 京田辺市立中部住民センター  メインホール(収容人員200人以上)

      〒610−0311京都府京田辺市草内美泥22−2 0774−64−8810

<交通アクセス> JR片町線 新田辺駅・近鉄京都線 新田辺駅下車

1.近鉄バスターミナルより 京阪宇治又は奈良交通バス(約8分)「草内口」下車すぐ

             草内行き8:30 9:00 9:30

2.JR新田辺駅より東へ徒歩約18分・近鉄新田辺駅より東へ徒歩約15分 

3.自家用車の方は、国道307号線 山城大橋の東側(駐車場30台)

   ■来聴歓迎(事前申し込み不用)、小冊子資料代:会員無料、非会員500円(当日徴収)

  10:00〜 10:10 総合司会:地名研究会 糸井道浩 (入口でシンポの質問用紙配布)

開会あいさつ:主催 京都地名研究会常任理事

                     共催 京田辺市郷土史会会長

【基調講演】 10時10分〜12時30分 

10:10〜11:20「神功皇后伝説のふる里を探る―南山城の“息長(おきなが)”の地名を手がかりとして―」

           塚口義信 堺女子短期大学 学長 (日本古代史・文化人類学)

11:20〜11:25  休 憩

11:25〜12:05「竹取物語ゆかりの筒木について」

小泉芳孝 京田辺市郷土史会理事 (日本民俗学 郷土史家)

12:05〜12:30 「南山城の神社と伝承について」

石田天祐 日本語語源研究会 潟Mルガメシュ(幻想創作家 相撲史研究家)  

休憩12時30分から13時20分(昼食・シンポの質問用紙回収)

周辺食事出来る所少なく弁当持参して下さい。

【シンポジウム】 13時30分〜16時30分

 テーマ「秘められた南山城の地名を探る」      

冒頭コメント:

「つぎねふ山代と河内との関係」−地名から仁徳・継体の筒城行幸の跡を考える−

吉田金彦 日本語語源研究会代表 姫路独協大学名誉教授

予定パネリスト:塚口義信 吉田金彦 小泉芳孝 石田天佑 斎藤幸雄

シンポジウムの司会  古川 章

シンポジウムの予定項目    途中の休憩でシンポの質問用紙回収

1.神功皇后伝説と“息長”一族それに継体天皇「筒城宮」

2.南山城の古墳(椿井大塚山古墳・佐紀古墳群・飯岡古墳群)

山代の古墳出土鏡と被葬者は? 三角縁神獣鏡 神人車馬画像鏡

3.『古事記』に記す山代の地名・人名・祭神      
かぐや姫(かぐやひめ)大筒(おおつつ)木垂根王(きたりねおう)」「山代(やましろ)()大筒木(おおつつき)真若王(まわかおう)」「山代(やましろ)()()名津比(なつひ)()

山代(やましろの)内臣(うちのおみ)」「山代(やましろの)大国(おおくに)之淵(のふち)」「山代(やましろの)内臣(うち)之祖(のおや)

4.『竹取物語』にちなむ地名「山本」「筒城」「山崎」「甘南備山」「三室戸」など
5.山代の渡来人に関する地名について(酒・絹織物・鉄・発酵食品)
6.仁徳天皇「奴理能美の家と皇后磐之媛(いわのひめ)

7.山代・山背・山城、筒木・筒城・綴喜、山代川・和訶羅(わから)河・輪韓(わから)河・泉川(河)・木津川など

  質疑・応答 16時15分から16時30分

京都地名研究会事務局 綱本逸雄から連絡事項の報告 

閉会あいさつ:京都地名研究会から

懇親会:17時30分〜 事前申込者のみ

主催:京都地名研究会   

共催:京田辺市郷土史会 京田辺市社会教育課内 0774-62-9550 

後援:京田辺市教育委員会、葛椏s新聞社、京田辺市観光協会、かぐや姫の里を考える会、

協賛:関西元気文化圏参加事業 (「関西から文化力 POWER OF CULTURE」ロゴマーク使用)

問合せ先

○京都地名研究会事務局
         〒617-0002 京都府向日市寺戸町二枚田12-46 綱本逸雄
気付
                Tel&Fax 075-933-5667 E−mail:nimaida@nifty.com 

○日本語語源研究所
           
600-8429 京都府京都市下京区御供石町360
         当会代表理事 吉田金彦(方)Tell&Fax 075-361-8812
 

○京都地名研究会HP http://chimei.hp.infoseek.co.jp/
        
HP担当   kyotochimei@msn.com  広報係 

【基調講演の内容】

テーマ「神功皇后伝説のふる里を探る―南山城の“息長(おきなが)”の地名を手がかりとして―」塚口義信

古事記や日本書紀それに風土記などに記されている神功皇后伝説や息長氏、あるいは応神天皇や継体天皇などの古代天皇を研究している塚口義信氏から「古代山城南部の歴史」、特に「南山城の“息長”一族」についてお話ししていただく。塚口氏によると、神功皇后の系譜や伝承は、滋賀県坂田郡の息長氏が有力になる6世紀以前から山城南部の“息長”一族によって伝承されてきたものであり、この一族は息長帯比売の陵墓伝承のある、大和三大古墳群の一つとして有名な佐紀古墳群と深い関わりを有しているという。京田辺市にある普賢寺の山号は息長山であり、朱智神社の祭神「山代之大筒木真若王」(「山代」「筒木」に由来する名前)をはじめ神功皇后の系譜に山城南部の地名に由来する名が多く登場する。これは、山城南部の“息長”一族がこの伝承を語り伝えてきたからであり、6世紀初頭に継体天皇が筒城宮に来たのも、この一族と近江坂田郡の息長氏が継体を支援していたからである。

“息長”“綴喜”“高木”“綺田(かばた)”などをはじめとする南山城の地名を手がかりに、神功・応神伝承の謎を解き明かすとともに、4〜6世紀における山城南部の政治集団とヤマト政権(畿内政権)との関わりについて考察していただく。

テーマ 「竹取物語ゆかりの筒木について」 小泉芳孝

京田辺市に伝わる伝承や社寺の本源記、それに個人が持っている古文書を見ていると。実に古く神代の時代のことが多く書かれている。

これらの内容が何時の時代に、どのように、どういう意図を持って書かれたのか今まで解からなかった。ところが最近、堺女子短期大学の塚原義信学長の著書『やまと王権の謎をとく』などを読んだ時、今まで何となく目にして来た地元に伝わっている伝承や、古文書などに書かれていることが私の頭の中で繋がり、『古事記』に記す山代(やましろ)()大筒木(おおつつき)真若王(まわかのみこ)」「大筒木(おおつつき)垂根王(たりねのみこ)」や、『日本書紀』に記す「筒木の韓人、名は奴理(ぬり)能美(のみ)」「仁徳天皇の歌と磐之媛の答歌」それに、その後の出来事などが私の頭の中で具体的なイメージとして浮かび上がってきたのである。

それとともに最近、京田辺市郷土史会で取り組んでいる『竹取物語』かぐや姫の里“京田辺”の『古事記』垂仁記に記す「大筒木(おおつつき)垂根(たりねの)王之女(みこのむすめ)迦具夜(かぐや)比売(ひめの)(みこと)」も架空の人物でなく「筒木」(筒城・綴喜)に居住していた人で、大筒木垂根王は筒木を舞台に活躍した実在の人物であったことがわかった。

また、延喜式内朱智(すち)神社の祭神や息長山普賢寺それに甘南備山、継体天皇の「筒城宮」などから、『竹取物語』ゆかりの筒木が山代地域において重要な位置を占めていることに気付いた。

テーマ 「南山城の神社と伝承について」 石田天祐

私は、南山城に関する記紀神話や万葉集それに祭神など言語学の分野から迫ってみる。現代の山城における地名は、古代日本語・やまとことば・中国語・古代朝鮮語・満州語などあらゆる分野の言語から分析しないと解明できない。各地の地名や人名それに祭神などについては、派生語や母音交替形・同音同義などから言語や語根を解読していかなければならない。

それらの中から南山城における各種神社の伝承について地名や祭神がどのようにかかわっていたのかお話しする。特に継体天皇や仁徳天皇と渡来人との関係や、歴史上は神話とされている神社の祭神など言語学から見た南山城の歴史を述べる。この地域は、歴史上かなり古くから栄えていたところであり一般の歴史書には記されていない。しかしここには古くから南方や中国大陸それに朝鮮半島から渡来人が住み着き神功皇后や息長足姫に関係する地名や伝承が残っている。

【シンポジウム冒頭コメント】

テーマ「つぎねふ山代と河内との関係」−地名から仁徳・継体の筒城行幸の跡を考える− 吉田金彦

 京田辺市域の地名を調べて山代と山背の国名の由来を知り、奈良のほかに河内との関係が深いことを考えた。

そして枕詞ツギネフの意味も地名山代・山背の意味に即して決定することができる。伝承時代である仁徳天皇は、淀川・木津川を経て筒城入りした。また継体天皇は、河内の国から山越えで山背にやってこられた。それらは地名で推理することができるのである。

 

 

パネリスト 「流域をめぐる史跡・伝承」 斎藤幸雄

木津川をめぐる歴史や文学(古代〜近代)にこだわり、ロマンを求めてその伝承や史跡を探訪してきた。そういう中で多くの「南山城逃避行」現象を見いだした(古代より近世の徳川家康・熊沢蕃山にいたる)。磐之媛などもその一人である。市辺押磐皇子の遺児顕宗・仁賢天皇もそうだが、継体天皇もその視点で見ると面白いのではと思ったりしている

また古伝承を、「水」を視点にしてとらえてみるのもその謎を探るうえで面白い。田辺の神功皇后不違池伝説、精華町の船長(ふなおき)伝説、山代大国之淵の娘(かに)戸辺(はたとべ)にまつわる亀石伝説、武埴安彦・忍熊王・莵道稚郎子等々。その背後に水系氏族の息長氏・和珥氏が介在、葛城氏や丹波の氏族もかかわ

 専門研究家ではないので、南山城の歴史ロマンを楽しむ立場からシンポシウムに参加できたらと思っている

シンポジウムの司会  古川 章

洛南艸舎文庫『洛南艸舎手づくり消息』を主宰し、第43号を数える。京田辺市役所で37年勤務し、今まで『京都府田辺町史』『田辺町郷土史社寺編』『田辺町近代誌』『田辺町近世近代資料集』の刊行。京田辺市郷土史会の『筒城』などの編纂や事務局を担当した。

今回シンポジウムの司会を担当することになり郷土史の素晴らしい歴史を各分野の専門の先生方や郷土史家の方たちと共に研究できることを嬉しく思っている。

  「新しい視点と展開に期待」

南山城地方は、近畿の中心地であり、加えて関西学術研究都市として20世紀は脚光を浴びた。そのため開発も著しく進み、考古学の分野や市町村史誌の刊行による古文書類の発掘なども進んだ。しかし、21世紀は、大陸からの渡来人の足跡など、黒潮文化の解明を深めなければならないと思われる。こうしたとき「秘められた南山城の地名を探る」は、自宣を得たテーマといえる。

 バネラーの諸先生方の新しい視点として南山城のこれまでの南北軸文化に加えて、東西軸文化の幕開けにふさわしいシンポジウムであろう。

「京都地名研究会」設立の主旨                                          
                                   京都地名研究会  代表理事 吉田金彦

 地名は固有名詞であり、普通名詞という二重性を持っている。
地名は、土地に関わりを持つ人たちの、様子を知ることが出来る。つまり、土地に付けられた名前であり、土地との関わりをもつ人達の固有の名前です。また、土地の関係を物語る媒介物である。
 地名の研究については、今まで歴史学、地理学、民俗学、国文学など、色々な分野から研究がなされています。この地名が新しい住宅開発などによって現在消滅の危機に瀕しています。全国の大字および小字の地名が、消え去っています。
 明治維新のときの廃仏棄釈にも匹敵すると言う学者の先生もいます。これら地名消滅の危機からすくうためにも、地名への強い関心を喚び起こす必要があります。最近、市町村合併の動きが出ていて、市町村の地名が焼失してしまいそうです。
 色々な知恵を出し合って祖先から伝わっている地名を残すように工夫して頂きたいものです。そうでないと一度なくなった地名は、二度と復活することがなく忘れ去られる運命になるからです。
 合併により市町村名や地域の個性や地域性が薄れて、愛着がなくなるという懸念があります。合併により名前が一部なくなるので、この機会に地域の歴史や伝統文化などを貴重な資源としての活用を図り、住民自らが主体となって魅力あるまちづくりを進めねばなりません。      平成14年3月1日

「京都地名研究会」発足にあたって                 

                                            「京都地名研究会」設立総会挨拶から   代表理事 吉田金彦 

                                                                        

新緑の良い季節を迎え、皆様、益々ご健勝の程、お喜び申し上げます。

本日はここに、京都地名研究会発足に当たり、御用も多々御ありの中を、態々ご来会賜りまして、誠に有難うございます。各地の先輩各位や、府下内外の多くの有志のご声援によりまして、漸く、会の出発できます事は、この上ない喜びであり、幸せな事として、同慶の念で一杯であります。

京都地名研究会なるものは、実は、今から十五年前の昭和六十二年に一度、設立された事がありました。その提唱者は京都市の郷土史家松本利治翁で、研究会もその六月に発足したのでしたが、氏は大作「京都市町名変遷史」の研究に取り組んでおられ、暫くの研究会も、氏の逝去と共に続かなくなりました。私共の非力から、氏の後を継続できなかった事は、とても残念な事でしたが、しかし十五年後の今日、振り返ってみて、その間が失われた空しい時間だったとも、思われません。開設五年の語源研究会で忙しくしていた私の研究内容は、その当時結構、地名がテーマになってもおりました。

昨年十月に川崎市で全国地名研究者大会、同じく十一月に京都で日本語語源研究会、共に創立二十周年を迎えて、それぞれに記念の大会が開催されました。同時スタート兄弟学会のような関係でもありましたから、全国地名を主宰なさる民俗学の谷川健一所長を迎えての語源大会は、大いに盛り上がりました。その折に谷川氏の強い要請がありまして、矢張り、京都にも地名の学会を、と言う声が燃え上がったしだいです。京都地名研究会の名が、ここに再び復活することになったわけで、思えば、谷川氏の激励の賜物だったと、厚く感謝しております。

語源研究者の中にも沢山の地名研究者が居られる。京都には大学人も多いし、歴史や地理の話題には事欠かない。京都府下一円を中心に、及ぶところ遍く広く、府市町村民挙って集まり、地名のことを勉強しようと言う事になりました。

地名は、其処に人が住んでいます。人が住み、暮らし、生産したり、遊んだり、そして死んでゆく所です。そんな大地に名付けして、地名を日常茶飯事に使っています。ですから、地名の主人公は住民です。私共は、すっかり慣れっこになって、ややもすると無限の恩恵を受けている大地を忘れがちな様に、此れ無しに暮らせない必需の地名の大切さを、忘れていませんか。主人公

地名は大地に刻まれた歴史だ、とよく言われます。それ程重要なのに、スローガンほど地名学が、現代日本の科学の中で、確固たる地歩を占めてはいません。重要性は認知していても、学問体系に沿わない為か、これを正面から取り上げる人が、きわめて少ないのです。地名研究は従来、地理学や歴史学、その他諸学の関連的研究として、また熱心な郷土史家達の努力によって、行われてきました。その成果は、今日、大きな地名辞典として幾つか出来ていますが、今の日本の大学に、地名大学や、地名学部・地名学科など聞いた事がありません。国際交流とか、学際研究とか、総合研究とか、色々に叫ばれてはいますものの、地名に着眼し、そこを基点に発信する着想は、まだ無いようです。

ただ嬉事は、近年、その閉塞状態を打開しようとして、環境学とか、地域学とか、そういう名で呼ばれる提唱が、あちこちで起こってきた事です。もう従来の学問の方法論では駄目だ、と言う事に気づいたのでありましょう。そして、私の立場から、口幅ったい事を言わせていただけるなら、更にもう一歩踏み込んで、それら環境学なり、地域学なりに、地名という言葉の視点を重視して、それを是非加えて欲しいと言う事です。言葉の視点から、歴史を見る、地理を見る、と言う事で、歴史や地理の真相に迫れる事が、案外に多いのではないでしょうか。専門の歴史や地理学者が、地名については誠に幼稚な意見であったり、誤解をしている例がくないのを見るに付け、遺憾に思うことがしばしばです。此れの責任は、現時点であえて言えば、国語学や言語学に於ける地名分野の研究の欠落にありと言えましょう。

以上のような反省に立って、諸学手を繋いで、同じ目線で等距離に、地名を対象として調査・研究し、その過程と成果を公普及させ、学習・教育にも応用してゆきたいと、考えます。

地名研究は、自分の足元から。そして、歩いていく先々の地名まで。懐かしい故郷の地名、旅先で見つけた珍しい地名、変わった名前や読めない漢字の地名など、ぐるりにある地名の謎に、挑戦してみましょう。そこから、きっと新しい知識が開け、ゆとりのある心が育まれていくと、思います。

地名は、寺社が文化財であるのと同じに、貴重な文化財です。日本の地名は、日本人の心のこもった<心的文化財>でありま大小に関わらず、有名無名に関わらず、どこの地名もみな文化遺産です。ですから、これの取り扱いには良く勉強して、取り掛かりましょう。その為にも、データを保存し活用する施設、地名資料館と言うようなものが、京都府には当然、必要になりましょう。

京都における地名研究は、ソフト面でード面でも、あらゆる分野にわたる重要な意義がありますが、全てこれからです。意義有る本日の発会に、ご来駕賜りました来賓、メッセージを頂きました各位、ご多用中をお集まりいただいた会場の皆様に、篤く感謝申し上げ、今後とも宜しくお願い申し上げます。 平成14年4月28日(日)

京都地名研究会役員

【顧    問】池田末則・上田正昭・梅原 猛・沢  潔・谷川健一・中西 進・森 浩一

【代表理事】吉田金彦

【理    事】池田 碩・井上満郎・上谷正男・尾崎聖二朗・片平博文・金坂清則・加畑 昭・

芝野康之・杉本利一・高橋聡子・竹田賢信・谷口隆捷・寺田 敬・西尾寿一・

藤田昌志・古川 章・前田 徹・山口富蔵

【常任理事】池田哲郎・石田天佑・糸井通浩・井上千恵子・梅山秀幸・小泉芳孝・

小林淳夫・角 菊彦・田上 源・綱本逸雄・真下美弥子

入会・問合せ先 

○京都地名研究会 代表理事
600-8429 京都府京都市下京区御供石町360
 日本語語源研究所
気付 吉田金彦

      Tell&Fax 075-361-8812  E−mail:manyousousya@ybb.ne.jp

○京都地名研究会 事務局
          〒617-0002 京都府向日市寺戸町二枚田12-46 綱本逸雄
気付
              Tel&Fax 075-933-5667 E−mail:nimaida@nifty.com

 京都地名研究会 常任理事(広報担当)

           京都地名研究会HP http://chimei.hp.infoseek.co.jp/

HP担当  koi@catnip.freemail.ne.jp広報係 

●年会費  年額3千円(正会員)。賛助会員1口5千円、家族会員1千円。

     郵便振替口座番号:00910-1-160705 加入者名/京都地名研究会

●会報発行(年1回)

  『地名探求』毎年4月発行(総会で配布)研究発表・研究論文など、原稿締め切り2月末
●通信発行(年数回)

    『都藝泥布(Tsuginefu)』「通信」会員向けニュース(例会前に発行)
●発表者募集要項
   1.例会発表の題と発表要旨を事前に事務局に提出。
   2.テーマは、地名に関するもので自由。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ■ 当日配布した冊子のないようです。140ページにも登る貴重な資料です。

別冊1号(京都地名研究会)
シンポジウム 
「秘められた南山城の地名を探る」

     編集・発行:京都地名研究会
     Kyoto Circle Toponymy 

      編集協力:京田辺市郷土史会

編集後記

 京都地名研究会の第6回例会は、特別企画による公開シンポジウム「秘められた南山城の地名を探る」を京田辺市で開催されることになりました。今回のシンポジウムは、南山城の歴史の謎に迫るべく南山城スペシャルとして神功皇后や継体天皇などの研究者として最先端を走っておられる堺女子短期大学の塚口義信学長やこの地域を研究しておられる京都地名研究会員をパネリストとしておこし頂きそれぞれ専門の分野から報告して頂くことになりました。

南山城には、かなり古くから渡来人によって先進的な文化が伝わり栄えたといわれています。特に筒木の原や普賢寺谷では、神功皇后や仁徳天皇それに継体天皇などが居住していたといわれ、記紀などに明記されています。また、今まで神話と言われていた大筒木垂根王や大筒木真若王それに迦邇米雷王などの時代においては、平安時代に作られた『竹取物語』に「迦具夜比売命(かぐや姫)」がいて実在の皇后であるなど最近興味ある発表が地元の郷土史会から報告されています。

この冊子は、メインテーマ「秘められた南山城の地名を探る」における基調講演とシンポジウムのレジュメ及び資料として作成いたしました。編集担当者としては、当初レジュメのつもりで取りかかったのですが、先生方の熱意により沢山の貴重な資料をご提供いただき立派な冊子(別冊1号)に仕上げることが出来ました。各先生方のご協力により貴重な研究資料を提供して頂きましたことを、この場を借りてお礼申し上げます。

 この冊子が南山城地域における歴史解明の為の資料として役立てることが出来れば幸いです。

    

別冊1号(京都地名研究会)

シンポジウム 

「秘められた南山城の地名を探る」

       平成15年10月 1日印刷

          平成15年10月10日発行

   発行 京都地名研究会

   編集  京都地名研究会

  編集協力 京田辺市郷土史会 

           【京都地名研究会代表理事】

600-8429 京都市下京区御供石町360
                      日本語語源研究所 吉田金彦

【京都地名研究会事務局】
           〒617-0002 向日市寺戸町二枚田12-46 綱本逸雄
気付
           Tel&Fax 075-933-5667 E−mail:nimaida@nifty.com  

【京都地名研究会HP】http://chimei.hp.infoseek.co.jp/

HP担当  koi@catnip.freemail.ne.jp広報係   

     

 ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。

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別冊1号(京都地名研究会)
シンポジウム 
「秘められた南山城の地名を探る」

   
平成15年10月 1日印刷
    平成15年10月10日発行
   発行 京都地名研究会
   編集 京都地名研究会常任理事 小泉芳孝
   編集協力 京田辺市郷土史会

 ■冊子の特別販売について

 この冊子は、メインテーマ「秘められた南山城の
地名を探る」における基調講演とシンポジウムのレ
ジュメ及び資料(A4サイズ 134ページ)として
作成いたしました。編集担当者としては、当初レジ
ュメのつもりで取りかかったのですが、先生方の熱
意により沢山の貴重な資料をご提供いただきました
ので別冊1号として仕上げることにしました。各先
生方のご協力により貴重な研究資料を提供して頂き
ましたことを、この場を借りてお礼申し上げます。
 この冊子が南山城地域における歴史解明の為の資
料として役立てることが出来れば幸いです。

 なお、この冊子の作成にあたっては、編集者個人
の費用で作成しました。
 このため書店では販売されていません。このたび
この冊子をほしいという方が多数ありましたので、
郵便振された方にのみ残部を郵送で特別にお送りす
ることにしました。
 この冊子は、関係者の間で3000円の価値があ
ると言われています。また、この分野を研究されて
いる方にとっては、9000円の価値があるとも言
われています。
 申し訳ありませんが、先着順とさせて頂きますの
で下記をお読みになってお手続き下さい。

※上記の本を注文された沢山の全国の方からお礼のメールや手紙を沢山頂いています。その中から前橋市の女性から下記の丁重な絵葉書を頂きました。
「前略 早速地図を片手に読ませて頂きました。年4・5回古都の遺跡を歩きに行きますが山城は恭仁京や大塚山古墳あたりまでしかいったことが無く、こんなに大切な「ウチ」「息長」「筒木」があった・・・と驚いてしまいました。現在の府県の境界で全く見えない部分があったこと反省しきりです。竹取物語もなるほどです。皆様の益々のご活躍をいのります。早々
 全く上記の通りです。歴史教科書などには一切掲載されていませんので、本で勉強された学者の先生方も一部を除いてこの地域の歴史を全く知らないのです。ですから地元の教育委員会ですらそんな物は、架空のものであって神話だという始末です・・・。ある人から聞いたのですが、地元京田辺市役所の広報課に「この地域に竹取物語の話がある」というのを聞きつけて遠くから訪ねてこられた方に対して「あれは一部の人が言っていることで関係ないのです」と話されたていたということです・・・。たとえ古事記に記されていても一切事実でないとおっしゃるのです。古事記を読みその地域に当てはめて古文書などの歴史を誰かが書いたのだ・・・とも言われたりしています。わたしは、全く逆でこの地域にそのような歴史があったから代々住んでいる人達が話し伝えてきたものだと見ています。古事記という一番古い歴史書に記されているのに、何故か教科書に載っていることだけが歴史だと教えられて来たのだからです。古事記は、本当に嘘ばかり記されているのでしょうか。もしそうであるなら古事記以後の全ての古文書類も全て嘘と言わねばなりません。この地域をくまなく歩いておられる京都地名研究会代表理事 吉田金彦氏(京都大学文学部卒業。専攻:国語国文学。京都府立女子短大教授、大阪外国語大学教授、日本語語源研究会代表 姫路独協大学名誉教授)は、学者の皆はそんな細かいところまで勉強していては学者になれないし面倒だから調べないのだとおっしゃっています。


タイトル 別冊<シンポジウム>「秘められた南山城の地名を探る」
                 発行 平成15年10月19日
■上記のシンポジウム資料(レジュメ兼資料)を、
一冊2000円(本代+郵送料+封筒込み)にて残部を特別販売することにしました。ただし
メールで事前に希望された方のみ1300円(本代+郵送料+封筒込み)にて残部をお送り
することに致します。  
E−mail koi@catnip.freemail.ne.jpでお申込下さると共に下記の郵便振込 講座番号に
お送りくださった方には、特別割引の1300円でお送りさせて頂きます。

 ====  切取り線  ============  切取り線  ====

 E−mailでのお申込。先着順です、売り切れの時はお許し下さい。  
          名 前          
          郵便番号
          住 所          
          電話番号                  FAX番号  
          Eーmail          
メールで事前希望者のみ、一冊2000円のところを特別割引1300円(本代+
郵送料+封筒込み)でお送りいたします。下記の郵便振込 講座番号へお送りください。


  『郵便振込』 講座番号 00920-7-40389
         加入社名 小泉芳孝
         通信欄  別冊 シンポ資料冊子 希望

     なお発送は、上記が当方に到着しだい発送させて頂きます。  


村瀬さまへから御礼のメールをいただきました。

Sent:
Thursday, May 20, 2004 12:00 PM
Subject: Re: 別冊 シンボ資料冊子をお願いします
昨日「シンポジウム 秘められた南山城の地名を探る」の冊子を頂きました
素晴らしい内容に感服しました 
この2,3日当方の紙上で「卑弥呼の畿内説」が盛んに話題になっております
冊子の内容もそうした事柄を背景に読んでいくと興味津々
今後ともご指導の程をお願いします 
まずは受け取りの報告まで 

「京都地名研究会」設立の主旨                                          
                                   京都地名研究会  代表理事 吉田金彦

 地名は固有名詞であり、普通名詞という二重性を持っている。
地名は、土地に関わりを持つ人たちの、様子を知ることが出来る。つまり、土地に付けられた名前であり、土地との関わりをもつ人達の固有の名前です。また、土地の関係を物語る媒介物である。
 地名の研究については、今まで歴史学、地理学、民俗学、国文学など、色々な分野から研究がなされています。この地名が新しい住宅開発などによって現在消滅の危機に瀕しています。全国の大字および小字の地名が、消え去っています。
 明治維新のときの廃仏棄釈にも匹敵すると言う学者の先生もいます。これら地名消滅の危機からすくうためにも、地名への強い関心を喚び起こす必要があります。最近、市町村合併の動きが出ていて、市町村の地名が焼失してしまいそうです。
 色々な知恵を出し合って祖先から伝わっている地名を残すように工夫して頂きたいものです。そうでないと一度なくなった地名は、二度と復活することがなく忘れ去られる運命になるからです。
 合併により市町村名や地域の個性や地域性が薄れて、愛着がなくなるという懸念があります。合併により名前が一部なくなるので、この機会に地域の歴史や伝統文化などを貴重な資源としての活用を図り、住民自らが主体となって魅力あるまちづくりを進めねばなりません。      平成14年3月1日

「京都地名研究会」発足にあたって                 

                                            「京都地名研究会」設立総会挨拶から   代表理事 吉田金彦 

                                                                        

新緑の良い季節を迎え、皆様、益々ご健勝の程、お喜び申し上げます。

本日はここに、京都地名研究会発足に当たり、御用も多々御ありの中を、態々ご来会賜りまして、誠に有難うございます。各地の先輩各位や、府下内外の多くの有志のご声援によりまして、漸く、会の出発できます事は、この上ない喜びであり、幸せな事として、同慶の念で一杯であります。

京都地名研究会なるものは、実は、今から十五年前の昭和六十二年に一度、設立された事がありました。その提唱者は京都市の郷土史家松本利治翁で、研究会もその六月に発足したのでしたが、氏は大作「京都市町名変遷史」の研究に取り組んでおられ、暫くの研究会も、氏の逝去と共に続かなくなりました。私共の非力から、氏の後を継続できなかった事は、とても残念な事でしたが、しかし十五年後の今日、振り返ってみて、その間が失われた空しい時間だったとも、思われません。開設五年の語源研究会で忙しくしていた私の研究内容は、その当時結構、地名がテーマになってもおりました。

昨年十月に川崎市で全国地名研究者大会、同じく十一月に京都で日本語語源研究会、共に創立二十周年を迎えて、それぞれに記念の大会が開催されました。同時スタート兄弟学会のような関係でもありましたから、全国地名を主宰なさる民俗学の谷川健一所長を迎えての語源大会は、大いに盛り上がりました。その折に谷川氏の強い要請がありまして、矢張り、京都にも地名の学会を、と言う声が燃え上がったしだいです。京都地名研究会の名が、ここに再び復活することになったわけで、思えば、谷川氏の激励の賜物だったと、厚く感謝しております。

語源研究者の中にも沢山の地名研究者が居られる。京都には大学人も多いし、歴史や地理の話題には事欠かない。京都府下一円を中心に、及ぶところ遍く広く、府市町村民挙って集まり、地名のことを勉強しようと言う事になりました。

地名は、其処に人が住んでいます。人が住み、暮らし、生産したり、遊んだり、そして死んでゆく所です。そんな大地に名付けして、地名を日常茶飯事に使っています。ですから、地名の主人公は住民です。私共は、すっかり慣れっこになって、ややもすると無限の恩恵を受けている大地を忘れがちな様に、此れ無しに暮らせない必需の地名の大切さを、忘れていませんか。主人公が呼んだ今までの名前を、いい加減にしていませんか、など反省しますと、地名の研究はとても深く、根本的に重要な事だ、そして同時に厄介な事だ、と考えられてきます。

地名は大地に刻まれた歴史だ、とよく言われます。それ程重要なのに、スローガンほど地名学が、現代日本の科学の中で、確固たる地歩を占めてはいません。重要性は認知していても、学問体系に沿わない為か、これを正面から取り上げる人が、きわめて少ないのです。地名研究は従来、地理学や歴史学、その他諸学の関連的研究として、また熱心な郷土史家達の努力によって、行われてきました。その成果は、今日、大きな地名辞典として幾つか出来ていますが、今の日本の大学に、地名大学や、地名学部・地名学科など聞いた事がありません。国際交流とか、学際研究とか、総合研究とか、色々に叫ばれてはいますものの、地名に着眼し、そこを基点に発信する着想は、まだ無いようです。

ただ嬉しい事は、近年、その閉塞状態を打開しようとして、環境学とか、地域学とか、そういう名で呼ばれる提唱が、あちこちで起こってきた事です。もう従来の学問の方法論では駄目だ、と言う事に気づいたのでありましょう。そして、私の立場から、口幅ったい事を言わせていただけるなら、更にもう一歩踏み込んで、それら環境学なり、地域学なりに、地名という言葉の視点を重視して、それを是非加えて欲しいと言う事です。言葉の視点から、歴史を見る、地理を見る、と言う事で、歴史や地理の真相に迫れる事が、案外に多いのではないでしょうか。専門の歴史や地理学者が、地名については誠に幼稚な意見であったり、誤解をしている例が少なくないのを見るに付け、遺憾に思うことがしばしばです。此れの責任は、現時点であえて言えば、国語学や言語学に於ける地名分野の研究の欠落にありと言えましょう。

以上のような反省に立って、諸学手を繋いで、同じ目線で等距離に、地名を対象として調査・研究し、その過程と成果を公表・普及させ、学習・教育にも応用してゆきたいと、考えます。

地名研究は、まず自分の足元から。そして、歩いていく先々の地名まで。懐かしい故郷の地名、旅先で見つけた珍しい地名、変わった名前や読めない漢字の地名など、ぐるりにある地名の謎に、挑戦してみましょう。そこから、きっと新しい知識が開け、ゆとりのある心が育まれていくと、思います。

地名は、寺社が文化財であるのと同じに、貴重な文化財です。日本の地名は、日本人の心のこもった<心的文化財>であります。大小に関わらず、有名無名に関わらず、どこの地名もみな文化遺産です。ですから、これの取り扱いには良く勉強して、取り掛かりましょう。その為にも、データを保存し活用する施設、地名資料館と言うようなものが、京都府には当然、必要になりましょう。

京都における地名研究は、ソフト面でもハード面でも、あらゆる分野にわたる重要な意義がありますが、全てこれからです。意義有る本日の発会に、ご来駕賜りました来賓、メッセージを頂きました各位、ご多用中をお集まりいただいた会場の皆様に、篤く感謝申し上げ、今後とも宜しくお願い申し上げます。                         


「竹取物語のかぐや姫」

   私たちが幼いときに聞いた「かぐや姫」の話は、日本の各地で語り継がれています。
つまり『口頭伝承のかぐや姫』です。歴史上のかぐや姫ではありません。
 「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」で始まるお話ですが、
竹取物語(小説)のように読み物として書かれた物語となると、単に「むかし、むかし」
ではなく、年代がはっきり書かれています。また、「あるところに」ではなく、文中に出てくる
有名な事件(壬申の乱)から推定して場所も飛鳥京か藤原京のある大和国と今までされてきました。
しかし、この『竹取物語』は、平安時代に書かれたものとされていることから、必ずしも
大和とは言い切れません。むしろ平城京から平安京にかけての場所を考えねばなりません。
文中、「おじいさんがいました」とありますが、竹取翁の名前が「讃岐造(さぬきのみやつこ)」
と書かれていますが、最初は「さかきの造」と呼ばれておりました。
 また『竹取物語』には、かぐや姫に求婚する五人の貴公子の官職と名前がはっきり書かれて
います。確かにかぐや姫は竹から生まれた架空の人物かも知れませんが、姫に求婚する五人の
官職と名前が『日本書紀』に記載されていることから、この物語のモデルとなった場所、年代が
わかってきます。これが『竹取物語のかぐや姫』と『口頭伝承のかぐや姫』の異なるところです。

 それでは、『竹取物語のかぐや姫』の里はどこか調べてみましょう

五人の求婚者

 上記から、かぐや姫に求婚する五人の求婚者の官職・名前がはっきり書かれています。
江戸時代末期に『竹取物語考』と言う本で加納諸平が、この五人は奈良時代の「壬申の乱」に
関係のある人物の名前であるとして、その人物を
   石作皇子・車持皇子・右大臣阿倍御主人・大納言大伴御行・中納言石上麻呂足
と推定しました。
 ところで『日本書紀』に記載されている開化天皇の孫の讃岐垂根王と、垂仁天皇の妃となった 迦具夜比売命から、その二人に関係のある讃岐垂根王と迦具夜比売命が住んでいたところは、 大和国(奈良県)と考えられていました。しかし私は、かぐや姫(迦具夜比売命)の父で ある大筒木垂根王は、京田辺市の普賢寺(朱智荘)・興戸・飯岡・三山木(佐賀荘)の 村々を合わせた「大筒木郷」の地方の長ではなかったかと思われ、「竹取の翁」と推定 しています。この地はかつて奈良時代に「山本駅」のあった所で竹取の翁が原文の「山もと」 つまり京田辺市三山木の通称名「山本村」なのです。

『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺 と題した展示
 京田辺市郷土史会による研究成果発表


 京田辺市郷土史会では、会員による機関誌『筒城』の数回にわたる発表
に見られるように(別紙参照)このほど理事会において京田辺が”かぐや姫
の里”として、大々的に発表するため、今年度の「第35回京田辺市民文化
祭」において ー『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺ー と題した展示を行
いました。
 展示は、京田辺市郷土史会による研究成果発表ならびに、現在日本で
”かぐや姫の里”としてシンポジウムを3年に一度開いている地域の紹介
も行われました。

    場所  京田辺市中央公民館 京田辺市郷土史会展示コーナー
    開催日時 2000年11月3日(金)9:00〜5:00
                   4日(土)9:00〜3:00   

 京田辺市民文化祭の「郷土史会コーナー」には、田辺の竹を利用した
”かぐや姫誕生シーン”や、かぐや姫の絵画をはじめ、京田辺市内の
”物語ゆかり”の場所説明図(地図・写真など)、それに日本全国の
「かぐや姫シンポジウム」として活動している自治体の紹介、さらに
市民向けの簡単な冊子の配布や参考書籍、会員による展示説明も行わ
れました。
 また京田辺市郷土史会としては、今後も京田辺市が”かぐや姫の里”
の町おこしとして展開する為に「市民アンケート」や「アイデア」を
会場で受付しました。



京田辺は『竹取物語』が熟成した場所
     同大名誉教授の森浩一氏が「歴史シンポジウム」で発表

同志社大学名誉教授の森浩一氏は、京田辺市中央公民館で平成12年9月23日(土)に
開かれた歴史シンポジウム「いま南山城の古代史がおもしろい」で、「京田辺は『竹取物語』
が熟成した場所
として自身を持っていい」と発表されました。
 古代駅制・山本駅周辺の京田辺市が「竹取物語の発祥地」として平成3年に京田辺市郷土
史会の会報
『筒城』に会員が発表し、その後の研究も追加して『筒城』に発表しています。
 この日本最古の物語『竹取物語』については、日本の7市町村でも「かぐや姫サミット」など
を3年に一回開かれています。しかし同大名誉教授の森浩一氏が「京田辺は『竹取物語』が
熟成した場所として自信を持っていい」
と紹介されたことは地元として大変喜ばしいことです。
京田辺市が『竹取物語』発祥地では、と『筒城』に会員が発表し、地元の歴史を研究し続け
てきた甲斐がありました。


NHK
テレビが「かぐや姫の里”京田辺」を放映!

 NHKテレビは、京田辺市郷土史会の竹取物語に関する活動ぶりを平成13年3月13日(水)
午後6時30分からの「ニュースパーク関西」で放映されました。
 
放送内容は、
京田辺市郷土史会が”かぐや姫の里”として発表している古事記の
開化天皇の孫「大筒木垂根王(おおつつきたりねのみこ)」と その娘「迦具夜比売命
(かぐやひめのみこと)」の名をはじめ、「竹取の翁の家は山本の近くにある」ことなどを
地元の絵図や古文書などを写しておよそ5分間の特集で紹介されました。

NHKニュース「かぐや姫」 竹取物語シンポシウム (平成13年9月22日放送)
「かぐや姫を主人公とした『竹取物語』の舞台は、一般的に言われている奈良県広陵町ではなく、京都府南部の
京田辺市ではないか」という説を考えるシンポジウムが、京田辺市で開かれました。


『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺 シンポシウムと小冊子の発行
                             京田辺市郷土史会

 京田辺市は、奈良・京都・大阪の中間に位置し、古くから文化が栄えた所である。既に京田辺市
郷土史会編の『筒城』で発表されているように、最近、京田辺が「かぐや姫」伝承地であり『竹取物
語』発祥地であると考えられるようになってきました。郷土史会は、物語などを研究されている学者
の先生らにお招きして「竹取物語シンポジウム」を開催しました。

開催日時 2001年9月22日(土)
 午後1時〜4時(開場12時半)
場所 京田辺市中央公民館
    
詳細は右をクリック シンポシウム

千年の都、京都。ここを起点として近畿から国の内外に
  国の内外に及び、地名を広く
細かく蒐集し、比較調査して、
  地名を学ぶ会です。・・

「地名は大地に刻まれた歴史」 谷川 健一
    
(宮城県地名研究会HPから)
■「都藝泥布」 第1号(読み「つぎねふ」は「山城」の枕詞)
 京都地名研究会の通信誌の第1号

 京都地名研究会の通信誌の第3号    


京都地名研究会開催
京都地名研究会第2回総会・大会
2003年4月20日(日)第3日曜日13001700
  キャンパスプラザ京都4
F3講義室(170)
       (フォーラム質疑応答用紙配布
 総会(今年度事業計画 決算報告、会計監査など)
●フォーラム「京の古代史と地名」(公開討論会)
 講演 上田正昭京大名誉教授「平安京・京都そしてカモ」
 講演 吉田金彦姫路独協大名誉教授「つぎねふ山代と筒木の意味」
 フォーラム(参加者質疑応答)
    司会・
井上満郎―冒頭コメント
18:00〜 懇親会
 
来聴歓迎 資料代:会員無料、非会員500円

その他の催し
京田辺市郷土史会の「総会と講演会」のお知らせ」
開催日 平成15年5月25日(日)
時間  午後1時30分〜 総会
    午後2時30分〜午後4時 講演会 (聴講無料)
場所 京田辺市社会福祉センター 3階 第一研修室
  (京田辺市興戸犬伏5 0774-65-4961)田辺警察署の向い側
   最寄の駅 近鉄京都線新田辺駅の南西方向 徒歩約20分
講演会
 演題 『山代の古代史と民族(的)文化 −甦った大筒木(綴喜)− 「王女かぐや姫」』
 講師 元京都府立大学長 門脇禎二氏

主催 京田辺市郷土史会 京田辺市社会教育課内 0774-62-9550


 なお、この内容についてのお問合せは、
京田辺市郷土史会の小泉芳孝までお問い合わせ下さい。
                   京田辺市郷土史会

下記の日本の神話は、
CYCLE'S SQUARE  http://www.st.rim.or.jp/~cycle/index.html を参考に作成しました。

日本の神話
  海幸彦と山幸彦とは

海で漁をする海幸彦の「ホデリ」と、山で狩りをする山幸彦の「ホオリ」は兄弟です。
ある日、弟の「ホオリ」は自分の狩りの道具を兄の「ホデリ」の釣り針と取り替えてもらって海へ
行きます。ところが、一匹の魚も釣れなかったうえ、兄の釣り針をなくしてしまい、怒った「ホデリ」
は、「ホオリ」が何をしても許してくれません。困った「ホオリ」は「シオツチ」という老人の教えに
従い、海の神の宮殿に行きます。「ホオリ」は海の神の娘「トヨタマビメ」と結婚し、陸であった
ことを忘れ、3年の間幸せに暮らしました。その後、「ホオリ」はようやく兄の釣り針のことを思い
出し、海の神の助けを借りてそれを見つけだしました。陸に帰るにあたって、「ホオリ」は海の
神から兄をやっつける方法を聞き、結局兄「ホデリ」を自分の家来にしてしまいます。

 この神話の中に秘めているものを考える必要があります。
 「ホオリ」は一般に大和政権といわれ日本の天皇の祖先とされています。一方「ホデリ」は黒潮
に乗って海を越えてやってきた移民の祖先だったようで、種子島や南九州に住み着いた大隈隼人
と阿多隼人とされています。古くは、熊襲と言われていました。

黒潮の海流に乗ってやってきた人達(民俗学者 柳田邦夫説)
 この海幸彦と山幸彦の神話は、九州南部で起こったこととされていて、古代の薩摩地方に
「隼人族」と呼ばれる、日本人とは異なる風習を持った人たちが住んでいました。
 彼らはマレー半島やインドネシアなどからやってきたのではないかと言われていて、この海幸彦
と山幸彦の話自体、インドネシアの神話とよく似たところがあるようです。
 隼人は、天孫降臨の思想を持ち呪術を身に付けていて竹細工の技術を持っていたといわれてい
ます。そして、隼人は、天武朝の頃に畿内に移住して大和政権の支配下に入り、都の防衛や天皇
の行幸時に先頭を歩き犬声を発して邪気を払ったと言われています。

 上記の古代の薩摩地方には「隼人族」は、6世紀のころ京都府京田辺市の
大住に「大住隼人が住み着いた」ことが正倉院の古文書に出ています。
『竹取物語』の天孫降臨の思想は、これら大住隼人と関係し、また京田辺市
の大住には、延喜式内月読神社があり、またその近くには甘南備山があり
ます。


「竹取物語」発祥の地、「かぐや姫」伝承のとちとして、「おそらく、この主張は正しい・・!」

先日、八代新一さんから自著の『古事記に笠沙が載ったわけ』高城書房と「天羽衣と八幡の神」抜き刷りをお送りいただきました。
よく九州と大和などの各地を結びつけて論調されていて、自分流に良くまとめておられる著書だと思います。 
 また矢代さんは、「天羽衣と八幡の神」では、文中で「隼人舞」の発祥地だけでなく、自らの土地が「竹取物語」発祥の地、「かぐや姫」伝承のとちとして声高に主張しているのがインターネットでも知られる。見てきたところから、おそらく、この主張は正しいであろう。
 と帰されています。
 私のこのホームページをお読み頂いて、「おそらく、この主張は正しいであろう」といって頂き大変光栄です。すでに色々な学者の先生方から一応の賛同を頂いていますが、記紀の神話部分と地域を研究されている方からの「おそらく、この主張は正しいであろう」と言って頂けたのは本当にうれしいことです。今から、ホームページにこの部分を貼り付けたいと思います。
 矢代さんは、古事記・日本書紀を中心に色んな先生の本をお読みになっておられます。また自著の本の中でも「はじめに」で小さいころに習った歴史を紐解き、戦後の教育改革と変化した歴史観の中から南九州に残る伝承をたどり『古事記』などとつき合わせ他地域とも比較検討しておられます。そして『古事記』に書かれている内容が、地元の地名などと関連しているとされています。さらに、荒木博之氏の著書巻末解説に触れ、「民間伝承は、記紀という国家の介入した史書に止められる前の古形を示しているものか、あるいは逆に書承から口承と、述べられている」と記しておられます。まさに私と同じような疑問や関心をお持ちのようです。
 私達が述べている「竹取物語」発祥の地・京田辺市にしても行き着くところは、矢代さんらと同じです。地域を歩いて調べずに今までに習ってきた文献だけに頼っていては、私たちの言う説が分かって頂けないのです。歴史はその当時の征服者または権力者から見て書いた部分が多く残されています。とくに神話の部分に関しては、全てを否定する学者が今まで多くおられました。しかし最近では、徐々に認められるようになりました。この為それ以外の立場の人が書いた文献や地元の資料それに伝承や史跡なとからの民俗学や、さらには考古学の分野からも出土した遺物などから比較検討する分野が重要視されてきました。
 
南九州の古代史の通説を疑い新たな扉を開いた作品。
『古事記に笠沙が載ったわけ
 小学校で古事記、日本書紀について学んだ時から、郷里「笠沙」が日本最古
 の書であるこれらの本になぜ出てくるのか疑問に思ってきました。定年退職し
 て時間に余裕ができたので今そのことを調べています。
  著者: 八代新一
  出版社:高城書房
  ISBN:4887770073
  サイズ:単行本 / B6判  343p
  発行年月: 2001年 01月
  本体価格:2,000円 (税込:2,100円)

隼人サミット「古代隼人文化を語る」
                                     鹿児島県隼人町
目的
 隼人町一帯は古代日向国の大隅、阿多の中央に位置し、曽の国と呼ばれていました。
 この地域は一宮正八幡宮である鹿児島神宮を持ち、海幸・山幸伝説など神武東征に係る伝説が数多く
存在します。鹿児島神宮には、山幸が龍宮から持ち帰ったとされる、潮満玉と潮引き玉が保管されてい
ると言われています。また、天皇の即位の礼に舞われるとされる隼人舞も千年もの時代を経た現在でも
受け継がれていると言われます。

 この隼人舞が庶民化し、祭事などで舞われ、せばる隼人舞・京田辺市の隼人舞、さらに猿楽・能楽へと
進化したものと言われています。これらの事が物語る古代隼人の文化とは、古代日本の形成に大きく影
響した事が伺えます。
 今回の隼人サミットでは、隼人に関する講演やシンポジウムのほか京田辺市の隼人舞や鹿児島神宮の
隼人舞の競演を予定しています。シンポジウムでは、考古学者や隼人研究者それに民俗学者らとともに、
隼人の竹と文化、機内隼人の歴史、海幸・山幸の神話それに隼人と竹取物語との関係などの隼人の文化を
掘り起こすことになっています。

 開 催 日 : 平成16年8月1日(日)
  開催時間 : 午前9時45分〜午後4時15分
  開催場所 : 隼人町農村環境改善センター(隼人町役場近く)
        鹿児島県姶良郡隼人町内山田1丁目14番10号
       入場無料 定員600名 要申込み 
        問合せ先 隼人町立隼人塚史跡館 0995(43)7110


 サミット出演者
 特別講演  10時15分〜
  森 浩一 考古学者・同志社大学名誉教授

シンポジウム13時30分〜
 進 行 役  原口 泉 鹿児島大学法文学部教授
 指導助言 井上満郎 京都産業大学教授
 パネラー 下野敏見 民俗学者 元鹿児島大学教授 
      小泉芳孝 京田辺市郷土史会理事
      角田博文 奈良県五條市阿田郷土史探求会幹事長
      藤浪三千尋 隼人町教育委員会

《開催スケジュール》
  ビデオ観賞「南の疾風・隼人」ダイジェスト 
  特別講演 森 浩一「隼人と日本文化」
  隼人舞T 鹿児島せばる 休息 隼人舞U京田辺市
  シンポジウム 13時30分〜15時50分
  テーマT「日本神話の中の隼人」海幸・山幸などの神話、隼人と竹
  テーマU「機内に移住した隼人」京田辺・阿田への移住、竹取物語
  隼人舞V 鹿児島神宮 15時50分〜 

《参加者略歴》
  ☆ 森 浩一 同志社大学名誉教授
     1928年大阪市生れ 同志社大学文学部卒業。
     専攻:日本考古学 日本文化史学
     著書:『交錯の日本史』(朝日新聞)『日本神話の考古学』他多数
  ☆ 原口 泉 鹿児島大学法文学部教授 
     著書:『鹿児島歴史散歩』他 
  ☆ 井上 満郎  京都産業大学教授
     京都大学卒業 大隅隼人の移住先に在住
     専攻:日本史 考古学(日本古代史研究)
     著書:『古代・中世の政治文化』『平安京』他多数
  ☆ 下野 敏見  元鹿児島大学教授
     鹿児島県知覧町出身 鹿児島大学文理学部卒 
     62年、第一回柳田国男賞。90年「東シナ海文化圏の民族」で南日本出版文化賞。
     著書:『隼人の国の民族史T・U』『南九州の伝統文化T・U』他多数
  ☆ 小泉 芳孝 京田辺市郷土史会理事
     1947年京都府生れ 近畿大学法学部卒業・佛教大学文学部卒業
     職歴:京都放送勤務
     専攻:日本民俗学・郷土史・京都民俗学談話会会員 京都地名研究会常任理事
     著書:『稲作民族の源流 日本・インドネシア』
     投稿:『竹取物語』かぐや姫の里京田辺市
  ☆ 角田 博文 奈良県五條市阿田郷土史探求会幹事長
  ☆ 藤浪 三千尋 鹿児島県隼人町教育委員会


 


古い伝統を受け継いだ平安装束の文様「有職(ゆうそく)文」
 「綺陽堂」主人・八條忠基 

神さんの話 http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Gemini/1043/cg1.html
関係サイト紹介
... 稲作民俗の源流』自費出版!神社祭祀、神饌、宮座と講、バリ島・トラジャの民俗、かぐ物語.
http://www.akiiy.com/page4-4.htm


「かぐや姫文庫」館長が来訪し見学 2003.5.24

竹原市に「かぐや姫文庫」の館長が京田辺市へ訪れ、竹取物語ゆかりの地を見学されました。

山口真一氏さんの紹介
    ヒューマン・クリエイト・コンサルティング 所長

         プロフィール
昭和32年 広島県尾道市生まれ
昭和56年 慶應義塾大学商学部卒 マーケティング専攻
       ホンダ系自動車販社入社
昭和62年 米国IBM系日本法人入社
平成元年 住友ビジコン(現日本総合研究所)入社
平成 6年  ヒューマン・クリエイト・コンサルティング
       を設立し、経営指導活動に従事
       多くの若手営業マンを全国No.1に育成

 11月2日、尾道ゆかりの作家の文献を集めた「尾道文庫」をオープンした。千光寺山の中腹に住居を構える島居勝さんの協力を得て、同家の離れ家を改装。山口さんが収集した志賀直哉に関する文献・資料220冊などを収め一般公開をはじめた。
 経営コンサルタントの事業を営む傍ら、出身地尾道の歴史、文化に関心を寄せる山口さんは以前から林芙美子らゆかりの作家に関心を深め、関連の文献も多数集めて来た。「志賀直哉についても同様で、今年は同氏の30回忌にも当たることから、これを期しての文庫開設となりました」。
 機会があれば古本屋などに飛び込み、地道に収集活動を続けて来た。尾道文庫はその集大成で、北高時代の同級生で地元の寺の僧りょを務める加藤慈念さんとの共同企画で実現した。
 志賀直哉は明治45年から2年近くを尾道で過ごし、当時の生活模様なども織り交ぜた小説「暗夜行路」(新潮社)は代表作品。以後「早春」(小山書店)や「雪の日」(新潮社)など120の著述を残し大正期の青年たちに影響を与えた。こうした初版、復刻版120冊に加え、関連の研究書籍120冊を収集。図書館など公的な機関が予算を付けて、ともすれば在り来たりの収集に終わるのに対し、山口さんは直哉の知人らの遺族と会い、貴重な資料を譲ってもらうなど文字通り「地を這う」努力で集めたものが多い。
「個人の収集ですから、予算は限られています。でも、情熱でもって、幾らお金を積んでも譲って頂けない貴重な資料(書簡など)を集めることができました」。 開館は金、土、日曜日と祝日のいずれも午前11時から午後5時。入場料は200円。貴重な本を手に取って読むことができるほか、来年からは貸し出しにも応じる計画。
本業は経営コンサル
 山口さんは数年前、竹原市にオープンした「かぐや姫美術館」(加藤慈念館長)に付設する「かぐや姫文庫」の館長も務めている。「そんな事ばかりしているせいか、どこか書生くさく見られることがあるんです」と苦笑い。現実は多くの上場企業の経営顧問を務めるなどビジネス業界では広く知られた人でもある。慶大商学部を卒業後、入社したIBMや大手経営コンサルタント会社でマーケティング戦略を研究。平成6年、郷里の尾道に戻って経営コンサルタント事務所「ヒューマン・クリエイト・コンサルティング」を開設。1ヵ月のうち25日は東京、大阪などへ出張、講演会なども精力的にこなしている。▽ヒューマン・クリエイト・コンサルティング(尾道市天満町13-9-505、TEL0848・24・2180)。


ホームページを御覧になって下記のメールを頂きました。

     中山 幸治さん  2001年3月17日 17:58
ホームページ見ていますと、同志社大学の方々によるホームページですか?
民俗学やなにやかやと興味のある分野がいろいろ並んでいますね。とりあえず竹取物
語だけは通読させていただきましたけれど、なかなかおもしろいですね。しかし、竹
取物語は奈良県広陵町が本家だとばかり思っていました。広陵町に、讃岐神社という
鄙びた神社があって、確か竹取物語の旧跡ということになっていました。しかし、詳
しく調べるについては生半可なことではいけないので大変だと思いますが、頑張って
ください。
それから、書籍の案内の件、私のホームページの趣旨もあって、今のところ一応自分
が読んだものしか掲載しないことにしています。しかし、竹取物語のところは、非常
に興味があるので、佐牙神社は一度行ってみることにします。それと筒城宮跡と・・
・。
観音寺のあたりはよくうろうろしています。聖武天皇の勅願寺だったから、相当大き
な寺だったと思います。多々羅という地名もちょっと気になっていました。
あのあたりは結構おもしろいところだと思います。西に国道307号線沿いに真っ直ぐ
行ったら、枚方の百済王寺跡にぶちあたるし、東に木津川を越えると、橘諸兄の井出
寺跡とか、蟹満寺、高麗寺跡があって、相当文化度の高いと
ころだったでしょうね。渡来系の文化が特に目立ちます。20年も前に金達寿氏の
「日本の中の朝鮮文化」という本を読んで、このあたりのことが特に詳しく書かれて
いたことを思い出し
ました。その金さんも数年前に亡くなられたんでしたね。
それから、確か筒城宮の継体天皇も、近江北部の渡来系の息長氏あたりと関係が深
かったんではないでしょうか。同志社には、考古学の森先生がいらっしゃるので、お
もしろい情報が選り取りみどりというところでしょうか。
私のホームページはまったくの道楽なので何の役に立ちませんが、貴殿の御本はきっ
と世間のお役の立つものと存じます。ご尽力に敬服いたします。
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ユキちゃんの鑑定教室 http://www.d3.dion.ne.jp/~ynaka/ynaka@d3.dion.ne.jp
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Aさんからメールを頂きました。

  7/19−24シルクロードの旅でお世話になりました今中です。旅行
中は多くの興味深いお話を伺い、ありがとうございました。敦煌の遺跡をはじめ多く
の史跡を見ることができた感動もさることながら、竹取物語の発祥地、仏教伝来ルー
ト、米の伝来ルートなど興味深いお話を伺うことができ、今回の旅はこれまでに無い
充実したものとなりました。帰国後早速、ホームページを拝見し、多岐に渡る詳細な
内容とご活躍ぶりに感心しました。中でもやはりかぐや姫考に最も感心しました。か
ぐや姫の昇天部分は仏教の来迎図がベースではないか、羽衣説話、五難題説話を接合
し日本の実在モデルと入れ替え仏教、神仙知識を調合した漢文物語ではないかなどの
記述は、作者の壮大な知識、才能に感嘆します。果たして一人の作者でできたもの
か、何を目的に書いたのか、仏教の教えを大衆にわかりやすく説くためのものなの
か、藤原京時代の天皇や貴族社会を暗に批判するためのものなのか、しかしこの時代
は文章表現の自由がこんなに許されていたのか、など次々と疑問がわきます。竹取物
語は宇宙的ロマンの世界に大衆を引き込む、もっと評価されて良い大作ではないで
しょうか。
> 今後チベットなどに行かれ、新たな発見をされ、さらにかぐや姫考を肉付けされる
ことを期待しております。
> かぐや姫考のバージョンアップ、テレビ放映、出版などされましたら、拝見いたし
たくお教えいただければ幸いです。ご健闘をお祈り申しあげます。
今中哲男


『竹取物語』発祥の地は "京田辺その3 『竹取物語』かぐや姫サミット(その2)
稲作民俗の源流メインHP」へ  TOK12「かぐや姫メインHP」へ  番外編 


発行者:「竹取物語研究」竹取の翁・かぐや姫。
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