「かぐや姫の里を考える会」ホームページ  開始:平成15年7月開設
  
『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺        
     
 貴方は番目の 訪問者です! 

『竹取物語』かぐや姫の里“京田辺
   
               京田辺市郷土史会 文化部 


「竹取物語の舞台が京田辺市」に賛同頂いている先生の紹介

■吉田金彦・・・「貴方の説は正しく賛同する」 
 京都地名研究会代表理事・日本語語源研究会代表、姫路独居大学名誉教授。
 
 吉田氏紹介−日本語語源研究会代表、京都地名研究会代表理事。1923年香川県生まれ。京都大学文学部卒業。専攻:国語国文学。京都府立女子短大教授、大阪外国語
大学教授、姫路独協大学名誉教授。著書:『日本語語源学の方法』大修館、『古代日本語をさぐる』角川書店、『古代日本語を歩く』弘文堂、『京都滋賀 古代地名を歩く
』T・U京都新聞社、「ことばのカルテ」創拓社、「埋もれた万葉の地名」東京堂など。

■森 浩一  「京田辺は『竹取物語』が熟成した場所・・・」
 同志社大学名誉教授。専攻:日本考古学 日本文化史学。
 歴史シンポジウム「いま南山城の古代史がおもしろい」平成12年9月23日で、「京田辺は『竹取物語』が熟成した場所として自身を持っていい」と発表。竹取物語の
ルーツ「京田辺市は自身を持って『かぐや姫の里』と言っても何ら学問的に不思議はない」。原型は隼人の伝承 -文学的に集約- 。

■門脇禎二・・・「講演会」山代の古代史と民族(的)文化−甦った大筒木(綴喜)「王女かぐや姫」− 主催 京田辺市郷土史会 京田辺市社会教育課内
        開催日 平成15年5月25日(日)
筒木の原や普賢寺谷では、神功皇后や仁徳天皇それに継体天皇などが居住していたといわれ、記紀などに明記されている。また、今まで神話と言われていた大筒木垂根王や大筒木真若王それに迦邇米雷王などの時代においては、平安時代に作られた『竹取物語』に「迦具夜比売命(かぐや姫)」がいて実在の皇后であるなど最近
興味ある発表が地元の郷土史会から報告されている。
元京都府立大学長

■井上満郎・・・京田辺の「大住」は、隼人と竹の文化があり、南九州の大隅隼人が移住した所。
都(奈良・平安時代)を防衛する朝廷の警護や貴人の警護それに諸儀式に奉仕していた。ここには「延喜式内月読神社」があり、祭神は月読尊・伊邪那岐尊・伊邪那美尊である。 
京都産業大学教授 京都市歴史資料館館長。大隅隼人の移住先に在住。専攻:日本史 考古学(日本古代史研究)

■塚口義信・・・神功皇后伝説のふる里を探る ―南山城の“息長(おきなが)”の地名を手がかりとして
南山城地域における神功皇后や継体天皇関係の研究者で、延喜式内朱智神社の祭神「山代之大筒木真若王」(「山代」「筒木」に由来する名前)をはじめ神
功皇后の系譜に山城南部の地名に由来する名が多く登場すると主張。
堺女子短期大学学長、文学博士。1946年大阪府生まれ。南山城における古代の神功皇后や継体天皇などの第一人者。
塚口氏紹介−堺女子短期大学 学長、文学博士。1946年大阪府生まれ。専攻:日本古代史・文化人類学。関西大学第一高等学校・第一中学校教諭、関西大学講師など歴任。 
 主な著書『神功皇后伝説の研究』創元社『ヤマト王権の謎をとく』学生社『古代王朝をめぐる謎』学生社『三輪山の古代史』学生社『三輪山の神々』学生社『古代天皇の
すべて』新人物往来社など。

■中西進・・文学博士。成城大学教授を経て、アメリカ・プリンストン大学客員教授、筑波大学教授、国際日本文化研究センター教授。トロント      大学客員教授。大阪大学学長に就任。帝塚山学院学院長。
『万葉集』は、史書ではない。したがって為政者の思惑や、編纂者の政治的立場はダイレクトに現れていない。
『古事記』は、史書である。編纂者の政治的立場が、いたるところに見え隠れしている。研究する者の"立場"が異なれば、その解釈は大きな違いとなって現れる。"史書"を研究する際には、特別な注意が必要である。
『古事記』上巻は、神話ではない。徐福集団の日本渡来(紀元前二一〇年)と、その子孫の"歴史"を描いた史書である。この仮説が、私の『古事記』観の基本をなしている。私にとって文学的研究は、"歴史"の真相を探る手段に過ぎない。
『古事記』や『万葉集』は、研究の素材である。その中で、『真福寺本古事記』の研究は、研究活動の中核をなしている。『真福寺本古事記』こそ、『古事記』本来の姿を伝える唯一の写本と判断するからである。この立場からすれば、本居宣長の『訂正古訓古事記』は贋作と考えられる。『古事記』を曲解、改竄した偽物である。
研究においては、〈仮説の提示〉を重視したい。自らの視点から"歴史"を読み、その真相を明らかにすべく仮説を提示する。
本来"歴史"とは、"書かれた過去"である。あらゆる"歴史"は、常に書き替えられる宿命を持っている。それが、"歴史"の本質である。だからこそ、"歴史"は興味が尽きない。※『思索過程』2002年7月24日より

■池田哲郎・・・”「竹取物語」発祥の地・京田辺市”は、もう決まりですね

 京都地名研究会の創刊号「通信誌の『地名探究』第一号(平成15年3月31日発行)に記した”「竹取物語」発祥の地・京田辺市”は、もう決まりですね。
 京都産業大学教授

■石田天佑・・・以前にこの地域を歩いたりして歴史上かなり古くから栄えていた所という事を知っていた。
 古くから南方や中国大陸それに朝鮮半島から渡来人が住み着き神功皇后や息長足姫に関係する地名や伝承が残っている。 
 『古事記』垂仁記に「大筒木垂根王之女、迦具夜比売命」とあり、「大筒木垂根王」とその娘に「迦具夜比売命」がいる。筒木の普賢寺は大変古い歴史がある。
 京都大学卒業。1943年静岡県生まれ。京都大学文学部言語学科卒業、同大学院修士課程終了。相撲史研究家・幻想創作家。日本語源研究会・総合文芸誌「まほろば」 編集長。著書『イグドラシルの言語学 −やまとことばの源流を尋ねて』『義留我明主(ぎるがめしゅ)の言語学 −続やまとことばの源流を尋ねて』ギルガメシュ出版・『 忽然の人』ギルガメシュ出版・『マルドゥクの怒り』ギルガメシュ出版・小説集『風と馬と』現代企画室など。潟Mルガメシュ代表。

■八代新一さん・・・「隼人舞」の発祥地だけでなく「竹取物語」発祥の地「かぐや姫」伝承の土地としておそらく、この主張は正しいであろう。
 南九州の古代史の通説を疑い新たな扉を開いた作品の自著『古事記に笠沙が載ったわけ』高城書房の中で、京田辺市は「隼人舞」の発祥地だけでなく、自らの土地が「竹取物語」発祥の地、「かぐや姫」伝承の土地として声高に主張しているのがインターネットでも知られる。見てきたところから、おそらく、この主張は正しいであろう、と帰されている。「竹取物語」発祥の地「かぐや姫」伝承の土地として「おそらく、この主張は正しい・・!」と記している。
 古事記・日本書紀を中心に色々な先生の本を読み、自著の本の中でも「はじめに」で、小さいころに習った歴史を紐解き、戦後の教育改革と変化した歴史観の中から南九州に残る伝承をたどり『古事記』などとつき合わせ他地域とも比較検討しておられる。そして『古事記』に書かれている内容が、地元の地名などと関連しているとされ、さ
らに荒木博之氏の著書巻末解説に触れ「民間伝承は、記紀という国家の介入した史書に止められる前の古形を示しているものか、あるいは逆に書承から口承と、述べられている」と記しておられる。まさに私と同じような疑問や関心をお持ちのようです。
感想・・・
 京田辺市郷土史会の私達が述べている”「竹取物語」発祥の地・京田辺市”にしても行き着くところは、矢代さんらと同じです。地域を歩いて調べずに今までに学校で習
ってきた文献だけに頼っていては、私たちの言う説が分かって頂けない。歴史はその当時の征服者または権力者から見て書いた部分が多く残されています。とくに神話の部分に関しては、全てを否定する学者が今まで多くおられました。しかし最近では徐々に認められるようになりました。この為それ以外の立場の人が書いた文献や地元の資料それに伝承や史跡などからの民俗学や、さらには考古学の出土した遺物などの分野からも比較検討することが重要視されてきた。
南九州の古代史の通説を疑い新たな扉を開いた作品。
『古事記に笠沙が載ったわけ』
 小学校で古事記、日本書紀について学んだ時から、郷里「笠沙」が日本最古の書であるこれらの本になぜ出てくるのか疑問に思ってきました。定年退職して時間に余裕ができたので今そのことを調べておられます(九州と大和などの各地を結びつけて論調し、自分流に良くまとめておられる著書)  

■玉井芳泉さん 「絞り絵本、絵巻物竹取物語」の絞絵を制作発表したが、京田辺市が竹取の古里だと知りびっくりした。
 私の絵本が役立つのなら使って頂いて良い。京都府京田辺市薪の手書き染色作家玉井芳泉さんは、1997年に日本最古の染色である『絞』技術を駆使した「絞り絵本、絵巻物竹取物語」の絞絵を制作発表された。

■ 地元の京都新聞記者 元支局長
『京都新聞』記事 平成12年10月15日 朝刊「山城版」語り手 考古学者・森浩一さん「いま南山城の古代がおもしろい」竹取物語のルーツ 原型は隼人の伝承 -文学的に集約-   

■NHKテレビ「かぐや姫の里”京田辺」を放映!
 京田辺市郷土史会の竹取物語に関する活動ぶりを平成13年3月13日(水)午後6時30分からの「ニュースパーク関西」で放映。
放送内容・・・京田辺市郷土史会が”かぐや姫の里”として発表している古事記の開化天皇の孫「大筒木垂根王(おおつつきたりねのみこ)」とその娘「迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)」の名をはじめ、「竹取の翁の家は山本の近くにある」ことなどを地元の絵図や古文書などを写しておよそ5分間の特集で紹介されました。NHKニュース「かぐや姫」「かぐや姫を主人公とした『竹取物語』の舞台は、一般的に言われている奈良県広陵町ではなく、京都府南部の京田辺市ではないか」という説を考えるシンポジウムが、京田辺市で開かれました。

■山口真一さん・・・伝説の色々な場所の資料がそろっているのにびっくりした。 
 広島県竹原市「かぐや姫文庫」館長が京田辺市へ訪れ、竹取物語ゆかりの地を見学。2003.5.24
 ヒューマン・クリエイト・コンサルティング所長 竹原市の「かぐや姫美術館」(加藤慈念館長)に付設する「かぐや姫文庫」の館長
プロフィール
 昭和32年 広島県尾道市生まれ
 昭和56年 慶應義塾大学商学部卒 マーケティング専攻
       ホンダ系自動車販社入社
 昭和62年 米国IBM系日本法人入社
 平成元年 住友ビジコン(現日本総合研究所)入社
 平成6年 ヒューマン・クリエイト・コンサルティング
      を設立し、経営指導活動に従事
      多くの若手営業マンを全国No.1に育成

■京都のネット業界で活躍の村田さん(電話で)
いまネット業界で「竹取物語の里”京田辺”」が大変話題になっている。
あれだけの資料が揃っていればもう京田辺が「かぐや姫の里」間違いないのではないか!
 私の村田という姓は、南九州の薩摩から来た人が多く綴喜郡に多い。大住隼人と深い関係があるのでは。

 
地元で開催された「かぐや姫の里”京田辺」しんぽに参加された方から

■滋賀民俗学会の山本さん・・・すごい発見で文献もしっかりとらえていて感心しました。
 大住の月読神社など数回よせて頂いていますので良く内容がわかりました。すごい発見で文献もしっかりとらえていて感心しました。シンポの参加者が200人以上もあり、市民らの関心の深さを示しているのでは・・。隼人は、滋賀の勢田近くにも住んでいたので繋がりがあると思われる。

■大阪史跡探訪の主催者、大本さん・・かぐや姫の古事記との関係を興味部深く拝聴しました。
  お伽草子のような物語と思っていたかぐや姫の古事記との関係を興味部深く拝聴しました。大住隼人や磐之姫との関係もあり、一度ゆっくり散策したく考えています。立 派なむ司会でした。

■地元の元教師、林さん・・・わかり易い内容で大変良かった。
 わかり易い内容で大変良かった。司会の方の進め方も上手く的確で、準備が大変だったでしょうね。参加者らの反響も大変良かった。

■同志社大学の学生、濱本さんから・・・京田辺が本当に竹取物語の舞台のように思えてきました。 E−Mail
実は私は竹取フォーラムに行きました。お話を聞く前は半信半疑でしたが、フォーラムが終わってからは、京田辺が本当に竹取物語の舞台のように思えてきました。最後にすごい人が出てきてすっきり終われませんでしたが、大変おもしろかったで
す。

■京田辺市郷土史会 機関誌「筒城」の『竹取物語』かぐや姫の里を紹介した初出記事
  1. 第36輯「山背国綴喜郡山本駅と古代駅制について」平成3年3月発行
         山本駅と竹取物語について   小泉芳孝
  2. 第38輯「出垣内村のこと-大筒木旧館跡-」平成5年3月発行
       竹取の翁と大筒木旧館跡について  水山春男
  3. 第45輯「竹取物語を考える」平成12年3月発行
     地元資料や文献から「かぐや姫」京田辺を推定 水山春男

その他多くの方から賛同を頂いています。

☆本田義憲・・・奈良女子大学 『序説』「かぐや姫の家」で、このあたりを指摘していた。
☆中西 進・・・古事記の日本の史書である。決して神話や物語ではない。


『竹取物語語』の出生をめぐる物語(その4)  『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺” (その1)

『竹取物語語』シンポシウム(その5)    「かぐや姫の里・京田辺」の歌


    発行者:小泉芳孝(日本民俗学・郷土史家) kyoto japan
   「竹取物語研究」竹取の翁・かぐや姫 から発信しています。 

 ここに掲載の写真および記事の無断転載を禁じます。
  
copyright (C) 2000 Taketori no Okina Yoshitaka Koizumi. All rights reserved. 

Ads by TOK2