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このサイトについて
■管理人むこがわ丸について
在住:大阪府
性別:♂
生年月日:「いくほ」と同い年
趣味:音楽を作ったり演奏したりする事、乗り物に乗る事、写真を撮る事。
HNの由来:「むこがわ」+丸
■私と甲子園フェリー
僕は生まれも育ちも大阪府なんですが、祖父母が兵庫県西宮市、親戚が淡路島の五色町(今はあわじ市?)に住んでおりまして、甲子園フェリーは年間1回ぐらいのペースで利用していました。
小さい頃の僕は普段乗る事のない「船」という乗り物に感動して、船内のあちこちを探検していた記憶があります。ゲームコーナーや座敷席、座席などなど。1時間55分の航海がとても充実した時間でした。
あと、父親と小学生ぐらいの時にサイクリングで淡路島を1周し、甲子園フェリーに自分の自転車を積み込んだこともありました。
従兄弟が淡路の親戚の家に泊まりに行くのを知って、自分が「行きたい」と親に駄々こねて急遽夜の西宮フェリーターミナルまで直行した事もあったかな。。
それが1998年4月。明石海峡大橋開通、淡路フェリーの廃止を知って「甲子園フェリーはどうなるのかな?」と思っていたら存続を知らせる新聞広告が載っており、安心したのを覚えてます。しかし結果は8月末に廃止。それも新聞記事で知りました。
もっと早く知ってたら乗りに行ったのですが・・・。
本格的にフェリーファンになったのはその翌年あたりからです。インターネットを初め、今はなき「がんばれ!フェリー」というサイトにたどり着いたのがきっかけ。
もちろん気になったのは甲子園フェリーのその後について。売却先の新しい船名だけは知りましたが、それがどこの船会社でどこの国なのかを知るようになったのはそれから数年後です。
ネット上にはさまざまなフェリーファンサイトがあり、それらを巡回していると自分でもサイトを持ちたくなります。
学校の図書館で「HTML入門」みたいな本を借りてきて、それを元にHTMLタグの研究(といってもリンク程度)をしました。
なにかホームページにいい題材はないかと考えた結果、自分の大好きだった甲子園フェリーを記憶にとどめるため、「ここにこんな航路がありましたよ」と伝えるために作ったのが「甲子園フェリーメモリアルページ」なんです。
1999年の年末になってようやく念願の西宮フェリーターミナル再訪。
その時はたまたま帰宅最中の甲子園高速フェリー(株)の方に出会い、いろいろ教えてもらい、貴重な「なるお型」図面の写しと写真など、様々な資料を提供していただきました。その後も、「はやぶさ型のスペックが知りたい」など業務の邪魔になる質問に細かく答えていただき、パンフレットのサイト掲載までも許可していただくなど一般ファンを大事にしてくれる姿勢に感激しております。
2000年になり西宮フェリーターミナルが取り壊されると知り、当時中学生の僕はなけなしの金をはたいてデジタルカメラ「DC-215zoom」を3万円で購入。それでいろいろ撮影を行いました。わずか130万画素。CFメモリもなけなしの金をはたいた32MB。露出補正もほとんど効きません。当時は300万画素クラスが最上位で、10万円近い値をつけていたのでとても手が届きません。残ってる画像は残念ながらピンボケの低画質なものばかりですが、当時の僕にはこれが限界でした。今はLUMIXのLZ-2(500万画素)を持っています。
「船の写真」コーナーを見ていただければ分かりますが、船の画像で自前のものはありません。甲子園フェリーが廃止されてからフェリーファンになったのですから。でも、こんな僕でも情熱だけで甲子園フェリーをしのぶサイトを運営できています。それは、画像を提供していただいた方がいてくれたから、皆さんが支えてくれているからに他なりません。皆様に感謝しつつ、これからもこのサイトの運営を続けていきたいと思います。
最後に、このホームページに掲載している画像などを提供いただいた方々です。
Special Thanks
ふぁんねる様、KAZ-A様、SWA様、NBM様、海遊亭様、ゆう様、甲子園運輸倉庫(株)様、明石淡路フェリー(株)様、宇高国道フェリー(株)様、淡路交通(株)様、SHIN様
(順不同)
なお、もし画像を提供していただける方がいらっしゃいましたら、私宛までメールで連絡いただけると嬉しいです。
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