甲子園フェリーの歴史

(明石海峡大橋開通〜航路廃止決定)

■明石海峡大橋と真っ向勝負

1998年4月5日、明石海峡大橋が共用を開始。大鳴門橋開通以降、待ちに待たれていた明石〜徳島までの高速道路ルートが完成しました。
淡路フェリーや徳島阪神フェリーはこの日を最後にフェリーを廃止。阪急汽船の水中翼船や共同汽船の高速船、淡路フェリーボートのハーバーランド発の深夜便など、大阪湾を多彩な船ぶねたちが行き交った阪神〜淡路航路に、ついに終わりのときがやってきたのです。
物流の中心はトラック、旅客は高速バスに移動し、全日本海員組合は失業者対策のために本四海峡バスを設立しました。職を失った船員たちは船会社の狭き門を争い、大型2種を取り淡路交通などバス会社に再就職する者もいました。

そんな中でも甲子園フェリーは「明石海峡大橋開通後も運行を続けます」と新聞広告を掲載、新たな運賃体制で明石海峡大橋と真っ向勝負することを決めます。

ひとまず合理化のため、「なるお」を係船、1日20便に減便を行いました。
また、単価の高い乗用車の輸送需要を喚起するため、自動車同乗者の旅客運賃を無料化し、「人は、0円?」という宣伝文句でアピールします。また、「ひとや環境に優しいフェリーの旅」をというキャッチフレーズを制定し、津名港や西宮港の周辺にこの2つのキャッチフレーズを盛り込んだ立て看板を立てて、運行継続を知らせました。
  
「人は、0円?」の新運賃

旧運賃
自動車航走料 5560円(運転者運賃含む)
旅客運賃 930円 X 4
合計 9280円
新運賃
自動車航走料 5560円(同乗者全員を含む)
旅客運賃 0円
合計 5560円

これらの経営努力で、以前の7割の売り上げを見込んでいました。





しかし、これらの経営努力も実を結びませんでした。




売り上げは、なんと以前の30%程度に落ち込みました。




1日当たり400万円もの莫大な赤字が発生してしまいました。




もはや、高速道路の便利さに勝てる術など、ありませんでした。




何度もの検討の上、出た結論は、「航路廃止」でした。




そして、1998年7月からフェリーターミナルにこのような張り紙がされました。





西宮フェリーターミナルで撮影。





これで、甲子園フェリーの未来はなくなりました。













[PR] | 債務整理看護師 求人美容整形インプラント語学留学貴金属 買取インプラント転職サイトSEOアクセス解析ハウスメーカーレンタルオフィスSEO対策消費者金融不動産担保ローン時計車 買取ハワイ挙式アスクル転職生命保険テンプレート沖縄旅行動画免許合宿二輪引越し消費者金融税理士ゴルフ会員権留学レーシックマッサージFX投資信託くりっく365アフィリエイト育毛剤FXホームページ制作デイトレードFXホノルルマラソンベスト ハワイ ホテル レーツバリ島ハワイウエディングHawaii hotelsHawaii Activitiesbhhr
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ.ハワイ ウエディング) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行
無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - 携帯ホームページ - ブログ - ホテル 予約 - タイムシェア - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - ハワイ 不動産 - プーケット ホテル - ハワイ 挙式
[PR] カードローンの事を調べるならこちらから!まずは比較をして賢く選択